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第二百九十三話

 

 遺跡を埋め終わった後は、何事もなく進捗は進んでいった。

 東から北、そして西へと反時計回りに砦や関所を巡って日中の間に手紙や結界石を配り、配置に付き合い、全周の囲いとは別に、山と平野部を区切る黒電話の受話器部分の隔離にと奔走する。

 西側は既にガルデの王都から連絡がいっていたようで、話が特に早くて大変助かった。事前に兵の割り当てまで決められていて、口を出さねばならない部分は皆無。後は現場の判断にお任せできる。

 食事は合間合間で適当に済ませ、日が落ちれば軽くパイトで魔石を集めて《次元箱》で就寝だ。一度だけ見なかったことにした迷宮跡地に顔を出してみたが、近隣含めて人間の生体反応はナシ。今のところそういう系の黒幕が関与している根拠はない。


 下拵えがあらかた終了したところで囲いの底辺──南端を沿うようにしてヘイムの砦へと向かうと、既に不死龍の討伐を希望する部隊の皆々様は到着しているご様子。

 当然私の仲間達も一緒だ。思っていた以上に行動が迅速で驚いた。


「──ハッ!? お姉さま! お姉さまっ!? お姉さまーっ!」

 横着せずに砦の門から身分を明かして内部に入り、いくつもの建物を通りすぎて仲間達が(たむろ)している広場へと足を踏み入れる直前に、周囲を見渡していた癒し系わんこに気づかれた。

 エスパーかこいつは、エスパーわんこか。何かちょっと怖くなってきたぞ。

 昔っからそうだったが、私は何か危ない電波でも発しているのだろうか。それをこう……ゆんゆんと、察知されているんだろうか。常に清潔にしているし、よもや匂いが届いたというわけでもあるまい。

 そんな謎の力に目覚めていたとしても、久方振りに会う私の可愛い妹分に違いはないわけだけど……でも怖いな。一度分解して調べてみるべきだろうか。

 私が頻繁に姿をくらますことにほっぺぷっぷくぷーで拗ねていたのも今や昔。今では会えない時間すらをも、この一瞬の喜びを増幅させる燃焼剤に昇華させることに成功しているような気さえする。

「ただいまソフィア、元気にしてた?」

 だがまぁ、身体強化全開で解放されたバネの如く猛スピードで飛び込んでくるのはやめて欲しい。普通に危ない。土埃が舞い、周りの人もギョッとしている。

 本人も痛かろうに、テンションが上がると偽装が疎かになるのはいくつになっても変わらない。

「はいっ! はいっ! あぁっ、お姉さまぁ……!」

 語彙が死んでるな。ここでお姉様呼びを禁止にしたら物言わぬわんこになるんだろうか。試してみたくなるね。

 ちょうど良いサイズ感をしている。私の双丘に顔を押し付けてスハスハと。今は気力を切って全力でしがみついているが、これを振り解こうとすれば即座に強化全開にして無言で抵抗してくることは火を見るよりも明らかなので、私は為すがままにされるしかない。


 いや、しかしなんだな。この娘本当に私のこと大好き過ぎるな。

 私も大好きだけど、私の好きとこの娘の好きはちょっと意味合いが違う。ライクとラブだ。『お姉様お姉様はぁはぁ』とうわ言のように呟く声音がドンドン艶を増してきて、ぐりぐりと押し付けられている顔の表情も人様にお見せできない危険な領域に入りつつある。

 いい加減に切り上げないとこの場でまさぐりかねない。昔っからこういう時、こいつに自制の二文字は存在しない。

 そしてこういう時、この娘は大層手強いこともよく知っている。一撃で仕留めよう。

「ねぇ、ソフィア?」

 やさしーく表情を作るのだ。大人っぽく、格好良く、それでいて優しい。私の目指す、頼りがいのある、美人で素敵な、ちょっとだけ茶目っ気のある可愛いお姉ちゃんの姿。

 そしてその表情に見合った慈愛に満ち溢れた声音でもって語りかける。こうすればこいつはイチコロだ。抗う術なく顔を上げてくれる。

「は、はいっ」

 少しだけ自由になった右腕で腰を抱く。初めから自由だった左腕を腰から脇、そこから徐々に上げて頬に。顎に持っていってしまえば後戻りができなくなるので、この辺で折れてもらおう。

 そのまま少しだけ腰を折って、小娘の左頬にチュッっと。正に必殺。ウブな娘さんは沸騰して死んだ。弱々だね。


「私も久し振りに会えて嬉しいけど、人前でああいうことしちゃダメよ?」

「はぁい……」

 やっと大人しくなった。一つ促すことで、とても素直に皆の元へと案内してくれる。

 声音の艶は消えつつあるが、雰囲気から語尾から体温から、伝わってくる全ての要素にハートマークがくっついてくる。

 抱きしめられた右腕から伝わるしっとりとした感触。常より少し高めの体温。外気に晒してたまるかっ! と言わんばかりに押し付けられる横顔、その表情からも。

 これが町中であれば仲睦まじい姉妹の姿だが、無骨な石組みの砦の中とあってはさてはて、どのように見られているのやら。

 腰に下げられている短い二振りの剣も、真新しい革装備も、デートの格好としては些か物々しすぎる。

(そういえば、この革鎧は初めて見るな。ミッター君の作っぽい)

 瘴気持ちのイノシシワニ、あと数匹捕まえてきて革を鞣してもらおうか。私達の魔法袋と同じように、彼とこの娘の鎧も数枚重ねになっているはず。

 いくら巨大なワニ革とて、流石にボチボチ在庫が尽きる頃合いだと思う。ルナで暇してた頃に手配しておけばよかったな。

 金属鎧とは違い、革鎧は補修が楽だ。裂けたって縫い合わせればそれで済む。金属も柔い物ならなんとでもなるが、柔く重たくおまけにうるさい金属鎧を好き好んで身に着けて戦いに出ようと普通は思わない。

 ──そうだ。戦いに出向くのだ。これで命を落とさないなんて、誰にも断言できない。

 これが最後になるかもしれない。だから……いいのだ。これくらい、可愛がっても。


 一人、少し陰鬱となった心のまま案内された賑やかな広場の隅では、いつもの面々が騎士装束の誰それと打ち合わせの真っ最中。忙しそうに走り回っているのは騎士ばかりではなく、装いの統一されていない冒険者の姿も多い。

 どういった基準で選定されたかは知らないが、ここに至るまでにすれ違った誰それと同様、それなりにはできそうに見える。

「あっ、サクラさん! お待ちしていました!」

 まず気づいたのがペトラちゃん。フロンは視線を向けて片手を挙げるに留め、そのまま騎士の人との打ち合わせを続行。その辺りで気づいたリリウムとリューンが仲良く寄ってきて、食事の支度中と思しきミッター君とアリシアは距離があった為に、この時点では私に気付かなかった様子。

 これが普通だ。やっぱりうちの聖女ちゃんはちょっとおかしい。いや、変な意味で変だと言いたいわけではないんだけど。可愛いけど。

「お待たせ。随分と早かったね? まだガルデに居ると思ってた」

「サクラっ、おかえりっ!」

「わたくし達も到着したのはつい先日のことです。そちらは片付いたのですか?」

「全部終わったよ。ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど……皆忙しそうだね」

 全員いる。一安心だ。無言で威圧感を与えているリリウムと、実力行使で引き剥がそうとしているリューンと、私へのダメージをガン無視してそれに抵抗しているソフィアと。いつも通りだ。安心する。


 今のところ抱えている懸念は……まぁ、上手くいくかなとか、結界石盗まれてないかなとか、色々あるにはあるんだけど、とりあえず一つだけ。リッチやレイスの出処が明らかになっていない。

 いつぞや仕事として請け負ったガルデ東門での害獣駆除。あの時のワニや飛竜や黒豹といった種も、下手すれば野良迷宮から溢れてきた魔物なのではないかと考えるようになった。

 なったはいいのだが……あれは確かガルデの領土内、王都よりそれほど遠くないエリアに発生源があるという話だった。迷宮ではなく、元からその辺に棲息していた種なのかもしれない。だとすれば私達の仕事にそれほど影響を与えることはない……とは思うんだけど──。

「確認? 責任者呼んでこようか? たぶんその辺で油売ってると思うよ」

「んー……いや、後にしておく。忙しそうにしてるじゃない」

 ここの責任者とは顔見知りだ。ガルデを発ってまず会いに来た。今し方建物から出てきて、鎧姿で思いっきり汗水流して走り去っていった青年がそれだ。脱げばいいのに。

 それに、彼に聞いたって答えが返ってくるとは思えない。どう考えても管轄外だ。

 王都で暇してそうなおっさんに手紙の一つでも出しておけばいいだろう。私もここからは忙しくなる。

 カーリは囲った。結界石のお守りも依頼した。侵入者を阻んで欲しいと全ての拠点に頼んである。浄化赤石も西方面には配ってあるし、火炎放射器君も既に陸路で運ばれているはず。

 あとは拠点を作った後に龍を倒して、東と西から押し寄せる魔物の一切合切を殲滅して──最後に北へと出向いて山々を焼き払えばいい。

 だいぶ下拵えに時間を食ってしまったが、その分準備は万全だ。後は死なないように、全力でお掃除に明け暮れるのみ。

 家に帰るまでが遠足だ。酒場で騒ぎ散らすまでが作戦の内だ。各々方、努々油断召されるな! ってね。



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[一言] いつかソフィアに押し倒される未来に期待する
[一言] ソフィアすき
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