第0章「はじまりの物語」
はじめに、虚空があった。
何もない。光も、闇も。音も、静寂すらも。
ただ------無だけが、果てなく広がっていた。
そこに、原初の二柱神がいた。
一柱は、在らしめる力。
触れたものに形を与え、名を与え、意味を与える神。
アマル。
もう一柱は、還らしめる力。
形あるものを解き、名を手放し、無へと還す神。
モルス。
創る力と、還す力。
相反する二つの力は、しかし------寄り添っていた。
アマルが形を与えれば、モルスがそれを受け止める。モルスが還せば、アマルがまた新しい形を紡ぐ。終わりは始まりを呼び、始まりは終わりに抱かれる。
永い時が流れた。いや、時という概念すらまだなかった。ただ二柱は共にあり、互いの存在を感じていた。それだけで満ちていた。それだけで------幸福だった。
ある時、アマルが願った。
この想いを形にしたい。愛で満ちた世界を創りたい、と。
モルスは否定しなかった。
ただ、問うた。
------永遠のものに、本当に愛は宿るのか。
長い対話があった。
どれほどの時が流れたのか。二柱だけが知っている。
そして------約束が交わされた。
大盟約。
アマルは十二の柱を立てた。世界の礎となる、十二の力。
柱たちはそれぞれの力で世界を広げた。
炎が大地を照らした。水が命を育んだ。風が種を運び、光が闇を和らげた。地が万物を支え、雷が天を震わせた。
力が弱きを守り、時が流れを刻んだ。命が芽吹き、魂が宿った。知恵が道を照らし------そして、調和が全てを結んだ。
世界は枝葉のように広がった。
一つの幹から、いくつもの枝が伸びた。枝の先に葉が茂り、葉の上に露が光った。
やがて------命ある者たちが生まれた。
アマルは命ある者に、一つの贈り物をした。
自由意志。
自ら考え、自ら選び、自ら愛する力。
それは祝福であり、同時に------試練でもあった。
自ら選べるということは、過ちも選べるということだから。
モルスはそれを見守った。世界が愛に満ちているかを、千年に一度、量ることを約束して。
こうして世界は始まった。
愛から生まれ、約束に守られた世界。
二柱の想いが形になった、美しい世界。
命ある者たちは笑い、泣き、怒り、愛した。自由意志という贈り物を胸に、それぞれの物語を紡いだ。
アマルは微笑んだ。
モルスは見守った。
------だが、永遠は約束されたものではなかった。




