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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章 円卓に座るモノたち
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第八夜

 わたしは旅館の部屋でインスタントコーヒーを飲みながら、部屋食を摂っている柊南天とテレビを眺めていた。流しているのは、全国放送している朝のニュース番組である。

 その放送内容は、昨日起きたミュージアムパーク万美術館での事件一色であり、特集まで組まれて大々的に取り沙汰されていた。

 流れるテロップには『史上最悪のカチコミ。暴力団抗争の悲惨な末路』と銘打たれており、スタジオには有名なコメンテーターや、社会派を謳う政治家、犯罪心理学者を自称する大学教授などが、ご意見番としてゲスト出演していた。

 メインキャスターは悲痛な面持ちで発生した事件の概要を淡々と語りつつ、用意されたフリップボードに従って状況を解説していく。

 それを集まったゲストがいちいち口を挟み、持論を展開していく流れだった。


「まったく……お祭り騒ぎですね……」


 わたしが主犯なのだが、まるで他人ごとのように呟いた。

 I県ミュージアムパーク万美術館で昨日起こした大虐殺は、一昼夜明けた今、ようやく産声を上げたかのように、あちこちの番組でトップニュースとして報道されていた。


「昨日は、ネットにも一切、この事件が出ておりませんでしたけれど……柊さんの手引きですか?」

「いやぁ、うちは何も? 警察上層部と政府のお偉いさんが、報道規制を敷いてたんじゃないスか?」


 事件当日の昨日は、不思議なほどに静かだった。どの放送局でも、一切、この事件の報道がされておらず、当事者からすると夢だったのかと怖くなったほどである。しかしそれは、どうやら何らかの情報規制が入っていたようだ。


「――流石に、これほど凶悪な事件だと、解決してなきゃ報道出来なかったんでしょうよ」


 浴衣の前をはだけさせて朝食を続ける柊南天は、興味なさげに吐き捨てた。


『こちらが事件の起きたミュージアムパーク万美術館前となります。現在は臨時休館の看板が置かれ、入口は閉鎖されております――』


 テレビでは、現地に赴いたキャスターが、ミュージアムパーク万美術館の入口を映しながら、入れないことを強調していた。それからすぐに映像は切り替わり、事件の舞台となったアートホールの外観を写した過去画像を背景に、スタジオのキャスターが事件の顛末を説明し出す。


「――この結末まで、柊さんの御膳立て、ですか?」


 死傷者五十六名、重軽傷者七名を出して、アートホールを半壊させたこの大事件は、I県で有名な武闘派暴力団『茨煉獄(イバラレンゴク)組』が勢力拡大を狙って、特定抗争指定暴力団『久遠(クオン)組』に抗争を仕掛けたことが原因であると解説していた。

 映像は両団体の拠点を映しており、互いの組長が顔を隠しながら『違う』と叫んでいる。


「ええ、当然じゃないスか。ほらこれ、うちがここまで魅せたから、この結果スよ」


 柊南天は誇らしげな顔で、テーブルに置かれたノートパソコンのディスプレイに箸を向ける。そこには、記念映像のような昨日の映像が映っていた。

 覆面と右腕に茨のタトゥーを入れた柊南天が、五百蔵鏡の上半身を片手で持って、まるで釣果を誇るように見せびらかす映像である。あまりにも衝撃的な映像の為、報道されずにお蔵入りとなった撮影データだが、それをハッキングして入手したモノらしい。

 しかし正直、この映像を見た所感としては、ただの頭がイカレたサイコパスの記念撮影にしか思えないので、何を根拠に自信を持っているのかは謎だった。

 結果良ければ全て良しではあるのだが――


「――って言うても、実はちょっとだけ博打だったスけどね」


 キャスターの解説によると被害者の中に、偶然にも久遠組の幹部組員が二名いたらしい。そのうえ更に偶然だが、茨煉獄組の末端構成員も数名死んでいたようだ。また、柊南天の映像には触れなかったが、主犯格を名乗る何者かは茨煉獄組の幹部であり、取材陣の前で自爆する際に、今回の事件の動機を語っていたと報じている。

 それらが状況証拠となり、警察は今回の事件を、暴力団抗争だと判断したようだ。ついでに決定打として昨日夜、茨煉獄組の構成員が久遠組に宣戦布告している犯行声明映像が発見されたということで、この大事件は暴力団抗争であると確定させていた。


 ちなみに報道はされていないが、昨日、暴力団員役で活躍した柊南天は、取材陣に向けて、久遠組の組長と幹部数名の名前を叫び、『襲撃するから覚悟しろ』と宣言していた。

 そんな芸の細かい柊南天の仕事ぶりが決定打となり、警察はこの事件を暴力団間による抗争だと処理して、被疑者死亡による決着とする。ついでに、両団体の組長と幹部を暴対法違反で一斉検挙に踏み切っていた。

 わたしと五百蔵鏡のとばっちりとはいえ、少しだけ哀れに思ってしまう。


「博打、とは? いったい何をしたんですか?」

「簡単スよ。幹部組員と末端構成員の携帯に、儲け話をメールしただけっス。あの日、あの時間、あのラウンジで、クスリの取引をしたい、ってね」

「……それは博打ですね。しかし、そんな怪しいメール程度で騙されてノコノコやってくるなんて、ああいう方たちは単純なのでしょうか?」


 テレビ報道が切り替わり、今度は被害者の独り、五百蔵鏡の画像が映し出される。

 新進気鋭の世界的アーティストであり、日本を代表する『五百蔵鏡』の早すぎる訃報――それを嘆く芸術関係者たちのコメントに、スタジオのコメンテーターたちが共感しつつ、悲しそうな顔で追悼の言葉を口にしている。

 裏事情を知っているわたしからすると、それ以外の五十五名に対しても追悼の言葉を言うべきだろうに――


「――有名人だからと、差別は良くないと思うのですけれどね」


 虐殺した張本人が口にする感想ではないが、思わず呟いていた。向かいに座った柊南天を見ると、どの口がほざくのか、と苦笑していた。だがツッコミはせずに、呆れた吐息を漏らしてから話を戻す。


「単純スけど、元手は掛かったスよ? 信じさせる為に、現金一千万ほど掴ませたんスから」

「…………嗚呼、なるほど」


 わたしはそれを聞いて得心する。だから、準備に金が掛かると言っていたのか。


「あ、でも安心してくださいス。これ経費で落としまスから、綾女嬢には請求しないスよ? ってか、今回の報酬で充分補填出来るんで――」

「――ええ。それは好きに使ってくださいませ」


 報道ニュースが明るい話題に切り替わったところで、わたしはテレビを消す。

 グーっと背筋を伸ばして、身体の調子を確かめた。昨日ほどではないが、それなりに調子が良い。これも傍らの柊南天のおかげである。

 昨日はあれから、混乱して逃げ惑う一般人に紛れて、タクシーで一目散に旅館まで戻って来ていた。

 別行動となっていた神薙瑠璃は、救出した龍ヶ崎十八を連れて、一足先に市内の総合病院へと辿り着いていた。

 その総合病院は、姉妹である神薙翡翠と神薙鶺鴒が入院しており、護国鎮守府の息が掛かった病院でもあるらしい。

 今はそこで、神薙家の三姉妹全員と龍ヶ崎十八が療養していると聞いていた。


「おや? 綾女嬢、朝風呂スか? ここの泉質だと傷に良くないから、医者の見解としてはシャワーだけで温泉に浸かるのは控えて欲しいんスけど?」


 客室露天風呂に向かおうとしたわたしに、柊南天がそんな戯言を言ってきた。だがそんなのは無視して、左足を引きずりながら温泉へと歩いた。

 流石に、柊南天の腕をもってしても、粉砕骨折して膝が千切れる寸前まで至った左足は、一日養生するだけでは回復しなかった。まだ感覚がない。


「……あとで十八くんをお見舞いに行きませんと……」


 ひとまずはわたしは、血だらけ傷だらけの身体を清めてから、温泉に肩までつかった。

 強い刺激が全身を撫でており、激痛が左足を襲ってきたが、それ以上の気持ち良さに天を仰いだ。

 朝の清々しい空気の中、誰も居ない露天風呂でゆっくり出来るのは至福である。

 はぁ、とゆっくりと息を吐き、全身の気脈を整えた。身体の調子も、魔力の調子も悪くはない。だが、昨日の朝に感じたほどの絶好調には程遠い。

 程遠いのだが――恐らく昨日より、肉体性能は向上しているし、間違いなく強くなっているのを自覚していた。

 拳を握り締めれば、連動する筋肉が以前よりも強靭になっている感覚がある。

 身体の感覚に集中すれば、全神経が今まで以上に研ぎ澄まされているのが理解出来る。

 丹田で静かに燃えている内功も、明らかに以前より多くなっている。


「魔力も強くなっている気がします……ふふふ……成長が愉しい、と感じるのは、随分と久しぶりですね……」


 わたしは独りで心の底から嗤った。

 理外の存在という世界の裏側に触れて以降、まだ一年も経っていないのに、ここまで劇的な成長が出来たのは僥倖でしかない。幾度もの死地と、絶体絶命の窮地、圧倒的格上との戦闘など、想像さえしていなかった濃い経験が出来て、自らの恵まれた環境に心底嬉しくなっていた。


「――お、ようやく上がったんスね? 随分と長湯でしたスね?」


 ゆっくりと温泉を堪能してから浴衣姿でリビングに戻ってくると、白衣に着替えた柊南天と五百蔵鏡が向かい合って座っていた。

 五百蔵鏡は昨日とは違って、だいぶ女性らしい化粧をしており、白いワンピースドレスを纏っていた。


「やあ、おはよう。『特Sクラス因子』――いや、綾女」

「……ええ、おはようございます、五百蔵さん。どうして、こちらに?」

「僕は円卓に座る者だ。円卓に座る者が、異端管理局の統括する旅館に泊まりに来て、何か問題でもあるのか?」

「問題の有無ではなく、この部屋……わたしの前に現れた理由を聞いています」

「――ドクター。君は綾女に何の説明もしてなかったのか?」


 五百蔵鏡が流し目を向けて、柊南天を非難していた。わたしはそんな二人を無視して通り過ぎ、朝食を摂るべく大食堂に足を向ける。

 部屋を出ようとした途端、柊南天に肩を掴まれた。


「ちょ、ちょ、ちょい、綾女嬢。待ってくださいっス! 何をシレっと出て行こうとしてんスか!? よく平然と素通りできまスね!?」


 うるさい、と無言で睨み付けたが、どこ吹く風と柊南天が首を振った。強引にリビングへと引きずり戻された。


「……朝食を摂りたいのですけれど?」

「そんなん、うちが持ってこさせまスよ! んで、ちょいと交渉したいことがあるんス――だから、話し合いしましょ、っス」

「チッ――呆れるよ、ドクター。まさか僕を呼び出しておいて、肝心の綾女には、何の説明もしていないとはね」


 五百蔵鏡が溜息を吐いたのを見て、わたしは舌打ち混じりに言い放つ。


「五百蔵さんに、呼び捨てされる謂れはありません。不愉快なので、鳳仙と呼んでいただけないでしょうか?」

「ん? ああ、それは失礼。ドクターが『綾女嬢』と呼ぶから、僕も釣られて呼んでしまった。鳳仙、ね。了解」

「あいあい、両者、ちょいと失礼しまス。うちが取り仕切らせて頂きまスし、この状況の説明をするんで、黙ってくださいスよ」


 この場の混乱を引き起こしたであろう張本人が、仲違いを仲裁するような勢いで、そんな宣言をしながら割って入ってきた。白けた視線が集中する。

 かなり不愉快だが、わたしは溜息一つで言葉を呑み込んだ。五百蔵鏡も同様に、腕を組んで押し黙った。


「さて、んじゃ、改めて――五百蔵氏をこの場に呼んだ理由ス。えー、今後の【人修羅】の方針としてなんスけども……五百蔵氏には、うちらの協力をお願いしようと思ってるっス。具体的には、綾女嬢が【人修羅】だとバレないように、人修羅の偽物を用意する手伝いをしてもらおうと思ってるス」


 はぁ、とわたしはこれ見よがしに溜息を吐いて、話は済んだとばかりに立ち上がる。柊南天は慌ててわたしを物理的に引き留める。


「ちょ、ちょい、綾女嬢。最後まで聞いてくださいスよぉ……もう、せっかちスねぇ――」


 柊南天が、あはは、と苦笑した時、ちょうど朝食が運ばれてくる。テーブルに独り分の食事が置かれるのを眺めながら、しばしの沈黙が流れる。


「――それで? わたしが納得できるように、話してくださいませんか? 五百蔵さんと協力する意味が、いまいち理解出来ないのですけれど?」


 人修羅がわたしだとバレないようにする、と言うが、そもそも隠していない。人修羅であることがバレても、わたしに不利益はない。隠す意味があるようには思えなかった。

 ところが、その発言に心底驚いた表情を見せたのは、五百蔵鏡だった。まさか、と柊南天に顔を向けている。困った顔で頷かれた。


「五百蔵氏、ご理解頂けましたかね? 綾女嬢って、こんなんでして……だからうち、割と苦労してるんスよ? さてさて、んじゃ、説明しまスけども――綾女嬢は【人修羅の遺産】って、聞いたことありまスか?」

「人修羅の、遺産?」

「……まさか、と思うけど、君は【人修羅の遺産】のことも、知らないのか?」


 いっそう驚いた顔になる五百蔵鏡を無視して、柊南天が続けた。わたしは食事に手を付ける。


「【人修羅】が、十二年前【太陽の騎士】に初めて敗北するまで、ずっと保有していた伝説の三種の神器スよ。一つ目がそこにある仕込刀【魔女殺し】ス」


 柊南天は部屋の隅に立て掛けてある日傘を指差した。


「綾女嬢が軽々と振るうその妖刀スけど、ソレ、正統な後継者じゃないと途端に発狂しちまう呪いの武器でもあるんスよ? ま、けど、そんなデメリットを補って余りある効果――魔女が操る魔法を切り裂き、打ち消すことが出来るんスけどね。ちなみに副次効果として、あらゆる魔術に耐性があり、決して折れない特性もありまス」

「…………へぇ?」

「三種の神器の二つ目は、人修羅を死神たらしめる要素――【不死身特性】ス。どんな死地で、どんな怪我を負っても、次の任務では完治してるって究極の回復能力」


 ニヤリ、と勝ち誇った笑みを浮かべながら、柊南天は親指を立てて自らを指し示す。

 なるほど、不死身に思えるほど完璧に治療する人修羅の相棒のことを言っているようだ。


「んで、最後の三つ目が、二代目人修羅のあらゆる知識を刻んだ指南書――【人修羅の業】。そこに刻まれた技術だけで、魔女さえも打倒できる、と言われる戦闘術の極意書ス」


 柊南天はそう言いながら、わたしの脳裏に青い宝石のイメージを飛ばしてきた。それは以前に説明された『記憶の欠片』だった。

 なるほど、つまり、いまの説明にあった【人修羅の業】と呼ばれる指南書こそ、この記憶の欠片なのだろう。

 だが、そこまで説明を受けても、わたしには五百蔵鏡と協力する意味が分からない。


「――それら三つが【人修羅の遺産】であることは理解しました。それで?」


 わたしは冷めた視線で溜息交じりに口を挟む。すると、珍しいスね、と呟きながら、柊南天が目をパチパチと瞬かせた。


「綾女嬢にしては、察しが悪いスね? つまりそれら【人修羅の遺産】が、あまりにも強力過ぎるんスよ。だから人修羅って、同業者だけじゃなくて、あらゆる理外の存在に命を狙われるんス。それでなくとも、異端管理局では危険度SS級に認定されてて、賞金も掛かってまスからね――堂々と、正体を明かすのはリスクでしかないスよ?」

「嗚呼、なるほど。その遺産を我が物にしようと、人修羅に挑む輩が多いから、偽物を用意して煙に撒こうと言うのですか? 要らぬお節介でしょう」

「……ま、綾女嬢なら、そういう感性でしょうとも」


 わたしの言葉に呆れている柊南天など無視して、食事の手を速めた。サッサと食べ終えて、龍ヶ崎十八のお見舞いに向かいたい気持ちだった。


「――けど、綾女嬢。人修羅の正体が公になると、うちも綾女嬢も大いに困ると思いまスよ?」

「は? それは、いったいどういう意味でしょう?」

「綾女嬢が【人修羅】だと確定すると、護国鎮守府は完全にうちらの敵となりまス。そうなると、龍ヶ崎家の御曹司とは殺し合うことになりまスよ?」

「……脅し、のつもりですか?」

「いやいや、事実っス。護国鎮守府って、実のところ、人修羅との因縁が深いスからねぇ。本当に綾女嬢が人修羅であるってバレたら、在籍自体が不可能になると思いまスよ?」


 不敵に笑う柊南天に、わたしはそんな馬鹿な、と疑いの眼差しを向ける。

 護国鎮守府には、何度もハッキリと、わたしが【人修羅】の後継者である、と断言していた。そのうえで、特段、監視されているとか、待遇がおかしいと感じることもなかった。

 そんな疑問を勝手に読み取ったようで、柊南天が、ノンノン、と首を振る。


「いま護国鎮守府は、綾女嬢を【人修羅】とは認定してないス。その理由は、人修羅にしては弱すぎるからスね。現状の護国鎮守府の見解としては、綾女嬢は人修羅を名乗っている黒龍幇(ヘイロンバン)のスパイ、らしいスよ? だから、組織内で一番信頼の置ける龍ヶ崎家の御曹司を、綾女嬢のパートナーに付けて、監視してるって訳ス」

「…………へぇ?」

「もしこれで人修羅とバレたら、龍ヶ崎家の御曹司とは完全に決別スよ。そうなるのは困るスよね?」


 不愉快な笑みを浮かべる柊南天に、わたしはしかめっ面を浮かべる。そこまで言われてしまうと、確かに、正体を明かすことで挑戦者が増えて成長の機会が発生するメリットより、貴重な機縁である龍ヶ崎十八と、護国鎮守府と言う後ろ盾を失うデメリットの方が大きいかも知れない。

 護国鎮守府に所属さえしていれば、幾らでも死地は舞い込んでくることだろう。


「――龍ヶ崎家の御曹司と言えば、あのS級の新顔ちゃんか? 鳳仙の恋人なのか?」


 不意に五百蔵鏡が首を傾げた。その質問に一瞬だけ思考して、わたしは溜息を吐いた。


「まだ――です。けれど、懸想している相手ではありますね」

「ほぉ? それは、それは……なるほど、ね。鳳仙とあのS級の新顔ちゃんの組み合わせは、少しだけ予想外だったな」


 ニヤニヤとうざったらしい笑みを浮かべながら、五百蔵鏡は頷いて黙っていた。わたしは脱線した話を戻すべく、ギラリと柊南天を睨み付けた。


「――それで? 五百蔵さんと協力するのは理解しましたが、具体的に、何をどうするつもりですか? 方針を告げる為だけに、五百蔵さんをここに呼んだ訳ではないでしょう?」

「ご明察ス。じゃあ、具体的な話しまスよ? 綾女嬢の『特Sクラス因子』を、五百蔵氏の能力で、因子抽出させてあげて欲しいス。その代わり、五百蔵氏は持てる権限の全てを使用して、うちら【人修羅】のサポートをしてくれるス。当面は二つ。人修羅の模造人形を制作すること。巴女史の報酬支払いがちゃんと出来るように口添えすること」

「因子、抽出? はぁ? 具体的には?」


 胡散臭い顔になったわたしに、五百蔵鏡が挙手した。


「デッサンに付き合って欲しい。それが僕の因子抽出方法だ。対象をキャンパスに描くことで、その因子をキャンパスに宿すことが出来る――君ほどの逸材だと、都合、二十四時間ほどは付き合って欲しいと思う」

「――――お断りします」

「ああ、大丈夫だ。一日三十分でも良い。ただ僕とキャンパスの前で、待機してくれていれば良い。それこそ、寝顔でも問題ない。鳳仙が寝ている間に、僕が徹夜すれば良いだけの話だ」


 眉間に皺を寄せながら、露骨に不快感を露わにした。けれど、五百蔵鏡はそんな気持ちなどお構いなく、しきりに大丈夫と繰り返しながら、強引に話を進めていた。


「それじゃ、交渉成立だ。僕はこれで『特Sクラス因子』を手に入れて、鳳仙とドクターは人修羅の偽物と、円卓三席クリエイターの全面協力を得られる。ギブアンドテイクとしては充分だろう?」

「わたし、断りましたよね?」

「いやいや、綾女嬢。別に、この旅館で湯治してる間だけ付き合ってやって欲しいスよ。悪いことは何もないス」


 必死に説得してくる柊南天をジト目で見てから、はぁ、と吐息を漏らす。確かに、聞いた限りでは悪いことは何もなさそうである。メリットとデメリットの天秤がいまいち分からないが、そこまで固辞するほどのことでもないかも知れない。

 ただ、このままわたしと関係ないところで話がまとまるのは癪だ。


「――条件があります。わたしの体調が整ったら、五百蔵さんで、修行させて貰えませんでしょうか? まだわたし、五百蔵さんの『魔術師モード』は体験していないので」

「修行するのは協力しよう。そこからまた、僕の創作意欲が湧くかも知れないしね――ただし、申し訳ないが、僕本体はもう闘わないぞ?」

「……それは、残念です」


 わたしは言葉だけ残念がりながら、満足気に頷いた。ちょうど食事も食べ終わったので、これで話は終わりだろう。


「綾女嬢、これからお見舞い行くんスか?」

「ええ。今朝方、瑠璃さんから面会可能時間のメールが来ましたからね」

「んじゃ、うちも患者の容態を診に、付き添いまスかね」


 わたしは浴衣を脱ぎ捨てて、持ってきた私服に着替えた。


「――僕は、鳳仙たちが居ない間に、荷物を取りに行ってくる」


 五百蔵鏡はそう言って部屋から出て行った。

 それを見送ってから、わたしと柊南天も一緒に旅館を後にする。

 目的地の病院までは、旅館でタクシーを呼んでもらって向かった。


 昼時の病院は、かなり混み合っていた。特に外来患者が多数ロビーでひしめいており、受付まで数十人近くの待ちが発生している。


「あ、そだ。うち、神薙大女神たちの容態を先に診てくるんで! 龍ヶ崎家の御曹司のとこは、綾女嬢独りでお願いしまス」


 柊南天はニヤニヤと笑いながら、そう言って別行動を取っていた。わたしとしても柊南天が居ない方が有難いので、言われるがまま独りで病室に向かう。

 龍ヶ崎十八の病室は、五階フロアの端にある個室と聞いていた。

 ガヤガヤと騒がしい廊下を通り抜けて、ネームプレートに『龍ヶ崎十八』の名前を見付ける。

 個室の中からは二人分の気配が感じられた。一人はベッドで、もう一人はその傍らに座っているようだった。微弱な魔力が感じられるので、恐らくは神薙瑠璃だろう。


「失礼します。十八くん、起きてますか――は?」


 わたしは形だけのノックをして、返事を待たずにドアを開けた。そして、その光景を目の当たりにして言葉を失う。

 病室の中央に置かれたベッドでは、龍ヶ崎十八が仰向けに寝ており、穏やかな寝息を立てていた。その龍ヶ崎十八の寝顔を覗き込むように覆い被さって、長い黒髪の女性が顔を近付けている――否、互いの唇が触れあっていたのだが、わたしがドアを開けた瞬間に顔を離した様子である。

 長い黒髪の女性は、緩やかな動作で病室に入ってきたわたしに振り向いた。

 女性は、前髪で顔の半分が隠れているが、人目を惹く程度には美女だった。端正な顔立ちをして、自然な感じの化粧が大人びた印象を与える。わたしより少し年上に思える。

 艶のあるリップ、黒いアイシャドウと切れ長の双眸が、彼女の意思の強さを強調しており、まさにクールビューティーなお姉様という表現がピッタリハマる女性だった。

 大学生のようなクラシカルな私服を着ているが、服の上からでもアスリート体型であることがわかる。引き締まってバランスの取れた肉付きをしていた。

 身長は、わたしと同じか、少し小さいくらいだろう。


「…………貴女は、どなた様、ですか?」


 わたしは静かにドアを閉めつつ、冷たい視線でその女性を睨み付ける。すると女性は、不快感を眉間に刻んだ表情になりながら、龍ヶ崎十八から少し身体を離した。


「そう言う貴女こそ、どなたです?」

「わたしは十八くんのパートナーです」

「――ああ、貴女が噂の『暴走する狂犬』、『自称人修羅』の妄想勘違いメンヘラ女……ええと、ホウセンアヤメちゃん、でしたっけ?」

「初対面で、そこまで貶される謂れはありません。甚だ不愉快ですね……」


 露骨に挑発的な視線を向けてくる女性に、わたしは殺意をぶつける。病み上がりとはいえ、彼女を打倒するだけの余裕はある。

 わたしの殺意に、しかし女性は溜息を吐くだけで引き下がる。


「それは失礼しました。ワタシは十八さんの許嫁で、護国鎮守府に所属する鎮守格十二家のうち『蒼森家』の者です。名前を蒼森望夜(ミヤ)と申します」

「……へぇ? 貴女が、蒼森望夜、ですか?」

「さん、と敬称をつけて欲しいですね。ワタシは貴女の上司にあたり、且つ年上です。呼び捨てされるのは、不愉快ですよ」

「…………なるほど。それでは、蒼森さんと――」

「――結構です。ワタシは貴女と馴れ合うつもりがありませんので、用事が済んだのなら帰ってくださいません?」


 にべもなくピシャリと言い切る蒼森望夜に、わたしは苛立ちを隠せず、燃えるような闘気を放った。

 その闘気を正面から受け止めて、蒼森望夜はスッと立ち上がった。


「先ほどから、ワタシに喧嘩を売っているようですが、そんなに闘いたいならば外に出なさい。ここは病室――」

「――彼我の実力差も理解できない程度で、粋がると後悔しますよ?」


 わたしは蒼森望夜の挑発に乗り、さあ行くぞ、と病室を出ようとする。瞬間、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 病室内でマナー違反だろ、といっそう殺意が湧いたが、そんなわたしの気持ちはお構いなく、蒼森望夜は電話に出る。


「……はい……はい。承知いたしました、お父様。今から戻ります」


 電話を終えると、わたしを見て舌打ちする。


「生憎と用事ができました。申し訳ありませんが、分からせるのは次の機会にします」

「……逃げ口上が、あまりに突飛すぎて、言葉を失うのですけれど……どういうことですか?」

「理解出来ませんか? アヤメちゃんは、命拾いした、ということですよ。それでは失礼します」


 もはや目線すら合わせず、蒼森望夜はわたしを通り過ぎて廊下を歩いて行った。

 呆気に取られるわたしは、その背中を見送ってから不完全燃焼の怒りに拳を握りしめる。


「――外見も中身も、わたしが負ける要素はありませんね」


 もちろん龍ヶ崎十八の好みがどうなのかも大いに関係するが、単純に相対した感想としては、控えめに言ってもわたしの方が良い女だろう。

 あざとくて高飛車、自分勝手で横柄、見目麗しくとも腹黒い――それが蒼森望夜の第一印象だった。



第五章はこれで終章です。

次章は、外伝を挟むかも知れません。

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