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雨の夜に来たるもの

 或る、雨の日の昼間。私は部屋で一人、ベッドの上で寝転がり。部屋の窓ガラス越しに、しとしとと雨の降る空模様を見上げて居る。


「……」


 こうして静かに、雨の降る日を独りで過ごして居ると 時折(ときおり)、ずっと昔の事……私が未だ小学三年生の頃に起こった、あの出来事を思い出す。


 あの時も、こんな雨の降る日を、私は一人で……



 ◇◇◇



 198x年(昭和時代)の或る日。郊外にポツンと建つ、自宅の一軒家。週末(土曜日)の午後、当時 小学三年生であった私は一人、家で留守番をして居た。


 ()の時、父は仕事で繁忙が発生し、会社に泊まり込み。母は昔に恩が有った縁者が急に亡くなったとの事で、当時 未だ幼かった末の子供(私の弟)を連れて泊まり込みの里帰り。兄は何やら学校の部活(運動部)の合宿との事で、矢張(やは)り泊まり込みで部活練習に明け暮れ。そして私はと云うと、前々から予定されていた子供会の遠足行事を翌日に控え、一人、家の留守を任されていた。


「……」


 だが、部屋の窓から外を見ると、今にも降り出しそうな空模様だ。翌日の遠足は雨天決行……ではなく、悪天候に()り中止の場合は当日の朝に電話連絡が来る事になっていた。……まぁ天気予報通りの雨なら、遠足は無しになるだろうなと、私は思った。幾分か楽しみにしていたけれど、()ればかりは仕方が無い。


挿絵(By みてみん)



 ()れでも私は、翌日の準備をきちんと整えて。作り置きの夕食を一人で食べた後、お風呂に入って歯を磨いて。自宅各所の戸締りが(しっか)りされている事を確認してから、当時 与えられた二階の自室(一人部屋)で少し早めの床に就いた。



 ◇◇



「……ん……」


 外を降る雨の音に、私は目を覚ました。寝巻着(パジャマ姿)(まま) 起き上がり、寝惚け眼(ねぼけまなこ)で時計を見ると、時刻は深夜。カーテンを開けて窓の外を見ると、外はザアザア降りだった。矢張(やは)り降り出したか、とカーテンを閉めた(ところ)で。


「……?」


 下の階から人の気配(微かな物音)を感じた(が聞こえた)、気がした。

 ……家族(親兄弟)が深夜に急に帰って来た、とは思えない。戸締りは(しっか)りした(はず)だが、まさか……? と思い(なが)ら、様子を確かめる為に、そーっと自室の扉を開けて、真っ暗な廊下へ物音を立てず歩み出た。


 ◇


 ゆっくりと、階段の手摺りに掴まり(なが)ら、一階に降りた。


 ……! 部屋の一つ、開け放しの扉から明かりが漏れており、やっぱり誰か居る。そして……何やら(せわ)しなく動き回っているような気配を感じた(物音が聞こえた)。……誰かが忘れ物でも取りに家に戻って来た? こんな夜中に? もし可能性があるとしたら父親ぐらいだろうが……いや先ず あの部屋に、父が取りに来るような忘れ物が在るとは思えない。()れに何と云うか……物音から、(せわ)しなく動き回っている様子が(うかが)えるものの、()れでも出来(でき)るだけ物音を立てないようにしている(よう)な、そんな雰囲気を感じる。深夜、寝ているであろう(家族)に気を(つか)って、何か探し物でもしている? ……いや、やっぱり何か変だ。ひょっとしたら……と最悪の想定をし(なが)らも、自分の眼で確認する為に、忍び足で部屋に近づいた。そして姿勢を低くして、開いた扉から部屋の中をソッと(のぞ)き見た。


「……!」


 果たして最悪の予想通り。其処(そこ)に居たのは、此方(入り口)に背を向けて部屋の中を物色する、見知らぬ男だった。

 男は灰色(グレー)のフード付き上着を羽織ってジーンズを履いており、手には(指紋を残さない(ため)なのか)手袋を着けていた。体格は私の父親よりも小さく、チラリとフードの隙間から見えた横顔は20代ぐらいに見えた。だけど前髪が白っぽい?(若白髪か?)……いやあれは、髪を染めて(脱色して)いるんだな。そして上着の左前身頃が不自然に盛り上がっていた。何か、包丁だとかの凶器を隠し持っている可能性も在る。


 ……なんて事だ! 家族に留守を任されたのに、泥棒に入られるだなんて!


 ()の時の私は、泥棒に対する『恐怖』と共に、自分の失態に対する『憤り』を強く感じた。

 だが、其処(そこ)で『ドロボー!!』と叫んで悪漢を追い出そうとするような軽率さは、持ち合わせていなかった。……恐らく()の状況では、ほんの少しの行動(判断)の誤りが、身の危険を(もたら)すだろう。

 不幸中の幸いにも、泥棒は此方()に気付いた様子は無く、()の隙に私は部屋の扉からソッと離れた(距離を置いた)


 ……だけど、どうする? 家の電話から、両親か警察に報せる? ……いや電話している時に、物音(話し声)を聞き付けられて泥棒に見つかって、逆上して襲われるかも知れない。

 ならば、御近所さんの家か警察に直接行って、助けを求めるか。深夜に雨の中を少々 走る事になるが、濡れるのが嫌だとか悠長な事は言っていられない。私は、短い廊下を忍び足で玄関に向かった。


 玄関には、見知らぬスニーカーが一足、脱ぎ置かれていた。踵部分を履き潰していて、何だか薄汚れている。間違い無く、あの泥棒の物だ。だけど靴は雨に濡れた様子は無く、玄関に足跡も無かった。きっと雨が降り出す直前に家に侵入したのだろう。……漫画なんかだと、泥棒は土足で入り込んで家中を荒らす(に足跡を付ける)イメージが有ったけれど、()の泥棒は違うらしい。現金や金目の物だけをコッソリ盗んで、発覚を遅らせる算段だろうか? だが、今泥棒が居るあの部屋は、半ば『物置き』のように扱われている部屋で、そう()った金目の物は無かった(はず)だが。


 ……と。玄関の傘立てに、鈍く銀色に光る細長い棒状の物……父のゴルフクラブ(アイアン)が立て掛けて在ったのが目に留まった。()れは確か……父が会社の上司(部長?)から貰った(押し付けられた)中古(安物)ゴルフクラブ(アイアン)だ、って言ってた(零してた)っけ。()上司(部長?)が新しいゴルフクラブを買って、もう要らなくなったからって譲り受けた(押し付けられた)そうだ。……だけど父はゴルフなんかやらない(興味も無い)ものだから、ほんの少し触っただけで使わなくなり、かと()って上司(部長?)からの貰い物を無下にする(簡単に捨てる)事も出来(でき)ず、こうして我が家の玄関に収まっている(わけ)だ。


「……」


 だが。()ゴルフ(手頃な長さ、)クラブ(重さの武器)が有れば、例え大人が相手であっても、(当時)小学三年生の私でも撃退出来(でき)るんじゃないか? と思った。思ってしまった。

 ……ゴルフクラブ(スポーツ用品)に対してこんな事を言った(考えた)ら『ゴルフ(スポーツ)を愛する人に対する冒涜だ』などと怒られそうだが、悪いけど私も父と同じくゴルフに対しては興味が無いし、相手(泥棒)だって包丁(料理道具)()()()()用途で携えて来ているかも知れないのだ。

 ()れと……私の『撃退出来(でき)るかも』との思考には、数日前に読んだ『子供が活躍する冒険活劇ものの児童文学書』の影響もあったかも知れない。


 兎に角、()ゴルフクラブ(アイアン)を何とは無く手に取った、()の時。


「……誰だ!?」


 誰何(すいか)の声を掛けられ私が振り向くと、()(まで) 物色していた部屋から出て来たばかりの泥棒と、目が合った。


 ◇


「クソっ」


 と、()の泥棒が短く吐き捨てた。

 ……いや、『お前は誰だ』も『クソったれ』も、此方(コッチ)の台詞だ!!

 ()の余りにも身勝手な泥棒の態度に()り、泥棒への『恐怖』を瞬時に『怒り』で引っ繰り返し(塗り潰し)た私は。ゴルフクラブ(アイアン)を引き抜き両手で持ち、短い廊下(距離)を泥棒へ駆け向かった。


「!? なっ!?」


 泥棒にとって、私の行動は完全な想定外だった(不意打ちとなった)ようだ。だが泥棒は()れでも、上着の懐に手を入れて()()取り出そうと(引き抜こうと)するぐらいの反応はして見せた。


「!?」


 ()の動作に驚いた私は、しかし駆け出した(殴り掛かった)勢いは止まらない。()(まま)ゴルフクラブ(アイアン)振り回し(振り被り)、泥棒に向かって振り下ろした(殴り付けた)

 狙いも何も無い()一撃(一振り)は、丁度(ちょうど)凶器(ナイフ?)を引き抜いた泥棒の腕に命中した。


(イ゛)ッ……」

『バンッ』


 泥棒の苦鳴の声と、弾き飛ばされた刃物(出刃包丁?)が壁に()ち当たった音が、同時に響いた。


「ヒッ……」


 ()凶器(出刃包丁?)を見て、半ば正義感(ヒロイズム)酔って(突き動かされて)いた私の心中は、途端に死の(殺される)恐怖に満たされる。()の恐怖心に()り足を止めた(が止まった)私と 腕の痛みに状況把握が追い付いた泥棒の 視線が交差する(ぶつかり合う)()の泥棒の表情は『なんで こんな状況になったのか』と云う困惑と、『生命の危機を感じた』恐怖と、『そんな状態を作り出した目の前の相手に対する』怒りとを混ぜ合わせた(よう)な物だった。而して()の時の私自身も、目の前の泥棒と同じ表情をしていたに違いなかった。

 そして次の瞬間。(わず)かに先を動けたのは、身体に(其の手に)痛みを伴っていない(武器を持っている)私の方だった。


「ッアァァァアァッッ……!!!」


 ()の時に私を突き動かしたのは、初撃時の様な『正義感(ヒロイズム)による高揚感』ではなく、『ヤらなければヤられると云う恐怖感』だった。有りっ(たけ)憎悪(害意)を込めて、いや『結果、相手がどうなるか(死ぬか)』など考えない(考える余裕も無い)『只、目の前の脅威(物体)に対して私が与え(齎し)得る最大の傷害(損壊)』の(ため)に、無我夢中で再びゴルフクラブ(凶器)を振るった。


「ヒッ……」


 今度は相手(泥棒)が恐怖に怯み、相手(泥棒)は思わず(頭部)を両手で覆った。

 ……だが。


『ブォン』

「グォオ……ッ!?!」


 泥棒にとっては(私にとっては)運の悪い事に(運の良い事に)、振るったアイアン(凶器)ヘッド(先端)は泥棒の股間に()り込んだ。泥棒の腕に当たった時とは違った、もっと柔らかい物(人間の臓器)を殴り付けたような感触が、手に伝わる。()れを『気色悪い』とか『痛そう』とか感じる(考える)余裕は、()の時の私には全く無かった。只、単に『効果は(私の生命への)抜群だ』(危機が遠のいた)と云う束の間(『ザマァ見ろ』)の喜び(と云う気持ち)が、在っただけだ。

 そして()の成果として、泥棒は苦しそうに股間を押さえ、身体を『くの字』に折り曲げる。……()の様子を見て、私の心持ちに ほんの少しだけ『余裕』の(よう)なものが出来(でき)た。私は泥棒へ更なる追撃を加える(ため)に、丁度(ちょうど) 私へ差し向けられる格好になった泥棒の頭部へ()()()()()ゴルフクラブ(凶器)を構える両手に力を込めた。そう、初撃時と次撃時、私は相手(泥棒)の事を()()()()()()()()()()()()()()。一撃目は『任された(侵入された)留守を守る為(失態に対して)』の『正義感(憤怒)』に突き動かされて、偶々(たまたま)手に取った武器(凶器)泥棒(元凶)()つけただけだった。二撃目は、相手(泥棒)持つ(持っていた)凶器(殺意)』を目の当たり(まのあたり)にして、『恐怖心』から手に持った得物(ゴルフクラブ)を我武者羅に振り回しただけだった。



 ……よくも(ウチ)に、泥棒(盗み)に入ってくれたな。しかも相手は、凶器を携え(此方を殺す事を想定し)ていた。ヤらな(他に武器を)ければ(持っていない)ヤられる(とも、限らない)。……今度こそ、明確に相手(泥棒)動けなくする(殺す)(ため)に。差し出された頭部(致命の箇所)()()()()()()


「……シッ(死ね)……!」


 (しっかり)りと()()()()()攻撃(一振り)。泥棒が着用して(被って)いたフード越しに、凶器(ゴルフクラブ)先端(ヘッド)(わず)かに標的(泥棒)頭部(頭蓋骨)()り込んだ(よう)な感触を返した。


『ゴッ』

「ぐぇっ」


 一撃に()り、相手(泥棒)は片手で後頭部を押さえ、床に もう片手と膝を突いた。


 やった……! 今度こそ、決定的(相手を行動不能に)(至らしめる)一撃を入れる事が出来(でき)た!

 私は生き延びた(敵を排除した)歓喜(達成感)に打ち震え、()れは『学校の初めてのテストで百点(満点)を取った』『練習の末に自転車に乗れるようになった』『25mプールをクロールで息継ぎして泳ぎ切れるようになった』等の感動を遥かに上回る、(当時迄の)人生最大級の物だった。


 ……しかし、()れが油断となり。ほんの数瞬後、もしくは数秒の後、飛び跳ねるように立ち上がった泥棒に、私は突き飛ばされた。


『ドンッ』

「うぐっ」


 私は廊下の壁を背に、()の場に尻餅を()き、そして衝撃で両手の得物(ゴルフクラブ)も手離してしまい、()れは私の視界外(手の届かない所)へ転がって行ってしまった。

 一方、私が先に弾き飛ばしていた泥棒の包丁(得物)は、壁に()つかって跳ね返った後、今は泥棒の(尻餅を搗いた私の)直ぐ足元(手が届かない位置)に転がっていた。


「……っっ!!」


 ほんの少しの油断により、形勢は逆転してしまった。

 生存の喜びを噛み締める前に、きっちり止めを刺し(殺し)にいっていれば。……いや、只の小学生(『戦闘』の素人)である私に『ちゃんと止めを刺せたか(殺せたか)』など分かろう筈が無い。そんな事を(物理構造的に)気にせず(稼働不能となる迄) 只管(ひたすら)に、泥棒に(人間を)ゴルフクラブ(凶器)を振り下ろし続けて(で破壊しきって)さえいれば、私の命は助かったのに……。


 ……。


 だが。


 ()泥棒(憎き敵)の手により、凶器(出刃包丁)が私に振り下ろされる(突き立てられる)事は無かった。

 目の前の泥棒は、立ち上がった勢いで()()私を突き飛ばしただけの(よう)だった。そして何処を見定めているのか分からない目線の(まま)に一歩を踏み出し、其処(そこ)には出刃包丁の柄(偶然の障害物)が在った。

 泥棒は()れを踏ん付けて滑って尻餅を()いて()ころび、出刃包丁(偶然のトラップ)前方(玄関の方)へ放り飛ばした。


「……」


 ()の明らかに正常な状態ではない様子をボーっと見る私の目の前で、泥棒はまたヨロヨロと立ち上がる。……私が与えた痛みに比べれば、尻餅を()いた時の衝撃などは何でも無い様だ。

 そして、


「……(イテ)ェ……(いて)ぇよ……(イデ)ェ……()持ヂ悪い……」


 と(つぶや)(なが)ら、瞬発的な動きと緩慢な動きを織り交ぜて不自然に(ガクガクと)身体を揺らし。まるで私の事など視界に入っていないかの如く、覚束無(おぼつかな)い足取りで玄関の方へフラフラと歩いて行った。


 私は()の様子を、座り込んだ(まま)、眺め見ていた。


 そして泥棒は、地面に這い(つくば)る様な姿勢で足にスニーカー(踵を履き潰した靴)を突っ掛けた後、(すが)る様にガチャガチャと家の扉を開けた。

 稍々(やや)もたついていたが、玄関扉が開けられた途端に、深夜の夜闇と 激しい雨音と 湿った土の匂いが 流れ込んで来た。そんな暗闇(強雨)の中へ、泥棒は躊躇(ちゅうちょ)無く吸い込まれるように歩き去り、そして()れを見届けたかの(よう)に玄関扉がバタンと締まった。



 ◇◇



 泥棒が去ってから数分間、いやひょっとしたら数十分間、私は床に座り込んだ(まま)呆然として居た。

 が、(やが)て我に返り、立ち上がって『(……そうだ! 110番(警察に通報)だ!)』と、廊下奥突き当りの電話器へバタバタと駆け向かった。


挿絵(By みてみん)


 黒電話の送受話器を取ろうとするが、今更ながら手指がガクガク震えて、送受話器を上手く取れ(握れ)ない。そして、


『ガチャンッ』

「アッ……」


 激しく揺れる(震える)手に送受話器が()つかり外れ、コードでぶら下がった状態になる。

 ……もう送受話器を取るのが面倒(?)になり、其の儘(そのまま)の状態でダイヤルを回そうとするも、


「……~~っっ!!」


 ()の震える手指では、送受話器を取る以上にダイヤルを回す事が、先ずダイヤルの穴に指を入れる事が、上手く出来(でき)なかった。

 そして電話を掛けようとするのと同時に、警察へ何と説明するか、頭の中で考え(予習し)始める。


 明日は遠足で、泥棒に入られて、此処(ここ)は郊外にポツンと建つ一軒家で、一人で留守番してて、今は夜中で、親兄弟は皆 用事で余所(よそ)に泊まり込みで、泥棒は最初は私に気付いていなくて、外はザァザァと雨が降っていて、父は仕事で死ぬほど忙しくて、いや死んだのは母の知り合いで、兄は部活の合宿で、母は未だ小さい弟を一緒に連れて行ってて、今日の昼間は未だ雨は降っていなくて、遠足が雨で中止になるなら当日の朝に電話がある(はず)で、泥棒に殺されそうになって、寝ている最中に起きてしまったので物凄く眠くて、凶器は包丁じゃなかったゴルフクラブいや やっぱり出刃包丁で、あの泥棒は私と同じで きっと他人と喧嘩なんかした事が無くて、其れでも兎に角は運良く泥棒を撃退して、手が物凄く震えて電話が掛けられなくて、多分盗まれた物は何も無さそうで、泥棒は恐らく侵入した玄関からパッと目に付いた あの部屋から物色し始めてて、私は人と話すのがとっても苦手と云うか億劫で、なので私は友達が一人もおらず遠足も誰とも喋らず黙々と歩く事になるだろうけど別に()れは全く気にしていなくて、泥棒はきっと被害の発覚を遅らせる為に部屋の中を無闇に荒らしていなくて、泥棒が家の物に被害を与える前に私が泥棒を殴り付けたから家の中は何も変わりが無いように見えると云うか実際何も変わっていなくて、殺されそうになったのとゴルフクラブを強く握り締め過ぎたのと物凄く眠いのと逆に泥棒を殺しそうになったのと()れで物凄く体力を使ったのとで手の震えが治まらなくて、多分()の雨なら遠足は中止で、先日に読んだ冒険活劇の児童文学書が面白くて、こんな事をしている間に また あの泥棒がやって来るかも知れなくて、……


 ~~あぁ~~もう! 考え始めたら考えが止まら(纏まら)ず、余計に電話の操作を阻害するようになってしまった。ダイヤルを三回、回すだけなのに!


 ……もういい!!


 イライラが募った私は衝動的に(八つ当たりで)、震える手を無理矢理 下から振り回して、コードでぶら下がっていた送受話器を(すく)い上げる様に、勢い良く(はた)き上げた。

 すると、


『ガチャンッ』


 掬い上げ(叩き上げ)られた送受話器は丁度(ちょうど)、元のフック部分に納まった。


「あっ……」


 自業自得(私がやった事)とは()え 余りの偶然に、数瞬、私は電話の前で呆けてしまった。


 ◇


 数秒後、『こんな(電話を掛けようと)事を(もたもた)している間に、またあの泥棒が戻って来るかも知れない(?)』と思い直した私は、落ちていた武器(ゴルフクラブ)を震える手で拾い上げた。

 ……いや、そうじゃない、『また あの泥棒が入って来れないように、玄関の鍵を閉めなければ』と、ゴルフクラブ(アイアン)を傘立てに戻し、震える手でモタつきながらも玄関扉の鍵を


『ガチャリ』


 と閉めた。


 ……戸締りは きちんとした筈なのに、あの泥棒はどうやって家に侵入したのだろうか? 私は(今更ではあるが)再び、家の戸締りを点検して廻った。


 ◇◇


 家の戸締りは、全く問題が無かった。では、あの泥棒は、家の合鍵でも持っていたと()うのだろうか?? ……考えても答えが出ない(仕方が無い)。と()うか少し冷静になって最後の泥棒の様子を思い返してみると。あの『人として何処か壊れてしまった』かの様相では(私がやったのだが)、すぐ再び家に侵入して来るのは無理なように思えた。なので次は……あの泥棒が侵入した部屋から何か盗まれた物が無かったか、確認する事にした。


 ◇◇


「……」


 部屋には、何かを盗られた様子は全く無かった。先にも言った(考えた)ように、抑々(そもそも) ()の部屋は半ば物置のように使われている部屋だ。盗まれるような貴重品は、何も無い。

 念の為、他の部屋も見て廻った。……が、荒らされた(侵入された)(よう)形跡(痕跡)は見られなかった。矢張(やは)り あの泥棒は、玄関からパッと目に付いたあの部屋へ最初に侵入し、そして金目の物が見つからなくて部屋を出た直後に、不意打ちの様に私と出()ったのではないか、と思えた。


 取り()えず、人的にも物的にも被害が無さそうなのは良かったが、電話(通報)はしなければいけないか……と思った(ところ)で。見廻りをしている内に手の震えは或る程度は治まっていたが、今度は猛烈な眠気(ねむけ)(と疲れ(疲労感))が襲って来た。小学三年生が、大の大人を相手に、極度の緊張を強いられて、あれだけの大立ち回り(殺し合い)を演じたのだから無理も無かろうか。兎に角、もう『電話で何と言って説明しようか』を考えるのも億劫になり、二階の自分の部屋に戻ると、倒れ込む様に、眠りに……落ちた。



 ◇◇◇



 ()の夜。私は、悪い夢を見た。……と()っても、(泥棒)に殺されたり、(泥棒)に追い駆けられたり、の様な典型的な悪夢ではなく。予定していた翌日の遠足に遅刻(寝坊)してしまう、と()う内容の夢だった。

 夢の中で『折角(せっかく)、準備していたのにな』『……アレ、でも目覚まし時計は仕掛けたのに、どうして起きられなかったのだろう?』『いや抑々(そもそも)、あの雨なら遠足は中止では』『()れは……夢ではないか?』


 と、考えた(ところ)で。


「……ん……」


 私は()()目を醒ました。

 身体を起こし、遅刻(寝坊)ではないか時刻を確認しようとしたタイミングで、


『ジリリリリリ……』


 と目覚まし時計が鳴り始めた。


 目覚まし時計を止めつつ、時刻を確かめる。……うん。寝坊をしたのは、夢の中だけの事であったようだ。


「……」


 夢……。昨夜、我が家に泥棒が(泥棒を殴り付け)入った(撃退した)けれど、実はあれも夢だったんじゃないか?


 などと、ボーっとする頭で考えつつ。寝床から起き上がり、カーテンを開け、外の天気を確かめた。


「……」


 外は、しとしとと雨が降っている。()の天気なら、矢張(やは)り遠足は中止だろうか。……(いず)れにしろ、と私は毎朝(いつも)(よう)に先ずは洗面所へと向かった。


 ◇◇


 トイレを済ませ、顔を洗って、歯を磨いて……と一通りのルーチンを終えて。私は朝食のトーストを食べ(なが)らテレビを点けて見ている。


『……次は、今日の天気です。……』


 他に家族が居ない事と、時刻が普段(いつも)より早い事を除けば、全く(事件など)いつも(起こっていない)通りの(かのような)、朝の光景だ。……いや、昨夜の泥棒騒動も実は夢で、本当に何も起こっていなかったのでは? と思いつつ、テレビ(ニュース)を眺める。天気予報では……雨は、弱まり(なが)らも降り続くらしい。朝食(トースト)を食べ終えた私は、()れでも今日の遠足に持って行く予定のお弁当(サンドイッチ)を作る事にした。


 ◇


 テレビを点けっ放しにし(なが)ら、一人でサンドイッチを作る。……作ると()っても、母が予め用意してくれた材料を冷蔵庫から取り出し、マヨネーズを薄く塗ったパンに挟んでラップするだけだが。


 そうしてサンドイッチを作り(なが)ら、……昨夜の事件はニュースになっていないだろうか? などと思いテレビ(ニュース)見て(聴いて)いた。だがしかし、そんな報道は全く流れない。


 ……いや抑々(そもそも)被害者()通報(被害届出)をしていないのだから、ニュースになる(はず)が無いのだけれど。精々、『二十代の男性が頭部をバールのような物で殴られて路上に倒れていたのが発見されました』ぐらいだろうか。


「……」


 矢張(やは)り、110番(警察に通報)は すべきだろうか、とサンドイッチ(昼のお弁当)を作り終えた私は、家の電話器へと向かった。


 ◇


「……」


 家の黒電話の前で、何と言った(説明した)ものかと考え込む。見ての通り、家に泥棒の被害や痕跡らしきものは何も無いし、加えて『泥棒に入られたのは実は夢だったかも知れなくて、』などと言おうものなら、怒られるだけでは済まない気がした。だが、もう手の震え等は全く無い。送受話器に手を掛けようかとした()の時、


『ジリリリリン、ジリリリリン、……』


 と、目の前の黒電話が鳴りだした。


 痺れを切らして向こう(警察)の方から電話を掛けて来た?

 ……いや、何を馬鹿な事を考えたものか、()れはきっと、と送受話器を取る。


「……もしもし」

「もしもし。此方(コチラ)、然瀬町 子供会ですけど」


 と、野太い大人の男性の声がした。ほらね、やっぱり、


「……今日の、遠足の予定、ですか」


 と少々(ども)りながら応える。


「……ああ、なんだ参加者の子供か。今日の遠足は雨で中止になったぞ」


 と、此方(こちら)が子供と分かったからか、途端に先方の口調が粗略なものになった。……正直な(ところ)、(後に()(ところ)の)コミュ障だった私としては、()(よう)な接し方をして来る大人は少し苦手だった。だが、


「……天気予報では、雨は弱まるそうですが」


 と食い下がった。……いや、昨夜の泥棒騒動の事を誰か大人に相談したくて、()の時の私は無意識に話を引き延ばそうとしていたのかも知れない。だが、


「そりゃあ、舗装された道を歩くだけの遠足なら、傘を差したり合羽を着たりで行けるだろうけどな。今回は野道(未舗装路)を歩くから道は泥濘(ぬかる)んでいるだろうし、()れにコースには川の近くを歩く所も在るから、子供達を連れて行くには面倒だ」

「……代わりの……コースとかは……」

そんな物は(雨天時の代替案は)無い(準備しとらん)


 と返されてしまった。


「……そうですか、分かりました。(ところ)で、あの……」

「楽しみにしていたのは分からんでも無いが、(あきら)めろ。他の家にも連絡しなけりゃならんから、()れじゃあな」


 と、(せわ)しなく電話を切られてしまった。


「あ……」


 一瞬、呆然とした後、まぁ仕方が無いかと、黒電話の送受話器を置いた。

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