第22話:会議地獄編 ― “形式主義”という名の終身刑”
朝八時。
出社と同時に、藤井仁のデスクに一枚の社内メールが届いた。
> 件名:【至急】全体会議のお知らせ
> 本日九時より会議室にて「前回会議の報告に関する打合せ会議」を開催します。
(……つまり、会議の会議か)
彼は無言でマグカップを持ち上げた。コーヒーが、胃の奥でため息をついた。
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九時。会議室。
社長は正面の席に鎮座し、両手を机に置いた。
静寂、圧、威圧…
「おはようございます。今日は重要な確認をします」
(“重要”って言葉ほど、信用できない言葉はない)
周囲にはいつもの顔ぶれが並ぶ。
加工部長は腕を組み、組立部長は入れ歯を直し、
調達部長は胸に金のブレスレットを光らせ、
その隣で鼻毛爺いはすでに半分眠そうだ。
技術部の技師長は黙祷、技術部長は落ち着きなくペン回しをしている。
お局は腕を組み、眉を吊り上げた。
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社長:「前回の会議の結果を、まず“確認”しましょう」
藤井:(……その前回も“確認”だった気がする)
社長:「では、議題を読み上げます――“会議のあり方を再検討する件”」
お局:「まだ会議そのものをやるかどうか決まってないの?」
社長:「そうです。慎重に進めるために“会議の有用性”を検討しています」
(もう哲学だな)
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営業課長は、資料を開いて声を上げた。
「課としては“前向きに検討”しています!」
「前向きに、とは?」
「はい、“検討段階”という意味で!」
「……つまり何もしていないのでは?」
「前向きに、です!」
「わかりました。さらに深掘りしていく様に」
(前向きなゼロ進捗ってすごい言葉だな)
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加工部長が口を開いた。
「ウチの現場、機械がうなるほど働いとります!」
「ほう、それは素晴らしい。数字は?」
「ええと……まだまとめてません」
「つまり、“音”で確認しているわけですか?」
「そうです! “音感経営”です!」
(演奏じゃないんだから……)
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組立部長が噛み気味に言う。
「せやない! 納期は押してるけど、現場は生きとる!」
お局:「死人も出かけてるけどね」
社長:「つまり、働き方改革の成果が出ているのですね」
(どこがだ……)
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調達部長が胸を張った。
「うちの在庫は問題ない!」
藤井:「本当ですか? 先週の棚卸で“二重発注”が……」
「それぐらいは許容範囲だ!」
「三倍ですが…」
「瑣末な事を言うな!誤差の範囲だ!」
「範囲、広すぎませんか…」
鼻毛爺いが目を覚まし、「あの部品?、ワシ知らん…そんな話初めて聞いた」と口走った。
「ほら、こうやって“在庫が消える”んですよ!」と藤井が頭を抱える。
お局が冷たく笑った。
「ミステリー倉庫、来年の社員旅行はそこに行きましょ」
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そこへ社長の声が飛ぶ。
「皆さん、私は報告の質を重んじています!」
威圧的だが丁寧。声は雷鳴。
「数字だけ見ても、会社の“情熱”はわかりません!」
(情熱で決算するつもりか)
「報告は“魂”で語りなさい!」
「“魂の議事録”作れってことですか?」とお局。
「そうです! 心で共有するんです!」
「心じゃなくて紙に残しなさいよ」
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昼前。
議題の半分も終わらないうちに、社長が立ち上がった。
「さて、ここで中間まとめをします!」
(あ、地獄の中間報告がきた…)
社長はホワイトボードに書く。
> ・進捗報告の報告を整理すること
> ・次回までに“まとめの方向性”を検討すること
「……つまり、何をするんですか?」
「次回、決めます」
(やっぱり)
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午後。
技師長が落ちている。
社長:「技師長、寝てませんか?」
藤井:「…息してません」
技術部長:「い、いえ! たぶん息してないように見えて思考中なだけです!」
「そうですか。なら“熟考中”という事ですね」
お局:「死にかけても褒められる会議って、すごいわね…」
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午後四時。
議題は“報告書の書式の検討”。
藤井はWordのテンプレートを見せる。
「この形式で統一を……」
社長:「いや、もっと“情緒”がほしいですね」
「情緒?」
「書式の余白に“心のスペース”を」
「……余白はあります」
「じゃあ、もっと」
(もう白紙にしよう)
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五時。
ようやく終了の気配。
社長:「皆さん、本日の会議は実り多き時間でした!」
お局:「そりゃ時間だけはたっぷり実ってるわ」
「特に、皆さんの沈黙に“深い意見”を感じました!」
(それ、全員意識飛んでただけです)
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夜七時。
総務室で藤井が議事録を打ちながら呟いた。
> “本日の議題:前回の会議の再整理に関する中間報告”
(……そろそろ日本語を諦めよう)
後ろでお局がコートを羽織りながら言う。
「ねぇ藤井。あんた、あと何年この形式主義に耐えるの?」
藤井:「……定年まで、ですかね」
「この会社、定年ないでしょ」
藤井:「あ、そうでした」
二人の笑いが、蛍光灯にかき消された。
——形式だけが、明日も動き続ける。




