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総務課長・藤井仁の憂鬱 ― 臨終雇用は日本の縮図  作者: みえない糸


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第23話:社長視察編 ― “働き方改革”は精神論から

 午前八時四十五分。

 総務課長・藤井仁は、メールの件名を見て頭を抱えた。


 > 件名:【重要】社長による全体視察実施のお知らせ

 > 目的:働き方改革の職場改善確認

 > 同行:総務課長(藤井)


 (“確認”って言葉、うちの会社だと“破壊予告”の意味なんだよな……)


 デスクの引き出しから胃薬を取り出し、コーヒーで流し込む。

 社長の視察――それは、労基署の是正より恐ろしい社内行事だった。



 十時。

 社長が濃紺のスーツにネクタイをきっちり締めて登場。

 現場の空気が一瞬で緊張に変わった。


 「皆さん、働き方改革は“現場の声を聞く”ことから始まります」

 お局がぼそり。

 「聞く耳、持ってないのにね」

 藤井(心の声):(“聞く”じゃなくて“怒鳴る”の間違いだろ……)



 最初の訪問先は加工部。

 ツルツル頭の加工部長が、全身に気合を漲らせて立っていた。

 「社長! 本日もフル稼働でバタバタとりますよ!」

 「素晴らしい。気合の音がします」

 (それ騒音です)


 「そりゃもう!ワシら命懸けで毎日やっとりますから!」

 「よろしい。ものづくりの魂だ!」

 (“命懸け”を推奨すんなよ……)



 組立部では、組立部長が部下の作業に叫んでいた。

 「せやない! 何回言わすんじゃ!逆や‼︎」

 社長は満足げにうなずく。

 「この活気! まさに現場の生命力だ!」

 お局:「活気っていうか怒気ね」


 ナンバー2の甲高マッスルが誇らしげに胸を張る。

 「社長、私、今週も休みも返上でやってるっす!」

 「すばらしい。真の働き方改革だ!」

 藤井:(いや、それ“働かせ方改革”です)



 続いて調達部。

 調達部長が満面の笑みで出迎えた。

 「社長! ワシらの部材、完璧に揃っとります!」

 藤井:「昨日“誤発注”の報告が出てましたけど」

 「それは誤報です、気にせんでください」

 「FAXの履歴が残ってます」

 「そりゃあ機械が誤作動だわ!」

 社長:「誤報も情報の一部です!」

 お局:「“情報漏えい”の一歩手前ね」


 その横で、鼻毛爺いが鼻をいじりながら呟く。

 「社長、この件、初めて聞きましたわ」

 「昨日の会議で説明しましたよ」

 「昨日の昨日は……」

 お局:「もういいわ。記憶が出勤拒否してる」



 物流部に向かう。

 最長老はパイプ椅子で動かない。

 藤井がそっと声をかける。

 「最長老、在庫の確認お願いします」

 「ちゃんと書いとるよ。みんなは読めんけどな」

 「……本人専用台帳ですね」

 社長:「属人管理の理想形です」

 (いや、最悪のパターンです)


 カラオケ親父は段ボールに腰かけ、スマホを眺めていた。

 「社長、YouTubeの登録者、ついに10人になりまして」

 「仕事中に感心しませんが…これも努力の成果とします」

 お局:「10人で努力の成果って……逆に奇跡ね」



 昼休憩。

 社長は社員と同じ弁当を食べながら語った。

 「皆さん、働き方改革とは“心の在り方”です」

 お局:「心より勤務表直してほしいわ」

 「人間は働くことで健康を得るのです!」

 藤井:(その理屈で倒れた社員を何人見たか……)



 午後。

 会議室に全員が集まり、“視察結果報告会”が始まった。


 社長:「皆さん、今日の現場を見て思いました。すなわち活気がある!」

 お局:「あれを活気って呼ぶの、社長だけよ」

 「ただ、静かな部署もあった。あれは問題です」

 藤井:「……静かに仕事してるだけです」

 「いえ、静かだと情熱が伝わらないのです!」

 (労基署に伝わったら一発アウトですけど)



 加工部長が拳を握る。

 「社長! うちは声出しとります!」

 「うむ、よろしい!」

 組立部長:「せやない! 声より安全や!」

 「その通り!どちらも必要です!」

 お局:「どっちも過剰ね」


 技師長(83歳)がぼそり。

 「まあそんなもんだろ」

 「何がですか?」と社長。

 「だいたい全部の事です」

 「なるほど!柔軟な考え方ですな!」

 お局:「もはや思考停止よ」



 会議終盤。

 社長が立ち上がり、胸を張る。

 「働き方改革とは、詰まるところ自覚です!」

 藤井:(きた……精神論)

 「今後は、自分の心に残業を申請しなさい!」

 お局:「どうやって承認すんの、それ」

 「自己管理を徹底しなさい!」

 (つまり、“放置”ってことですね)



 夕方。

 藤井は机に座り、視察報告書をまとめていた。


 > 【社長視察報告書】

 > ・働き方改革は“気合改革”に変質

 > ・属人管理は本人の筆跡が読めず深化

 > ・現場の安全より社長の声量が勝る


 お局が覗き込み、笑った。

 「で、成果は?」

 「社長のテンションが上がりました」

 「それ、成果って呼ぶ?」

 「一応、“メンタル改革”ってことで」


 藤井はモニターを見つめながら、静かにため息をついた。

 (この会社、壊れても立ち上がる。……何度でも)


 その時、廊下から社長の声が響いた。

 「皆さん! 改革は継続が命です!」

 (それ、病気もそうなんですよね……)


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