第37話 ものづくり補助金編 ― “使えぬ機械と使い切れぬ知恵”
昼下がりの会議室。
社長の声が響いた。
「諸君! 時代は変わりました。今こそ我々も“デジタルものづくり”に参入します!」
(……まだFAXで注文受けてる会社が何を言うんですか)と、総務課長・藤井仁は心の中で突っ込んだ。
「“ものづくり補助金”というのがあるでしょう!」
お局:「補助金って、国の善意でしょ?」
「違います! 我が社の情熱への投資です!」
(いや、それ“経産省の書類審査”です)
社長は熱弁を続けた。
「最先端の加工機械を導入し、生産性を十倍にします!」
お局:「また十倍……病気ね」
「これで我々は未来企業です!」
藤井:(もう“未来の遺物”の予感しかしない)
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一か月後。
補助金はまさかの採択。
藤井の机には採択通知と分厚いマニュアルが並んでいた。
「これが……最新型CNC自動複合マシニングセンターか」
(名前からして、もう強そうだな)
納品の日。
巨大な鉄の塊がトラックで運ばれてきた。
組立部長が目を丸くする。
「なんやこれ、潜水艦か?」
「加工機械です」
「中に人が入るんか?」
「入ったら出られません」
技師長がドラフター片手に唸った。
「昔の旋盤でやれば良いだろ。鉄は“音”で削るもんだ」
藤井:「時代が変わりました」
「時代が変わっても、鉄は鉄だ!」
(その通りなんだけど、話が古代史みたいになってる……)
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社長は満面の笑みで言った。
「見たまえ! 我が社の未来がここにあります!」
お局:「それ、動かせる人いないでしょ」
「学べばいいんです!」
藤井:「誰が?」
「皆さんです!」
(皆無です!)
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数日後。
メーカーの担当者が操作説明に来た。
説明開始から15分後、すでに全員の目が死んでいた。
「では、三軸同時制御を行う場合は、こちらのサブプログラムを——」
加工部長:「ちょ、ちょっと待ってくれ。“サブ”って何?」
「補助のプログラムです」
「補助……って、補助金の?」
「違います」
「ややこしいな!」
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三時間後、担当者が言った。
「では皆さんも操作してみましょう!」
全員、一斉に後ずさり。
技師長:「…わしは遠くから見守る係」
加工部長:「ワシも、魂で操作する」
お局:「アンタらの魂、Wi-Fi対応してんの?」
藤井は意を決してボタンを押した。
ウィィィン……という音のあと、警告灯が点滅。
《エラー:Z軸初期位置不明》
社長:「Z軸とはなんですか!」
「上下方向です」
「なら上下させなさい!」
「それができないんです!」
「ならなぜ上下があるのですか!」
藤井:(哲学に逃げた)
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翌日から、加工部では“Z軸恐怖症”が蔓延した。
誰も機械に近づかない。
「おい、Z触ったか?」
「いや、まだ“初期位置”が出てない」
「ワシも心の初期位置が分からん」
お局:「もう人間のほうがフリーズしてる」
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数日後。
社長が現場を見に来た。
「どうですか、未来の機械は!」
「……止まってます」
「なぜです!」
「社員の心が追いつきません」
「追いつかせなさい!」
「ええ、今“精神のファームウェア更新中”です」
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やがて、使い方がわからないまま三週間が過ぎた。
誰も触らぬ機械の上に、いつの間にかコーヒー缶と灰皿が置かれ、
最長老がぽつり。
「こいつ…いいテーブルになりましたね…」
「違います! 国の補助金が入ってます!」
「国のもんは…だいたい机になるものですよ…」
藤井:「その哲学やめてください!」
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ある朝。
社長が叫んだ。
「藤井くん! そろそろ進捗報告書を提出しないといけませんよ!」
「使用実績は“ゼロ”です」
「ゼロでは困ります!」
「どうすれば?」
「……動かしなさい!」
「誰が?」
「……気合です!」
(出た、“精神的稼働率”理論)
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結局、藤井が報告書を作ることに。
「使用回数……ええと……試運転三回?」
お局「全部エラーで止まったけどね」
「じゃあ、“試運転を通じ社員の理解が深まった”にします」
「それ、嘘じゃない?」
「希望的観測です」
お局が苦笑する。
「アンタ、報告書の才能あるわね。作家になれるわ」
「そうですね。“フィクション部門”で」
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翌週。補助金の確認担当がやってきた。
スーツ姿の男が冷たい笑顔で言う。
「では、稼働状況を拝見します」
社長が胸を張る。
「お任せください! この機械は眠っているだけです!」
「…眠っている?」
「虎も眠る時があります!」
「いつ起きるんですか」
「気が向いたら動き出します!」
藤井:(補助金、返金させられるなこれ……)
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担当官が去ったあと、社内は重苦しい空気に包まれた。
その沈黙を破ったのは、組立部のパートおばさん。
「社長、この機械……物置にしていいですか?」
「だめです!」
「でも、もう棚としての存在感が出てきてます」
お局:「“ものづくり”から“もの置き”へ。進化したじゃない」
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数日後。
藤井が帰宅前に工場を覗くと、
最長老がその機械の前に座っていた。
「最長老……何してるんです?」
「この機械…よく見るといい顔してますよ…」
「顔……ですか」
「人も機械も…使われんと寂しいんですな…」
「……ですね」
「でも、使う人も疲れてます…誰も悪くない…」
藤井は少し笑った。
「“誰も悪くない改善活動”の延長ですね」
「そうですね…あれは心の補助金です…」
最長老は手帳を開き、一行書き記した。
『人は機械を作り、機械は人を試す。使えぬ時こそ、使い方を問われる。』
ペン先が止まり、
静かな機械音だけが、夜の工場に響いていた。




