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第十節 捜査二日目 ①サンティアゴ大聖堂の司祭


俺の予想通り、本日はあいにくの雨。


俺とお嬢様は、今日もサンティアゴ大聖堂へやってきた。

雨の中で見ると、何とも言えない重量感というか薄気味悪さを感じる。


中に入ると、お嬢様は身廊を迷いなく進み、最前列の席に腰を下ろした。

毎日、十時と十五時に司祭による説教があるということで、俺たちはその時間を狙って来たのだ。


昨日とは違い、堂内にはすでに多くの参拝者が集まっていた。

やがて、祭壇右手の通用口が静かに開き、白い礼服をまとった男の人が姿を現した。

剃り上げた頭に、首からロザリオを下げている。

司祭かな?

男性は祭壇の前まで進むと、十字を切り、短く祈りを捧げた。

それを合図に、参拝者たちは一斉に立ち上がる。


司祭は参拝者の方へ向き直り、軽く手を上げた。


「お掛けください。」


その一言で、堂内は静まり返り、皆が席に着いた。

俺とお嬢様も、それに倣う。


さすが、司祭様の話だ。ものすごく、眠くなる。

聖なんちゃらのーとか、経典第何節ではーとか、そんな話をした後

「神はいつでもあなたのそばにおります。」

と言って、十字を切った。

周りの人たちも座ったまま、十字を切っている。


これで、お話終わりかな?


次の瞬間、司祭が小さなベルを鳴らした。


通用口から、籠を抱えた少年が姿を現す。

亜麻色の、ゆるく波打つ髪。この辺りでは珍しい、アメジスト色の瞳。少したれ目で、どこか儚げな雰囲気の少年だった。


参拝者たちは一斉に立ち上がり、身廊の通路へと静かに列を作り始める。

どうやら、聖餐の時間らしい。


列が進む中、お嬢様は席を立たず、司祭の方をじっと見つめていた。

人がまばらになった頃、ようやく立ち上がり、列に加わる。

俺はその後ろについた。


少年は、にこやかに籠を差し出した。


「どうぞ。」


「いや、結構。私は無信心者なので。」


頼むから、場所を考えてくれー。

外ではそれ言わないでって言ったでしょうが。

俺は心の中でため息をついた。


少年は一瞬、戸惑ったように司祭の方を見た。

お嬢様は構わず一歩前に出て、名乗る。


「司祭殿に話があって伺った。私は、シェヘラザード・ブラックモアだ。お見知りおきを。」


そう言って、優雅にカーテシーを決める。


「説教、大変興味深かった。少し、お話させていただいても?」


司祭の男性は困った様子で、ちらっとこちらを見た。


「あ、私は、お嬢様の従者をしております、エドモンド・アンリと申します。」


俺が挨拶すると、男性はなるほど、という感じで、俺の後ろに人がいないことを確認して、

「わかりました。話と言うのは、告解と言うことではなく…」

「事実確認に伺った。先に言った通り、私は無信心なので、告解は不要だ。」


お嬢様、みんなの視線を、感じてくださいよ。


司祭の男性は、気まずそうにちょっと引きつった顔をしながら

「では、こちらでお伺いしましょう。」

と言って、案内してくれた。


優しい方で、よかったー。


二人が出てきた通用口へ案内されて入ると、通路にいくつかドアがあり、その一つに通された。

部屋には男の子もついてきた。


通された部屋は簡素で、ソファと事務用のテーブルが一つ置いてあり、後は資料のようなものが収まっている棚が置かれているくらいだった。

事務所かな?

ソファに座ると、男の子がお茶を入れてくれた。


「それで、話とはなんでしょうか?」

「貴殿は、ベルナール・モンフェラン司祭とお見受けするが?」

「はぁ、私は確かにベルナールですが。」

「失礼だが、ご出身はヴァロワか?」


お嬢様の言葉に、男性は一瞬表情を歪めたように見えた。

目の錯覚かもだけど。


「そうですが…」

「いや、深い意味はないが、珍しいと思ってな。こちらは、エスパーニャ皇国の影響が強いだろう。」


そうなの?


「そうですが、アルビオンとエスパーニャは今関係が良好とは言えないでしょう。なので、私が本家から派遣されてきたのです。」


そうなんだ。


「そんなことをお聞きに?」

「いや、王立美術館で特別展が開催されているだろう。旧教に関する展示だ。こちらからも、所蔵品を貸し出していると伺った。良い展示だったので、思わずこちらに足を運んだんだが。」


お嬢様は、嘘は言っていない。

嘘じゃないのに、なんか違和感のある話をしているだけで。

この後、どう続けるんだろう。


「実は、『微笑む女』という絵画がなくなっていることに気づいた時、私もその場に居合わせたんだ。縁があって、絵の在処を探している。ご存じだろうか?事件のこと。」


あ、もう、確信にいくんだ。

モンフェラン司祭は、お嬢様の言葉に不信感を露わにしていた。

そうだよね、何の話だよって感じだよね。


ガシャン


その時、何かが割れるような音が聞こえた。

音の方を見ると、あの男の子がソーサーを落としてしまったのか、床にお茶と陶器の破片が散らばっていた。


「リュカ!」

司祭の言葉に男の子は肩をびくっとさせた。


リュカ?

はて?どこかで…


「大丈夫か?」

言葉とは裏腹に、お嬢様は無表情で男の子の方を見ていた。


「大丈夫?」


俺が立ち上がって、片づけを手伝おうとすると、男の子は

「大丈夫です。」

と小さく震えながら言った。


「手伝うよ。」

「申し訳ございません、大丈夫ですので。」


男の子に言ったんだけど、司祭に断られてしまった。

お嬢様の方をちらっと見ると、お嬢様は首をくいッとソファの方に向けた。

座ってろってことだ。

仕方ない。


「失礼いたしました。それで、絵画が盗まれた話ですか?」


司祭は、話の続きを始めた。


「ニュースでは存じてますよ。昨日から新聞に載ってますからね。それが、何か?」

「絵画が盗まれたのは、日曜日だと見ている。貴殿は、日曜日に美術館にいただろう?記録を確認したので、言い訳などと周りくどい無駄な嘘はつかないでいただきたい。何か、気になることなどなかったかと思ってな。」

「特にありませんでしたよ。私は、貸し出す予定のものを予定通りお持ちしただけです。」

「思い出す素振りもしないんだな。数日前のことなのに。」


お嬢様の言葉に、司祭は顔を赤くして

「何が、おっしゃりたいんだ。」

と、声を荒らげた。


そんなに、怒らんでも…

怪しいですって言ってるようなもんだよ。その態度。


お嬢様は無表情にお茶を口にして

「いや、何も知らないなら、結構だ。」

と言った。


ちらっと男の子の方を見ると、彼はまだ小さく震えているようだった。


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