第99話:変態
背丈の低い、手作り感満載の木製の塀に半分だけ囲まれた街。
候補勇者達が任務を放棄して作った街の中の1つ、ニライカナイだ。
街のもう半分は海に面していて、塀などは設けられていない。
陸地に木造の建物がポツリポツリと建つ一方、海上にも木造の建物が造られている。
街を構成する建物達は陸地の側も会場側もどちらも特徴的だ。
陸地の建物は高床式になっていて、地面に面するのは柱だけ。
建物そのものの底は地面から浮いている。
きっと、海の満ち干で海面の位置が変わったりするからその対策か何かだろう。
海上の建物はというと、海の底から柱を建ててその上に建物を作っているわけではなく、海上に大きな筏を造り、その上に建物を建てている。
大小様々な筏が波に揺られながら海上に浮いているが、それらは小さな筏同士を並べてつなげた通路で結ばれている。
「随分と変わった街だな」
電気が一切通っていない様子の原始的な暮らしをする人々を見て、レオが不思議そうに聞いた。
すれ違う子供達は互いに追いかけあったり泥で団子を作ってぶつけ合ったりと、随分と野生的な遊びをしている。
大人の女性達は談笑をしたり洗濯などをしていて、大人の男性達は皆、軽装に最低限の武器を持った形で街を彷徨っている。
店と思われるものは全くもって見当たらない。
「良い街だろう」
自慢げに鼻を鳴らすウシジマだが、レオは納得できない様子で「お、おう」と戸惑いながら返した。
「この街はさ、キノクニから逃げてきた人だけが暮らしてんだよ。中でもオキナワって場所から逃げてきた人だけで、だからこそ、その地域特有の言葉で理想郷を意味する言葉、ニライカナイってのを街の名前にした」
頭の後ろで手のひら同士を組みながら、俺たちの方を向いて後ろ歩きで進みながら語るアカミネ。
そのアカミネの言葉にウシジマが「うむ」と野太い声で頷く。
だからキャラが濃いんだって……。
「ワシらの先祖は皆、海を愛し、海と共に生きてきた。故に、ワシらはその心を受け継ぎ、海と共に生きる生活をしている」
鼻息を荒くしながら、興奮した様子で熱く語るウシジマだが、何を言っているのか正直よくわからない。
うん。まぁ、何かあるんだろ。
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街に入ってから15分ほど歩くと、あっという間に海岸に到達した。
小さな筏が海岸から向こうの方にまで、まっすぐにいくつも並んで通路を作っている。
そこから派生するように通路はいろいろな方向へと伸びていき、その先々に建物の建つ大きな筏がある。
「では、行きましょう」
「足場が揺れるから気をつけなよ。手を貸してやろうか?」
ウィンクをしながらポーラに手を差し出すアカミネ。
だが、ポーラは残念なことに俺の背後に隠れている。
……ちょっとだけからかってやろうと思った。
アカミネを。
「ああ。よろしく頼む」
アカミネに向かってウィンクをしながら、アカミネのごっつい手を握ると、背後からレオとカレンの「うへぇ」というドン引きする声が聞こえてきた。
やめろ。俺も冗談でやっているだけだ。
「え、いや、お前そういう趣味なの?」
俺の手を振り払い、レオとカレンと同様にドン引きしながら自身のケツを両手で庇うように覆うアカミネ。
どうやら俺はいろいろとミスをしたようだ。
ショックを受けて俺が固まっていると、先に進んでいったウシジマとアカミネを追うようにレオとカレンが順に筏に飛び乗り、そのさらに後を追うようにニコラウスが筏へ飛び乗った。
それらの衝撃で水しぶきが上がり、頬に当たる。
うん。冷たい。
次いでシロが軽やかに飛び乗り、「えいっ!」とポーラが目を瞑りながらとぶ。
危なっかしいが、なんとか無事に筏に乗れていた。
まぁ失敗しても足首のあたりまでびしょ濡れになるだけだけどな。
てな感じで、第三者的感覚で皆を見ていると、
「ほら。行きましょう」
と、ポーラが俺に手を差し伸べてきた。
さすがに初めて筏に乗るとはいえ、ビビって足が動かないほどガキではない。
だけど、せっかくのポーラの善意を無下にもできないと思った。
「その……ありがとう」
手を伸ばし、差し伸べられた小さく柔らかい手のひらを握り、地面を蹴る。
別段距離があったわけでもなく、ごくごく普通に筏に飛び乗ることができた。
「うぉ……揺れる」
「はい。不思議な感覚です」
ちょっと楽しそうに、砕けた笑みでポーラは言った。
一方の俺は少し緊張している。
車の揺れとはまた違う、沈むような恐怖心を煽る揺れに萎縮しているのだ。
初めて乗った筏の感想は「怖い」の一言だった。
「なんか、このままここにいたら沈みそうだな」
「そ、そうですね。なんか少し怖くなってきました」
「皆も随分と先にまで進んでるし、慌てて追いかけるか」
「そうですね。置いて行かれたら困りますし」
先を進む皆を少し早めの歩調で追いかけると、先を行く6人は途中で枝分かれすた筏通路へと進んで行き、その先にある街で一番大きな建物の前で足を止めた。
俺たちが少しだけ遅れてその場所にたどり着くと、「あー!」とアカミネが俺たちを指差して叫んだ。
唐突な叫び声にポーラはビクリと肩を震わせる。
「お前! モブ少年この野郎! なんでお前ポーラちゃんと手を繋いでんだよ!」
指摘され、俺とポーラはきょとんとした顔で互いの顔を見た。
そして視線を落として手を見て、そのままもう一度視線を持ち上げて互いの顔を見る。
もう一度手を見て、また顔を見る。
遅れて羞恥心のようなものが湧き出てきて、俺たちは慌てて互いの手のひらを離した。
どうやらさっき筏に飛び乗った時からずっと繋ぎっぱなしだったようだ。
なんで気づかなかったんだよ俺。
指先の感覚、死んでるんじゃないの?
「あ、いや、これは!」
「えーっと……その……あれですよ!」
2人揃って手をブンブンと振り回し、テンパるように弁明をする。
すると、そんな俺たちを見てアカミネが「いーなー!」とまた叫ぶ。
普通に煩い。
「ねぇねぇポーラちゃん。俺とも手を繋ごうよ。そんなモブ少年よりも俺の方が頼りになるよ」
俺を指差し、空いた方の手を俺たち同様にブンブンと振り回しながら説得するように言うアカミネ。
そのアカミネの脳天にウシジマがかなりの力でげんこつを落とす。
ゴチンという鈍い音がしてかなり痛そうだ。
「馬鹿者! 長様の邸宅の御前だろ! 喚くな!」
叱りつけるウシジマの声がなんだかんだで一番うるさかった。
「それでは、中で長様が待っておられます故、どうぞお入りください」
そもそも扉がつけられていない開け放しの入り口の前で、ウシジマは俺たちに深くお辞儀をしながら言った。
「長様の話は長いぜ? 気をつけなよ」
ケラケラと笑いながら補足をするアカミネ。
いや、それ普通に長様とかいう人の悪口だけど大丈夫?
と、思っていると、案の定ダメだったようでアカミネはウシジマにまたまたどつかれた。
2人がコントをしている中、そんなものに興味はないとでも言うようにとてとてとシロが巨大な木造建築の中に入っていく。
巨大なとは言ったが、あくまでのニライカナイの中では巨大なってだけでカローンナの屋敷とかバベルとかと比べたら全然小さい。
だいたいニライカナイの一般的な民家4棟分ぐらいの大きさだ。
ちなみに、面積が広いだけで1階建てだ。
多分2階建てにすると重量の問題で沈んでしまうのだろう。
シロに続き、ニコラウスが「お邪魔します」と律儀に小さく礼をして中に入っていき、レオが「邪魔するぜ」と、カレンが「失礼するわ」と順に断りを入れて中に入っていく。
先に入っていった4人についていくために一歩を踏み出そうとすると、アカミネが両目を見開いて鼻息を荒くしつつポーラを見つめているのが見えた。
怖ぇよ。なんて形相してやがるんだ。
不審者さながらの顔でポーラを見つめるアカミネを見ていると、少し悪戯をしてやりたくなった。
よくわからないが、俺はアカミネに悪戯をしたくなるタイプのようだ。
「ポーラ行くぞ」
「へ、はい」
俺はアカミネに見せつけるようにポーラの手を引き、そのままアカミネから逃げるように長の邸宅だという建物に足を踏み入れた。
中に入ると、先に入っていったはずの4人が無言で立ちすくんでいた。
しかも、真顔で。
何があったのかと思い、4人の視線が集まる先に視線を向けると、そこには天窓から差し込む太陽の光を気持ちよさそうに浴びる全裸の男が立っていた。
浸るように目を瞑り、両手を広げて全身に太陽光を浴びるその男は、女性のように長い髪を結ぶことなく垂らしている。
しかも、その髪は右半分が黒で左半分が白という不思議な状態になっていて、顔の左半分には火傷跡のような痛々しい傷跡がある。
「どうしたんですか?」
皆の様子がおかしいことに気がつき、俺と同じように皆の視線が集まる先を見るポーラ。
だが、その先に立つ変態を見て、ポーラは「ひっ」と短く悲鳴をあげた。
無理もない。男はニコラウスやアカミネとそう変わらない年齢で、全裸で、左右で色の違う長髪で、顔に火傷があって、局部を俺たちに見せびらかすように突っ立ている。
しかも、快感を覚えているかのように目を瞑り、両手を広げ、「あっ……あっ……」と恍惚の声を漏らしている。
まさしく不審者だ。
「う……わぁ」
と、シロまでがドン引きして男のことを可哀想なものを見る目で見ている。
おいおい変態。お前、よっぽどの変態だぞ?
「おい変態。その貧相なものをさっさと仕舞え。つーか誰だよテメェ」
初対面の男を相手に、レオが言い捨てる。
あらやだ。口は悪いけどこういう時は頼りになるじゃない!
レオの男らしさに感心していると、カレンが小さく噴き出してレオの背を叩いた。
「あなたのよりは立派よ」
「ちょ、バカ! それは今はいいだろ!」
カレンの肩を掴み、顔を赤くして吠えるレオ。
あれ?
君たち、そういう関係なの?
あーだこーだとレオとカレンが言い合っていると、変態はゆっくりと目を開け、俺たちを順にゆっくりと見た。
俺たちを見るその右目は底なしの黒い虹彩を持っていて、光だけでなく何もかもを飲み込んでしまいそうだった。
そう、右目だけ。
男の左目は虹彩が剥離し、濁った色になっていて、白目の部分は腐敗しているのか茶と紫がぐちゃぐちゃに混ざり合った色をしていた。
ニライカナイの他の住人たちと違い、顔の彫りが浅い故に尚のこと異常な部分が際立って鮮明に見えてしまう。
さすがのレオも男の瞳を見てひるんだようで、追加で噛みつくことはせずに黙り込んだ。
つられて、レオとじゃれ合っていたカレンも黙る。
2人の横で、ニコラウスが喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
変態は広げていた両手をゆっくりと下ろすと、そのまましゃがんで足元に落ちていたローブを拾い、羽織った。
羽織っただけだ。紐は結ばない。
だから相変わらず局部を晒したままだ。
「やぁやぁ。会いたかったよ旅の人たち。俺はこの街の長をしているワダツミという者だ。俺はこの街から出ることができなくてね、ひどく退屈しているんだ。よかったら旅の道中のお話を聞かせてはくれないかね?」
腰に手を当て、変態は名乗る。
だが、俺たちは皆、反応に困って無言を返す。
その中で、シロが俺の元にまでコソコソと歩いてきて袖を引っ張ってきた。
「どうしたんだ?」
ひそひそ声で聞く。
すると、シロは小さく手招きをした。
ついて来いということなのかと思ったが、シロは移動する素振りを見せない。
だから耳を貸せということなのだとわかり、少ししゃがんで耳を貸す。
「ワダ・タツミ」
そう、シロは耳打ちしてきた。
吐息がかかるほどの近さでの耳打ちで、声が直接脳に響いてるんじゃないかって錯覚をした。
「ワダタツミ? なんだそりゃ」
シロに聞くと、
「Hey 少年! どうしてその名前を?!」
変態が俺を指差してきた。
え、何?
つーかテンション高いな。キモ。
「い、いやシロが今俺に耳打ちイデデデデデ!」
途中でシロが腕をつねってきた。
力自体は弱いがものすごく痛かった。
「シロ?」
首をかしげ、目を細めて凝らすようにシロを見つめる変態は、数秒の間ジロジロとシロを見て最終的に固まった。
そして、
「あああああああああああああ!!!!!!!」
頭を抱えて奇声をあげた。
何度も裏返る叫び声を聞き、シロが僅かに顔をしかめて小さく舌打ちをする。
シロがここまで感情を表に出すのは珍しい。
一通り叫び終えると、変態はその場に崩れ落ち、ひざ立ちの状態になって天を仰いだ。
天窓から差し込む光に常に照らされているから、まるでスポットライトが当てられているようで少し腹立たしい。
小さく唸るような声で、変態は言った。
「貴女はシロさんじゃないですか。俺の……初恋の……人!」
わざとらしく言葉を区切り強調しながら言った変態に、シロは今一度、小さく舌打ちをした。
相変わらずの情報量の多さに俺はもう帰りたいなと思った。
魔王を倒すまでは帰れないけれど。




