第二十六節 エピローグ
ガタンゴトン
上質なフカフカの座席から外を見ると、黄金色をしたのどかな牧草地帯が広がっている。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
俺とお嬢様は今、蒸気機関車の一等車両に乗っているわけで。
ブラックモア侯爵領に帰っているわけなんだけれども。
「お嬢様、帰る日にち、変えてもらった方が良かったんじゃないですか?」
「なぜ?」
なぜって…
そんな真顔で聞かれても…
「だって、今日は『微笑む女』が、ヴァロワに返還される日じゃないですか。」
そうなのだ。
俺が苦労して本物と偽物を入れ替えてた、あの絵が!
今日、ヴァロワに帰っていくわけだ!
「お嬢様なら、王子殿下にお願いして、返還の時に同席させてもらえたんじゃないですか?」
お嬢様は心底興味なさそうに、
「興味ないな」 と言った。
表情と台詞が一致している。
けど
「なんでですか?俺、頑張ったのに。それに、結局本物をどうやって、展示されて偽物と入れ替えたんです?」
俺の言葉に、お嬢様は少し視線をやって、沈黙。
「え?なんですか?すごい、沈黙が、怪しいんですけど…」
お嬢様は、はぁーっと一度息を吐き切ると、こっちを見てきっぱり言った。
「別に。どういうことはない。権力を使っただけだ。」
「どういうことです?」
「ヴァロワに返還させる前に、絵は王宮の保管庫に移されることになっていた。王宮に来れば、あとはいくらでもやりようがある。」
「つまり?」
「ウィリアムに頼んだんだ。王宮の保管庫に絵が移されてきたら、絵を入れ替えるように。」
「お嬢様、王子殿下にも犯罪の片棒を…」
「本物を本物に戻しただけだ。なんの問題もない。正しいものが、正しい場所に。それだけだ。」
というか?
ウィリアムって…
え?
名前で呼んだよ…
今まで、名前で呼んだことなかったじゃん? 呼んでてもウィリアム王子とか、ちゃんと敬称つけてたじゃん。
「ウィリアム王子殿下と、なんか、あったんですか?」
割と広い一等車両の個室の中、お嬢様にずずいっと近づく。
「だから、絵をすり替えて…」
「そうじゃなくて、心境の変化的な、恋の芽生え的な!お嬢様には、まだ早いやつですよー!」
お嬢様は不審者を見る目だけれども。
大事だろ。大事なんだよ。
お嬢様にはまだ、そんなの早いんだよー!
お嫁に行くんなんて、まだ考えたくないのだー。
「何を言ってるんだ、お前…」
「だって、急に、王子殿下のこと、名前で呼ぶんですもん。せめて…せめて、進展はちゃんと俺のいるとこで逐一教えてもらわないと…」
「本当に、何を言ってるんだ」
お嬢様はため息をついた。
呆れていらっしゃる。
「それで、結局この事件どういう結末なんです?」
切り替えてそう聞くと、お嬢様に
「お前、怖いな」
と言われた。
解せぬ。
「結末も何も、なくなった絵が戻っただけだろう。」
まぁ、そうなんだよな。
絵を盗んだモンフェラン司祭も、窃盗罪は証明できず、かといって偽証罪や詐欺罪では被害者がいないから、不起訴で釈放されたし。
リュカ君の複雑な表情を思い出す。
これから、あの親子は大丈夫なのかな。
なるべく、手紙を書こうと思ってる。
「結局、諜報員とか言ってたメルドさんの目的は阻止できたんですか?」
「さぁな。それは、私の手には余る。」
お嬢様はぽつりと窓を見て応えた。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
牧草地帯を抜けて、車窓からは遠くに海が見えてきた。
ブラックモア侯爵領まで、あと1時間くらいだろう。
まぁ、いろんな事件があって、お嬢様もなぁんかいろいろ考えること増えてたし。
領地へ帰って、まったりする時間も必要だろう。
「ところで、なんで王子殿下を名前呼びしてるんです?どう言う心境の変化…」
「おまえ、しつこいぞ。」
完
完結となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




