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総務課長・藤井仁の憂鬱 ― 臨終雇用は日本の縮図  作者: みえない糸


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第49話 6S始動編 ― “誠意が増えた日”

 そして、その次の日の早朝。

 社長は再び朝礼台に立ち、叫んだ。

 「諸君! 来月から“第2フェーズ”に入ります!」

 「……第2フェーズ?」

 「“6S”です!」

 「新しい“S”って何ですか?」と藤井。

 「“誠意”です!」

 お局:「もう、それしか残ってないじゃないの」 

 藤井:(誠意が増えるほど、現場の酸素が減るんだよな……)



 朝礼後、社内に「6S委員会緊急会議」が召集された。

 議題は一つ――「誠意の定義」。


 社長:「誠意とは“心の整理整頓”です!」

 藤井:「……心に埃が溜まってると?」

 社長:「そうです!ですから、叱られた社員は感謝で磨く!」

 お局:「パワハラを研磨剤扱いしないの!」


 調達部長が腕を組む。

 「オレに言わせりゃ誠意ってのは“義理と筋”のことだ」

 「それ、昭和の映画に出てきそうですね」

 「義理を通すのが整理、筋を通すのが整頓だ」

 お局:「はいはい、“任侠5S”の誕生ね」


 加工部長が割って入る。

 「誠意ってのは、モノづくりの根っこじゃねぅか! たとえばネジが舐めても締める、それが誠意だ!」

 藤井:「それ、物理的にダメです」

 「“できません”じゃなくて、“やります”が誠意だ!」

 「いや、“やっちゃダメ”も誠意ですよ」


 鼻毛爺いが真顔で言った。

 「ワシの鼻毛も誠意で生えちょるよ」

 お局:「…それは代謝よ」



 数日後、社長は“誠意点検日”を制定した。

 「誠意とは目に見えない。ゆえに、見える形にせねばなりません!」


 各部署は慌てて机の上に「誠意」と書いた紙を貼った。

 社長が巡回に来るたびに、社員がその紙を胸の前に掲げる。


 「この“誠意”、手書きですか?」

 「AI生成です」

 「アナタ!AIに誠意はありませんよ!」

 お局:「アンタにも薄いけどね」


 加工部では社長の声が響いた。

 「おお! この機械、誠意が足りません!」

 加工部長:「…いや、電源が落ちとるだけです」

 「機械に誠意を注ぎなさい!」

 「……水かけましょうか?」

 「壊す気か!」



 翌週。

 社長が新スローガンを掲げた。


 『誠意は力、力は誠意』


 お局が呟く。

 「…これ、スター・◯ォーズじゃない」

 社長は満面の笑み。

 「私は“誠意のフォー◯”を信じています」

 藤井:「……◯ォースより“法令”を信じてください」

 「法律は変わる、誠意は不変です!」

 お局:「ダー◯サイド爆誕ね」



 現場では“誠意暴走”が始まっていた。


 加工部:「誠意で削る!」

 → 刃物、摩耗。

 「誠意で研ぐ!」

 → 研ぎすぎて丸刃。

 「誠意で叩く!」

 → 機械、壊れる。


 調達部:「誠意値下げ交渉してきました!」

 → 取引先から“下請法違反”の通知。


 鼻毛爺い:「ワシの誠意、掃除に使うぞ!」

 → 書類ごと焼却。


 藤井:「……誠意って、もはや自然災害だな」

 お局:「“誠意注意報”出しておきなさい」



 ある日、社長が社員食堂に乗り込んできた。

 「誠意強化月間に入ります!」


 全員の箸が止まる。

 社長は立て板に水で演説を始めた。

 「誠意とは、愛であり、責任であり、時に炎である!」

 お局:「それ、火事よ!」

 「炎があるところに再生があります!」

 「…焼け野原しか見えませんけど」

 「では、“誠意の火”を灯しましょう!」

 調達部長:「…消防署に通報しろ」



 午後。

 総務課では“誠意報告書”の様式を作らされていた。

 項目はこうだ。


 1. 今週の誠意の発揮事例

 2. 誠意を感じた瞬間

 3. 他者の誠意に感動した回数


 藤井:「これ、もはや道徳の授業ですね」

 お局:「しかも強制出席よ」

 「“誠意が薄い社員”に再教育します」

 「再教育の方が薄気味悪いのよ」



 その日の夜。

 藤井は残業していた。

 最長老がゆっくりと現れる。

 「藤井くん…あの“6S”というのは、何をするものですか?」

 「誠意を増やすらしいです」

 「…増やす?」

 「はい。……もう溢れてますけど」

 最長老はうなずきながら言った。

 「誠意というのはな…出すもんじゃありません…滲むもんです…」

 「滲む……」

 「出そうとすると、だいたい汚れるんですよ…」

 藤井:「……深い。けど泥まみれです、今の社内」

 「なら…そっと拭くだけでいいんです…」


 最長老は静かにモップをかけて去っていった。

 (あの人の誠意、音がする……)


 そして最終会議。

 社長が立ち上がり、天を仰いだ。


 「私は気づいたのです! 6Sでは足りない!」

 「……まさか」

 「次は“7S”だ!」

 「新しい“S”は?」

 「“信仰”です!」

 お局:「はい、宗教法人確定」

 藤井:「法人格より霊格が先に来てます」



 翌朝。

 最長老の机の上に、例の手帳が開かれていた。

 そこには小さな字でこう書かれていた。


 ――『誠意は増やすより、減らさぬことが肝心。』


 藤井は小さく笑った。

 「……社長、そろそろ“減らす誠意”を覚えてください」


 その頃、廊下の壁には新しいポスターが貼られていた。

 『誠意は無限、残業も無限』


 お局が呟く。

 「……もう、終業のベルにも誠意が必要ね」


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