第三夜/中編
「――それで? ほかに何か聞きたいことありまスか?」
柊南天が溜息交じりに問い掛ける。
もういい加減うんざりだ、と言わんばかりの態度に、わたしはチラと時計を見た。
興味本位の内容を矢継ぎ早に問うているうちに、気付けばもう十八時を回っている。そろそろ夕食を意識し始める時間になっていた。
「いえ……そろそろ、帰らせて頂きます。充分、聞きたいことは聞けたので」
わたしは、さて、と腰を上げて、振り返りさえせず部屋を出た。その背中に、あ、と何かに気付いた声が投げられる。
「ん? どうかしまし――たか……と、これは?」
「忘れてたスけど、ソレ、新しい携帯っスよ。何か依頼が来たら、連絡するっス。逆に綾女嬢も、何か質問があったら気軽に連絡してくださいっス。あと、抗生物質と痛み止めっス。飲んでおいた方が、治り早いっスよ?」
「ありがとうございます――この薬は、一週間分でしょうか?」
放り投げられたビニール袋を覗き込み、わたしは中の薬を手に取った。錠剤が十四錠、塗り薬が一瓶、顆粒分包が七つあった。
「そスよ。錠剤は朝晩食前、塗り薬は十二時間置き、包みは痛み止めっス。一日一回どうぞ」
柊南天は説明しつつ頷いた。感謝しつつ、わたしはそのまま『モダン柊』を後にする。
店の外はまだまだ陽が高く明るい。サッサと暗くなる前に帰宅することにしよう。
わたしは柊南天から聞けた情報を整理しながら、明日からどう行動するかを悩んでいた。
結局、異端管理局なる組織の全容は教えてもらえず、天桐・リース・ヘブンロードの拠点も知ることは叶わなかった――と言うよりも、そもそも柊南天が拠点を知らなかった。
「円卓七席とか、偉ぶっていた割に全く使えない……」
ボソリと悪態を吐きつつ、わたし自身、どうしたいのかを考える。
今週いっぱい半日授業で、午後には解放されることもあり、放課後に使える自由時間が普段よりずっと多い。この貴重な時間を無為に過ごしたくはないのだ。かといって、どうすれば有意義に使えるのか、何をする為に使うべきか、非常に悩ましい。
個人的には、異端管理局なる組織、ひいては天桐・リース・ヘブンロードについて、詳しく調べたい思いがあるが――いまのところ、何の手掛かりもない。
しかも柊南天に口を噤まれてしまっては、もうこれ以上、わたし単独では調べ切れない。
ならばいっそ、水天宮円に誘われている神言桜花宗とやらに、形だけでも入信するのも愉しそうだ。
護国鎮守府と敵対していると言っていたから、わたしが入信するだけで、何らかの問題が発生するに決まっている。そうなればきっと、水天宮円を筆頭にして、神言桜花宗の強者と闘う機会が得られるだろう。経験値稼ぎにはもってこいだ。
もしくは、体調回復を最優先して、柊南天から人修羅の仕事を取って来てもらうか――否、これはそもそも、いまでなくとも出来ることだ。有意義な時間の使い方とは言えない。
「……あら? ようやく十八くんから連絡ですね」
わたしが思考を巡らせながら歩いていると、ふいに携帯電話の着信音が鳴り出す。画面には、連絡が取れなかった『龍ヶ崎十八』の文字があった。迷わず電話に出る。
「もしもし、十八くんですか? 昨日はごめんなさい……ちょっと事情が――」
『――綾女さん、ちょっと急だけど任務だ。まだ体調が優れないのは知ってるし、そんな状況での初任務ではあるけど……俺がフォローするから、とりあえず今すぐ、九鬼駅東口に来てくれないか?』
開口一番、龍ヶ崎十八は珍しく用件だけ告げてきた。
わたしは驚いて二の句が継げず、思わず阿保みたいに口を開けて硬直してしまう。
突然の無言に、龍ヶ崎十八が慌てて、もしもし、と呼び掛けていた。ハッとした。
「――あ、失礼しました。え、と……いまから、九鬼駅東口に向かえば、宜しいのですね?」
『あ、ああ、うん。そうだよ――任務詳細は、合流し次第、伝えるよ』
「分かりました。タクシーを拾うので……そうですね。あと三十分以内には、到着できると思います」
『ありがと。じゃあ、待ってるから――』
わたしの返事に満足気な声を出して、龍ヶ崎十八は一方的に電話を切った。
通話が途切れる寸前、電話口の後方から駅のアナウンスが聞こえた。そのアナウンスは『樹市、樹市』と聞こえていた。電車で移動中のようだった。
ちなみに樹市は、九鬼市の二つ隣の市であり、九鬼駅の五つ手前の駅でもある。
「任務……任務、ねぇ――そう言えば、敵と闘える、とだけ聞いて喜んでいましたが、わたしの所属する第壱戦斗部は、結局、ちゃんと機能しているのでしょうか。まともに闘う任務が来ませんけれど……」
わたしはそう呟きながら、大通りを流れるタクシーに手を挙げた。ちょうどタイミング良く、空車の白タクシーが止まり、それに乗り込む。
「どこまでだい?」
「九鬼駅東口まで」
「ん? お嬢ちゃん学生かい? その制服……もしかして、三幹かい? 金持ち学校だねぇ……しかも、凄い美人……って、アレ? キミ、七夕祭に出てたでしょ――」
「――申し訳ありませんが、運転に集中してもらえませんか?」
わたしはお喋りが好きではない、と窓の外に視線を向けて、それ以上は無言を貫く。
タクシー運転手はそれでも空気を読まずに、何やら興味本位のことを訊いてくるが、どれもこれも無視を貫いた。
しばしそうしてタクシーに揺られると、九鬼駅西口にあるタクシーターミナルに到着する。
「……はぁ」
目的地は東口だと言ったにも関わらず、進入しやすい西口に向かった辺り、このタクシー運転手の腕はたかが知れている。
「着いたよ、お嬢ちゃん。東口は、ここから駅構内を通り抜ければすぐだよ」
「ええ、ありがとうございます――お釣りは要りません」
平然と中途半端な仕事をするタクシー運転手に辟易しながら、わたしはポンと一万円札を出す。運転手はお釣りを計算しようとしたが、それを首を振って断って、ドアを開けるよう促した。
運転手は一瞬面食らっていたが、特に何も言わず、そのままドアを開ける。
わたしが降車すると、白タクシーは逃げるようにして、空車のままでターミナルから出て行った。
白タクシーがいなくなったのを見送り、東口へと向かう。
「あ、綾女さん――良かった。無事だったか……」
「ええ、一日ぶりです、十八くん……待たせちゃいましたか?」
デートの待ち合わせをしたかのような雰囲気で、わたしは小首を傾げながら問い掛ける。龍ヶ崎十八は苦々しい顔で携帯を見ながら、東口のベンチで座っていた。
「大丈夫。待ってないよ。ちょうどいま着いたとこだった……ところで、ここじゃ、アレだから場所を移動しよう?」
「構いませんけれど――どこか良いところをご存じなのでしょうか?」
「うん。すぐ近くに、組織の息が掛かったカフェがあるんだ。そこで話そう」
龍ヶ崎十八の隣に座ろうとすると、入れ替わりにベンチから立ち上がり、わたしを置いてスタスタと歩き出す。それに従って、駅から500メートルほど離れたところの小洒落たカフェに辿り着いた。
しかし、そのカフェには看板はなく、中は無人で真っ暗で、入口の扉も鍵がかかっている。
どうするつもりか、と首を傾げた時、龍ヶ崎十八は当たり前みたいに合鍵を取り出して、鍵を開けると中に入っていった。わたしもそれに従う。
カフェの中は当然、人っ子一人いない。伽藍として静まり返っている。
「――珈琲を入れるよ。飲む?」
「ええ、戴きます。もし宜しければ、夕食も何か戴けますか?」
「あ、そっか。もうこんな時間だもんね……いいよ、分かった。オムライスとかで良い?」
「ありがとうございます。楽しみです」
了解、と言いながら、龍ヶ崎十八は電気を点けた。
勝手知ったる何とやらで、素早くエプロンを身に着けると、カウンターの内側に回り込み、台所を使い始める。
わたしは感覚を広げて、店舗内の気配を探る。けれど、龍ヶ崎十八以外の気配は皆無だった。
スッと目を細めながら集中力を高めて、魔力視で店内を一瞥する。すると、龍ヶ崎十八の身体から淡い魔力が湯気のように溢れ出ていることに気付いた。
なるほど――どうやら龍ヶ崎十八は、常に魔力で身体を覆うことで身体能力を向上させているのだろう。こういう技術は素直に参考になる。
「――それで? 十八くん、任務とはどのようなものなのでしょうか?」
小気味よく調理を始めた龍ヶ崎十八に、わたしは本題を切り出す。
今回、お人好しで心配性の龍ヶ崎十八が、わたしの外泊を咎めるよりも先に、任務だ、と呼び出しを掛けるくらいの事態である。きっと一大事が起きたに違いなかった。
「うん。ちょっと厄介な、調査依頼、というか殲滅依頼が来てて――綾女さんが倒した【風神】五十嵐葵が所属する組織、神言桜花宗なんだけど……その支部の一つが、樹市に新しく出来たんだけど、知らないよね?」
だから何だ、と思わず話の腰を折りそうになって、笑顔のまま黙って頷いた。
「新支部の支部長には、どうやら副教主『虚空時貞』が絡んでいるらしい――それを調査して、可能であれば、新支部の解体をして欲しいって」
「……虚空、時貞……へぇ?」
ここ最近で何度か聞いた覚えのある名前だった。
確か水天宮円の話では、護国鎮守府に敵対している武闘派と呼ばれる派閥のトップである。
「【四象の魔女】の一番弟子、虚空時貞が絡むとなると、だいぶ危険な任務になる。しかも方法としては、潜入捜査しろって言ってるし――これを俺らで何とかしろ、ってのは無茶振り過ぎる!」
龍ヶ崎十八は憤った様子で、包丁を、ダン、と叩き付けた。苛立ちを一身に受けた玉ねぎが、綺麗に真っ二つになっていた。
わたしは注がれた珈琲にミルクだけを入れて、一口飲んだ。
龍ヶ崎十八の入れてくれた珈琲は酸味が少なくて、とても飲み易く美味しかった。珈琲豆に詳しくはないが、きっと高級な豆なのだろう。
「樹市の中央、駅のすぐ隣にこの間オープンしたばかりの大型総合アミューズメント施設、通称『土井MCB』――この施設、実は、神言桜花宗の幹部が作った施設らしい。そしてこの施設の地下フロアと、屋上のペントハウスが、神言桜花宗の支部になっているみたいなんだ。しかもどうやら、そこに利用客を拉致監禁して、強制的に信者に仕立て上げてるらしい」
龍ヶ崎十八は話しながらも手際よくフライパンを振って、見事な形のオムライスを作っている。
わたしは説明の途中で視線を切って、話題に上がった『土井MCB』を携帯で検索した。
「これ、ですか? 正式名称『土井・Mantra・CherryBlossomアミューズメントパーク』――駅近、わずか徒歩五分の距離で、カラオケ・ボウリング・ゲームセンター・スパ・サウナ・温水プール・スポーツジム・映画館までが楽しめる樹市屈指の総合アミューズメント施設。地上六階、屋上にはテニスコートと、ゴルフの打ちっぱなしもあり、老若男女、誰でも幸せのひと時を過ごせます――へぇ? だいぶ大きな複合施設ですね」
インターネットの情報を読み上げながら、わたしは首を傾げた。
当然ながら、公式ホームページには、地下の表記は存在しない。また、神言桜花宗という宗教団体の名称は、影も形も書かれていない。
けれど、龍ヶ崎十八が説明するからには、それが真実なのだろう。
「――嗚呼、もしかしてマントラって、宗教用語の真言のことですか……真言と神言を掛けて、桜の花ね。なんて安易な――」
ふと気付けば、施設名にそのままの名称を使用している。馬鹿丸出しではないか。
わたしは苦笑しながら、なるほど、と納得した。
まあ、知らなければ理解出来ない名称ではあるし、関連していることがバレたところで問題はないのだろう。
「ああ、その施設だよ――はい、お待ちどおさま。龍ヶ崎家特製のチーズオムライスだよ」
「わぁ、凄い。美味しそうです……毎度思いますけれど、こんな見事な料理を出されてしまうと、わたしとしては、もう十八くんに手料理を披露出来なくなってしまいますね」
「いやいや、見た目だけだよ。まぁ、お口に合えば嬉しいけどさ」
差し出されたオムライスは、洋食屋で注文したと言われてもなんら違和感のない出来栄えをしていた。
見栄えも美しく、匂いも芳しい。スプーンで表面を突けば、そのふんわり具合に驚くほどで、これはもはや家庭料理とは思えないレベルだ。
わたしは一口食べて、思わずその美味しさに目を見開いて驚いた。少しだけオーバーリアクションかも知れないが、男性の手料理を誉める時には、とにかく大袈裟に驚くのが好印象らしい。まあ、とはいえ、事実として驚くに値する美味しさではある。
「見た目よりも、ずっと美味しいです――だからこそ、悔しいですね。ここまで美味しい手料理を出されてしまったら……わたし、恥ずかしくて、本当にもう十八くんには手料理をお出し出来ないですよ、ええ」
「そ、そこまで絶賛してくれて、嬉しいけど……誉め過ぎだよ。綾女さんの料理だって、滅茶苦茶美味しいし、少なくとも俺はもっと食べたい――って、それはそれとして! さて、じゃあ、食べながらでいいから聞いて欲しい」
龍ヶ崎十八は赤面しながら無理やり誤魔化して、ブラック珈琲を一息に飲み干してから切り出した。
「今回の任務は、神言桜花宗の新支部の実質的解体。つまりは、この施設を調査したうえで、監禁されてる信者を解放する。そして、今後の被害者を出さない為にも、主犯である虚空時貞を殺す――それらが、俺たちに言い渡された任務だ。虚空時貞の脅威度はA級判定らしいけど、実際はS級に匹敵すると思ってる」
真剣な表情、深刻な口調でそう語ってくるが、正直なところ、わたしにはただの振りにしか聞こえなかった。
わたしが強者と闘うことを愉しみにする性癖であると分かっていて、わざわざ危険だ、と忠言するのは、期待してくれ、と言っているのと同義だろう。
わたしは口の中に広がる美味と、龍ヶ崎十八に危険と言わせるその強者の存在に期待して、顔を綻ばせる。
「虎姫も、脅威度が不当に低いってとこは同意してくれてた。けど、流石に【異端管理局】の認定には口出せないし、依頼自体は鎮守格の半数が賛成しちゃったから引き受けざるを得ないし――依頼の難易度は脅威度とイコールだから、当然ながらA級判定で、だから俺ら以外に戦力は割けないって……でも、これでもし万が一、虚空時貞だけじゃなくて、神言桜花宗の最終兵器、破壊神が絡んでたりしたら、俺らはただただ犬死するだけだってのに!!」
「……異端、管理局……?」
不意に、最近よく耳にする単語を聞いて、知らずに復唱していた。
すると龍ヶ崎十八がハッとして、説明するね、と気を利かせてくれる。どうやら、わたしが何も知らないと思ったようだ。
「説明してなかったよね。【異端管理局】ってのは、あらゆる魔女を統括、把握している世界規模の大組織で、星の秩序を護る為の機関だ。星の秩序を乱す存在全般、世界にとって危険な存在の脅威度、理外の存在の危険度なんかを、独自に認定、公式発表している組織さ。その脅威度、危険度は、C級からA級、S級、SS級と定められてる。護国鎮守府を含めて、裏社会のあらゆる組織が、この脅威度でもって互いを格付けしてる――そうだな。ギネス世界記録みたいな組織、って言うのが一番イメージしやすいかも知れない」
「…………へぇ?」
「一応、異端管理局は体裁上、いかなる理由でも、どんな組織とも対立しない中立組織という位置付けになってる。だから普段は、脅威度を認定するだけの第三者機関なんだけど……直接自分たちが手を下さなければ、やりたい放題っていう組織でもある。特に『円卓』と呼ばれる幹部クラスなら誰でも、下部組織に対して半強制的な命令権を持ってるんだ。一応、護国鎮守府は異端管理局の下部組織じゃないけども、鎮守格十二家で多数決を採った結果、今回は依頼を引き受けることに決まっちゃったんだよ。だからもう、この任務を受けざるを得ないんだ」
龍ヶ崎十八が悔しそうに拳を握り締めながら、申し訳ないとばかりに頭を下げている。それを柔らかい笑みで見詰めながら、逆に好都合だ、とばかりに頷いた。
「……ねぇ、十八くん。ちなみに、その依頼って、異端管理局のどんな方が依頼したのでしょうか?」
確信的な心当たりがあるが、わたしはさりげなく問い掛ける。
「うん。依頼主は今回、大御所が出てきて……異端管理局円卓第一席【転生の魔女】天桐・リース・ヘブンロードって、超大物が直々に依頼してきたんだよ。だから鎮守格の当主たち半数以上、深く考えずに受けやがって――異端管理局の第一席に恩を売りたいってことなら、それこそ、賛成した人間だけでやってみろ、ってのに!!」
語気を荒くして、龍ヶ崎十八は吐き捨てる。一方で、わたしは満足気に頷いた。
恐らくこの依頼こそ、当初、人修羅に依頼しようとしていた内容で間違いないだろう。これは何という僥倖、なんて素敵な巡り合わせだろうか――
『当代の人修羅がこの程度なら――』
『私は恐らく、【人修羅】というブランドに夢を見ていたようだ――』
わたしの脳裏に、馬鹿にされた時の光景が蘇る。
わたしを雑魚呼ばわりした天桐・リース・ヘブンロードの態度が思い出される。
この依頼は、そんな天桐・リース・ヘブンロードをぎゃふんと言わせる絶好の機会であり、柊南天に真の意味で認めてもらう為の試金石にもなろう。
龍ヶ崎十八がどれだけ嫌がろうとも、わたしは何としても引き受けなければならない。
「十八くん。もう少し、詳しく任務内容をお聴きしたいのですけれど、宜しいでしょうか?」
「――綾女さん。なんか、ちょっと嬉しそうだけど、ここまでの会話って振りじゃないよ? 俺、真面目に危険だって思ってるんだよ?」
「ええ、存じております。だからこそ、悦んで――いえ、失礼しました。だからこそ、しっかりと内容を把握しておかないといけないな、と思いまして」
わたしはわざとらしく咳払いしてから、お茶目な顔で小首を傾げる。そんなわたしの態度に、龍ヶ崎十八は疲れたように息を吐いて、呆れた表情になっていた。
けれど、そんなのは端から分かっていたことだろうに――まだまだ龍ヶ崎十八は、わたしという人間に対して、常識を持ち過ぎている様子だ。
「任務内容は、さっきも言ったけど、大きく分けて二つ。監禁されてる信者たちの解放。主犯である新支部長『虚空時貞』の殺害。それらを果たせば、結果として、新支部が解体するはずだ。ちなみに、脅威度A級ってのが、虚空時貞の認定だよ」
「A級というと、平成の切り裂きジャックさんがB級でしたから、それよりは格上ですね?」
「……分かり易く言えば、連理がA級認定だから、同列クラスの実力者ってことだよ」
「へぇ? それは、それは――」
龍ヶ崎十八の呆れた声に、わたしは心の中で悦んで、ゴクリと生唾を呑んだ。
(――なんて素晴らしいことでしょうか)
本当に奇跡のような幸運である。
魔力を認識して、強さの階段を一足飛びに上ったわたしが、果たしてどこまで通じるのか、それを試すに相応しい相手となるだろう。
思わず頬が緩んで口元がニンマリするわたしに、龍ヶ崎十八が釘を刺すように冷静な声で続けた。
「綾女さん。この任務、何で俺らだけがやんなきゃいけないか、分かる? 脅威度がA判定だから、ってだけじゃなくて、連理も含めて、誰も引き受けなかったからなんだよ。それだけ危険な相手だし、何よりも相性が悪い」
「愉しみ――ですね?」
「はぁ……何も楽しくないよ? けど、マジでそういう感覚なのか……厄介だなぁ」
龍ヶ崎十八は仕方ないと肩を落とすと、脅すような口調で更に説明を始める。
それがわたしにとっては逆効果だと、まだまだ理解してくれないようだ。きっと性善説を信じているのだろう。なんとも可愛らしい性根をしている。
「虚空時貞は、とんでもなく強力な催眠術を操るらしい。誰でもどんな状況でも、瞬時に洗脳出来るほどの力があるって言われてる。だからこそ、護国鎮守府では、誰も相手したくないんだ。しかもこの催眠術はどうやら【魔女の恩寵】でさえないらしい」
「……催眠、術、ですか? 眉唾ですね」
「眉唾と思うのも仕方ないけど、これから言うことは、全て事実として心に刻んでくれ、綾女さん――虚空時貞の催眠術は、嘘偽りなしに『目が合う』『言葉を聞く』『香りを嗅ぐ』『触れられる』だけで、そのたった一瞬の接点だけで、たちまち催眠状態にさせられる。そして催眠状態になったが最後、意識は奪われて、身動き一つ取れなくなるんだ。そこからはもうあっけないよ。無意識を操られて、虚空時貞の傀儡になってしまう」
「へぇ? だから、強制的に信者を増やせるのですね?」
「そうだよ。気に入った利用客を催眠状態にして、信者にさせてる」
わたしはとりあえず頷いたが、そこまで聞いても催眠術には懐疑的だった。
テレビなどでよく目にするが、あんなのはただのパフォーマンスだと信じて疑わない気質である。けれど、龍ヶ崎十八の言葉を聞く限りでは、その常識は取っ払った方が良いようだ。
とはいえ、だから闘わないという発想にはなり得ないので、当面わたしが考えるべきは、催眠術が効く効かないに関わらず、その対策を講じておくべきだった。
操られるのは好ましくないし、何より愉しくない。
「ちなみに、信者は痛覚を感じない木偶人形にもなる――つまり、潜入がバレた瞬間、無関係な被害者である信者たち全員が、俺らの敵になって襲い掛かってくるってことだ」
「…………それは、だいぶ気持ちが萎えますね」
ふと雑魚が群がる姿を想像して、わたしは高揚していた心が冷静になったのを自覚した。
ゾンビゲームのように大量の雑魚をあっけなく殺すのは、わたしの趣味ではない。蟻を踏み潰す象の気分は、面白みに欠けると常々思っている。
「だから、今回の任務で最も注意しなければならないのは、俺らの正体がバレないようにすることだ。しかもそのうえで、虚空時貞を見つけ出す必要がある」
ふむ、とわたしは思案する。
どうやらわたしにとって一番の問題は、虚空時貞を見つけ出すことと、その本気を引き出すことのようだ。
「……十八くん、その、主犯の方……虚空時貞さんは、催眠術以外に、どんな能力を持ってらっしゃるのでしょうか?」
「不明だよ。どんな異能なのか、定かじゃない。けど、噂じゃ、虚空時貞は無敵で、奴の前では如何なる策も通じないって言われてる。あらゆる手が読まれて、どんな魔術も対策を取られて、ことごとく先手を打たれる……そこから付いた異名が【魔王】だ。それでなくても【四象の魔女】の一番弟子で、魔女の騎士でもあることを考えれば、少なく見積もって、基礎的な魔術を全て習得してると思うし、身体能力の面でも霧崎よりも上だろう」
「【魔王】――素敵な異名ですね。ちなみに、その魔王さんは、水神と比べるならば、どの程度強いのでしょうか?」
「……実力では引けを取らない存在だと思ってる。ただ、その特性上から、異端管理局の認定は格下扱いだね」
龍ヶ崎十八の言い回しに、わたしは少しだけ残念な気持ちになる。
引けを取らない、と言うことはすなわち、実力的に同格から格下であることを意味している。
(まぁ、水天宮さんにリベンジをする前に、肩慣らしの意味合いで行う前哨戦には相応しいですかね?)
わたしは頷きつつ、機械的にオムライスを口に運んでいた。
食べながら喋るのは、あまり行儀が良いことではないが、それだけ龍ヶ崎十八の作ったオムライスが美味いのである。多少、はしたなくもなろう。
「一応釘を刺しておくと、虚空時貞が水神よりも格下な理由は、攻撃範囲が狭いからってだけだよ。水神はさまざまな水系魔術を扱えて、圧倒的攻撃力でもって敵をねじ伏せる戦闘スタイルで、つまりは一対多数での戦闘に特化した存在だ。一方で虚空時貞は、催眠術を駆使して、相手に何もさせない戦闘スタイルで、一対一のタイマンに特化してる。二人はこの戦闘スタイルの差で、脅威度が違ってるだけだ」
「……十八くん。これは興味本位ですが、例えば、同格に位置付けられているA級の九鬼さんが闘った場合、魔王さんとどちらが勝つのでしょうか?」
「十中八九、虚空時貞だろうね。相性の問題が大きいよ」
「へぇ、即答ですか」
わたしの疑問に龍ヶ崎十八は悩む素振りもなく即答した。
それはつまり、現時点で明らかになっている虚空時貞の能力だけでも、明確な力差があるということだ。
わたしは遠足に行く前の子供のような気持ちになる。ここまで来たら、一刻も早く任務に就きたい。
「――ねぇ、十八くん。ところで、いつその任務を行うのですか? これからすぐ、ですか?」
チラッと時計を見る。時刻は既に十九時半だ。いつの間にか、陽は沈んで外は暗くなっていた。
しかし、こんな時間でも今から急いで向かえば、一時間後には現地に到着出来るだろう。土井MCBパークの営業時間は、公式には二十二時だ。余裕はないが、一時間前後は調査出来る計算である。
ところが、そんなわたしの逸る気持ちに冷水をかけるように、龍ヶ崎十八はまさかと首を振る。
「明日の放課後、付き合って欲しい。あ、だけど、今週はあくまでも調査だけだよ? まずは土井MCB内部を把握することが優先だ。六花も来週には夏休みに入るから、本格的な任務は、夏休み期間に行うつもりだよ――だから明日、学生同士のデートの振りして、二時間くらい付き合って欲しい」
「あら? デートの振り、ですか? それは少し残念です。けれど、承知しました。それでは本日は、この後、どうするのです?」
わたしはわざとらしく強調して、サラリと耳に掛かった髪を手櫛で梳かす。その仕草に、龍ヶ崎十八はドキッとした様子で、頬を赤く染めながら視線を逸らす。
「あ、えと……今日は、その……この後も、もうちょっと付き合って欲しい、けど……時間ある?」
目線を泳がせながら、不思議なことを訊く龍ヶ崎十八に、わたしは笑みを崩さず首を傾げた。
時間がなかったらそもそもここに居ない、とツッコミたい気持ちは呑み込む。意図が掴めない。どうせ帰宅する先は、わたしの家ではないのか――
「ええ、勿論。何か用事があるのですか?」
「あ、うん。ちょっと、紹介したい人が居て――あまり顔合わせしたくないんだけど。任務をするには、必須だから……そもそも、この対策をしておかないと、虚空時貞には太刀打ちできない」
「……どういうことですか?」
意味深なその台詞に、わたしは怪訝な顔を浮かべる。
龍ヶ崎十八は疲れたように溜息を漏らしてから、ちょうど食べ終わったオムライスの皿を下げて、洗い物を始めた。
「……そろそろ呼ぶよ。ちょっとだけ待ってて」
喋りながらも、デザートとばかりにコンビニのスイーツとジュースを提供するその手際に感心した。
とりあえず、わたしは言われた通りに待つことにしよう。




