第25話 廃番戦争 ― 作れる限り売る、売る限り作れない
朝。総務課長・藤井仁は、またもや巻き込まれ事故の現場に立っていた。
廊下の向こうから、営業と調達の怒号が飛び交う。
「だから言ってるじゃないですか! お客様が欲しいって言ってるんです!」
「欲しいのは分かったが、部品がこの世に存在しないんだ!」
「存在しない? 探してくださいよ! それが調達でしょ!」
「ならアンタ、ユニコーンでも捕まえてこい!」
(朝からファンタジー会議か……)藤井はため息をついた。
今回の発端は、昭和48年発売の「ヒット商品」――すでに墓場行きのはずだった機器の注文。
営業課長が取引先からの依頼を“善意のつもりで”受けたらしい。
だが、部品は廃盤。金型は錆び、図面は劣化、当時の担当者は既に年金受給中。
調達部長が机を叩く。
「この会社は過去まで納期に入ってんのか!?」
営業課長:「信頼が大事なんです!」
「信頼より在庫だろうが!」
お局:「あんたら、もう“昭和レトロ対決”ね」
そこに、鼻毛爺いがぬっと顔を出す。
「その話、初めて聞いたぞ」
「いや、昨日も会議でしました」
「昨日の俺は昨日の俺だ」
藤井:(時間概念まで個人持ちか……)
技師長は腕を組み、どや顔で言う。
「まあそんなもんだろ。ワシが昔の図面を記憶で描けばええ」
「え、図面あるんですか?」
「ない。だが記憶はある」
お局:「その記憶、たぶん昭和58年で止まってるわよ」
倉庫担当の最長老が静かに言う。
「部品なら、倉庫の奥にひと箱ありますよ。。箱の字が読めなんようになってるけど…」
「いつの在庫です?」
「昭和の終わりくらいでしたかねぇ…」
「品質は?」
「祈れば使えるでしょう…」
藤井:(神棚より在庫が信仰対象……)
営業課長:「いいですか藤井さん、“作れる間は売る”がうちのポリシーですよ!」
調達部長:「“売れる間は作る”がウチの地獄なんだよ!」
「作るのが使命でしょう!」
「いや、墓掘りじゃねぇんだ!」
「お客様が困ってる!」
「うちはもっと困っとる!」
お局:「まるで“困りごと交換会”ね」
(誰か止めろよ……)と藤井が思った矢先、ドアが開いた。
――社長、登場。
静まり返る室内。
社長はゆっくりと眼鏡を外し、低い声で言った。
「……皆さん。私は法令遵守の経営をしているつもりです」
藤井:(また始まった……)
「ですがね……!」と声が跳ね上がる。
「“作れない”とはどういうことですか!? お客様の信頼をどう守るのです!?」
営業課長:「おお、そうですよ社長!」
社長:「黙りなさい!」
(もう誰が味方か分からん……)
調達部長:「社長、部品がないんです」
「部品がない? じゃあ作ればいいでしょう!」
「材料が廃盤なんです!」
「では代替品を探しなさい!」
「互換が無いんです!」
「では互換を作ればいいじゃないですか!」
お局:「それができたらノーベル賞よ」
藤井:「社長、現実的には製造不可でして……」
社長:「“現実的”とは何ですか? あなた方はいつから“夢のない会社”になったんです?」
藤井:(いや、夢じゃなくて亡霊の再生産なんです)
社長は机を拳で叩いた。
「私はね、社員の努力を信じています。作れないと言う前に、心で作りなさい!」
調達部長:「……心で納品できるんですか?」
社長:「できると思えばできます!」
お局:「社長、宗教法人の登記もしときましょうか?」
藤井:「それで、結論は?」
社長は深く頷いた。
「うむ。“廃番”は――継続検討とします!」
「……検討って、いつまで?」
「次回の会議で決めましょう」
「次回はいつですか?」
「検討中です!」
藤井:(つまり“無期限の混乱”……)
その後。
営業:「社長、受注は継続していいですね?」
社長:「それは困ります!」
調達:「じゃあ廃番で?」
社長:「それも困ります!」
「じゃあ……?」
「それを考えるのが仕事です!」
お局:「つまり“現状維持という名の衰退”ね」
会議が終わると、鼻毛爺いが言った。
「よし、部品の発注は済ませた」
藤井:「どこに?」
「どこだっけな」
「納期は?」
「聞くの忘れた」
「発注書は?」
「頭の中」
藤井:(それもう“発注幻想”だ……)
倉庫では、最長老が古い木箱を撫でながらつぶやいていた。
「この部品、まだ動くかな……」
「いつの在庫なんです?」
「昭和58年製。私より若いんですよ」
「安全ですか?」
「わかりませんか、金属は強いですよ…」
藤井:(人間はもう限界だよ……)
翌朝。
社長が晴れやかに言った。
「皆さん、素晴らしいニュースです! あの古い製品、追加注文が来ました!」
営業課長:「やったぁ!」
調達部長:「地獄の二次発注、確定だ……」
お局:「“永遠の製造転生編”、開幕ね」
藤井:(そして俺の残業も、輪廻する……)
――その翌週、またも社長の声が響く。
「私は法令遵守で経営しているつもりです!」
藤井:(もはや“法令”の方が逃げ出したいと思ってる)




