第13話:第二次革命未遂事件(4)
「うぐっ」
右肩に激痛が走った。
俺がとった選択は飛来する矢に背を向け、ポーラを抱きかかえて身を丸めることだった。
そうすることでポーラを守ることができ、矢の飛来線上に右半身が来るように少しばかりズラせば俺自身の急所を守ることもできた。
ただ、これは成功だが失敗だとも思う。なにせ、
「ぐあぁあああああ!痛ぇ!」
そうやって苦悶の叫びを上げてしまうほどに矢が刺さるってのはめちゃくちゃ痛い。
とにかく矢の刺さった右肩が痛い。
痛みを感じ、脳が焼ききれるかのような錯覚がする。
後頭部に不必要な力が入り、攣りそうな感覚がする。
貫通してくれたのならよかったのかもしれないが、弓の強さやらゴブリンの筋力やらが影響しているのか、矢は俺の肩に刺さり、骨に当たって静止した。
貫通せずに中途半端な位置で肉を抉るだけ抉って止まりやがったのだ。
当然、少しでも体を動かせば突き刺さった矢が揺らいで傷口を刺激するもんだからとにかく痛みが持続する。
痛い痛いというだけでも矢が揺れて傷口を広げられるし、悶えようものならより盛大に傷口が広げられてめちゃくちゃ痛い。
「あ…いや…。嫌。イヤ嫌いや嫌」
ポーラを抱きかかえて守ろうとした俺だが、肩に矢が刺さったことでポーラを抱きしめていた腕をほどいてしまう。
そして、俺から離れたポーラは苦しむ俺を見て青ざめた表情で「嫌…嫌…」と繰り返し言う。
少し…混乱しているようだ。
「ちょっ、落ち着けって。痛いけど大丈夫だから」
痛みをこらえながらなんとかポーラを宥めようとするが、ポーラは俺の声なんて聞いてはいない。
相変わらず頭を抱えたまま「嫌だ」と繰り返している。
どうしようか、ポーラが落ち着いてくれないと肩の治療もしてもらえない。
なんとかして彼女を安心させな−
「ちょっと痛いけど我慢して!」
「痛ぁ!」
剣を鞘に収めたカレンがズカズカと寄ってきて俺の肩に刺さった矢を思い切り引き抜きやがった。
矢尻は刺さるだけ刺さり、引き抜く際にはさらに肉を抉ってくる形状になっている。
だから、カレンが思い切り引き抜いたことで俺の右肩には小さな穴が開き、そこから血が大量に溢れ出した。
「痛ぇ。痛ぇって。お前なんでそんな勢い良く引き抜くんだ」
「時間が無いからよ!」
「時間が無いからってどういう…は?お前何してんの!?」
俺の血がついたままの矢尻をカレンがペロリと舐めた。いや、ほんと何してんの!?
「うん。大丈夫」
「大丈夫ってなにが…」
「毒はついてない」
あぁ。なるほど。カレンの言動の意味がようやくわかった。
カレンが勢い良く俺の方から矢を抜いたのはカレンの言葉の通り、時間がなかったからだ。
もし、矢尻に毒が塗られていたのなら、早く抜いて処置をしないと俺の命が危ない。
そうならないためにも、一刻も早く対処をするためにも、カレンは慌てて俺から矢を引き抜いた。
そして、矢尻を舐めていった「大丈夫」って言葉もそのままの意味で、毒は特についていなかったと言う意味だ。
「ポーラ聞いて!」
俺が毒にやられる心配が無いと分かるなり、カレンはポーラの肩を力強く掴んだ。
「ケイタは大丈夫よ!この程度じゃ死なない!だからそんなに怖がる必要は無いの!」
「……嫌…嫌」
「嫌じゃ無い。いい?今から私はレオの加勢に向かうわ。だからポーラはケイタの肩の治療をして」
「嫌だ…無理……。私にはできません」
あーあ。ポーラは怯えた様子のままとうとう泣きだしてるよ。
さっきよりもっと塞ぎ込んじゃったんじゃないか?
けど、カレンはポーラのそんな様子を気にしない。
「できませんじゃない!やるの!そうじゃ無いと次こそアナタ死ぬわよ!それだけじゃ無い、次はレオも危ない。最悪、私たち4人が全員死ぬことになるわ!それは嫌でしょ?」
「……嫌。嫌です」
「だったらやるしか無いわ。大丈夫。あなたになら出来るから」
「私に…できるんですか?」
「できるでしょ。だってあなたは治療師なんですもの。怪我の治療が本分よ」
それだけ言うと、ポーラを抱き寄せてその背中を優しく二度、ポンポンと叩いた。
「じゃあ行ってくるね。私も頑張るから」
剣を持つ手に力を入れ、カレンはゴブリンと戦うレオの元へと駆けて行った。
「私も……頑張ります」
涙をぬぐったポーラは決意を固めたような頼もしい表情になっていた。
いや、こんな程度のやりとりで考え方変わるのかよ。
女って分かんねぇなぁ。
「じゃあ…はい。治療をしますので、上の服を脱いでください」
「ああ。分かった」
言われるままローブを脱ぎ、下に着ていた服も脱ぐ。
思っていた以上に血が出ているようで、ローブの下に着ていた服にはかなりの量の血が滲みていた。
「最初に痛み止めを塗ります。少ししみるかもしれないですが我慢してください」
傷口に何かを埋め込まれた感覚があった。軟膏のようなものを塗り広げるのではなく、凹んだ場所に粘土を埋め込めるようなイメージだ。そんな粘度の高い何かが傷口の穴に埋め込まれた。
それで傷口自体を埋め、塞いでしまおうということなのだろうが。
治療的に大丈夫なのかよ。これ、治らずに膿んだりとか凹んだ状態で治ったりとかしないのか?
「大丈夫ですか?痛みはまだ感じますか?」
言われて初めて気がついた。
「いや、もう痛みは感じない」
と言うか、これは痛みを感じないというよりは、
「感覚が…ない?」
傷口を起点にして、その周辺を含めて肩のあたりに感覚がしない。
感覚がしないってのは正確では無いが、ビリビリとした鈍い刺激があって、それだけでおさまっている。
その感覚に潰されるようにして痛みがなりを潜めている。
「は、はい。その、麻酔効果のある薬を痛み止めとして塗りましたので。けど、感覚は無いけれど動くはずです。どうですか?」
腕を持ち上げ、肩の調子を確認するように腕を回してみる。確かに、感覚は無いけど体は思い通りに動く。
「大丈夫だ。ちゃんと動く」
「でしたら、取れてしまわないように包帯で固定しますね」
取れてしまわないように固定?何の話だ?
ポーラはカバンからガーゼと包帯を取り出し、傷口にガーゼを当ててそれを固定するように俺の肩へと包帯を巻いてくれた。
なるほど、固定っていうのはガーゼの話だったのか。
そりゃそうだよな。怪我をした時の治療で‘取れないように固定’何て言ったらガーゼ以外の何があんだよ。
「よし。出来上がりです」
服とローブを今一度身につけ、「ありがとう」と礼を言う。
「いえ。そういう役割ですから。」
何がそういう役割だよ。少し前までその役割すら果たせそうになかったじゃねぇかよ。
「それよりも…」
砂埃で汚れた金髪を揺らしながら、離れた場所で戦うレオとカレンへと視線を向ける。
そんなポーラに倣い、俺も戦闘の真っ只中にいる武闘派二人へ視線を向けた。
いつの間にか、武装したゴブリンは半数近くまで減っている。
残りは弓を持った個体が2体、剣を持った個体が8対、棍棒を持った個体が2体だ。
「剣を持ったゴブリンが一体も倒せて無いな…」
「戦いづらいのでしょうか……」
かなり苦戦をしているようだが、俺たちはレオとカレンを心配していられるほど余裕が無い。
「とりあえず少し離れるぞ。弓を持ったゴブリンが矢を番えている。ここは危ない」
「あ…え?ちょっと」
ポーラの手を引いて走り出す。
ついさっき歩いてきた道を戻っていくように、爆心地の方へ向かって。
困惑した声をかけられるが気にする必要は無い。
とにかく今はこの場所から少しでも離れ、ポーラを安全な場所へと避難させる必要がある。
そして、俺もあの場所に加勢へ向かうんだ。
俺がちゃんと戦力になるのかはわからないが、その不安が加勢に向かわない理由になるわけでは無い。
何より、加勢に向かわなければ俺たちは確実に負ける。
どうしてそんなことが言えるかって?簡単な話だ。
遠く空の向こう、街の外側からこちらへ向かって飛んでくる巨体が見えたからだ。
アレはダメだ。アレだけは絶対に!
だから、アレがレオたちの戦闘に乱入する前に加勢に向かい、戦闘にカタをつけてこの場から離脱しなければならない。
そうしなければ全てが終わってしまう。
レオやカレンがゴブリンと戦うあの戦闘の場に、アレが乱入しようものなら全てが壊れて俺たちはなす術なく死んでしまう。
だって、俺たち人類には竜種に抗えるほどの力などないのだから…!




