第14話:第二次革命未遂事件(5)
「はぁ…はぁ…はぁ…」
後ろから、ポーラの荒い息遣いが聞こえる。俺も走ることに慣れている方ではないが、ポーラは国王の娘ということもあって俺よりも運動自体に慣れていないのだろう。わずかな距離を走っただけでかなり苦しそうだ。
まぁ、ポーラは門出の儀の際のドレス姿のままなんだから、体力の消耗が激しいのはその影響もあるのかもしれないが。
「よし。ここまで来れば大丈夫だろ」
先程までとは打って変わり、炎の気配が微塵もない街並へ辿り着いた。熱がすごかったあの惨たらしい場所に着く前、一度通った街並みだ。
俺たちは爆心地から逃げ出す中で、逆方向から進行してくる魔族に遭遇してしまった。ケビンからは街の入り口へ向かえと言われ、爆心地から追いやられたのだが、その入り口の側から魔族が進行してきていたのだ。
今、カレンとレオは魔族と交戦をしている。一方、俺はポーラをあの危険な場所から逃がすために彼女の手を引いて戦闘の場から一時離脱をした。
そうして辿り着いたこの平和な雰囲気の街並みで、民家の陰に隠れて俺はようやく彼女の手を離した。
「いいか、ポーラ。よく聞いてくれ」
「は、はい」
俺に肩を掴まれ、緊張した様子でポーラが顔を赤らめる。
いや、なんでそこで赤くなるんだ。そんな状況じゃないだろ。
「俺は今からレオとカレンの元に戻る。お前はこの辺りに隠れてろ」
「そ、そんな」
「いいから!この辺りが一番安全なんだ。爆心地からも襲撃地からも離れた場所だからな。だから、この辺りでおとなしく隠れてろ」
「そ、それは嫌です!」
ハッとした様子でポーラが青ざめ、慌てて反論をしてくる。
別に、安全な場所で待ってろって話なんだから嫌がる必要ないだろ。
「何が嫌なんだ」
「私も…戦います」
少し、イラッとした。弱いくせに粋がんなよ。そう思ってしまった。
「お前が来て何ができるんだ。さっきだって守ってもらっただけだろ」
「あなただってそうじゃないですか」
ポーラの表情は覚悟に満ちたような、ある種の殺気立った表情だった。タレ気味の目をつり上げ、真剣な眼差しで俺を見つめている。口角や肩が少しだけヒクついているから強がってるってのが丸わかりだけどな。
本当、面倒なやつだ。
「俺だって守ってもらった。それは俺が弱いからだ。けど、少なくともお前よりは強いし、俺はあの場所を生き残れる程度の力を持っている」
「あの場所を生き残る力なら私だって持っています!」
「……だとしてもお前は来るな」
「どうしてですか!」
困ったな。特に理由なんて考えてなかった。こいつ多分だけどあの場所に死にに行くつもりだぞ。
だからお前が弱いからなんて何回言っても効果がない。どうしたもんか。
……そうだ。
「全滅は避けたいからだ」
「…全滅するかなんてわからないじゃないですか」
「全滅しないとも限らない」
「それは屁理屈です」
「だとしてもだ。お前には生き残ってもらわないと困る」
「それは……どうして困るんですか?」
「助けを呼ぶ人間がいなくなるからだ」
「……あぁ。そういうことですか」
少し、残念そうにポーラが言う。その表情はいつものどこか抜けたような頼りない表情に戻っていた。
「そういうことなら仕方がないですね。でしたら、私はアリスかケビンさんを探してきます」
助けは信頼できる人間の方がいいでしょう?と言い、ポーラが踵を返す。
「あ、ちょっと待てよ」
「なんです?」
「お前、武器は何を持ってる?」
「えっと、この拳銃だけです」
腰に取り付けてある革製収納袋を軽く叩いて見せながら不思議そうに首をかしげる。その動きに連動して、彼女のくせっ毛の金髪がサラサラと揺れる。
よくわからないが、その様子がなんだか綺麗で俺は思わずポーラから目を逸らしてしまう。
あー。なんか、俺の挙動が女子と話し慣れてない男子みたいじゃないか。
まぁそんなことはどうでもいい。彼女を呼び止めた目的を果たそう。
「それ、貸してくれないか?」
「……無理です」
即答で拒絶された。
「どうしてだ?」
「これは……形見だからです」
あ、これは聞いたらダメだったタイプの奴だ。
しまったな〜。普通にミスったぞ。なんか、暗い表情になってるし。
てか、コイツもっとおとなしいタイプだと思ってたけどなんだかんだで表情がころころ変わるし感情的なやつなんだな。……とかそんなこと冷静に考えてる場合じゃない。
このクッソ気持ちの悪い中途半端な重さの空気をどうにかしないと。
「その…えっと。ごめん」
「いいんです。気にしないでください」
「あ…そ、そうか」
うわぁ。気を遣おうとして気を遣われてもっと微妙な空気になったじゃねぇかよ。
早くレオとカレンの元に向かわないといけないのに、なかなか向かうことができないじゃねぇかよ。
俺がなんとも言えない表情でどうしようかと考えていると、ポーラが「あ、あの」と申し訳なさそうに言った。
「なんだ?」
「この拳銃は貸すことができませんが、代わりに…」
ポーラがロングドレスのスカート部をたくし上げ始めた。
たくし上げ……
「は?何してんの?」
「え?…あ、いえ!違うんです!」
右手でスカート部を掴んだまま、否定するように顔を赤くしてブンブンと空いた左手を振り回す。
そして、‘カチッ’と言う音をさせながらポーラは右足の太ももにつけられていた革製収納袋を取り外した。ともなう形で、金属同士がぶつかる甲高い音がなる。
「か、代わりに、これを持って行ってください」
ポーラが太ももから取り外して持ち上げて見せた革製収納袋は拳銃を収めるためのものではなく、刃渡り10センチほどの短剣を収めるためのものだった。
太ももをぐるりと囲う形で取り付けるその革製収納袋には短剣が6本収められており、ポーラはそれを手渡してきた。
「魔法的な効果は持っていないですが、それでもないよりはマシだと思います」
「いいのか?」
「ええ。大丈夫です。まだありますから」
そう言い、左の太ももを左手で軽くたたいて見せてくる。確かに、人の肌を叩くよりは鈍い音が鳴った。彼女の言った言葉は嘘ではないのだろう。
「じゃあ、私はこれで」
小さく手を振り、ポーラが踵を返す。
俺はポーラが俺の向かうべき方向とは逆方向に向かって確かに走っていくのを確認し、彼女の姿が見えなくなったところで彼女同様に踵を返した。
さて、ポーラを戦場から引き離すと言う当初の目的は達成した。追加の武器もなんとか手に入れた。
「早く向かわねぇと」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、俺は走り出した。
ポーラに渡された短剣用の革製収納袋は俺の太ももに取り付けるにはいささかサイズが小さい。だから、太ももに取り付けずに左腕の二の腕へと取り付けた。
その方が短剣を取りやすいし動きやすい。




