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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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 迅八の目に映るそれは、不思議な光景だった。

 ……己の体が燃えている。轟々(ごうごう)とうなりをあげる魔界の業火が、自分の体を舐め尽くす。それでも、その炎にはなんの熱も感じない。


 ちらりと。

 視界をかすめる小さな影。

 炎に惹かれて寄ってきた虫が、迅八の眼前を横切った。確かめるように左手を伸ばす。


 ——じゅう。

 握りしめた手の中には、一握りよりも遥かに少ないちっぽけな灰だけが残った。


 右手を振るう。

 水平に伸ばされた腕の延長線、伸びるは魔剣迅九郎。

 腕の動きから伝わるように、黒刀は炎に包まれた。



「……うほっ、うは、うほほはははははは!! 迅八……ブッ飛んでるぞおまえ!! そんなのアリか? そりゃ汚いだろ!?」


「『翼』アアアッッ!!」


 ぶわおんっ! 炎の翼が広がる。

 腰をかがめて確かめる。その体に生えた炎の翼——それが動くのかどうかを。


(いける……!!)


 身を包む服は燃える事なく炎の中で揺らめいている。黒狐の羽毛を使った獣人装束——ニコルと一緒に買った服。


「テメエは許さねえ……。悲鳴をあげろッ!!」


 飛び上がる体が更に浮き上がる。羽ばたく翼が夜に浮かぶ。

 大きく翼を広げ、夜空に浮かぶ少年の姿を、この戦いを見ていた全ての人間が目撃した。


「ジンパチっ!!」


 迅八が横を見ると、建物の上に立つクロウの姿が目に入った。


「その炎は生者を全て焼き尽くす。扱いに注意しろ」

「分かった。ありがとクロウ!!」

「……チッ!! 本当に鬱陶しい。ほんっと〜〜に、鬱陶しい……!!」



 見下ろす先では一人の男が迅八を見上げていた。頬を紅潮させ、口角に泡をためて笑い続ける男。



「おっほ……。迅八、おまえ『バケモノ』じゃねえか……!!」

「サグラダああああああッ!!」



 炎の翼はその向きを変えた。

 迅九郎を前に伸ばし、垂直に近い角度で夜の空を滑空する。地上からそれを見ていた者達には、まるで赤い流星が降ってくるように見えた。


「これはやべえ……。うほ、うほほほはははっ!!」


 流れるようにサグラダの姿が消える。

 数瞬の間を置いて、夜の楽園に轟音が響く。


「……うっそ〜〜ん」


 サグラダの姿が消えた瞬間、迅八の翼は握り拳となり地面を殴りつけた。

 地面にはまるで、本当の流星に抉られたような穴と亀裂が走っている。そしてその穴の中心から、再び炎は立ち昇る。


「おいおいおいおい……。これは、」


 ——これはまずい(・・・・・・)

 サグラダは己の剣に、絶対の自信を持っていた。そこから鍛え上げた体術に、この世界の魔術を加え、誰が相手でも一対一なら勝てると思っていた。


「あんなの、斬れないじゃねえか……」


 揺らめく炎がサグラダに歩を進める。一歩、二歩、ゆっくりと歩いていた紅蓮は徐々に速度を増してくる。


「おい……。こっち来んな迅八!! 暑いのは苦手なんだよ!!」


 炎の翼がその姿を四散させる。

 細く細く分かれた炎——触手のように伸びた数百の炎の蛇が絡みつき、それは巨大な握り拳となってサグラダを襲った。


「ブッッ飛べ!! ……燃え尽きろオオオ!!」

「キレる若者って奴か? ブチ切れやがって。影縫い!!」


 サグラダの短刀が迅八の足を地面に縫い付ける。

 勢いのあまり迅八が転倒するも、背中の拳はそのままサグラダを襲った。


「うおッッ!! ……あっっぶねえええええ!!」


 拳の余波、揺れる炎に触れるだけでその身を焦がす熱が襲う。しかし、その直後に変化は起こった。


「……お? うおおおおおおッッ!! う、腕が!!」


 炎にかすった左半身。その左腕が、炎上した。


「あっ、あっっちいいいいい!! うおおおおお!?」


 その火を消す為に右手で叩く。

 すると、その炎は右手に燃え移った。


「うっっおああああああッッ!?」


 燃え上がる己の両腕を見つめ、サグラダが絶叫する。そこに頭上から声は届いた。


「くっ。……くかかかかかか」


 肉が焦げる匂い。

 誰かの(わら)い声。


「……魔界の炎は飢えてるぞ。生きてるモンだったらなんにでも食らいつく。くかかかかかかっ!!」


 恥も外聞もなく地面に転がる。混乱する頭の中で、一つの考えに取り憑かれる。


「おああああああああっ!? ……登ってくる前に!!」

「くかかかか……。くききかかかか〜あ!! 芋虫かテメエは!! くかかかかかか!!」


焼けつく炎は熱さを通り越し、痛みとなり体を襲う。ゴロゴロと転がるサグラダを燃やし尽くそうとする赤と金の炎は、次第にその勢いを失くし、やがて闇に溶けるように消えた。






「……ぜっ、ぜっ!! ぜは……ぜはッ!!」


 荒い息をつき、サグラダは己の両腕を見る。

 そこには、焼け爛れてじゅくじゅくと黄色い汁を垂れ流す腕があった。


「……痛ってえええええええ!! こおおおおの、ガキがあああああ!!」


 落とした『散り菊』を拾い、地面に足を縫い付けられた迅八を見る。しかし、力を込めようとしたその手から、ポロリと刀はこぼれ落ちた。


「……(けん)まで傷付いてんのか!? カンベンしろよっ!!」


 サグラダは回復術が得意ではない。

 しかし、早く回復させないと、この傷はまずい事になる。


「……逃げ、」

「逃がさねえ」


 ゆらりと。

 黒髪の少年が立ち上がる。

 その体からは炎が消え、生えていた翼もなくなった。しかし、その代わりのように、迅九郎から登る黄金の陽炎と、二つの瞳の輝きが夜の中で爛々と光る。



「……サグラダ。 お前の仲間が待ってるぞ。おまえだけ逃げられると思ってやがるのか」

「はぁ? 仲間? ……盗賊A共の事言ってんのか? さすがガキンチョ。部下は歯車であって仲間じゃねえ。上司も大変なんだぜ」

「あんなクズ共に同情はしねえ。……だけど、てめえはもっと気に入らねえな」


 迅八が、縫い付けられた足を動かし、サグラダに迫ろうとする。


「おい迅八。足、痛えだろ? 大人しくしとけ。どうせ最近のガキンチョは、親に殴られた事もねえ甘ったれ……」



 ざく。ざくざくざくざく。



 地面に縫い付けられたその足を、迅八は力任せに前に進めた。足の甲の真ん中に穿たれた短刀は、その足を汚く引き裂いた。



「……そうでもねえ。毎日殴られてたぞ」



 ぞくりと。


(……お?)


 サグラダは、自分の背中に走った感覚がなんなのか理解出来なかった。まっすぐ迅八が自分の事を見ている。昏い目つきで。



「……痛くて怖くて震え上がった。知ってるか? 『ごめんなさい。僕が悪かったです』。……毎日毎日言わされると、本当に自分が悪く思えてくる」

「おま、何言って」

「聞けよ。……けどな。分かった。理解させられた。本当に怖いのはそんなんじゃねえ。本当に痛いのは、こんなんじゃねえ……!!」



 ブチ。ブチブチ。

 買ったばかりの黒いブーツ。

 ニコルと一緒に買った物。

 作りのしっかりとしたその靴を引き抜く為、迅八は全力で足を振り上げた。


間に合わねえ(・・・・・・)

 その内そうなる。それが一番痛え。……サグラダ、お前は本当の絶望を知ってるか」


 靴の繊維か。肉の繊維か。

 定かではない紐の様なもの(・・・・・・)を引きずりながら、黒髪の少年はサグラダに近付く。






「『お金をください』だと?

 ……よくも、よくもそんな言葉を!!」






「迅八、お前、なに言って、」


 サグラダは迅八の言っている事が一つも理解出来なかった。

 





「……よぉぉくぅぅもォォオッ!! 俺の仲間にそんな言葉を言わせやがったなテメエエエエエエッッ!!」






 その激怒の咆哮が夜の楽園に響き渡る。サグラダの身をビリビリと震わせるような錯覚。


(コイツ、なんなんだ!? ……盗賊A共がなんかしやがったのか!?)


 噴出した一つの怒りに、鬱屈とした闇は引きずられる。感情のうねりを爆発させ、少年が空に跳ぶ。

 夜の町、ガス灯の灯り。

 その中で闇が形を成す。


「『黒陽』ッッ!!」


 振るわれた黒刀からそれは射出され、渦巻く黒い球体がサグラダに迫る。

 得意の回避でそれから逃れようとしたサグラダの体が、球体に引っ張られた。


「な、なんだコレはっ!?」

「重力の渦でブっ潰れろおおあッッ!!」


 サグラダの体に途轍もない負荷が掛かる。その背骨が音を立てる。必死で構える散り菊を摑む手から力が抜ける。


「おまえ、重力(・・)って……!?」

「うううらあああああッッ!!」


 黒陽から離れた刀が鞘に納められる。

 迅八はその左足を大きく引き、左手で鞘を押さえ、右手で迅九郎の柄を握った。

 目の下から伸びる黒線が、呼吸音と共に明滅する。


 ——コオオオオオオ……!!



「居合いだあ!? ……このガキンチョが。テメエなんかに出来る芸当じゃッ」


果断(かだん)ッ、……『(ジン)』ッ!!」













(あれ? コレって)


 時間が止まった(・・・・・・・)


 その時、サグラダの頭の中では過去の事が思い出されていた。


(……そういや、あの時もこんな感じだった)


 大会(・・)の決勝戦。

 相手は格上だった。

 その剣が揺れたと思ったら、まるで時間がゆっくり流れるように見えた。そして、自分の頭に吸い込まれる剣をなんとか躱し、辛くも勝利をもぎ取った。


 しかし、あの時と今では状況が違う。

 あの時の事は、おそらく極限の集中がもたらした潜在能力で、相手が持っているのは竹刀だった。

 今、相手が持っているのは真剣。そして今の自分は、過去の事を思い出している。


(……コレ、走馬灯(そうまと)、)


 時は流れ出す。













「……うおおおおおおッッ!!

散り菊——牡丹柳(ぼたんやなぎ)!!」



 サグラダは黒陽を抑えていた散り菊を下ろし、己の最大の技を放つ。

 黒刀を迎え撃つは炸裂する白光の花。バチバチと弾けながら、一瞬で全方位を切り刻む。


 迅八の腰から煌めく闇が伸びる。

 一閃。

 一筋の閃きが、サグラダの胴体に向かい下から斜めに走る。



「ヅアアアアアアアッッ!!」

「……うほ、うほほほほほははははははは!!」













 ……隠れるように窓からそれを見ていた楽園の住人達が、呼吸を止めて凝視する。初めは、こんな事になるとは思っていなかった。

 ロックボトムが暴れ出す。

 つまり、どうせ相手はすぐに殺される。


 しかし、戦っているのは最近流れてきた悪党の親玉と、本当にロックボトムかどうかも分からない不思議な黒髪の少年だった。


 ——どっちが勝つ?


 黒髪の少年は、刀を抜き払った姿勢のまま止まっていた。

 対する和装の男は、いつの間にか少年の後ろ——少し離れた場所でうずくまり、膝を突いていた。


 黒い球体は消えている。

 うずくまる和装の男の、叩き切るように下げられていた刀が動いた。ゆっくりと、その腰の鞘にしまわれる。


 ——チンッ


 その(つば)が音を鳴らす。

 同時に、黒髪の少年の全身から血が噴出した。


「かっは……!」


 どさりと。

 少年の体は、糸が切れたように崩れ落ちた。


「……はっ、は、うほっ、うほほほほ!! ウハハハハハハハハ、カッッ……!!」


 ぞぶりと。

 嗤う男の腹から肩へ鮮血が走り、次の瞬間、その傷は血飛沫をぶち撒けた。


「がはあああああああッッ!?」


 吐く息は荒い。

 腕が上がらない。

 致命傷ではない。

 しかし、体に負った傷は、そのどれもが軽傷ではない。

 サグラダは振り返り、倒れこむ少年を見る。


「……チクショウ。やっぱり手が効かねえ。殺せてねえっ。……それ以前に、こいつを殺せるのか!?」


 至近距離で『牡丹柳(ぼたんやなぎ)』を浴びせたのに、少年はその体のどこも欠損させていない。——全身バラバラにするつもりで撃った一撃だった。それなのに、致命傷に至っていない。

 そして、なによりも恐ろしい事。


「やっぱ再生するのか!?」


 少年は気を失っている。

 しかし、その体の出血がみるみるおさまってゆく。欠損させるに至らなくも、千切れかけたその腕が、再び元通りになってゆく。


「……たまらねえ。なんだコイツは」


 そして、あの技。『黒陽』


「重力だと……!? バカ言うんじゃねえ。コイツ、自分が何をしてるか分かってんのか!?」


 サグラダは、先ほど自分が味わった技の感触を思い出す。引っ張られるような、押し潰されるような力の渦を。


「重力? 引力!? そんなもん、元の世界でも原理が解明されてねえ現象だぞ!! どうやってそんなもんを……がっ、ぐはッッ!?」


 己の口から霧のような血が舞う。立っているのは自分で倒れているのは迅八だ。だが、勝利したと言えるのか。

満身創痍の体を引きずりながら、サグラダは一刻も早くその場から立ち去ろうとした。


「……う、は、は、は、ははははははは。……色んな奴がいるぜ。本当に、この世界には色んな奴がいる。……楽しい。俺は生きてる。実感出来る……!!」


「逃げれると思ってやがんのか?」






 その声は、いつの間にかすぐそばから聞こえた。


「てめえ、よくもこの俺様にここまでの傷を」


 そこには、体中を傷だらけにした大悪魔が立っていた。


「……おいクロウ。俺を逃がしてくれよ」

「おめえ寝てんのか?」

「はは。どこが悪魔だ。おまえ正義の味方じゃねえか」


 ピタリと。

 サグラダの首をめがけて振るわれたワルギリアが止まった。


「……なに言ってやがんだテメエは」

「だってそうじゃねえか。『仲間』の仇討ちだ? 仲間あ? なんだそりゃ。……生き物はみ〜んな、『自分』だけなんだよ。俺、おれ、おれオレ俺俺ッッ。……この世には自分だけしか存在しねえんだ。他人の命なんざ明日の晩飯よりどうでもいいぜ。……仲間? そんな幻覚を信じてんのか大悪魔」

「…………テメエ」

「なんだっけ、その剣。『ワルギリア』? ……はははははははははッッ!! まさかそれも人の名前か!? 大切な『仲間』かあああああッ?」

「消えろッッ!!」


 憤激の一撃。

 しかし、サグラダはすでにそこにはいなかった。


「それにすぐ熱くなりやがる。おまえ人間臭えんだよ……。汚えから近寄るんじゃねえ」


 サグラダは懐から全ての短刀を取り出し全弾で悪魔の足を穿つ。しかし、それでも悪魔は止まろうとしなかった。


「キサマアアアアアアアッッ!!」

「……ははは。無理するんじゃねえよ青くせえ時代遅れ。あばよ。……また会おうぜ」


 和装の男が闇に溶ける。

 クロウは追いかけようとして自問した。


(……俺は、何に怒ってる)


 振り上げた剣をゆっくりと腰にしまう。

 聖剣のような輝き。

 悪魔が持っている、ただの剣(・・・・)


「……めんどくせえっ」






————————————————






「はぁ、はぁ、はああああぁぁぁッッ!!」


 全速で走りながら、サグラダは荒い息で喘いでいた。


(……やべえ、調子に乗りすぎた。クロウが追ってきたら確実にやられる)


 さっきから回復術を掛けてはいるが、サグラダはその手の魔術が得意ではなかった。


(どうする。腕が効かなくなるのはまずいっ!!)


 指名手配中の自分をかくまってくれる人間などなかなかいない。

 ちゃんとした術師に治療を依頼するにしてもどうするか。


「チッ。 ……気が進まないが、あいつらんとこに行くか」


 楽園の外周部、光の届かない闇の中。そびえる外壁を垂直に駆け上がる。

 ——トンッ

 そのまま宙に浮かんだ和装の男は、かき消えるように楽園からの脱出を果たした。






 ————————————————






「……おうコラ。クソガキ」


 ぐりぐりと自分の頬に押し付けられる感触。——眠い。ひたすら眠い。


「短足。てめえナメてんのか。……さっさと起きろ。もう終わった」


 ——何が?

 その考えに至り、迅八は電撃的に体を跳ねる。


「うおっっ。……サグラダあああ!!」

「もういねえよ」


 初めに迅八の目に入ったのは、傷だらけのクロウの姿だった。しかし、それも回復術により少しずつ傷が塞がってゆく。

 かたや迅八の体はほぼ全快していた。


「クロウ……。サグラダはどこに行った!!」

「逃げたよ。てめえの負けだ。……信じられねえ。あそこから負けるか」

「な……」


 カクリと。

 立ち上がった迅八の膝から力が抜ける。そこを大悪魔は強く蹴り付けた。


「へたるんじゃねえ。立てなくなるぞ」

「あ……」

「この短足が。立てねえんだったら、テメエの短え足は本当に無用のモンだな」



力が抜けた足でも迅八は立つ。腰が砕けても前を向いた。



「……サグラダ。あいつは俺の仲間を傷付けた。サグラダは知らねえ。俺はしつこい」

「フン」


 腕を組む大悪魔が迅八の事を見る。


(しっかし、弱えなコイツは……)


 翼、迅九郎、おまけに今回は炎の魔術でその身を包んで戦わせた。クロウは、まさか迅八が負けるとは思っていなかった。


(……だが、)


 やはり、この少年の脅威はその精神性だ。爆発する時は伸びる。今回も一瞬だけ、剣術だけで、圧倒的に格上だろうサグラダに肉薄した。


 元から材料は揃っている。

 空を飛べる。体は勝手に治る。極上の魔剣を持ち、よく分からない技を繰り出す。


「……フン。ま、別にテメエが強くなろうが弱いままだろうが、俺にとっちゃどうでもいいこったな」


 そのクロウの言葉に反応する事もなく、迅八は己の手のひらを見つめた。


「逃がさねえ……。必ず追い詰めてやるぞ」


 その手を固く握る。

 そして、その手の向こう側——少し先に、何かが落ちているのに気が付いた。


「……あん? ジンパチ、なんだありゃ」


 クロウも同時にそれに気付く。

 それは、最後にサグラダが立っていた辺りに落ちていた。


「なんだこりゃ……。ん」


 クロウが落ちていたそれを手で拾う。

 見たこともないそれを。


「……手帳だな。異界の品か? なんだこの絵は。……ジンパチ、とんでもねえ絵師がてめえの世界にはいるのか?」


 そして、クロウがその手に持っているものを迅八に向けて広げた。


「なっ……」

「あん? なんだよ。お前も初めて見るのか?」


 その言葉にも反応出来ない。

 迅八を襲った衝撃は計り知れないものだった。


「この絵はさっきの奴だよな? ……ちょっと違えな。痩せてねえ」

「クロウ。それは、写真っていうんだ。多分、数年前に撮った……、まあ、絵みたいなもんだよ」

「なんだよ。初めて見るんじゃねえのか。 ……この金細工はなんだ? なかなか大したもんだな」

「本物だとしたら、……実物を見るのは初めてだ」



 迅八は空を仰ぐ。

 信じられない。信じたくない。

 サグラダの剣で切りつけられた後、薄れる意識の中で、こんな言葉が聞こえた気がした。


 『この世界には色んな奴がいる』



「おいジンパチ。この金細工はなんだこりゃ?」

「桜だ……」


「あん?」

「まだこっちの世界じゃ見た事ないな。……その金細工は、桜っていう花だ。俺の国の花だ」

「はあ? なんでその花がこの手帳についてんだ。……なんか意味あんのか?」

「そいつの仕事を表してる。……サグラダ。桜田。 偽名か?」

「はーん?」


 迅八の話がよく分からないクロウは、その話自体よりも、その金細工のデザインに興味を持った。


「なかなかイカすな。おう、これ俺が貰うぞ」

「……いいんじゃねえか。持ってけよ」



 戦いの夜は終わる。

 二人は自分達の家に向かい歩き出す。

 迅八は思う。

 ニコルに言ってやらなくてはいけない。

 ジークエンドに頼み事をしなくてはいけない。



「……おうジンパチ。お前はこれ要らねえのか? テメエの世界のもんだろ」

「要らねえよ」


 迅八は振り返らずに空を見上げた。

 両端が欠けた月を。


「もう俺に、……そんなもんは関係ねえ」




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