第26話 品質クレーム編 ― “伝統不良”の系譜
朝の社内。
総務課長・藤井仁は、電話のベルが鳴った瞬間に悟った。
(この音は……“売れた喜び”じゃない、“やらかした音”だ)
受話器の向こうで営業課長の声が震えている。
「課長ぉっ! 例の製品がクレーム出しました!」
「例のって……また例の、ですか」
「はい、定番の、いつものやつです!」
(つまり、“売上の顔”であり、“クレームの常連”だな)
その製品――創業当初から売り続けている主力商品。
会社の命綱であり、同時に慢性的な“品質爆弾”。
出荷数に比例して苦情も増える“正比例型リスク商品”である。
⸻
調達部長がすぐに乗り込んできた。
「おい営業! お前また客先に“動作完璧”とか言って売っただろ!」
営業課長:「だって、検査で“問題なし”だったじゃないですか!」
「その“問題なし”を誰が決めた!」
「検査した技師長が――」
「それが一番問題なんだよ!」
お局:「そりゃもう、“伝統的初期不良”よね」
藤井が間に入り、資料を整理しながら確認する。
「報告書によると、納入後5時間で異常停止。電源部の焼損だそうです」
技師長が眉をひそめた。
「ワシの図面通りに作っとるなら、そんなもん燃えん!」
「その図面、いつのです?」
「昭和52年になる」
「材料、もう廃番ですよ」
「なら代わりに似たやつで作れ!」
お局:「もう“似たもんショー”ね」
⸻
社内の空気は一気に重くなる。
組立部長が渋い顔で言う。
「問題は“電源ケーブルが短すぎた”ことや。引っ張ったら抜けるわ」
加工部長:「こっちは図面通りやったぞ!」
技師長:「そりゃ短めに描いた方が美しいだろ!」
藤井:「図面をアート扱いしないでください」
鼻毛爺いが腕を組んで口を挟む。
「まあまあ、電源が抜けるってことは、“安全設計”ですよ」
「は?」
「通電してなきゃ燃えませんから!」
藤井:「逆転の発想が過ぎます!」
⸻
クレーム対応会議。
社長が姿を現した。
「皆さん。私は法令遵守の経営をしているつもりです」
藤井:(“つもりです”が出た時点で危険信号だ……)
「この度の不良、非常に遺憾です。しかし!」
(出た、“しかし”のあとが地獄)
「お客様が怒るということは、それだけ期待が高いということです!」
営業課長:「確かに!」
社長:「黙りなさい!」
お局:「もう“対話形式の自演劇”ね」
調達部長:「社長、原因は電源の長さです」
社長:「では、長くすればよろしい」
「はい、ただコストが――」
「では短くすればよろしい」
「いえ、それで燃えました」
「では“ちょうどいい長さ”にすればよろしい!」
藤井:「その“ちょうど”を探してるんですよ!」
社長は机を叩き、静かな怒声で言った。
「私は怒っております!」
(声量の割に怒りが濃い……!)
「不良は恥です! しかし、これは学びです!」
「学び……?」
「そう、学びのコストです!」
お局:「毎年“学費”払ってるわね」
藤井:(いつ卒業できるんだこの会社……)
⸻
再発防止策の会議。
藤井:「まず、品質管理工程の見直しを――」
社長:「見直しは不要です!」
「え?」
「社員の心を見直しなさい!」
「……心ですか?」
「そうです。“この製品を燃やさない”という意志が足りない!」
お局:「念力検査の導入ね」
組立部長:「もう“祈りの製造業”やな」
技師長:「私は毎日、図面に“安全祈願”と書いておる」
藤井:「だからか……図面の隅に御朱印みたいなマークあったの」
⸻
会議後。
技師長が真顔で言った。
「ワシの若い頃は、煙が出ても“仕様”だった」
お局:「今の時代、それ“炎上案件”よ」
最長老がぽつりと言う。
「昔も燃えました。けど、誰も怒らなかった…」
藤井:「いや、怒れよ」
「怒るより、消す方が早かったんですよ…」
お局:「もう文化が違うわ」
⸻
そして翌週。
営業課長が駆け込んできた。
「課長! また同じ製品でクレームです!」
「どこが?」
「燃えませんでした!」
「え?」
「動かないまま、燃えもしない!」
調達部長:「成長したな…」
お局:「“静かな不良”ね」
社長が現れる。
「皆さん、私は法令遵守の経営をしているつもりです!」
藤井:(もうそれ、品質保証の呪文だよ……)
お局:「アンタたち、燃えても燃えなくてもクレーム。
もう“無限品質地獄”じゃないの」
技師長:「まあそんなもんだろ」
藤井:(そんなもんで終わらせんな……)
――今日もまた、“伝統不良”は更新された。




