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金庫の鍵を一つ二つ、三つと閉めて、そのダミーが大量についた鍵の束を腰のベルトにつなぐ。ベルトにつないで錠をかける。錠の鍵は首に下げ、見えないようにシャツのボタンを閉じる。こうしてコスモは再びオークション会場へと金庫とともに戻る。
「では続いての品物はこちらです!」
司会進行の声に合わせて、ひときわ明るい壇上に小さな指輪が運び込まれた。
「あっ…」
金庫の上に座っていたミーティアがそれに気づいた。
「コスモ!あれ!あれは絶対取って!」
ミーティアは強くせがむが、やはりコスモには聞こえていない。
少し小汚い銀の指輪。ありふれた物であったが間違いなくあれはミーティアがセーラにプレゼントしたものであった。自分の親愛に今、値段がつけられそうになっている。
壇上の司会が品物の出自について語る。
「こちら、一見なんの変哲もないシルバーリングですが、さにあらず。皆様お察しの通り、こちらもあの魔女の指輪でございます。この前も似たような品が出ましたが、それとは訳が違います。実はこの指輪には魔力が宿っていたと言われており、魔女ミーティアはこれをはめることで呪いがより強力になると信じていたそうです。ですが、ま、結果はこちら呪いなんてございません。ただ一つ言えるのは間違いなく魔女が身に着けていたものございます。それではまず、金貨一枚から始めましょう!」
口上の端々からこの品物を軽視している様子が見て取れた。その証拠にあまり買いたがるものが出ない。コスモを除いて。
「10枚!」
いきなり十倍まで引き上げるコスモ。会場の購買意欲のなさを感じ取って、この品は早々に切り上げるつもりである。だが。
「100枚」
さらに十倍にするものが現れた。だがまだコスモは強気だ。
「150枚!」
倍率はガクッと下がったが薄汚れた指輪には破格の値段が付き始めている。
「250」
更に釣り上げられた。コスモは引き下がるわけにはいかない。
「255!」
ここから一枚ずつ重ねていくつもりだ。
「280」「300」「325」
しかし次々と札と値段を上げるものが現れ、どんどん元のものの価値を離れていく。コスモは食いしばった。
「326!」
そんな彼女をあざ笑うかのように、会場の者たちが釣り上げていく。いつの間にか額が金貨400枚を越え、ついには500枚に近づく勢いであった。普通のオークション参加者ならそろそろ手を引くところだ、だがコスモはそれをしない。
「511!」
勝負に出た。これで他のライバルは黙るはずである。大台に乗せて様子をうかがう。
会場は先程までのデッドヒートが嘘のように静まり返っていた。すなわち、
「511!511以上はいませんか!いませんね!では511で落札となります!」
終了の合図。
コスモはガッツポーズをとった。そばでずっと手に汗を握り一部始終をみていたミーティアも拍手を送る。
だが、勝ち取った品物を受け取りに前に進むコスモに向けて、会場のどこからかクスクスと嘲笑がなげかけられた。
コスモはキョロキョロとあたりを窺う。誰かはわからないが、誰かが馬鹿にしながら言った。
「あんなもんにそんな金かけちゃって…ねェ?」
「またあの店の小娘か…跡継ぎがあれたァ先代の目利きも衰えたか」
「あいつ、もう金ないんじゃないか?」
クスクス笑いは次第にゲラゲラと下品な笑い声に変わっていく。
(…これはミーティア様のためでもあるから。私は、自分のやってることに誇りを持ってる…)
音が聞こえるほど、大きく鼻から息を吸い込む。
カッと靴底で床を蹴って雑音をかき消した。姿勢を正し、恥じ入ることは何一つないと堂々と指輪を受け取る。
「やった!コスモさすが!さっきごちゃごちゃ言ってた奴らは全員呪っとくから!」
ぐるぐるとミーティアがコスモを軸にして滑り回る。だが大衆の嘲笑の所以は、魔女の品に大枚をはたくことそれ自体ではなかった。
「では次の品物に移ります!」
コスモは青ざめた。あんなに、2000枚ほどの金貨を持ってきたはずなのに、これまで五品を購入しただけでもう底をつきそうであった。毎回ミーティアの服には金貨800〜900枚ぐらいの値がつく。そして服はせいぜい一着しか出品されないのでこれだけ握っておけば余裕を持って買いとれると踏んでいた。
それがどうだろう。四つあった金貨袋が残り一つ、しかも少し口が開いている。盗まれたのではなく、使ってしまっていたのである。直前二品の連続500枚超えがかなり響いた。
(やられた…)
ギャラリーは別にデッドヒートなど最初からしていなかった。なんだか意気込んでコスモが買いつけていたので、勘の鋭い商売人たちは何かあると感じ取った。彼女にはさっさと資金を使って退散してもらうよう邪魔をしていただけであったのだ。
最初から退くつもりのなかったコスモは、まんまと後半戦の大物を買うための軍資金を減らされていたのである。
悔しそうにオークションを眺めるコスモ、今出せるのは金貨350ぐらいまで。普通のミーティアの日用品シリーズならあと五品ぐらいは余裕で買えて目標を達成できる。だがこうなってしまっては、彼女がオークションに参加する意志を見せた途端、周りが値段を釣り上げてくるに違いない。
「これじゃあ…約束が…」
眉間にシワを寄せるコスモとオロオロする幽霊のミーティア。
「約束?…別に、別にワタシは、そんなの気にしないよ、もう。その指輪を取り返してくれただけで…」
言葉は届かない。
コスモは悔しそうにしながらも、
「300」
と札を上げた。まだまだオークションは続くのはわかっているが、資金が底をついてもせめてこれだけは買い取るという強い意志である。
「301」
あざ笑うかのように他のものが続く。品物はただのバレッタだった。
「334!!」
ひねり出されたコスモの叫び声。これが意味するところを他の参加者は察する。当然のようにみながその場で手を引いて、またもコスモが落札した。
「よかったなァ!」
誰かがゲラゲラ笑う。
司会もそれを咎めることなく普通通りに次の品の紹介へと移った。
「ほほほ、今日はなかなか皆様お羽振りがよろしいようで」
いい加減な敬語を使いながらいきなりセーラが登壇した。プログラムに急な変更があったようで、司会もうろたえる。会場はざわついた。
「いつもならもう少し前菜を楽しんでいただいているところですが…」
この言い方に会場の者たちが目をギラつかせた。もうすでに拳を握って喜ぶ準備をしているものもある。
「本日はなんと、三着もご用意しております!しかも全て着用済み!私が保証しますわ!」
万雷の拍手に会場が包まれた。
悔しそうにしているのはコスモとミーティアだけ。そして、そこへ近づく人影。




