第三夜/前編
自然と目が覚めた。
瞼を開けると、見慣れぬ天井。
しかし、わたしはこの景色に見覚えがある。
「……もう六時? 寝坊、ですね」
気怠い上半身を起こしてから、ズキズキと痛む頭を横に振った。
寝ている間にだいぶ汗を掻いたようで、自慢の真っ直ぐな髪の毛はボサボサ、身体中も汗臭かった。べったりと肌に張り付く病院着が煩わしい。
傍らの棚には、電源を切っていたはずのわたしの携帯が充電されており、ちょうど視線を向けたタイミングで、誰かからのメッセージが届いていた。
「優華さん、か――さて、そろそろ起きて、ここから移動しないと遅刻してしまいます。手持ちが少ないので、タクシーは使えませんからね」
携帯の画面に一瞬映った為我井優華からのメッセージを流し読みして、その下らない挨拶に苦笑する。
わたしは何事もなかったかのようにベッドから立ち上がった。途端、全身が凄まじい激痛を訴えたが、毎度のことなので意思の力で無視する。
辺りを見渡して着替えを探すと、ベッドの足元に畳まれた制服を見付けた。パッと見は綺麗だが、電撃を浴びた影響か、ところどころ煤けている。
けれどそれは致し方ないだろう。贅沢は言わず、着替えることに決める。
しかし、問題は下着である。流石に、汗びっしょりで、よく見れば血まで付着している汚れた下着をこのまま着け続けるのは、生理的に嫌だった。
病室のような白い個室をくまなく探す。
一応、大きめのクローゼットはあったが、中身は全て大きさの異なる病院着だけだった。
「シャワーを浴びれないのも、我慢するとして……替えの下着がないのは、辛いですね……」
とりあえず裸になってから、ベッドの脇にあったタオルで全身を拭った。せめてウェットティッシュでもあれば、と探すが、やはりそれも見当たらない。
ふぅ、と溜息を漏らしてから、下着は身に着けずに、煤けた制服を着てから部屋を出る。
ノーパン、ノーブラで制服と言う恥ずかしい恰好で、まるで痴女の気分だが、一旦は人目がないので気にしない。
病室のような部屋を出ると、長い通路があり、真正面には厨房があった。
長い通路には左右に扉が二つあり、一つが冷蔵室のようで、ゴウンゴウンと低音を響かせながら冷気を放っている。
もう一つの扉を開けると、そこは倉庫になっており、ところせましと段ボールが積まれていた。
念の為にいくつか段ボールを開けると、中に入っていたのは全て調味料だった。諦めずに他の段ボールも開けるが、どれもこれも予備の調理器具や、食料ばかりで、肝心の着替えなどはなかった。
わたしは店内をくまなく探索するが、居住エリアはどこにもなかった。
困った、と頭を悩ませていると、ふとレジの鍵が目に付いた。
試しにレジを開けてみると、思いのほか簡単に開き、中には現金十二万円が入っている。
「良かった……財布の現金が心許なかったので、これは、ありがたく頂戴いたしましょう。どうせ今日はまた、ご挨拶に伺うのですから――」
わたしは当然のようにその現金を奪ってから、ひとまず近くのコンビニで替えの下着を購入することに決める。
そうと決まれば、もう出よう。さてと、わたしはトイレの洗面台で顔を洗い、ボサボサの髪をなんとなく寝かしつけた。幸いにも、寝癖までは付いていなかった。
「出口は……裏口ですね」
入口の引き戸は、昨日と同じく鉄格子とシャッターが下りたままだった。
わたしは裏口に回って『モダン柊』を後にする。当然、鍵など持っていないので、裏口を閉めることはしないし、出来ない。けれど、これは致し方ないだろう。
その後わたしは、コンビニで替えの下着と、ハンドタオル、朝食などを購入してから、流しのタクシーを拾って学校に向かった。
朝の時間帯はだいぶ空いており、タクシーは信号に止まることもなく、たったの三十分前後で学校へと送ってくれる。
時刻はまだ七時半になっていない。一部の部活は朝練をしていたが、部活動以外では、ほとんど学生が登校していない。
わたしはこれ幸いと水泳部の部室に移動して、備え付けのシャワールームを拝借した。水泳部は基本的に朝練を実施しないので、見付かることはなかった。
そうして身支度を整えてから、朝食をサクッと食べて教室に向かった。
教室内には、珍しく為我井優華がもう登校しており、眠るように机に突っ伏していた。
「――おはようございます、優華さん。早いですね?」
「んぁ? あ、お、おっはよ~、綾女ちゃん!! え、あれ? もうそんな時間――じゃ、ない! 良かったぁ~。まだ余裕あるねぇ」
「わたしは、いつもそれほどギリギリの登校でしたでしょうか?」
為我井優華は焦った様子で時計を見て、時刻がまだ八時前であることを確認すると、安堵の吐息を漏らしていた。だが、その態度は少しだけ心外である。
まるでわたしが遅刻ギリギリに登校する生徒みたいではないか――
「違うけど……いま、夢の中で、綾女ちゃんにもう時間だよ、って起こされた気がして……」
「――夜更かしでもなさったのですか?」
「うん……実は、朝五時までカラオケで騒いでて……」
目をトロンとさせる為我井優華に、わたしは呆れた顔を向ける。遊び惚けて、寝不足というわけだ。まあ、咎める気はないが。
わたしは溜息と共に、おやすみなさい、と呟いて自席に座った。すると、為我井優華はカクンと項垂れるようにして、ふたたび睡眠に入っていた。
「……あ、忘れていました」
眠りについた為我井優華から視線を切ってから、わたしは思い出したように携帯をチェックする。
そう言えば、昨日は何の連絡もせずに自宅に帰らなかった。確か龍ヶ崎十八から、相談したいことがあると言われていた気がする。すっかり忘れて、完全に無視してしまっていた。
心配させてしまっているだろう――もしかしたら、大量にメッセージや留守電が来ているかも知れないと、心苦しい思いで携帯を見る。すると案の定、昨日の十八時以降、二十三時までの間、一時間置きに留守電が入っていた。
SNSメッセージも十数件溜まっており、どれもこれも心配する内容のメッセージだった。
「…………返信だけ、しておきますか」
少しだけ嬉しい気持ちになりつつも、緩む口元を引き締めるように小さく深呼吸した。
『十八くん、ごめんなさい。昨日は優華さんに誘われて、一緒に朝までカラオケをしていました。今日はちゃんと戻ります』
ちょうど意識を失っている為我井優華を理由にして、わたしはそんなメールを返しておく。とりあえず返信しておけば、これ以上心配されることはないだろう。
さて、と携帯を仕舞ってから、教科書を取り出した。さも自習している風に机に向かうと、意識を教科書ではなく自らの身体に集中させた。
目は開けたまま、どこにも目の焦点を合わせずに、昨晩覚えたばかりの魔力回路を意識した。
柊南天に教えてもらった感覚を思い出しながら、魔力回路から魔力が分泌するのを自覚する。すると不思議なことに、身体を断続的に襲っていた激痛が少しだけ和らいだ。
「――日直、挨拶を」
そうこうしているうちに、あっという間に時間は過ぎて、気付けば教壇に担任が立っていた。遅刻者も欠席者もなく、既に全員が自席に座っていた。
起立、礼、と毎度の挨拶が交わされてから、羽目を外して夜遅くまで遊ぶのは絶対に止めるように、と強く釘を刺されて、朝礼は終わりを告げる。
担任はそのままサッサと出て行き、見計らって一限目の教師が入ってきた。
今日の一限目は数学Bであるが、担当は、誰よりもやる気のない教師として有名であり、実際、入って来るが否や、黒板に『自習』とだけ書いて、椅子に座って眠り始めた。
普段からやる気がない教師だが、期末テスト後はいっそうやる気を見せない。
しかしこれは幸いである。自習ならばこそ、自己研鑽に費やすのが正解だろう。
わたしは自習時間を目いっぱい活用して、己の魔力回路を把握することに努めた。魔力の流れを自覚すればするほど、身体に馴染んでいくのを感じる。応じて、身体の痛みが薄らいでもいく。
さて、そんなこんなと気付けば、当然ながら何も起きることなく半日が過ぎて、自由な時間、つまりは放課後になった。
放課後になると、昨日同様に、同級生全員が蜘蛛の子を散らすようにすぐ帰宅していく。
わたしもそれに倣って帰ろうとして、朝からずっと、死んだように眠り続けている為我井優華に気付いてしまった。
為我井優華は起きる気配もなく、静かに寝息を立てながら眠り続けている。放置しても良いが、少しだけ心苦しい。
「……優華さん、優華さん。もう放課後ですよ?」
しかしながら、為我井優華にいくら声を掛けても、朝とは違って目覚めなかった。
何度かパチパチと頬を叩いたが、それでも起きないので、わたしは仕方なしと、姉である為我井淑可に携帯で連絡して、放置することに決める。
申し訳ないが今日もまた、わたしには用事がある。為我井優華に付き合えない以上、サッサと帰宅すべきだろう。
わたしは為我井淑可がやってくる前に、逃げるようにして学校を後にした。
そして、一旦、自宅に戻ってから、着替え等を用意して『モダン柊』に向かおうと考える。
「十八くんに、帰ると伝えていますしね――けれど、どうして返信がないのでしょう?」
帰りのバスに揺られながら、わたしは携帯を眺めて首を傾げる。
龍ヶ崎十八に何度かメールしたのだが、どうしてか朝から何の返信もされなかった。授業中でメールに気付かないのかとも考えたが、それにしても反応がなさ過ぎる。
昨日の無断外泊で、怒らせてしまったのかな――などと、龍ヶ崎十八の無反応にやきもきしているのを自覚して、わたしはクスっと自嘲した。
普段はこの無反応こそ、わたしが為我井優華にしていることではないか。
「……なるほど。少しだけ反省ですね……こういう気持ちになるのですね、優華さんは――――ただいま帰りました」
バスを降りてから帰路につき、一日ぶりの自宅に戻ってきた。
玄関の鍵を開けて中に入ると、当然ながら、静まり返った沈黙がわたしに応える。
気配を探るが、自宅には誰もいない。玄関には靴もないので、龍ヶ崎十八はここには居ないようだ。
リビングは綺麗に片付いており、冷蔵庫を覗くと、昨晩の夕食の残り物と思われる食事が、ラッピングされて入っていた。
昨日は一日中、ここで待っていてくれたのは事実のようだ。だというのに、いまはもぬけの殻――朝方に出て行ったとしか思えない。
わたしは自室に戻るついでに、家の中をくまなく見て回った。
しかし当然ながら、どこかに隠れている様子はなかったし、何らかの書置きもなかった。
これはいよいよ、わたしの行動に怒ってしまった説が有力になってきた。
(……まぁ、仕方ありません。相談とやらが気にはなりますが、またの機会にしましょう)
わたしは手早く私服に着替えてから、念の為、着替えを数着まとめて鞄に入れた。
モダン柊の周辺地図を思い返すが、あの辺りには残念ながら、わたしが好むアパレルショップは存在しなかった。となれば、着替えが絶対に必要になる。
今後もモダン柊に赴く用事は発生するだろうし、着替える状況は起きえる。その時に、病院着で過ごすのは嫌だった。
「さて、向かう前に食事を戴きましょう」
わたしは出掛ける準備を済ませてから、龍ヶ崎十八の作り置いてくれた食事を温めて、それを昼食にした。その味は家庭的で優しく、時間が経っていても充分に美味しかった。
まさに強敵である。わたしは女子力の点では、逆立ちしても龍ヶ崎十八に勝てる気がしない。
そんな敗北感を味わいつつ、メールで感謝の言葉を伝えて、改めて昨日のことを謝罪する。
「――――反応、ありませんね」
わたしは不審な顔を浮かべて、独り言ちた。一応電話までしてみたが、留守電になってしまった。
龍ヶ崎十八が怒っているにしても、ここまで徹底されると逆に不安だ。まさか龍ヶ崎十八の身に何か起きて、携帯を見れない状況なのではないか、と怖くなる。
とはいえど、連絡手段が携帯しかないので、わたしにはこれ以上どうしようもない。
(……ここまで音信不通であれば、護国鎮守府絡みでしょう……)
昼食を摂って、食器を洗って、リビングで一時間ほど寛いでから、わたしは龍ヶ崎十八からの返信を諦めて、気持ちを切り替えた。
ここまで連絡が繋がらないのは、護国鎮守府絡みしか考えられなかった。それであれば、心配しても仕方がない。
さて、とわたしは立ち上がり、簡単な書置きを残してからモダン柊に向かった。
モダン柊の並ぶシャッター通りは、相変わらずひと気がなかった。
わたしは迷わず一直線にモダン柊まで向かい、暖簾が外されて準備中であるのを無視して、入口の扉を開いた。鍵は掛かっていなかった。
「らっしゃせ~! 何名様っスか~? ご予約の方っスか? でも、さーせん。いまはまだ準備中――と、綾女嬢じゃないっスか。どうぞどうぞ」
昨日同様に、店内に入ってからレジカウンター前で立ち止まっていると、調理場付近からそんな声と共に柊南天が現れる。
その姿は割烹着姿で、反応もどこか見覚えのある反応だった。
わたしは目を細めて、覚えたての魔力視を使ってみた。目に集中することに慣れていない為、まるで睨んでいるみたいな表情になってしまう。
「……なるほど。出迎えは、やはり幻影なのですね?」
「おや、おやや!? まさか、昨日の今日で、もう魔力視が行使できるまで馴染んだんスか!? 天才過ぎじゃないっスか?」
魔力の糸で作られた人形が、大仰なリアクションで両手を上げていた。
わたしはその幻影を射貫くようにジッと見ながら、通路の奥、下駄箱のところで寄り掛かって立っている柊南天を看破した。認識阻害も使用していたようだ。
「練習、しましたからね。この程度は、コツを掴めば造作もありません。だいたい、わたしにはこれくらいは普通です。天才と褒められても実感はありませんし、自惚れるつもりはありませんよ?」
「うへぇ……そんなストイックさも、蒼森氏とクリソツっスわ」
柊南天はパチンと指を鳴らした。
途端、魔力の糸で作られていた人形が溶けるように消えて、認識阻害の魔術も消える。すると、本体である白衣姿の柊南天が現れた。
柊南天は、無抵抗をアピールしながら近寄ってくる。わたしは肩を竦めてから、レジカウンターに今朝拝借した現金を置いた。
「――おおぉぅ!? やっぱ、現金泥棒の犯人は、綾女嬢だったスか!」
「一時的にお借りしただけです。けれど、感謝します。おかげで助かりました」
「んん……ま、いいスよ。ってか、そんな程度のはした金なら、どうぞ持っててくださいっス。経費で落としますんで」
柊南天はレジの現金をチラ見してから、無防備にわたしの脇を通り過ぎて、引き戸の鍵を閉めた。シャッターまでは下ろさないが、鍵が閉まっていれば誰も入ってこないだろう。
「そんじゃ、ちょっと隠し部屋行きましょうっス。綾女嬢の予後を確認しながら、どんなご質問にもお答えしまスよ」
「ええ、そうですね」
わたしは誘われるがまま、調理場を通り、厨房の奥、病室みたいな隠し部屋にふたたび戻ってきた。
「――んで、綾女嬢は、今日は何が訊きたいんスか?」
ベッドに腰を下ろしてから、指示されるがまま上半身裸になる。そんなわたしの脇腹を触診しながら、柊南天は首を傾げた。
わたしは、ええ、とゆっくり頷いて口を開く。
「色々と知りたいことはありますけれど、とりあえず柊さんはお幾つですか? 今までに聞いた話を統合すると、師父とはだいぶ長く相棒でいらしたようですが……」
「……いやぁ、まさか年齢聞かれるとは思わなかったスね。面食らったス」
前髪を掻き上げて、ビックリした表情をわたしに見せる。そしてニヤリと笑いながら、どう思います、と質問で返してきた。
わたしは質問に質問で返されるのが気に喰わず、不愉快そうに眉根を寄せた。
「五十には見えないですので、四十五、とかでしょうか?」
「おぉおい! ヒデェっスね!? そこまで老けて見えるんスか!?」
「――さあ? いまの時代、若作りしている女性は多くいますからね」
「今年三十八歳、っス。だから、今は三十七っス――蒼森氏とは、うちが、二十四歳の時に相棒にしてもらったんで、実質、十三年ほど一緒に活動してたス。実はうち、五代目の先代の一人娘でして……産まれた時からずっと、人修羅の相棒になる為に勉強してきてたっス。だから、うちが医師免許を取得した瞬間、実父は自ら命を絶って、うちと世代交代したっス」
苦笑しながら語る柊南天に、へぇ、とおざなりな返事をしつつ、わたしは踏み込んだことを訊ねる。
「初めてお話した際、わたしのことをよくご存じでしたね? 暁の鳳雛と、随分古めかしい呼び名を口走っておられましたが……どこまでご存じなのでしょうか?」
この回答如何によっては、師父と相棒だったというのが嘘と断じることが出来る。
わたしは思考を柊南天に読み取られないよう集中して、魔力を纏って精神防御した。完璧には防御出来ないかも知れないが、表層を読み取るだけなら、正解は口に出来ないだろう。
この状況で、柊南天が正解を口に出来れば、本当の意味で相棒だったことを信じてやろう。
柊南天はそんなわたしの意図を汲み取ったようで、フッ、と苦笑しながら口を開いた。
「ふむふむ、なるほど、なるほど、分かります、分かります。そりゃ、そうでスよね。だって、蒼森氏のやったことは、依頼内容を逸脱した独断専行だったスからね。えと、綾女嬢が納得しない言い回しをするなら、全部知ってる、っス。んで、綾女嬢が納得する言い回し、正解を口にするなら――黒龍幇所属の暗器魔神希愛嬢との契約内容、『戦闘面の教育係を引き継ぐ』『このことを口外しない』ってことを、知ってるっス。そもそも蒼森氏の孫として、綾女嬢の戸籍を操作したのはうちっス」
「…………」
「どスか? これで信じてくれたスか?」
わたしは諦観の溜息を漏らしてから、柊南天の質問には答えず、次の質問を口にする。
「異端管理局、とは、どういった組織なのでしょうか?」
「おぉぅ!? マジ、華麗なスルーっスね。けど、信じてもらえたようで何よりス――えと、異端管理局とは、裏社会においての倫理機関みたいな理外の存在っスね。全世界に支部があって、危険な存在を認定したり、世界を滅ぼしかねない輩を討伐させたり、と。イメージ的には、裏社会の世界政府って感じスかねぇ? ちな、うちは、異端管理局の日本支部、円卓第七席っス」
「……円卓第七席、とは?」
「支部を運営する経営者層の十名っス。一般企業で言うところの、取締役ってとこスね。支部の管理運営経営に携わる役職を、異端管理局じゃ【円卓】って呼んでるんス。つまりうち、異端管理局の経営層ってわけス。あ、ところで、円卓に選ばれる基準って、個体の強さじゃなくて、異端管理局への貢献度によって決まるっス。まぁ、第一席だけは、貢献度に関わらず魔女が選定されるんスけどね。ちな、日本支部の第一席は、【最弱の魔女】且つ【最強を冠する魔女】――天桐・リース・ヘブンロードっス。ロシア系フランス人と日本人のハーフで、現在は私立天桐大附属高等学校の理事長も兼任してるっス」
「――天、桐!?」
わたしは忘れもしないその名前を聴いて、柊南天に殺意をぶつけた。途端、柊南天の全身がビクリと震えて、ヒッ、と短い悲鳴が上がる。
「な、なんスか!? いきなりそんな凶悪な殺気、放つの止めてくださいっスよぉ――――あ、もしかして、直接、綾女嬢に逢いに行ったりしたんスか? ヘブンロード嬢、アレで割と行動力あるっスからね」
「この名刺の女性で、間違いないでしょうか?」
昨日、学校の正門で逢った際にもらった名刺を柊南天に見せた。その名刺を眺めてから、納得した様子で強く頷かれた。
「ヘブンロード嬢、逢いに行ったんスね。じゃあ、なんか喧嘩売られたとかスか?」
「喧嘩……ええ、そうですね。だいぶ馬鹿にされました。だから、必ず殺すと決めています」
わたしの力強い言葉に柊南天は苦笑した。いやいやいや、と首を横に振る。
「殺す、って――そりゃ無茶スよ? 一応、ヘブンロード嬢って【最強を冠する魔女】スよ? 魔術合戦ならまだしも、綾女嬢みたいな武闘派じゃ、勝ち目薄すぎっス」
「……先ほど【最弱の魔女】とも仰ってましたが、どういう意味ですか?」
最弱と最強。あまりにも真逆の矛盾する二つ名を持つ天桐・リース・ヘブンロードの通称に対して、わたしは怪訝な顔で首を傾げた。
柊南天は苦笑しながら、はいはいはい、と口を開く。
「綾女嬢は、強さの定義を、腕っぷしでしか見てないようスけど、それはうちら、理外の常識じゃないっス。理外の常識として、これ、覚えといた方がいいスよ? 理外の存在じゃ、強さの定義はズバリ――行使できる魔術、魔法具の威力や対象範囲、効果規模の大小で決まるっス」
「……それで?」
「ここで言う【最弱の魔女】ってのは、ヘブンロード嬢本人が、ほとんど魔術を行使できないからス。魔女なのに、魔力視と身体強化が限度で、攻撃系の魔術は一切使えないっス。しかも、顕現させた魔法具に至っては、ほとんど役に立たない魔法具スから――」
手際よくインスタントコーヒーを自分の分だけ用意して、柊南天は勝手にコーヒーブレイクしている。
「――その理論で言えば、【最強の魔女】とは?」
最強の攻撃力を誇る魔法具は、護国鎮守府の頂点『虎尾秋姫』が持っていると聞いた覚えがある。柊南天の理論が正しいのであれば、最強の魔女は『虎尾秋姫』だろう。
けれどどうせ、そんな言葉は、ただの誇張に過ぎないと半ば決め付けていた。
だからきっと、別の知らない名前が出ると思っていたが、柊南天の口から出た言葉はそれを裏切る。
「決まってるっス。ご存じの通り、護国鎮守府所属、鎮守格十二家の一つ、虎尾家の長女で、二代目【太陽の魔女】――虎尾秋姫スよ。あ、つっても、いまはまだ最強の魔女ってほどには至ってないスけど」
「――へぇ?」
「んー、ま、ピンと来ないっスよね? 秋姫嬢に逢ったことありまス?」
柊南天の質問に、わたしは曖昧に頷いた。思いのほか近い場所に、最強は潜んでいるらしい。
「秋姫嬢って、実は魔女として見ると脅威スけど、人間として見ると欠陥なんスよねぇ。だって、魔法具の力で生かされてるって状況スからね。そーそー、ちな、サラちゃんって、初代【太陽の魔女】である虎尾春彦の魔女の騎士っス」
「ん? なる、ほど――――申し訳ありません。一つ質問宜しいですか?」
わたしは慌てて挙手した。何スカ、と柊南天が問い返す。
「虎尾、春彦という方は、何者なのでしょうか? 虎尾秋姫さんと同じ苗字ということは、ご家族か何か、でしょうか? とすると、巫道サラさんは、護国鎮守府と関係があるのでしょうか?」
「結論だけ言うと、春彦殿もサラちゃんも、護国鎮守府とは無関係っス。んで、家族ってのは正解っス。春彦殿は秋姫嬢と十三歳ほど年の離れた腹違いの兄っス。同時に、サラちゃんの婚約者だった青年ス」
「――だった……過去系、ですか?」
「そスよ。春彦殿はとっくに死んだっス――サラちゃんは昔、その春彦殿の魔女の騎士だったス。んで、春彦殿が死んだ後は、表舞台から身を退いて一般人に紛れて生活してるス」
そこまでの説明を聞いて、わたしはそんな人間関係など興味ないとばかりに質問を変える。
「腹違いとはいえ、魔女だった兄の業を引き継いだのに、虎尾秋姫さんは、巫道サラさんと無関係なのでしょうか? 友人とか、協力関係とか……」
「ないっス、ないっス。それこそ、お互い絶対に関わらないようにしてるはずスよ。それが春彦殿の遺言だったはずスから」
「…………複雑、ということですか?」
「いやぁ、別に複雑じゃないスけど――綾女嬢、この話、興味ないスよね?」
柊南天は続きを話したそうに声を弾ませていたが、わたしの態度に気付いて自重したようだ。
わたしは、聞きたくないわけではないですが、と言葉を濁しながらも、ええ、とハッキリ頷いた。最初に脱線したのはわたしだったので、少しだけ申し訳ない気持ちはあった。柊南天が察してくれて、とても有難い。
「――天桐・リース・ヘブンロードさんですが、最強を冠する魔女、と言うのはどういう意味でしょうか?」
「それ、まんまっスよ。魔女としての強さは最弱スけど、綾女嬢の思い描く最強――ヘブンロード嬢は、その武芸、武術の点において、最強って言われてるス」
「へぇ――それは、それは」
「あ、愉しそうスけど、駄目っスよ。これフリじゃなくて、マジっスから。ちなみに、魔女は人間扱いされないスから、ヘブンロード嬢は【最強を冠する魔女】って呼ばれるんス」
そこまで聞いて、わたしは正門で遭遇した天桐・リース・ヘブンロードの立ち居振る舞いを脳内で思い返す。確かに、その雰囲気と佇まいは、明らかに格上の強者然とした貫禄があった。
必ず殺す、という決意がいっそう強く心に刻まれる。
「……さらに補足すると、綾女嬢が最も好む戦闘スタイルしてるっス。真正面から正々堂々、馬鹿正直にサシで闘うタイプの最強武人ス」
そこまでわたしに話す時点で、フリにしか聞こえないではないか――
ニヤリとこみ上げる笑みを隠さず、わたしはいっそう愉しそうに口元を歪めていた。




