表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/48

第41話 銅像騒動編 ― “銅(あか)を呼ぶ男”

昼下がりの社長室。

いつもより空気が重い。

社長の机の上に、なぜか彫刻雑誌と粘土の塊。


総務課長・藤井仁(36歳)は、嫌な予感を覚えた。

(この組み合わせ……また“悪いひらめき”の匂いがする)


社長が姿勢を正し、神妙に口を開いた。

「藤井くん。私もこの会社で社長を務めて十年になる」

「はい。おめでとうございます」

「ありがとう…十年というのは節目です。未来に残す記念を作りたいと考えています」

「記念……ですか?」

「銅像を建造したい!」

「…………」

「どうしましたか?」

「いえ、“どうぞう”って言葉が、聞こえた気がしました」

「その通りです!」

(聞き間違いであってほしかった……)



社長は嬉々として語り始めた。

「この地に立ち、私が十年。経営理念を形にする時が来ました!」

「理念を、形に?」

「そう、“銅”で」

「やっぱり銅なんですね…」


お局が冷静に言った。

「まさか、自分の像じゃないでしょうね」

「よくわかりましたね!その通りです!」

「…即答かよ」



翌朝、全社員朝礼。

社長がマイクを握る。


「皆さん! 我が社は創立105年、私の就任10年!」

(……いや、百年のうちの十分の一で急に自己顕彰?)


「私は思う。人は去るが、銅像は残る!」

営業課長:「はぁいっ!」

「その“はい”軽くないですか!」

「重くしますっ!」

「重くても銅の値段は上がりません」


お局が小声でつぶやく。

「うちの社長、歴史に残るんじゃなくて“残させる”タイプね」



会議室。

総務・経理・営業・製造の各部長が集められた。

議題:「社長像の設置について」


「反対意見は?」と聞かれて、全員沈黙。

社長が満足そうにうなずく。

「よろしい、満場一致の様ですね」

(反対したら賞与が消えるからだよ……)


会議後。

全員が廊下に出た瞬間、同時に息を吐いた。


お局:「あんたら、何も言わなかったじゃないの」

製造部長:「あそこで言えるか。命よりボーナスが惜しい」

営業課長:「でもこのままじゃ、会社の恥が後世まで残ちゃいますよ」

「恥というより、銅の塊」

「いや、“負債”の塊」


藤井:「……とにかく止めましょう。何としてでも」

お局:「よく言ったわ、“反社長連盟”結成ね」



裏作戦①「美術的難癖作戦」

彫刻業者に“社長の顔は難しい”と吹き込む。


藤井:「社長の表情は、写実が難しいそうです」

社長:「なら、理想の私を造りなさい」

お局:「…理想が一番危ないのよ」



裏作戦②「安全管理作戦」

総務が“設置リスク”を指摘。


藤井:「地震で倒壊の危険があります」

社長:「なら、鉄筋を入れましょう」

「コストが上がります」

「それは“信仰費”で落としなさい!」

(また宗教経営モード……)



裏作戦③「デザイン混乱作戦」

営業課長が美大卒の知人を連れてくる。

「“モダン抽象”でいきましょう!」

結果、提出されたラフ案は――

巨大な球体の上に“誠意”の文字。


社長:「これが私ですか…」

「魂の具現化です」

「私が“具現化された魂”だ!」

(いや、語彙の暴力だな)



裏作戦④「地域巻き込み作戦」

町内会長を説得し、景観条例を盾に反対してもらう。

しかし――


社長:「町内会の意見は尊重します」

「やめるんですね!」

「いや、“町内栄誉賞”として申請します!」

「逆に格上げされた……」



作戦は全て裏目。

“止めようとするほど進む”構図。


その頃、工場の掲示板には試作品の写真が貼られていた。

そこには社長が胸を張り、右手を高く掲げている。

台座には金文字で――

《誠意に立つ男》


お局:「立つなよ、せめて座りなさいよ」

藤井:「もう止められない……」



そんな中、社長が総務室にやってきた。

「藤井くん、見積りが出ました」

「はい……」

「銅だけで五百万円らしい」

「五百!?」

「ただ、最近“銅の国際価格”が上がっているそうですね」

「そうなんです。LME価格でトン単価が上昇してまして」

「そうか、なら“純金メッキ”にしますか」

「…悪化してます」


お局:「世界経済が会社を滅ぼすわね」

藤井:「むしろ、世界経済が救ってくれそうです」



数日後。

ニュースが報じた。

《銅価格、過去最高値を更新》


社長が会議室で電卓を叩いている。

「……ふむ、これでは台座も高くつきますね」

藤井:「そうですね、誠意で補える額ではないかと」

「誠意の限界ですか…」

お局:「誠意の天井、来たわね」


ついに、社長は腕を組んで言った。

「今回は、見送ります!」

(世界よ、ありがとう!)



翌週、代わりに設置されたのは――

新しい看板だった。


《創業百年・社長就任十周年記念 “誠意は続く”》


お局:「このフォント、やたら威圧的ね」

営業課長:「銅像なくても圧ありますよ…」

藤井:「でも……これで済んで本当に良かった」


社長が微笑んで言う。

「いつか銅の値段が下がったら、再挑戦しますよ!」

お局:「…もう上がり続けててほしいわ」



夜。

藤井は新しい看板を見上げながら、静かに笑った。

(結局、誠意と経済が引き分けか……)


最長老が隣に立ち、手帳を開く。

一行だけ書かれていた。


『人の誇りは銅で残すより、恥を残さぬことに価値がある。』


看板が街灯の光を受けて、ほのかに輝いていた。

それはまるで――

“誠意の墓碑”のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ