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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
異端管理局と神言桜花宗と人修羅
30/86

第三夜/後編

 

 龍ヶ崎十八の言う通りに、デザートを食べながらしばらく待っていると、カフェの外に何者かの気配がした。

 カウンターに座ったまま入口に顔を向ければ、クローズの札が掛かっているにも関わらず、平然と扉を開けて一人の闖入者が現れた。


「はーい、お邪魔しまーす。十八きゅんに呼ばれたら、どこでもいつでも、すぐさま馳せ参じる美女――それがぁ、このシズカお姉ちゃんだよ」

「……いらっしゃい、(シズカ)姉ちゃん。ありがとう。ごめん、こんな時間で……」

「おっとぉ? 何だい、何だい、十八きゅん。もっと嬉しそうにしなさいよ。せっかく愛しのシズカお姉ちゃんが、十八きゅんのお願いを叶える為に、わざわざこうして特注の品をお届けに来たってのに」


 その闖入者は、カウンターで座っていた龍ヶ崎十八の背中から覆い被さり、グイグイと巨大な胸を押し当てている。露骨に雌をアピールする行為であり、非常に不愉快な光景だった。

 しかもそんな過剰なスキンシップを煩わしそうにしながらも、少しだけデレている龍ヶ崎十八の表情に対して、わたしは憎しみさえ覚えた。


「――十八くん。その親しそうな美女は、誰でしょうか? 初めまして、ですよね?」


 わたしは冷めた笑みを浮かべて、見下すような視線を女性に向ける。

 その女性は、龍ヶ崎十八と同じくらい背が高く、スラリとした脚は細長く、腰はくびれて胸はGカップはあろう巨乳だった。

 小顔でパッチリとした瞳、長いまつ毛、清楚系ギャルメイクをしており、自らを美女と言うだけある美貌をしている。肩口程度の長さをした黒髪をベースに、ピンク色のメッシュを入れており、その体型を強調するようなピッタリしたタートルネックセーターに、デニムのハーフパンツという装いだ。

 その女性は、わたしの身体を頭からつま先まで一瞥して、どこか勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 わたしは女性の馬鹿にするような視線に、ピキリ、と思わず青筋を立ててしまった。不愉快極まる態度である。


「ねぇねぇ、十八きゅん。こっちの市松人形ちゃ――――あ、ちょ、それタンマ、タンマ。降参、降参」


 わたしはその言葉をみなまで言わせず、女性の首筋に手刀を添える。ついでに、数本肩口の髪を切り払って薄皮も裂いた。パラリと髪が落ちて、首筋からは血が滲んでいた。


「自己紹介いたしますね。わたし、鳳仙(ホウセン)綾女(アヤメ)と申しますが――貴女は?」


 寛大な心持つわたしでも、格下の雑魚に馬鹿にされるのを我慢できるほど大人ではなかった。

 九鬼連理のように相応の実力があるならまだしも、まともな戦闘さえ出来そうにない雑魚が、わたしを『市松人形』呼ばわりするのを許せるはずはない。


「――綾女さん。ごめん。この軽いノリの人は、護国鎮守府の第壱魔術部に所属している剣持(ケンモチ)(シズカ)姉ちゃん。連理と同じく、俺の幼馴染だよ」

「あ、うん、うん、そーそー。シズカちゃん、十八きゅんのお姉ちゃん的存在の幼馴染です。えと、ごめん。ちょ、調子に乗ったかな? 怒っちゃった、綾女ちゃん?」


 わたしの冷たい視線と殺意が篭る手刀に怯えて、剣持静は両手を大きく上に挙げながら、ゆっくりと龍ヶ崎十八の背中から遠ざかる。

 凶悪で醜悪な脂肪の塊が龍ヶ崎十八の背中から完全に離れたのを確認してから、致し方ない、とわたしも矛を収める。


「あ、ははは……ちょっと、マジで冗談通じないんだからぁ、もぉ、困ったちゃんだなぁ」

「――――それで、剣持さん? 第壱魔術部所属の貴女が、何用ですか?」


 呆れる龍ヶ崎十八を一瞬だけ睨み付けて、視線を剣持静に向ける。

 剣持静は小さく、ヒッ、と悲鳴を上げて、今にも泣きそうな顔で龍ヶ崎十八に助けを求めていた。アイコンタクトでもしているのか――そんな態度が不愉快でならない。

 わたしは露骨に顔を歪めて、聞こえるように舌打ちした。同時に、不愉快であることを主張するように木製カウンターを強く叩き付ける。

 ドン、と爆発したような音が鳴り、カウンターには拳の形をした穴が穿たれる。


「綾女さん、落ち着いて……静姉ちゃんは、綾女さんに『魔術の加護』を付与する為に来てくれたんだよ。今日ようやく、魔術の加護を付与出来る準備が出来たからね。これで綾女さんも『魔力視』が修得出来るようになる」

「うんうん、そーそー。シズカちゃんさ。美しいだけじゃなくて、とっても優秀な魔術師でもあるんだよぉ? 植付用の汎用魔力回路(パス)を生成出来たから、綾女ちゃんの為に持ってきたのよぉ?」

「…………嗚呼、なるほど」


 剣持静は若干だけ引き攣った笑みのまま、テーブル席に腰を下ろした。そして、テーブルの上で手を広げると、青白い魔力を布状に薄っぺらく展開した。


「――――チッ」


 恐らく、わざとだろう。剣持静は、あえてテーブルの上に凶悪で醜悪な脂肪の塊を二つ乗せながら、上目遣いに龍ヶ崎十八に顔を向けていた。

 わたしは魔力視でテーブルに広がる魔力の布を眺めながら、そんな剣持静に向けて、忌々しげな舌打ちをした。


「あ、えと、今度の任務で、虚空時貞を相手にすることになると、最低限、魔力視は必要不可欠だ。そう考えると、魔術の加護も付与しておかないとマズイ。だから、昨日から急いで用意させたよ。これ、静姉ちゃんじゃなくても別に良かったんだけど、護国鎮守府で一番腕が良いのは静姉ちゃんだから――」

「――んもうっ! 何それ、十八きゅん!? 昨日、あんなに土下座して『静姉ちゃん、どうしても、お願い』って懇願してたのにぃ。だからシズカちゃん、徹夜で生成してきたんだよぉ? 感謝してさぁ、シズカちゃんに童貞くれても良いんだよ?」

「な、ど――!? ちょ、ちょっと、静姉ちゃん! そういう話は――」


 わたしを無視して、龍ヶ崎十八とくだらないじゃれ合いを見せる剣持静に、怒りが抑えられなかった。不愉快でならない――バキン、と木が割れる音がして、カウンターに大きな亀裂が走った。

 その亀裂はよくよく見れば、足元まで見事に両断されている。

 わたしはまたもや、カウンターに八つ当たりをしてしまった。無刀之型斬鉄でもって、木製のカウンターを一刀両断したのである。

 じゃれていた龍ヶ崎十八と剣持静は、両断されたそのカウンターを目にして、途端に顔面蒼白で息を呑んでいた。


「――楽しそうなところ申し訳ありませんが、つまり、どういうことですか?」


 わたしは底冷えするような響きの声と、本気の殺意を篭めた威圧を放ちながら問う。

 剣持静の軽薄な振舞いもそうだし、目の前で乳繰り合うのも不愉快だが、特に、龍ヶ崎十八の好意を独占しようと狙うあざとさに、わたしは心底ムカついていた。


「……ちょ、そ、そんな怒らないでよぉ?」

「――――つまり? どういうことですか?」


 剣持静は明らかに、龍ヶ崎十八を異性として意識している。けれど、どうしてかそれを必死に隠している様子が窺える。わたしはそんな態度に腹を立てていた。

 龍ヶ崎十八が鈍感なのを逆手に取り、気持ちに気付かれていないのを良いことに、過剰なスキンシップをする幼馴染という立ち位置で振舞っている様が気持ち悪い。ましてや、あわよくば異性として意識されたい魂胆も垣間見えて、それがいっそう殺したくなる。

 勘違いするなよ、それはわたしのモノだ――と、声を大にして言いたい。龍ヶ崎十八はもうとっくにわたしのモノであり、何があっても他人に譲るつもりなど毛頭ない。


「ご、ごめん。静姉ちゃんはもう黙っててくれよ!?」

「あ、う、うん――はい」


 わたしの殺意と冷気が店内を完全に支配して、ようやく剣持静は押し黙った。しかし押し黙っていても、テーブルの上に展開している魔力の布は、地味に操作を続けている。魔力の布が波打って、より薄く大きくなっていく。

 その様を一瞥しながら、わたしは少しだけ剣持静を見直した。

 剣持静のことを好き嫌いで論じるならば、間違いなく大嫌いと即答出来る。だが、いま披露しているその才能には好感が持てた。優秀な魔術師という言葉に嘘偽りはなさそうだ。

 魔力視を覚えたてのわたしでさえ、剣持静の魔力操作がどれほど難しいかは理解出来る。


「綾女さん。つまり静姉ちゃんは――綾女さんに『魔術の加護』を付与する施術を行う施術師だよ。ちなみに、この魔術の加護のことだけど、厳密な説明をすると、綾女さんの身体に『魔力回路』っていう魔力を産み出す器官を植え付ける施術のことなんだよ」

「――――へぇ?」


 柊南天から聞いた二番煎じの説明をし始める龍ヶ崎十八に、わたしはとりあえず、何も知らない体で頷いた。

 そういえば、ふと思い返すと、護国鎮守府には再三、魔術の加護を受けるのか、魔女の恩寵を受けるのか、魔女の騎士になるのか、という三択を迫られていた。

 わたしは返事を保留していたが……なるほど。今回の任務を引き受ける為には、虚空時貞と闘う為には、もはや強制的に魔術の加護を受けろ、というのだろう。

 ところが、わたしはもう、柊南天のおかげで自らの魔力回路を自覚している。魔力視は修得出来ているし、魔力の簡単な操作も出来る状況になっている。

 だからこそ、魔術の加護はもう不要だ、と断っても問題はないだろう。

 けれど断った場合、当然ながら、どうして魔力視が出来るようになったのか、その理由を聞かれるに違いない。それをいちいち説明するのは面倒で億劫でもある。

 わたしは無言で逡巡しながら、視線を下に向けて押し黙る。


「あ、その、ちなみに、植え付ける施術、って表現が、ちょっと怖いかもだけど……イメージとしては、刺青を彫る感覚に近いと思う。もしくは、植毛とか、かな? ま、どっちにしろ、綾女さんの身体に魔力回路って器官を付与させるだけだよ? しかも静姉ちゃんは、その施術がとても巧くて、痛みもないし失敗もほとんどなしで、綺麗に付与してくれるよ」

「そーだよぉ。十八きゅんの()()()も、シズカちゃんが施術しましたもん」

「――――へぇ?」


 剣持静の台詞に、わたしはワントーン低い声で強烈な殺意を龍ヶ崎十八に向けた。ビクっと震えて、龍ヶ崎十八は慌てて首を振る。


「い、いや、違――わないけども……って、静姉ちゃん、黙れって!」

「はーい。シズカちゃんは、黙って、十八きゅんの為に、綾女ちゃんの魔力回路を準備しますぅ」


 不貞腐れたような声で、口を突き出す剣持静に、わたしは苛立った。しかし同時に、いちいち茶々を入れて牽制したくなる気持ちに、憐憫の念を向ける。

 女心に剣持静も必死なのが分かる。ここまで露骨な性的アピールをしても、龍ヶ崎十八の中には、恐らく異性の認識は存在していない。


「あ、そうそう、綾女さん。その……これから、静姉ちゃんにやってもらう魔力回路を植え付ける施術だけど……適合するまで、けっこうな時間が掛かるんだよ。だから、定着して適合したかを確認する為に、一晩、もしくは二晩は、様子を見ないといけない。そういうことで、申し訳ないけど今日はこのまま、このカフェで寝泊まりして欲しい。二階に施術部屋があるから、準備が出来たら、そこで――」

「――あ、綾女ちゃん。施術する前に、お風呂入って欲しいなぁ。全身綺麗にしてから、施術するからね」


 剣持静が龍ヶ崎十八の言葉を遮って、そんなことを告げてくる。途端、龍ヶ崎十八はハッとしてから、慌てた様子で、パタパタと別の部屋に駆けていた。

 わたしは困った表情を浮かべる。

 突然、ここで一晩過ごせと言われても、明日も学校はあるし、そもそも着替えを持ってきていない。


「ごめんね、綾女さん。これ、着替え――連理に買わせたよ」


 龍ヶ崎十八は隣の部屋から、何やらブランド物の袋に入った衣類一式を渡してくる。

 袋の中身を見ると、わたしの趣味とは全く異なる上品なワンピースや、高級感のある下着などが、余裕で三日分ほど入っている。


「今回、どれだけ駄々をこねても、魔力視の修得と、魔術の加護の定着が確認出来なければ、任務には同行させられない。任務を行う為にも、絶対に施術を受けてもらう必要がある」

「……なるほど」

「――魔力視が修得出来たかどうか、魔術の加護が定着したかどうかは、改めて確認することになると思うけど……最悪、魔力回路が適合しなくて、魔力視が三日以内に修得出来なかった場合は、綾女さんは任務から外される。そうしたら、代役は連理に白羽の矢が立ってる」


 龍ヶ崎十八の台詞に、わたしはうんうんと納得した。

 先ほどまで、危険だなんだと忠告してわたしを煽っていたのは、この魔力回路の件があったからだろう。

 どれだけ煽っても、魔力視が出来なければ、任務をやらせるつもりがなかったのだ。

 わたしを死地に向かわせない為の配慮に違いない。柊南天から聞いていた話だと、本来なら魔力視の修得は、魔力を自覚してから二週間近くかかるという。

 まあそんな一般論は、わたしには適用されなかったわけだが――とりあえず、龍ヶ崎十八の心遣いに感謝しつつ、さてどうするか、と真顔で悩む。

 もうとっくに魔力視が出来ているとは告白できない空気になっていた。


「じゃあ、ごめん。静姉ちゃん、後は任せたよ。また明日、だけど、その間に絶対、余計なことは言うなよ? あと、何かあったらすぐに電話してくれ」

「…………はいはいはーい。仕方ないなぁ、十八きゅんは――ま、シズカちゃんにどーんと任せなさい」

「戸締りも忘れるなよ? あ、綾女さん。申し訳ないけど、俺はちょっと、護国鎮守府の本部で色々な手続きと段取りをしないと、だから今日はこのまま帰るね。じゃあ、また明日、集合場所はここにしよう」

「……ええ、承知しました。それでは、また明日」


 一方的に言いたいことを告げて、龍ヶ崎十八は店から出て行った。

 それを見送ってから、わたしは改めて剣持静に向き直る。

 すると、剣持静は先ほどまでと打って変わった態度で、スッと背筋を伸ばした。テーブルの上に乗っていた巨乳が持ち上がる。

 アピール相手の龍ヶ崎十八が居なくなったので、その姿勢でいるのが億劫になったのだろう。

 本当にあざとい女だ――そんな態度も吐き気がする。


「はぁ――えっと、ごめんなさいね、綾女ちゃん。十八きゅんって、だいぶ子供っぽくて、それがまた可愛らしいんだけど……それでついつい弄っちゃうの。さて、魔力回路の件だけどさ、いま最終調整してるから、お風呂入っちゃって――」

「――剣持さん。せっかくご足労頂いて恐縮ですが、それはもう不要です」

「はぁ? 何言ってんのよ? あ、十八きゅんとの任務を諦めた?」


 剣持静は視線をわたしに向けず、興味なさそうな様子で魔力を弄っていた。

 わたしは剣持静の前まで近付き、展開されている緻密な魔力の布に手を触れる。その所作に、剣持静が露骨な嫌悪感と怒りをぶつけてくる。


「ちょ、触らないでよ!? 綾女ちゃんには視えないと思うけど、いまここに魔力が――へっ!?」


 わたしは文句を垂れる剣持静を無言で威圧しつつ、魔力の布に干渉した。自らの魔力をぶつけて、その緻密な魔力の布を乱すと途端、ポン、と軽い爆発が起きる。

 パッと、すぐさま剣持静はテーブルから飛び退いた。

 わたしはその無様な逃げっぷりを眺めながら、爆発により小指と薬指が折れて焼け焦げた左手をプラプラと振る。

 ちなみに、テーブルの中央にはバケツ大の穴が開いている。


「わたし、魔力回路を自覚していますよ? 魔力視も修得済みですので、わざわざ借り物の魔力回路を植え付ける必要はありません」


 悩んだ末の結論だが、わたしは剣持静に魔力回路を自覚していることをバラそうと決めていた。

 剣持静の口封じさえしておけば、別段、困ることはないことに気付いたからだ。

 剣持静は驚愕の表情になりながら、わたしの全身を改めてジロジロ観察する。その視線に合わせて、練習がてら魔力を集中させる。

 全身に魔力が駆け巡るのを自覚した。


「……どう、やったの、よ……それ? 十八きゅんの話じゃ……綾女ちゃんが理外の存在を知ったの、つい最近でしょ!? 魔術の直撃を受けた、のも……記録上、【風神】との闘いだけなはず……この短期間で、覚醒出来るはず――」

「――覚醒したのではありません。人伝に、喚起式を施術してもらっただけですよ」

「ッ!? 喚起式、って――!? まさか、虚空時貞に!?」


 剣持静は見た目の軽薄さの割に、それなりに頭の回転は速いようだ。喚起式を正しく理解して、思い付く限りの候補者を頭に浮かべている。

 虚空時貞は催眠術師らしいので、このタイミングで喚起式を告げれば、そう考えても仕方ないだろう。

 それでなくとも剣持静はわたしを敵視している。必然的に、敵と結びつけて考えるに決まっていた。

 だがそこまで考えて、なおわたしは剣持静にハッキリ言おうと思った。


「わたし、剣持さんが生理的に好きではありません。十八くんの前で、わざとらしくアピールする仕草など虫唾が走ります。だから、敵視してくださって構いませんよ? 馴れ合うつもりなど毛頭ありませんから――」

「綾女ちゃん……神言桜花宗の、スパイ……なの?」

「まさか! わたしは護国鎮守府所属、第壱戦斗部ですよ? この度、十八くんに誘われて、神言桜花宗の魔王さんを殺す任務を受けているので、仕方なしに剣持さんとこうして話している次第です」


 剣持静の怯えた双眸に溜飲を下げつつ、わたしはカウンターに腰掛けた。入口の扉と、裏口の扉、どちらに剣持静が逃げようとも、反応出来る位置である。


「……十八きゅんを、騙してるのね……あのクッキーが、悪女だとか、狂犬だとか言う理由……ようやく分かったわ」

「失礼な。わたしは悪女でも狂犬でもありません――悪女と言うなら、それは剣持さんでしょう? 十八くんの善意に甘えて、はしたない性的アピールを繰り返して、全く見苦しい限りです」

「あらららぁ? 思春期の男性に対してのアプローチって言えば、胸を強調するのが、一番でしょぉ? あ、そっか。綾女ちゃんのまな板じゃ、そういうの無理かぁ。ごめんね?」


 素早く左右に視線を巡らせながら、逃げる隙を探す剣持静に、わたしは逃げられるものなら逃げて見せよと言わんばかりに構えた。


「ところで……スパイだってバラして、綾女ちゃんは……何がしたいの?」

「スパイではありません――何がしたいのか、それは良い質問です」


 剣持静は言いながら、もはや逃げ道は背後の窓ガラスしかないことに気付いたようだ。

 その考えは、最大級の悪手であることを苦笑しながら、わたしは人差し指を立てて唇に当てる。


「わたしが、魔力回路を自覚していることを、十八くんには言わないで欲しい――それだけです。つまり本日、剣持さんが魔力回路をわたしに施術したことにして欲しいのです。簡単でしょう?」

「――何それ? 嫌よ、って言ったら?」

「言わせませんし、言いませんよね? 十八くんに嫌われたくないのでしょう?」

「――――はぁ? 何よそれ、どういうこと? 何でいま、十八きゅんに嫌われる云々になるの?」


 わたしの意味深で挑発的な問いに、窓ガラスを突き破って逃げようとしていた剣持静の動きが止まる。予想通り過ぎる思考に、わたしは心の中で失笑した。


「十八くんは、剣持さんを信用して、わたしを任せていきました。そんな中、わたしが剣持さんに何もしてもらえなかった、と騒いだらどうでしょうか? 嫌がらせを受けて施術されなかった、と言ったら、十八くんは失望するでしょうね」

「……えーと……それ、別に、十八きゅんに説明するだけじゃん? シズカちゃんが施術する前に、綾女ちゃんには魔力回路が――――あ」


 怪訝な顔で首を傾げる剣持静だったが、途中まで口にしてようやくわたしの意図に気付いた。視線が動いて、焼け焦げた左手にも注目している。

 わたしはこれ見よがしに左手を上げて、狂気じみた笑みを浮かべる。


「わたし、剣持さんが施術してくれないと、魔力回路が()()んですよ? 無いものを、どうやって有ると証明なさるつもりですか? ちなみに、こんな怪我まで負わされて……案外、剣持さんは狂暴なんですね?」

「こ、この、悪女め! 十八きゅんの優しさに付け込みやがって――」

「口が悪いですね。それとも、それが素ですか?」


 剣持静は悔しそうにギリギリ奥歯を噛み締めて、グッと拳を握り締めていた。そんな仕草もいちいちわたしの癇に障る。


「協力してくれないのであれば、わたしは()()を言うだけです。剣持さんに怪我を負わされた。剣持さんは十八くんを恋愛対象として見ていて、わたしに嫉妬して苛めてきた。剣持さんはわたしに、十八くんに近付くなと脅した――とかね」


 ふふふ、と自嘲気味に笑いながら、わたしは剣持静の顔を見る。端正な顔が怒りで歪み、苛立ちから下唇を強く噛んでいる。


「――悪女めっ!! 絶対に、許さないっ!! いつか必ず、化けの皮を剥いでやる!!」

「それは、わたしのことを秘密にしてくれる。口裏を合わせてくれる、ということで宜しいでしょうか?」


 わたしの念押しに、剣持静は一瞬言葉を呑み込み、瞳を閉じて天井を仰いだ。そして、観念したようにゆっくりと頷いた。どうやら納得してくれたらしい。


「……むむむ……シズカちゃんがどう言い訳しても……結局は、水掛論……仮に、ここで逃げても意味ないし……だいたい、魔力回路は外部から有無を調べる術がない……綾女ちゃんにシラを切られたら、もうそれでお手上げだし……嘘かどうか判別出来ない……え、これ、詰んでる? 痴漢冤罪じゃん……」


 ブツブツと呪詛を吐きながら、剣持静は椅子に座る。

 はぁ、と疲れた吐息を漏らしたかと思うと、穴の開いたテーブルにペタリと顔を伏せた。

 察しが良くてとても助かる。わたしの脅しは確かに、剣持静の呟き通り、痴漢冤罪と同じ手口である。犯人にでっち上げられた場合、冤罪を証明するのがとても難しいし、訴えられたこと自体が悪評になってしまう。

 そして何よりその悪評――龍ヶ崎十八に懸想している事実が、明るみになることが、剣持静にとって何より避けたい展開である。


「クソ……クソ……シズカちゃん、負けない……こんな悪女に……負けない……」


 壊れたように囁く剣持静から視線を切って、わたしはカウンターから下りた。


「それでは、わたしは言われた通りにお風呂で汗を流しますね――嗚呼、ちなみにご安心ください、剣持さん。わたし、約束は守りますし、不必要に人を貶めることもしません。ですので、剣持さんが本気で十八くんに恋愛感情を持っていることなんて、絶対に告げ口しませんよ? いまの関係、壊したくはないのでしょう?」

「――――綾女ちゃん、ロクな死に方しないよ」

「ええ。そんなこと存じておりますよ」


 わたしは剣持静の捨て台詞に満面の笑顔で返して、ゆっくりと風呂場に向かう。


 そうして風呂から上がってきたら、いつの間にか剣持静は居なくなっていた。

 勝手に、という言い方は適切か分からないが、恐らくは帰宅したのだろう。まあ、わたしの施術を行わないのならば、一緒にここで泊まる必要もない。

 さて、果たして剣持静は、わたしとの約束を守ってくれるだろうか。それが少しだけ心配だった。


「正直なところ、十八くんに教えても、困ることはありませんが……説明が面倒なだけで」


 わたしは独り言ちて、剣持静の振舞いを思い出す。あの様子を思い返すと、約束を守ってくれそうではあった。


「剣持さんより、十八くんの方がわたしの性格を理解してくれています――なので、剣持さんがどれほどわたしのネガティブキャンペーンをしたところで、十八くんは、わたしが裏切るとは考えないでしょう。そもそも本当に裏切っていませんしね」


 万が一、剣持静が先ほどのやり取りを無視して、龍ヶ崎十八に告げ口したところで、本当にそこまで困ることはない。柊南天のことは言わずに、誤魔化し切れる自信がある。

 けれど一方で、剣持静は隠している本音をバラされることを心底恐怖していた。男女の関係になりたいと願いつつも、幼馴染の関係まで壊れることを恐れている。

 だからきっと、釘を刺さずとも話を合わせてくれるだろう。


「――最終的に、十八くんはわたしを選んでくれるでしょうけれど、油断すれば剣持さんの気持ちに奪われる危険性はありますね……ふふふ。恋愛でも負けるつもりはありませんが、戦うのであればやはり、正々堂々と真正面から打ち破らなければつまらないですからね」


 だからこそ、ああして宣戦布告したのである。敵は多いに越したことはなく、手強ければ手強いほど楽しいものだ。


 わたしはそんなことを考えながら、とりあえず就寝することに決めた。少し早い時間だが、サッサと休むべきだろう。

 実のところ、体調はそれほど回復してはいない。そんな中で、目先には大物との闘いを控えている。

 一刻も早く体調を戻して、存分に殺し合いを愉しむべきだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綾女ちゃん着実に強くなってるけど次も更に格上みたいだしまたボコられそうで楽しみ [気になる点] 次の相手が催眠術使いということですけどパターンにハメられて色々恥ずかしい事させられたり大勢の…
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