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虹の向こうの顛末

 遠足中止の電話の後、結局は110番(警察に通報)をする(こと)無く、テレビをボーっと見続けている。時折(ときおり)、チャンネルを変えてニュースを追っているが、当然(なが)ら我が家の泥棒騒動に関するニュース等は無い。()の間に益々(ますます)雨は弱まり、()れでもポツポツと雨は降り続けていた。


 ()の間に私は、何をするでも無く時間を過ごし。お昼の時間になったので、朝早くに(本来は遠足に)作った(持って行く筈だった)サンドイッチをモソモソと食べ始めた。


「……」


 自分で作ったサンドイッチだが、別に美味しくなく(不味く)はない。だけど、本当なら遠足の晴れた空の下、明るい日差しが心地良い広場で食べる(はず)だったのを想像すると……矢張(やは)(わび)しい物が有る。

 そして食べ(なが)ら、昨夜の泥棒騒動の事を思い返す。

 あの泥棒。(おそ)らく私と同じで、他人と喧嘩なんてした事が無かったんじゃないかと思えたけれども。()れに加えて、他人(ひと)の家に泥棒に入るのも初めてだったんじゃないかと思えた。

 先ず、玄関からパッと目に付くあの部屋を物色していたけれども。幾ら初めて入る(侵入する)余所(よそ)の家だとしても、あの部屋が半ば倉庫として(金目の物は置いてない)使われている(、漁る価値の無い)部屋だとは、慣れた泥棒ならすぐ分かるのではないだろうか?

 加えて、泥棒が初めて私に気付いた時。泥棒は(恐らく反射的に)私に声を掛けたけれど。あの場合なら本来、あの泥棒は私の後ろからコッソリ近づくなり、一気に飛び掛かるなり、すれば良かったのではないだろうか。()れを、悠長にも私に誰何(すいか)の声を掛けて……だが()御蔭(おかげ)で、私(と()の家)はこうして無事に(被害無く)居られる(わけ)だけれどね。


 そして()て、此の後(此れから)の事。あの泥棒は今、どうして(どうなって)いるだろうか。思い返してみると、あれだけ酷く打ち据えたので、少なくとも今すぐ真面に(此の家に)行動できる(泥棒に入りに来る)とは思えない。身体ダメージ度合い的に()れは無理なんじゃないかな、と何となく思えた。そして()れに懲りて、泥棒から足を洗うだろうか。少々、勧善懲悪(フィクション)に過ぎるが、つまりは()れが望ましい気がする。

 ()しくは……逆に泥棒側が『暴行を受けた(返り討ちに遭った)』と警察へ被害を訴える? 自らが凶器を携えて泥棒に入っておきながら、恥知らずにも子供(小学生)相手に?

『セートーボーエー』『カジョーボーエー』と()う言葉が頭を(よぎ)るが……そう考えると、あの泥棒は矢張(やは)り、完全に動かなくなる(殺し切る)(まで)……いや、私の力が続く限り、殴り続けるべきだったと反省する。()れと同時に、全く あの泥棒は面倒な事をしてくれたな、と改めて怒りが沸き上がると共に、(当時)コミュ障の私が警察へ通報(誰かに相談)するのが更に億劫に思えて来る。


 などと、サンドイッチ(昼食)を食べ終えて一人悶々としていた(ところ)で。


『ガチャリ』

「ただいまー」


 父が帰って来た。そして其の儘(そのまま)、私が居る一階の部屋へ入って来る。……父は仕事で、とても疲れている(よう)だった。


「……お帰り、……父さん」

「あれ? お前、遠足は?」


 父は私に話し掛け(なが)ら、手荷物を其処(そこ)らに置きつつ、冷蔵庫に向かった。


「……雨で……中止に……」

「あぁ、まぁ()の天気だもんなぁ。残念だったな」


 と父は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに()いで、


「……他の皆は?」

「……未だ……帰って来てないよ」

「そうか」


 私の(はす)向かいに座り、麦茶をゴクゴクと飲み始めた。私 独りでの留守番も、もう初めてではないからか、今更『留守中に何か変わった(こと)は無かったか』とは聞いて来なかった。


「……いやー、しかし急なトラブルで泊まり込みの徹夜での対応になって、全く参ったぜ」

「……お疲れ様」

「まぁ、御蔭(おかげ)で、繁忙も何とか乗り切れたんだけどな。()れでなぁ、……」


 と仕事の愚痴?を語り始めた。

 ……当然、聞かされて特に面白い(興味を引く)ものでは無いが、父は仕事で大変な目に遭ったのだ。聞いてあげる(話に付き合う)のも、孝行だろう。


 ◇


「……でな、今回は部長が中心になって何とか乗り切ったんだが、()の部長の家族(御家庭)が大変な事になってるらしいんだよなぁ」

「……部長さん? ……ひょっとして、前に()()ゴルフクラブをくれた(押し付けられた)、って言ってた人?」

「ん? ……あぁ、そんなのも在ったっけなぁ。そうだ、()の人だ」


 昨夜、()()御蔭(おかげ)で泥棒を撃退出来(でき)たんだけど、そうか、()の元の持ち主か。


「……で『大変な事』って、()の……何があったの?」

「ああ、何でもな、部長の息子が少し前に家を飛び出して行方不明?になってるって」

「……家を飛び出して? 家出?」

「まぁ、家出っつーか、()の息子も もう二十代らしくてな。()れが働きもせずに家でゴロゴロしてるもんだから、親子で口論になって、家を飛び出してったらしい」


 ()れは確かに……『家出』と()うよりも『勘当』『追い出し』の類かな。


「まぁ()の息子、昔から素行が悪くて、学校の勉強は(ろく)にしなくて成績は悪かったし、今も良い歳して髪は金髪に染める(脱色する)し、だそうでな。体力(腕っ節)はからっきしなのか喧嘩で暴れたりはしないそうだが、部長曰く(話に聞くだけでも)碌で無し(ろくでなし)』だな」

「へー」


 まぁ確かに、言っちゃあ なんだけど、学校の勉強が苦手な(成績が悪い)人って()()()()もんだよね。で、良い歳して……


「……髪を金髪に染めてる(脱色している)?? ()れって父さん……」

「あぁ全く、とんだ不良息子だよな。……勿論(もちろん)俺も流石に、面と向かって部長(当人の親)にそんな風には言わないけどさ。部長だって、ああ()う風に愚痴りつつも何だかんだと息子の事は可愛いだろう……いやあれは、厄介払いが出来(でき)てスッキリした感じだったかな?」

「いや、そうじゃなくて、()の……」

「まぁ、徹夜の小休止中(疲労困憊時)に聞いた話だから、多少の誇張は入っていたかも知れんがな。……他にも『今 住んでる市街地の家のリフォーム額が結構 掛かりそうで~』とか愚痴ってたっけなぁ、部長。……ふわぁ~~あぁ。いかん、いかん。喋ってたら眠くなって来た。そう()えば俺は徹夜明けだったんだ。もう寝るから、起こさないでくれ」


 と父は席を立ち、コップを流しに片して、自分の手荷物を手に取った。


「……起こさないでくれ、って、あの……晩御飯とかは……」

「ああ、要らない(用意しなくて良い)って母さんには伝えておいてくれ。目が覚めたら……自分で何とかする」


『自分で何とかする』って、多分……買い置きのカップ麺でも食べるつもりだろう。


()れじゃあ、お休み」

「……あっ、あの……お休みなさい」


 と、父は部屋を出て行ってしまった。



 ◇◇



 ()れから(しばら)くして、


『ガチャリ』

「ただいまー」


 今度は兄が帰って来た。そして其の儘(そのまま)、私が居る一階の部屋へ入って来る。……兄は部活動(運動部)で、とても疲れている(よう)だった。


「……お帰り、……兄さん」

「あれ? お前、遠足は?」


 兄は私に話し掛け(なが)ら、部活のバッグを其処(そこ)らに置きつつ、冷蔵庫に向かった。


「……雨で……中止に……」

「あぁ、まぁ()の天気だもんなぁ。残念だったな」


 と兄は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに()いで、


「……他の皆は?」

「……父さんは、寝てる(起こすな、って)。……母さん達は、……未だ……帰って来てないよ」

「そっか」


 私の(はす)向かいに座り、麦茶をゴクゴクと飲み始めた。……流石は親子と()うべきか、行動パターンも一緒だ。


「……いやー、しかしウチの部活、大した強豪って(わけ)でも無いのに、こんな変な時期に合宿練習だなんて、全く参ったぜ」

「……お疲れ様」

「まぁ皆で泊りとか、修学旅行みたいで楽しかったけどさ。()れでさぁ、……」


 と合宿の思い出話?を語り始めた。

 ……当然、聞かされて特に面白い(興味を引く)ものでは無いが、兄は部活(合宿)で楽しい思い出も作れたのだ。聞いてあげる(話に付き合う)のも、(よしみ)だろう。


 ◇


「……でさ、今回はOBの先輩も合宿に来てくれたんだけどな。練習後の雑談で聞かせてくれた話によると昔、()の先輩OBの同級生にとんでもない奴がいたんだってさ」

「……OBの先輩? ……年齢的には、どれぐらいの人だったの?」

「うん、そうだなぁ、ハッキリ聞かなかったけど、二十代ぐらいの人かな。だから()の人が俺らぐらいの歳の頃ってなると、(198x年)から十年ぐらい前か」


 昨夜の泥棒も、先程の父の話の家出人(不良息子)も、同じぐらいの歳のようだったけど、……


「……で『とんでもない奴』って、()の……どんな人だったの?」

「ああ、何でもな、ソイツは部活で後輩っつーか弱い者を(いじ)めるような奴だったそうだ」

「……弱い者(いじ)め? 後輩いびり?」

「まぁ、(いじ)めっつーか、ソイツは体も大きくなく(腕力も強くなく)て、『暴力を振るう』ってよりも『先輩としての権力を振り翳してネチネチといびる』って感じだったらしい。んで()れが余りにも酷いもんだから、()OBの人ら(部活の同級生)皆でソイツを諭し(糾弾し)て、でもソイツは()れで行動を改めず、結局ソイツは部活を辞めてった(辞めさせられた?)んだってさ」


 ()れは確かに……『自主退部』と()うよりも『除名』『追い出し』の類かな。


「まぁソイツ、普段から素行が悪くて、学校の授業もサボり気味で成績は悪かったし、校則で禁止されてるのに髪は金髪に染めてた(脱色してた)し、体力(腕っ節)はからっきしなのか喧嘩で暴れたりはしなかったそうだけど、先輩OB曰く(話に聞くだけでも)『問題児』だったそうな」

「へー」


 まぁ確かに、言っちゃあ なんだけど、学校の勉強が苦手な(成績が悪い)人って()()()()もんだよね。で、校則で禁止されてるにも関わらず……


「……髪を金髪に染めてた(脱色していた)?? ()れって兄さん……」

「あぁ、全くとんだ不良少年だよな。……んでOBの先輩曰く、風の噂によるとソイツ、(198x年)も態度を改めず働きもせず、プータロー(後に()(ところ)NEET(ニート))をやっているんだってさ」

「いや、そうじゃなくて、()の……」

「まぁ、合宿深夜(夜更かし時)後輩(俺ら)に対する与太話だから、多少の誇張は入っていたかも知れないけどさ。……ふわぁ~~あぁ。いけねえ、喋ったら眠くなって来た。そう()えば俺は合宿明けだったんだ。少し寝るから、起こさないでくれ」


 と兄は席を立ち、コップを流しに片して、自分のバッグを手に取った。


「……起こさないでくれ、って、あの……晩御飯は……」

「ああ、流石に()の時間になったら、起こしに呼びに来てくれよな」


 父とは違って其処迄(そこまで)は寝不足ではなく、(しっか)りと晩御飯を食べるつもりのようだ。


()れじゃあ、お休み」

「……あっ、あの……お休みなさい」


 と、兄は部屋を出て行ってしまった。



 ◇◇



 ()れから又(しばら)くして、


『ガチャリ』

「ただいまー」

「……うー……」


 母達(母と弟)が帰って来た。そして其の儘(そのまま)、私が居る一階の部屋へ入って来る。……仕事や部活動(運動部)ではないので母は疲れて無さそうだけれど、弟は母に負われて寝ている。


「……お帰り、……母さん」

「あれ? アンタ、遠足は?」


 母は私に話し掛け(なが)ら、弟をソファに座らせ(寝かせ)、手荷物を其処(そこ)らに置きつつ、冷蔵庫に向かった。


「……雨で……中止に……」

「あぁ、まぁ()の天気だものねぇ。残念だったわね」


 と母は冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに()いで、


「……他の皆は?」

「……二人共……寝てる。……兄さんは……晩御飯になったら起こしてって。……父さんは……徹夜だったから……起こさないでって」

「そう」


 私の(はす)向かいに座り、麦茶をゴクゴクと飲み始めた。


「『起こさないで』って()っても、晩御飯は……」

「……『目が覚めたら、自分で何とかする』って……父さん言ってた」

「ふぅん。買い置きのカップ麺でも食べるつもりかしら。……まぁ何にしろ、泊まり込みの徹夜で仕事って、私達パート(短時間労働者)と違って、正社員は大変だわね」


 先の二人(父と兄)とは違って、矢張(やは)り母は元気そうだ。……まぁ、弟は疲れたのか眠っているけど。

 と、私が弟に目を()ると、


「……ああ、()の子、式典の間は静かに(行儀良く)してたけれど、やっぱり緊張(気疲れ)しちゃったみたいね。帰りの電車(まで)は大丈夫だったんだけど、其処(そこ)で寝ちゃったわ。()の天気だし、しょうがないんで駅から家(まで)はタクシーを使ったわ」

「……お疲れ様」

「まぁ、式の時は大人しくしてたし、式は(つつが)なく執り行われたけれど。……で、里帰り(つい)でにアッチ(実家)の近況も聞けてね。()れでねぇ、……」


 と親戚の噂話?を語り始めた。

 ……当然、聞かされて特に面白い(興味を引く)ものでは無いが、母は久方の里帰りで羽を伸ばせたのだ。聞いてあげる(話に付き合う)のも、団欒だろう。


 ◇


「……でね、()の噂話に挙がった遠縁の御家庭なんだけれど。()の家族の息子が大変な事なってるらしいのよ」

「……遠縁の家の息子? ……年齢的には、どれぐらいの人だったの?」

「えぇ、そうねぇ、ウチら親族とは直接の血縁も無いし正確な(ところ)(まで)分からない(知りようが無い)けど、二十代ぐらいの息子らしいわね」


 昨夜の泥棒も、先程の父と兄の話の厄介者(達?)も、同じぐらいの歳のようだったけど、……


「……で『大変な事』って、()の……何があったの?」

「ええ、何でもね、()の息子が少し前に家を飛び出して行方不明?になってるらしいわ」

「……家を飛び出して? 家出?」

「まぁ、家出って()っても、()の息子ももう良い歳だし。()れが働きもせずに家でゴロゴロしてるもんだから、家庭内で口論になって、家を飛び出してったらしいわ」


 ()れは確かに『家出』と()うよりも『勘当』『追い出し』の類か……いや、先の父の話とソックリだ。


「まぁ()の息子、昔から素行が悪くて、何処ぞの店で万引きはするし、体力(腕っ節)はからっきしなのか喧嘩で暴れたりはしないそうだけれど、不機嫌になると八つ当たりで周りの物を壊すし、今も良い歳して髪は金髪に染める(脱色する)し、噂話でも(話に聞くだけでも)碌で無し(ろくでなし)』よね」

「……」


 二度ある事(聞いた話)は、三度ある(聞く)?


「……髪を金髪に染めてる(脱色している)って、()れって母さん……」

「えぇ、全く とんだ不良息子よね。……勿論(もちろん)、遠縁の御家庭の事だから詳しい(正確な)事情は分からないけど。()れでも、何だかんだ言って息子の事は可愛いのか……いや私だったら、厄介払いが出来(でき)てスッキリするかしら」

「いや、そうじゃなくて、()の……」

「まぁ、噂話で聞いた話だから、誇張は入っているかも知れないけれど」

「……ふわぁ~~あぁ。ママ……」


 と、弟が起き出した。


「あらあら、もう目は覚めた?」

「……()だ……ねむ()い……」

()れじゃあ、ちゃんと着替えて、寝かせつけちゃおうかしら」


 そして母は私に向き直り、


「……アンタも、遠足が中止になったなら、宿題とかやっちゃいなさいな。私も、留守の間に溜まった家事を片すかしらね」


 と母は席を立ち、コップを流しに片して、家事に取り掛かり始めた。


「……うん……分かった」


 宿題なんぞ、()()()()()()()()()()を使ってとっくに終わらせていたが。母は弟の世話や家事(後片付け)で忙しく、私が()れ以上を此処(ここ)に居ても邪魔みたいだ。


()れじゃあ、お休み」


 と弟に声を掛け、私は部屋を出て行った。



 ◇◇◇



「……ん……」


 ()れから、休み明けの朝。


 私は目を醒ますと、いつも(毎朝)の様に時刻(状況)を確認する。


「……」


 いつも(通常)よりも早い時間だ、と思った(確認した)(ところ)で、


『ジリリリリリ……』


 と目覚まし時計が鳴り始めた。

 うん、そうだ。今日(休み明け)は日直だから、少し早めに就寝して、少し早めに起きよう(目覚まし時計)とした(を設定した)んだ。


 目覚まし時計を止めつつ、寝床から起き上がり、カーテンを開け、外の天気を確かめた。


「……」


 結局、雨は昨夕(まで)パラパラと降り続き、()の後の夜にまたザッと降ったが、朝にはもう綺麗に上がっていた。

 ……(いず)れにしろ、と私は毎朝(いつも)(よう)に先ずは洗面所へと向かった。


 ◇◇


 トイレを済ませ、顔を洗って、歯を磨いて……と一通りのルーチンを終えて。私は朝食のトーストを()()食べ(なが)らテレビを点けて見ている。……うん、今朝は私はいつも(普段)より早く起きたけれど、父と母は仕事の早番で、兄は部活(運動部)の朝練で。結局の(ところ)は皆、私よりも更に早起きして既に家を出ていた。……弟は父に連れられて、いつも(通常)より早く保育園へ預けられるだろう。


『……次は、今日の天気です。……』


 他に家族が居ない事と、時刻が普段(いつも)より早い事を除けば、全く(事件など)いつも(起こっていない)通りの(かのような)、朝の光景だ。……結局あの後、泥棒騒動の事も金髪の厄介者の事も、家族で話す(の話題に上る)事は無かった。……結局、あの金髪の泥棒は何者だったのだろう? と思い(なが)ら、テレビ(ニュース)を眺める。天気予報では……今日は雨上がりの晴れた日となるらしい。朝食(トースト)を食べ終えた私は、テレビを消して自分の部屋へ戻った。


 ◇◇


 そうして私は、自室で登校の準備を整え、ランドセルを背負う。


「……」


 矢張(やは)り実は、あの泥棒騒動は私が見た夢だったのではなかろうか?

 そんな事を考え(なが)ら、部屋を出て、玄関へ向かう。日常(いつも)と変わらない廊下、履き慣れた運動靴。


 そして玄関で靴を履いて立ち上がった時、傘立ての後ろに、光を鈍く反射する()()を認めた。


 ()れは……?

 ! ()れは……!


 傘立ての後ろを(のぞ)き込み、()()手に取る(拾い上げる)

 ()れは あの夜、泥棒が持って(私の命を奪いかね)いた(なかった)出刃包丁(凶器)だった。


「……っっ!!」


 私は、思い出したくなかった(面倒がっていた)物をハッキリと思い出させられて(見せつけられて)、衝動的に玄関を開錠し扉を開け放ち、外へと飛び出した。

 早朝の、誰もいない静謐な、()れでいて未だ雨の湿り気をたっぷりと含んだ空気。()れと、


「……!」


 正面の空には、何故だか無性に腹立たしいぐらい奇麗な虹が掛かっていた。


挿絵(By みてみん)


 そして私は。()の大きく掛かる虹へ向かって、手に持っていた凶器(刃物)思いっきり(衝動的に)投げ放った。


 ()の忌まわしい忘れ物(凶器)は、家の前を通る道路を越えて、向かいに広がる空き地の草叢の中に『ガサリ』と落着した。


「……」


 目の前の虹が消える(まで)の数十秒間、私は虹の前で呆然と立ち尽くしていた。


 そして虹が消えると、トボトボと家の扉に戻って鍵を掛け。振り返り、虹の痕跡も、あの夜の痕跡も消え去った(見えなくなった)事を確認すると、もう何事も無かったかの(よう)に学校へと歩み出して行った。



 ◇◇◇



 ()れから日々が過ぎ。結局あの夜の出来事については、誰とも話す事は無かった。家族も、夫々(それぞれ)の知り合いとの間で噂に上った『自分と直接の縁が無い厄介者』の事など、後に話題にする事は無かった。

 そうして月日が経ち。家の周りの郊外の空き地にも、次々と新たな建物(住宅や商店)が建てられて行った。あの虹が(私が)掛かって(忌まわしい遺物を)いた(投げ捨てた) 家の向かいの空き地も、いつの間にか駐車場になっていた。

 (やが)て年月が流れ。私は大人に成り、あの一夜の事など忘れ掛けていた時。私は、どうやってあの泥棒が家に侵入したかを知る事となった。



 200x年(平成時代)、雨の降る或る日。就職して家を出て遠く独り暮らしをしていた私に、あの郊外の町の実家で親と暮らしている弟から、珍しく電話が掛かって来た。……特に何か用が有ると()(わけ)ではなく、(しば)しの世間話に付き合う事になった。


「いやー、()れで頑張って お金を貯めて、(ようや)()ハイエンドモデル(高機能最新機種)ケータイ(携帯電話)を手に入れる事が出来(でき)たんだ! ……まぁ、色々と金銭面で切り詰めなくちゃならなくて、苦労したけどね」

「……お疲れ様」

「でも()の甲斐あって、高機能カメラ、音楽プレイヤー、携帯ゲーム、……どれも楽しめてるけどね! 友達にも自慢してるし、……」


 どうやら弟は当時(200x年) 最新機種の携帯電話を手に入れて、()れが嬉しくて誰かれ構わず電話を掛けていたのかも知れない。

 ……当然、聞かされて特に面白い(興味を引く)ものでは無いが、弟は満足出来(でき)るガジェットを手に入れたのだ。聞いてあげる(話に付き合う)のも、優しさだろう。


 ◇


「……でさ、話は変わるけど。つい先日、(ウチ)の玄関の鍵も新しいのに変えたんだ。いい加減、旧式に過ぎたからね」

「……ふーん。……ウチのアパートの鍵は今時(200x年代)の新しいタイプの奴だけど、ソッチ(実家)のも(ようや)く変えたんだ。……因みに、鍵屋さんが交換する時、誰が立ち会ったの?」

「親父も お袋も 用事で居なかったからさ、俺が一人で立ち会ったんだよね。……でさ、鍵屋さんが前の鍵を取り外す時、『なんか()の鍵、内側に()()()()()が付いてますね。誰か悪戯(イタズラ)しました?』って聞かれたんだ」

「……引っ掻き傷?」

「俺、小学生の頃(昔々)の或る日に、家に鍵を忘れて学校へ出ちゃった事があったんだけどさ。ウチは共働きだし、皆は俺より帰りが遅いから、()の時、家に入れなくて。で此処(ここ)だけの話、()の時に偶々(たまたま)持ってたゼムクリップ(紙クリップ)で何とか鍵を開けられないかなーって試した事があったんだ」

「……」


 確かに弟は少々オッチョコチョイで、昔々は『夕方、家の玄関扉前でランドセルを抱えて、他の家族が帰って来るのを待ってる』なんて事も(たま)にあったっけ。


「当然、ゼムクリップ(紙クリップ)を曲げ伸ばしした物を鍵穴に突っ込んでガチャゴチャしても鍵を開けられた(はず)は無くて、でも()れで無駄に引っ掻き傷を作った事を鍵屋さんに正直に言うのもなんか恥ずかしかったから、咄嗟(とっさ)に『()れ多分、鍵穴にゴミが溜まって鍵の調子(動作)が悪くなった時に、ウチの親父が棒か何かを突っ込んで掃除して出来(でき)た傷じゃないですかねー』って言っちゃったんだ」

「……そ、そうなんだ」

「鍵屋さんは(いぶか)しがってたけど、まぁ何とか誤魔化せてさ、ハハハ」

「……」


 ()の傷は多分、弟がゼムクリップ(紙クリップ)で鍵穴に悪戯をした時に出来(でき)たもの()()()()

 もう忘れ掛けていた、198x年の()()夜、金髪の泥棒が扉の鍵をピッキングして開錠・侵入した際に付けた傷に違いなかった。


 ……そうか、あの泥棒、そうやって家に侵入していたのか。()れでは、私が幾ら戸締りを確認しても無駄だった(わけ)だ。対策するには……弟が話した(近況報告した)ように、鍵 其の物(そのもの)をピッキングに強い物へ交換するしかなかっただろう。


 では()て あの泥棒は、あの夜の(怪我)が癒えた後、()のピッキング技術を使って、鍵穴に傷を残さない程に手腕を磨き続けて、他の家々に侵入し続けていたのだろうか?

 ……()の答えは、更に時を経て知れる事となった。



 ◇◇◇



 202x年(令和時代)、また雨の降る或る日。変わらず独り暮らしをしている私に、あの郊外の町の家で夫婦二人で暮らす母から、珍しく(久し振りに)電話が掛かって来た。……特に何か用が有ると()(わけ)ではなく、(しば)しの世間話に付き合う事になった。


「……()れで私達二人共 定年退職して、今は夫婦でノンビリと過ごしてるのよ」

「……お勤め、御苦労様でした」

「天気が良ければ夫婦で近所を散歩したり、(たま)に何処かへお出掛けしたり、今日みたいに天気が良くない日は部屋で夫々(それぞれ)の趣味に没頭したり、とかして過ごして居るわ。()れでね、……」


 両親は定年退職して、悠々自適のセカンドライフを送っているようだった。

 ……当然、聞かされて特に面白い(興味を引く)ものでは無いが、『三人共、誰も結婚はしないのか、孫の顔は未だか』等と言われるよりもマシだ(事も無くなっていた)聞いてあげる(話に付き合う)のも、贖いだろう。


 ◇


「……でね、先日の事なんだけれど。ほら、ウチの近所に溝渠が在るでしょ? あそこで死体が見つかったのよ!」

「近所の……ああ、あの町(はず)れの。……()れにしても死体なんて、穏やかじゃないね。因みに、どんな人だったの? ひょっとして、近所の誰か?」


 まさか、殺人事件とかじゃないよね?


()れがねぇ、長い年月の間を見つからなかった死体らしくて、既に白骨化してて身元も分かってないんだって。地元(コッチ)の新聞記事に()ると、鑑定(鑑識)や僅かな所持品(遺留品)や状況だとかから、恐らく死後約四十年は経っていて、遺体は(死亡当時)20代の男性だそうよ」

「ふーん」


 死んでから約四十年で、死亡当時20代の男性、か。生きてたら、私よりも一回り以上は年上、かな。

 ……って、まさか!?


「……()の人、死因は何だったの? 事故? 事件??」

「死因は……頭に何か打つけた(殴られた)ような痕が在ったそうだけど、やっぱり、よく分かって無いそうよ。バールの(よう)な物で殴られたのか、誤って溝渠へ落ちた際に出来(でき)た傷なのか。直接的な死因も、頭部打撃に因るのか、溺死なのか。落ちた原因だって、酔っぱらって誤って転落したのか、他の人に突き落とされたのか、誰かに他の場所で殺された後に死体遺棄されたのかも判別ついてないらしいわね」

「……ひょっとして、警察が聞き込みに来た?」

「ええ、ウチにも来たわ。でも、昔、()()()行方不明になった人がいたか~なんて聞かれても、ねぇ。そんなの知る(わけ)が無いし、抑々(そもそも)当時(約四十年前)の近所の人達の世帯構成だなんて、憶えてない(知りもしない)わよ」

「……どんな容貌の(遺体)だったのかも、分かってないの? 服装だとか、()の……髪型だとか」


 もっと言うと……()()()()()()()()()()のか。


「あら、アンタも気になるの? ニュース記事とか噂話とかに()ると……服装は、ジーンズ(デニム)灰色(グレー)パーカ(フーディ)、あと現場(溝渠)には、踵を履き潰したスニーカーが脱げ落ちていた(見つかった)らしいわね。()の他の所持品は、僅かな小銭と、あとカッターナイフ? がポケットから出て来たとか、懐から折り畳んだ(ボロボロになった)雑誌(小冊子)? が出て来たとか。体格や髪型は……背は低かったそうだけど、白骨化してたから()れ以上の情報は不明ね」

「……そう……」

()の話題、近所で今、持ちきりなのよね! ()れで、皆の予想だと……」


 と、好き勝手な、多くは突拍子も無い推理を、披露し(並べ立て)始めた。曰く、浮気現場を見つかった修羅場の果ての衝動的殺人だ、だとか、頭部の打撲痕はトリックと()うかフェイクで本当の直接死因は計画的な毒殺だ、だとか、……。


 だけど、()の見つかった死体は、あの198x年(私が小学生の頃)の雨の夜に、私がゴルフクラブで殴り付けた(打ち据えた)泥棒(金髪の不良青年)で間違い無いだろう。私達の家を這う這うの体(ほうほうのてい)で逃げ出した後、激しい雨の夜を当て所無く(あてどなく)彷徨(さまよ)い歩き、()の近所の町外れの溝渠に誤って転落し、其の儘(そのまま) 死んで202x年迄(約四十年間) 誰にも発見されなかったのだ。


 つまり、私が殺したのだ。


 勿論(もちろん)、そんな事を母に言う(はず)も無く。だが母との電話が終わった後に、自分でもネット等で()の死体発見事件について調べてみた。けれども……()の身元・死因不明の白骨死体については、母が語った(地元ニュース)以上の情報が得られる事は無かった。『所持品としてピッキングツールが見つかった』『198x年に消息不明となり捜索願が出されていた人物だと分かった』……なんて()う情報も、出て来なかった。()の他の所持品については例えば、溝渠に辿り着く途中で落としたのか、流されてしまったのか、警察が(敢えて?)公表しなかったのか。また身元については、抑々(そもそも) 遺族が捜索願を出していなかったのか。


 兎も角、事件については()の後も、私の方でもネットで時々検索してみたが、追加の情報は(つい)ぞ得られる事は無かった。



 ◇◇◇



「……」



 そして、今。私は部屋で一人、ベッドの上で寝転がって居る。


 結局は()の後、()の出来事について、何ら情報が得られたり進展が在ったりする(はず)は無く。また私もあの出来事(殺人)について、誰かに言う事も決して無かった。当然、私の所に突然 警察らが訪ねて来る事も無かったし、また もしも誰かが私に()の出来事に関して尋ねたとしても、私は平然と(内心、悪びれも無く)「何も知りません」と答えただろう。嘘発見器(ポリグラフ検査)ってやつを突破する自信だって有る。


 ()の198x年の出来事(殺人)について、私は罪悪感を覚える事など全く無いし、無かった。


 (むし)ろ結果論で言うなら、私は最適(最善)行動(選択)をしたとさえ思っている。


 ……あの時、泥棒(犯罪者)に立ち向かわず逃げていれば良かったって? 子供の足では追い付かれた可能性もあるし、上手く逃げ(おお)せたとしても、予定外のタイミングで犯罪が露見した泥棒が、(はら)()せに家財へどのような損害を与えた(八つ当たりをした)か分かったモノではない。

 ……行き成り(いきなり)殴り掛かる前に『出てけ』と言う(退去要求をする)べきだった? そんな悠長な事を(折角の先制攻撃の)していたら(機会を逃したら)、幾ら武器(ゴルフクラブ)を携えていたとしても、子供(小学三年生)の私が凶器(出刃包丁)を持った大の大人に(かな)わなかった可能性も在る。リスクを高めて(身を危険に晒して)(まで)、生殺与奪を他人(法律)に握らせてやる義理は無い。


 兎に角は結果として、あの出来事は私の人生に於いて『無か(何の影響も)った』(与えていない)事になった。けれども、()の後の私の人生(物事の考え方)に対して、大きな影響を与えたに違いなかった。……いや、()れも違うかな? 私は元来、こう云う(ああ云う)性質だった?


 ……まぁ、そんな益体も無い事を考え(なが)ら。部屋の窓ガラス越しに空模様を見上げると、雨はもう、すっかり止んだようだった。


「……」


 そして私は、あの時と同じように奇麗な虹が出るだろうかと、そんな事を思った(想った)のだった。


挿絵(By みてみん)

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