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4. そして小人はいなくなった

 それから数日間ファネスの実験は続いた。

 うっかり植物を室内で大きくしすぎて天井に穴を開けたり、羽虫を大きくしてモンスターを作り出してしまうなどのハプニングはあったが、ようやく私にかけてもいいレベルまで調整できたようだ。


 必要な魔法陣も既に描き終わり、いよいよ実際に魔法をかけてもらうその前夜。

 どこか落ち着かない気持ちを感じながらもいつもと同じように夕食の後片付けをしていると、ファネスが声をかけてきた。


「レミに見せたいものがあるんだ。ちょっと一緒に来てくれる?」

「……?うん」




 魔法の明かりを灯したファネスに手を引かれ、暗い夜の森を歩く。

 フクロウの鳴き声や夜行性の動物達がうごめくかすかな音が聞こえてくる。

 こっちって野イチゴを採りに行った時の道だよね。見せたいものって何だろう?


 しばらく歩くと以前水浴びした泉に着いた。だが昼間とは全く様子が違う……


「わぁ…………!」


 私は今まで見たこともないような美しい光景に目を奪われた。

 水面には地球のそれよりも大きな満月がゆらゆらと揺れている。そして泉の周り一面に咲き乱れる小さな青白い花。その一つ一つがふんわりと発光していて、周囲は幻想的な青白い光に包まれていた。

 

 私はしばらく言葉もなくその光景に見入った。


「これは満月の夜にしか咲かない花だよ。僕、この景色が大好きなんだ」

「すごく……綺麗。見せてくれてありがとう、ファネス」

「うん……レミは明日魔法が成功したら元いた場所に帰っちゃうでしょ?その前にどうしてもレミに見せたかったんだ」

「ファネス……」


 少し寂しそうに微笑むファネスを見て、私は胸がキュッと狭くなったような心地がした。

 そうか、明日でファネスとお別れなんだ。

 また会いに来ることはできても、こんな風に同じ目線で一緒に過ごすことはできないんだ……



 そう思ったとき、私は自分の気持ちにはっきり気付いた。



「ファネス」


 私はうつむきかけていた顔を上げ、向き直ってファネスの琥珀色の目をしっかりと見た。


「私、ファネスのことが好き!自分で頼んでおいて申し訳ないけど、大きくならなくていいからこれからもファネスと一緒に暮らしたい!!」


 そう告げた私に、ファネスは困惑した顔を返す。


「レミ?何を言ってるの……?結婚相手を探してるって……温かい家庭を築くのが夢だって言ってたじゃないか。僕は魔法も使えるし他のネズミよりは寿命も長いけど……それでもただのネズミなんだよ?」

「ネズミでもいいの!子供ができなくても、寿命が違っても!ファネスが好きだから……一緒にいたいの」


 やっと気づけた思いをどうにか伝えたくて、ファネスの前足を手に取り必死に言い募った。潤んできてしまった瞳でファネスの目をじっと見つめる。


「僕は……」


 そう言ったきりファネスは俯いてしまった。


「……やっぱり私じゃ駄目?ファネスもネズミのお嫁さんじゃないと嫌かな……?」

「そんなことはない!僕だって……!でも僕は……」


 弱気になった私の言葉を即座に否定し、何かをこらえるようにギュッと目をつぶるファネス。


「僕は……」

「ファネス……」



「僕は………………?……っ、あああっ!!?」

「ファネス!?」


 突然ファネスは固くつぶっていた目を見開いて叫んだ。そしてそのままの表情で数秒間固まる。


「うわぁー……僕は……馬鹿だ!大馬鹿だ!四大陸一の大馬鹿野郎だよ!!」

「ファ、ファネス?一体どうしたの!?」

「全部思い出したんだ!『解除』」


 ファネスはひとしきり自分を罵ったあと、唐突に短い呪文を唱えた。

 すると光の粒子がファネスの周りを取り囲み……




 次の瞬間、そこには見知らぬ人間の少年が立っていた。




 ……………………え?

 え?どういうこと?ファネスは?え?


「あ、レミも大きくしていいよね?『大きくな~れ、10倍くらいに!』」


 混乱する私をよそに、えらい適当っぽい呪文を少年が唱えた瞬間、私は光に包まれた。眩しさに一瞬目を閉じる。

 そっと目を開けると……



 周りのものが何もかも小さい!?


 辺りを見まわし、しばし呆然と立ち尽くす私。




 …………いや、違う。私が大きくなったんだ!!



 




 ……………………ええっと。

 この状況から鑑みるに。

 10代半ばくらいでサラフワな茶色い髪と琥珀色の瞳、私より頭半分ほど背の高いこの美少年は……




「……ファネス……なの?」

「うん!僕人間だったんだ。うっかりしてたよ!!」


 うっかりどころの話じゃなぁぁい!!と叫びたかったが、実際には大口開けて固まっている私にファネスは更にたたみかけてきた。


「これで僕たちの間には何の障害もないよね!」


 そう言ってその場で跪く。


「レミ、僕も君が大好きなんだ!僕と結婚してください!!」



 な、なんだってぇぇぇ!?

 脳の処理能力を完全に超えたできごとの連続で私の頭は大混乱、疑問で埋め尽くされている。そのうえ思い返すと死ぬほど恥ずかしくなるようなできごとが以前泉であったような気がして更に混乱に拍車をかける。



 …………だけど、それでも今言うべきことだけは決まってる!



「ふつつかものですがよろしくお願いしまぁす!!!」


 私はファネスの手をギュッと握って頭を下げた。


「レミっ!」

「ひゃっ」


 グイッと手を引かれ、倒れこむ私をファネスの意外にしっかりとした腕が抱きとめる。ファネスがネズミ姿のときは穏やかだった私の心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている。

 ほんのり頬を染め、とろけるような笑みを浮かべたファネスの顔がすぐ近くにあって、私はそっと目をつぶった。


 こんな時なのに私は思った。

 人間になってもファネスはやっぱり宇宙一可愛い。







 *****




 その夜の師匠は荒れていた。

 何でも3年付き合った恋人に振られたとか。


「女の貴重な3年間を無駄にさせやがって〜!!」


 ドンと酒瓶をテーブルに振り下ろし、クダを巻いている。……「貴重な3年」って言うけど、師匠は若い姿のまま既に100才を超えている。時間はまだいくらでもありそうなんだけどな……

 何はともあれ今はそっとしておこう。


「それじゃ僕はお先に失礼しま……」

「ちょっとぉ……あんたも付き合いなさいよ」


 寝室に行こうとした僕の肩を後ろからがしっと掴む師匠。

 ……それからは夜通し愚痴を聞かされ続けた。




 いつの間にか僕は眠っていたようだ。

 テーブルに突っ伏して寝たせいで変に固まってしまった体をぐっと伸ばす。窓から差す朝の光が寝不足気味の目に眩しかった。

 部屋は昨日のままで、テーブルの上には師匠がお菓子をヤケ食いした食器や何本も空けた酒瓶が散乱している。

 しかし散らかした本人は見当たらない。きっとまだ寝室で寝ているのだろう。


 ……あれ?

 テーブルの上には蓋を開けた缶が置いてあり、中にはまだ数枚のクッキーが入っていた。

 甘いお菓子が大好きな師匠が全部食べつくさないなんて珍しい。僕に残しておいてくれたのだろうか?

 何を隠そう僕も甘いものが大好きだ。師匠の気が変わらない内にもらっておこう。

 そう思いクッキーを一枚手に取る僕。


「あっ!」


 が、手が滑ってクッキーを取り落としてしまう。クッキーは転がって家具と家具の隙間に入ってしまった!


 …………大丈夫。5秒以内に拾えば食べられるって誰かが言ってた!


『ネズミになれ』


 僕はすぐさまネズミに変化して隙間に入り、クッキーを拾った。

 変化を解こうとしたその時、ふと思いついた。


 ネズミの姿のままならお腹いっぱいクッキーを食べられるんじゃないか、と。


 フーッと息を吹きかけ気持ちホコリを飛ばし、僕はクッキーにかじりついた。

 そして……




 *****




「クッキーを食べたとたん、それまでの出来事をすべて忘れてしまったんだ……。人間の言葉は話せたし文字も読めたけど、自分はちょっと変わったネズミなんだと本気で思い込んでた」


 自分が魔法使いであることも忘れていて、ネズミの時に使っていた魔法は今いるこの部屋にある本を読んで新たに覚えた基礎魔法だったとか。

 ネズミになっても魔法への興味は変わらなかったんだね。


「多分だけど、あのクッキーには特定の記憶を一定期間薄れさせる作用があったんだと思う。師匠が失恋の痛手を早く忘れるために食べたんじゃないかな。それがネズミの体には効きすぎたんだ」


 僕ってどうしようもない間抜けだな……とため息を着くファネス。

 ……うん、ちょっと否定はできない。というかやっぱり食いしん坊だよね、君。


「…………うん、事情はわかったよ。それでそのお師匠さんはどこへ行ったの?」

「わからないけど傷心を癒す旅にでも出てるんじゃないかな?結構あるんだ、突然何か月かいなくなること。心配はいらないと思うよ。あの人は相当図太いし並みの魔法使いでもないから」


 今頃新しい恋人でも見つけてるんじゃないかな?そう軽い口調で言って笑う。そんなファネスも可愛い……が。


「そっか、なら良かった。……ところでさ、ファネスって何歳……?」

「16歳だよ!レミも同じくらいだよね?14か15歳?」

「……」


 やっぱりか!やっぱ年下だったか!!私は全く構わないけど、でも……


「……19歳」

「えっ!?」


 わーめっちゃくちゃ驚いた顔してる!そんな顔も(略)

 だが私は急に自信がなくなってきた。自然とうつむいてしまう。


「やっぱ嫌かな?こんなほぼ行き遅れじゃ……」

「そんなわけないでしょ!」


 即座に否定するファネスにハッとして顔を上げる。

 ファネスは私の頬にそっと手を触れると、優しい声で語りかけた。


「何歳でも、どんな姿でも、僕はレミのことが好きだよ。レミだってネズミだった僕を好きになってくれたじゃないか」


 そう微笑むファネスの表情は今まで見たどんな笑顔よりも優しくて、少し大人びていて……そして恰好良かった。


「ファネス……ありがとうっ!」


 思わず抱き着いた私を、ファネスはそっと抱きしめてくれた。

 それから少し体を離し、見つめ合う私たち……





「今帰ったわよーっ!」


 とその時、バーンと大きな音を立ててドアが開くと、一人の女性が部屋に入ってきた。


「ファネスっ!私結婚するから!!運命の相手に出会っちゃったの、うふふ」


 そう言って夢見るように手を組み宙を見上げるのは、シックなワンピースにケープを羽織った姿で波打つ黒髪を背中に流す、とんでもない美女だ。

 こ、この麗しいお方がお師匠さん……だと!?


「私ここを出てダーリンと暮らすわ!あんたも今年成人したことだし、弟子は卒業よ!独り立ちしなさい……って、あら?」


 ひとしきりファネスに向かってまくし立てた後、やっとお師匠さんは私に気付いたようだ。


「こ、こんにちは。お邪魔してます……」

「……あらあらあらぁっ!アンタも運命の相手みつけちゃた系?この~!やるじゃない!!」


 バシバシとファネスの背中を叩くお師匠さん。ファネスはちょっとどころではなく痛そうだ。


「いたた……痛いですって師匠。……でも、そうなんです。僕はここにいるレミと結婚します」


 きりっと顔を引き締め、そう告げるファネス。


「初めまして、サウズ村から来ましたレミと申します」


 私は少し緊張しながら挨拶し、頭を下げた。


「レミね!私はファネスの師匠で魔女のエルミーネよ」


 私に向き直るエルミーネさん。


「おっちょこちょいで食いしん坊な弟子だけど、魔法の腕は確かだし優しくていい子よ。ファネスをどうかよろしくね」


 にっこり笑ってそう言ってくれた。


「はい!ファネスは絶対に幸せにしてみせます!」


 意気込む私に笑いながらファネスは言う。


「嬉しいけど、ちょっと違うでしょ、レミ。……『二人で』幸せになろ?」

「……うんっ!!」


 私も笑顔を返した。


「あ~はいはい……十分わかったわよ!私はもう行くわ。またそのうち荷物取りに来るから。それじゃ、お幸せに!……待っててダーリン!!」


 そう言うやいなや再びドアをバーンと開け、呪文を唱えたかと思うとあっという間に空を飛んで去っていった。

……飛ぶのにホウキとかいらないんだね。知らなかったよ。

 それにしても嵐のような人だった……


 残された私たちは顔を見合わせ、ふふっと笑い合ったのだった。



*****



「はい、完成よ」


 姿見の前に立ってみて驚いた。

 繊細なレースをふんだんに使った純白のドレスはエルミーネさんが贈ってくれたもの。緩く巻いてハーフアップにした髪には淡い色合いの花々が飾られている。薄っすら……に見えるけど実はしっかり施された化粧は、やや地味めで素朴な私の顔を華やかに彩ってくれていた。

 鏡に映る私は別人レベル、フローラの技術はまさにプロレベルだ!


「わあ……ありがとうフローラ!こんなに素敵にしてくれて……」

「私もこうしてレミの支度を手伝えて嬉しいわ。ふふ……レミ、まるで妖精みたいね。とっても綺麗」


 ふんわりと微笑むフローラに、いえいえあなたこそ天使様ですか?と思ったがそれでもそう言ってもらえて嬉しい。

 とその時、コンコン、とノックの音が聞こえた。


「レミ、そろそろ時間だよ。入っていい?」

「あら、花婿さんがお迎えに来たわね。それじゃ私は会場で待ってるわ」


 フローラがドアを開けて出て行き、入れ替わりにファネスが入ってきた。白を基調とした花婿の衣装を身に纏うファネスはとても格好よくて……そしてやっぱり可愛かった。そう即ち、ファネス イズ カッコカワイイ!!


「うわ〜すごく似合ってるよ……って、あれ?」


 ファネスは部屋に入ってきた姿勢のまま、ぽかんとした顔で固まっていた。そしてその頬が徐々に赤く染まっていく。


「ファ、ファネス?」

「びっ……くりしたー……!レミがあまりにも綺麗で……どこの花の妖精かと……いや、女神様かと思ったよ!」

「女神様って……大げさすぎるでしょ……。でもありがとう。ファネスもとっても格好いいよ!」


 にっこり微笑む私。ファネスの顔は心なしか更に赤くなった。



「それじゃ、行こうか」


 ファネスが差し出してくれた手をとる。

 外へ出ると、村の人たちが迎えてくれた。


「おめでとう!」

「おめでとうレミ!」

「幸せになってね」


 口々に祝福の言葉をかけてくれる。


「レ、レミ……うっ、うう〜っ!」

「もう、ディックったら……」


 笑顔があふれる中、一人号泣しているのはフローラの旦那さんでマッチョなきこりのディックだ。どうやら娘を嫁に出す心境になっているらしい……私でこれなら実の娘がお嫁に行くときはどうなっちゃうんだろ……

 二人の赤ちゃん・ミーナはそんな父を見てキャッキャと楽しそうに笑っている。

 ちょっと困った顔でディックに声をかけていたフローラは、私と目が合うとにっこり笑って「おめでとう!」と声をかけてくれた。


 私がフローラ達と住んでいた村で行われた結婚式には、新婚旅行帰りのエルミーネさん夫婦も駆けつけてくれた。


「見て、何て綺麗な花嫁かしら!」

「そうだね。でも君だってとても綺麗だよ」

「きゃっ!ダーリンったら!!」


 ……ものすごいラブラブっぷりだ。「はは……あの師匠がこんな風になるなんて」とファネスも未だに驚いている。


 そうこうしているうちに私たちは村の長老の前まで来た。神父のいないこの村での祭事は長老が執り行うことになっているのだ。長老は私に向かってお茶目にウインク一つ贈ると、真剣な顔になって式の言葉を読み上げ始めた。



「汝ら互いに生涯愛し合うことを誓うか?」


 私たちは目を合わせて微笑み合い、長老に向き直ると声を揃えて答えた。


「「誓います」」


「ではこれにて二人を夫婦として認める!」


 長老が宣言したその時、空から白い花々が雨のように降ってきた。

 村人たちからわっ、と声が上がる。

 見上げると……空にはたくさんの鳥たちがいた。ほとんどがこの森に住む顔見知りの小鳥だが、中には見たことのない子もいる。鳥たちはくちばしに加えた花を次々に落としてゆく。

 あっ、あの青い鳥……!


「ぴぴっ、前に会った時は落としちゃってゴメンねっ!これは僕からのお詫びとお祝いだよっ」

「レミ~結婚おめでとー!」

「お幸せにー!」

「お祝いに歌うね!ピョロ~♪」


 青い鳥に続き、口々にさえずる鳥たち。


「ありがとうみんな……」


 こんなことしてもらってはもう青い鳥に置き去りにされたことも忘れざるを得ない。むしろ鳥たち皆にお礼としてミリベリーをたっぷりあげたいくらいだ。


「わあすごい……レミ、素敵なお友達だね」

「うん、本当に……そうだ、それにねファネス、私の故郷では青い鳥は幸せの象徴なんだよ。これはもう私たち幸せになるしかないね!!」

「ふふ、そうだね。レミの夢、これから二人で叶えていこうね」

「!……うんっ!」


 笑顔の私は返事とともに勢い良くファネスに抱きついた。





 こうして、小人だった私の婚活は幕を閉じた。

 そして夢だった「温かい家庭」への第一歩を踏み出したのだった。


 大好きなファネスと一緒に。

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