第50話 有給奮闘編 ― “休ませる誠意”
春。労基署からの一枚の封書が、総務課の机に落ちた。
差出人:「労働基準監督署」
件名:「年次有給休暇取得義務に関する是正勧告(再)」
藤井仁(36歳)は目を細めて読んだ。
(また“再”か……。是正リターンズの続編かよ)
お局がコーヒーを片手に覗き込む。
「で、今度は何を怒られてんの?」
「有給取得率です。平均15%」
「15%!? 昭和か!」
「昭和なんです。社員が」
「……納得」
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昼の会議室。
藤井は社長と幹部たちに報告した。
「法律では、年5日は強制取得が義務です」
「強制?」と社長。
「はい、“休ませなければならない”んです」
「……つまり、働きたい者を止めるのですか?」
「はい、止めます」
「それは“勤労の妨害”ではないのですか!」
「ちがいます、“健康確保”です」
「健康とは“働ける体”のことでしょう!」
(もう会話が戦時中……)
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加工部の昭和勢は、完全に“有給拒否同盟”を結成していた。
「ワシら、仕事してナンボじゃ」
「休んだらネジが錆びる」
「週休二日ですら気持ち悪いわ!」
「1日休むと“定年が近づいた気”がするんじゃ」
藤井:「違います、それ“時間の流れ”です」
「ほう、じゃあ休んでええ理由があるんか?」
「法律です」
「そんなモン、戦後から信じてねぇ!」
お局がぼそり。
「…化石どころか、地層ね」
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総務課は「有給推進キャンペーン」を立ち上げた。
タイトルは社長命名による――
『休む勇気プロジェクト2025』
コピー案:「働く誠意から、休む誠意へ」
(……詩的だけど、誰も読まない)
ポスターには、満面の笑みでピースする社長の写真が使われた。
キャッチコピー:「さあ、休もう!」
ただし私は一日も休まない!
藤井:「説得力が真空です」
お局:「まず社長を寝かせないとね」
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試験的に、藤井は現場にアンケートを出した。
「あなたが有給を取らない理由を教えてください」
回答:
・「家にいてもやることがない」
・「嫁に居場所がないと言われた」
・「猫のほうが会社より寂しがる」
・「上司が休まないから」
・「上司が休むと不安」
・「上司が休むと会社が潰れそう」
(全方向地獄……)
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藤井は一計を案じた。
「じゃあ、いっそ“強制くじ引き休暇”にしよう」
お局:「なにそれ」
「くじで当たった人は、強制的にその日休む」
「抽選で強制……まるで“徴休”ね」
「もう徴用に近いです」
――翌日。
昼休みに「有給くじ大会」開催。
司会・営業課長。
「ではいきます! 今日の“幸運な休み人”は――加工部長さん!」
「……え? 今日か!?」
「はい、今すぐ帰ってください!」
「……はっ?、仕事はどうすんじゃ?」
「それは“誠意の仲間”がカバーします!」
「……そりゃ誠意じゃなくて地獄だろ」
結果:誰もくじを引かなくなった。
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次の奇策。
「有給ポイント制」。
休むと“誠意ポイント”が貯まり、賞品がもらえる。
ただし社長の選定による“賞品”が問題だった。
・誠意ペン(社長の座右の銘入り)
・社長との昼食券(選べない)
・理念読書会招待(地獄)
結果:誰もポイントを貯めなかった。
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業を煮やした社長が直々に言い出した。
「よし、私が休もう!」
(奇跡が起きた!)
だが次の一言。
「有給を取って、会議室で資料整理します!」
「それ休みじゃないです!」
「いや、“精神的休息”です!」
「精神の方が休まらないです!」
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そんな中、労基署の監査日が近づいた。
藤井は頭を抱える。
(このままではまた“是正勧告(再々)”になる……)
お局がつぶやく。
「もう、“架空有給”でも作る?」
「冗談抜きで、休んだ“ことにする”社員出てます」
「幽体離脱ね」
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その夜。
藤井は閃いた。
「……そうだ、“休む理由”を作ればいい」
お局:「つまり?」
「“休暇ミッション”を会社が用意するんです」
「ほう」
「『地域美化有給』『家族孝行休暇』『誠意リフレッシュデー』――
休むのに使命感を与える」
「それ、“休ませるための仕事”じゃないの?」
「……言い方を変えましょう。“働かない仕事”です」
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そして導入された“誠意リフレッシュデー”。
社内放送:「本日は“誠意リフレッシュ対象日”です。対象者は全員帰宅してください」
調達部長たちがざわめく。
「帰っていいって……罠じゃねぇのか?」
「昔、“帰れ”って言われたときは怒られたぞ」
「帰っていいなら、会社が心配だ」
「…じゃあ残るか」
「そうだな」
結果、誰も帰らなかった。
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午後三時。
労基署の担当官が到着。
「有給取得状況を見せてください」
藤井:「こちらです」
担当官:「……取得率0%ですね」
「ええ、“誠意の出社文化”が根強くて」
「文化ではなく違反です」
「ですよね」
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そのとき、社長が飛び込んできた。
「ちょうどよかった! 私、今、有給中です!」
「なぜここに!?」
「会社が心配で!」
担当官:「……休暇中の出社は無効です」
「いや、“心の出社”です!」
「それも無効です」
お局:「うちの社長、もはや“働く宗教”ね」
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監査が終わり、藤井は机に突っ伏した。
「もう……どんな奇策も通じない」
お局:「休まないっていうのも才能よ」
「有給が罪悪って文化、どう壊せばいいんですかね」
最長老がゆっくり言った。
「壊す必要はない」
「え?」
「私たちの時代…“休み”は“終わり”の始まりだった…
けど今は“続けるための休み”なのでしょう…」
藤井はハッとした。
最長老は手帳を開き、こう書き残した。
『働くとは、止まるための準備。
休むとは、また立ち上がるための呼吸。』
藤井は微笑んだ。
(――やっぱり、この会社の“誠意”は、時代遅れで、ちょっと美しい)




