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第二節 事件


「まぁ。この絵、とってもきれいですね。ね、王子殿下。」


いやいや…

ウィリアム王子殿下も顔引きつってるんですよ。

俺も久しぶりに見たけど…

お嬢様の猫かぶりぶりっ子。


最近見る機会なかったから、忘れてたけど…

その設定、まだ生きてたんだ…


「そうだね。」


王子殿下は、お嬢様のいつもと違う態度を飲み込んで、いつもの王子様な微笑を取り戻して対応している。

流石。


「こちらはサンティアゴ大聖堂から特別展のためにお借りしているもので…」


ほとんど剥げ頭、もとい薄くなった髪をきれいに撫でつけた初老の男性が、お嬢様と王子殿下に聖人の絵の説明を続けていた。

なんでも、今やっている特別展示の目玉だそうだけど、きれいな絵では、正直ない。


こちらの紳士は、王都にある王立美術博物館の館長、ロバート・キャンベル卿だ。

お嬢様は王子殿下の公務に婚約者として付き添ってきていて、俺はそのお世話係として同行している。

まぁ、従者だし。


そして館内には、今説明をしているキャンベル卿のほか、俺たちの公務に関係する人間以外の姿はない。

貸し切りなんですねー。

警備もばっちりだし。

もともと、王立美術館では憲兵が出入口なんかを警備してるんだけど、本日はさらに王子殿下の近衛兵もついている。


お嬢様は、この公務への同伴にすっごく、それはそれはすっごく、不服そうだったけど、もともと美術鑑賞とか好きなタイプなので、しぶしぶ参加しているのだ。

館長の説明を聞いてるのか聞いてないのかわからん、にっこにこの外面笑顔で、お嬢様は王子殿下の腕に引っ付いている。


早く自由に見学させろ。

という、お嬢様の心の声が聞こえてきそうだ。


アルビオン王立美術館は、百年以上の歴史を誇る、アルビオン王国最大の美術館だ。

元々は、どこかの伯爵だか貴族が集めた個人の収蔵品を公開するためのギャラリーだったらしい。

その伯爵が没落したとかで、収蔵品ごと国がギャラリーを買い取り、王家所蔵の美術品の展示も兼ねた施設へと改修された結果、今の形になった――と、キャンベル卿から説明を受けた。


お嬢様は王都に滞在している間、お菓子の調達ついでにこの美術館や、すぐ近くにあるアルビオン王立博物館をよく訪れているので、正直目新しさはないんじゃないかなーと思ってたんだけど…


「それでは、ウィリアム第一王子殿下とブラックモア侯爵令嬢には、ご自由に館内をお楽しみいただければと存じます。お二人のご質問には、我が館の学芸員である、こちらのアーディス・メルドがお答えいたします。」


そう言って、館長は後ろに控えていた青年を紹介した。


赤茶色の巻き毛がもじゃもじゃで、前髪を無理やり七三に分けている。丸眼鏡に、素朴なこげ茶色の瞳、少し目立つそばかす。いかにも純朴、という印象の青年だ。


正直、今までどこにいたんだというくらい存在感が薄い。


「ア、アーディス・メルドです。よ、よろしくお願いいたします。」


いかにも緊張しています、という様子で挨拶すると、青年はぺこりと頭を下げた。

その様子を、齢8歳の王子殿下が微笑ましそうに眺め、軽く頷いている。

お嬢様はというと、表情筋が限界を迎えたのか、ほとんど無表情だった。


館長が同行していた他の要人たちとその場を離れていくのを見送った後、さてどうなるのかと思っていると、


「シェヘラザードは、見たい絵があると言っていただろう。まずは、その絵を見せていただこうか。」


と、お嬢様とは対照的に、作り笑いが本物にしか見えない爽やかな笑顔で、王子殿下が言った。


王子殿下…

できる男すぎる。


お嬢様は王子殿下からスッと離れると

「そうしていただけると、ありがたいな。」

と。


猫かぶるのをやめたのか…。

っていうか、誰向けに猫かぶってんだろ。

館長?

まだ、美術館の関係者の人とか、学芸員さんとか、いるけど?


「じゃあ、そうしよう。案内してくれるかな?えっと、絵のタイトルは…」

「『微笑む女』だ。」


お嬢様の言葉に、紹介された学芸員のメルド卿はパッと嬉しそうな顔をした。


「お目が高いですね!その絵は、ヴァロワ市民共和国のオークションで、本当に最近手に入れたものなんですよ~。」


へー。


「作者はルネサンス期に活躍した画家で、巨匠なんですけどね。作品としては知名度が低くて。いや~、いいものをお安く入手できました~。」


学芸員さんは興奮気味に説明を続ける。

気づいて!

お嬢様も王子殿下も表情を取り繕うのがプロ並みだけど、よく見ると引いてるのがわかるから。


「では、早速向かおう。」

「途中、気になるものがあれば、説明してもらってもいいだろうか?」

「ああ、私は構わん。」


学芸員さんを置き去りにして、美少年美少女の婚約者カップルはスタスタと歩き出した。


あらら。


お嬢様のお目当ての絵が展示されているのは、美術館南側エリアの奥らしい。そこへ向かう途中にも、さまざまな肖像画が並んでいた。


ときどき二人は絵の前で足を止め、

「何とか朝時代の国王の肖像画で――」だとか、「何とか美術の影響が――」だとか、いかにも小難しい話をしながら進んでいく。

そのたびに学芸員さんから「よくご存じで……」などと言われ、二人そろって「常識だが?」とでも言いたげな、きょとんとした顔を見せる。


学芸員さん…やりづらいだろうなぁ。


南側エリアの最奥は、円形で他より少し高い天井になっていた。


「『微笑む女』は、こちらに…」


……


学芸員さんは、一番奥の場所を指して固まっている。

確かに、何か展示されるスペースはある。

札みたいなものに、『微笑む女』と書かれてるし?


……


固まったままの学芸員さんは、眼鏡をくいッと上げなおして、一度下を向き、もう一度さっきと同じ方を指して


「こ、こちらに~…」


「ないな。」


お嬢様の言葉が妙に響いた。


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