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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第四章/異端管理局と神言桜花宗と人修羅

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第二夜/後編

 ふと気付けば、右脇腹の辺りがズキズキと鋭い痛みを訴えており、両腕の皮膚がジンジンと熱を持っていた。

 それを自覚してから瞼を開けると、目の前には清潔な白い天井が見えている。

 スッと視線をずらすと、壁に掛かった時計が見えた。

 時刻はそろそろ二十時半になる。麻酔を打たれて意識を失ってから、およそ三時間強か。

 身体を見下ろすと、いつの間にか病院着に着替えさせられている。

 ベッドの足元には、丁寧に畳まれた制服がある。


「……思ったより、身体の調子が良いのは、どういうことでしょうか?」


 わたしはスッと目を細めてから、部屋の隅、カーテンの後ろに隠れている柊南天の気配に声を掛ける。すると、ビクリと気配が反応したのが分かった。

 顔を向けると、隠れている気配は驚いた様子で、カーテンを払って現れた。

 果たしてそれは、予想通り柊南天である。

 柊南天は、だぼった白衣姿をしており、いまは前髪を下ろしていた。顔は見えないが、その全身から漂う気怠い空気と、憔悴している様子は窺える。


「よくもまぁ、寝起きでそこまで頭冴えてまスねぇ……しかも、いきなりうちの精神支配を外すとは……強靭を通り越して、狂人の精神力っス」

「……わたしの質問に、答えてはくれないのでしょうか?」


 柊南天はわたしの右側、点滴のすぐ脇のパイプ椅子に座った。それを横目に、何事もなかったように上半身を起こした。

 ズキン、と強く脇腹が痛んだが、この痛みは腹部を縫った時に感じる痛みだ。幾度も味わったことのある慣れた激痛である。

 平然と起き上がったわたしを見て、柊南天があわあわと慌てている。すかさず背中に手を回すあたりは、馴染みの闇医者と同じ行動だった。


「――ちょ、ちょ、ちょっと、綾女嬢!? 痛覚がないんスか!? 確かに、うちの手術は大成功で完璧っスけど、綾女嬢が重態であることに変わりないんスよ!?」

「ええ、そうでしょうね。けれど重態のわりには、だいぶ身体が軽く感じます。特に身体の内側……内臓に溜まっていた疲労や鈍痛がなくなっていて、とても快い感覚です」

「いやいやいやいや、ちょ、馬鹿スか!? 縫合したばかりだから、無理に動けば、傷開くっスよ!? 脇腹に血が滲んでるじゃないっスか!?」


 柊南天は慌てた様子で、わたしの脇腹に清潔な布を押し当てた。同時に、血が滲んだ包帯を素早く取り外して、新しい包帯に取り換える。

 肌色のテープや、消毒も一連の流れで行っており、それらは全て、チクりとも痛みを感じない手際だった。

 素早く丁寧で優しいこの手際を見ただけでも、わたしの馴染みの闇医者より圧倒的に腕が良いことがわかった。


「……柊さんは、師父の主治医だったのでしょうか?」


 ふと、わたしは首を傾げながら問い掛けた。

 よくよく思い返すと、師父はわたしに主治医を紹介してくれたことがなかった。どんな重傷でも治してくれる腕の良い医者が居る、と自慢だけされた覚えがあり、それがどこの誰かは、一切教えてくれなかった。


「そりゃ、当然っスよ? だって、うち、人修羅の相棒――って、そか、そか。事情なんざ、知らんスもんね、綾女嬢は……」


 わたしの脇腹の包帯を巻き直しながら、柊南天は何やら独りで納得して自己完結する。

 自己完結するなら口に出すな、と多少苛立ちが募ったが、ふぅ、と溜息一つで呑み込んで、どういうことですか、と聞き返した。


「人修羅の相棒って、歴代全員、医療技術保持者っス。というか、相棒になる条件ってのが、西洋東洋問わず、外科内科領域のあらゆる治療が出来る技術を持つ人間っス。うち、漢方とか鍼灸なんかの東洋医学は専門外っスけど、西洋医学全般には通じてるっス。ちな、どんな医薬品も入手できる裏ルート確保してるっスよ? 必要とあらば、緊急避妊薬から筋弛緩剤、毒薬まで、御用命に応じて何でも取り寄せまスよ?」

「……なるほど。それはとても有難いですね」

「あ、ついでに教えると、うち、テレパシストってこともあって、精神領域の治療も可能っスよ。そこらへんの精神科医より有能っスから、なんか困りごとあったら、是非是非ス」


 柊南天はニヤリと口元を吊り上げながら、包帯の上に掌を当てた。

 お日様のような温かさが身体に染み入り、どことなく痛みが引いた気がする。


「精神領域も、と言うと……もしかして、痛覚なども和らげることが出来るのでしょうか?」

「察しが良いのは、聡明な証拠っスね。そスよ、そスよ。いま実演したみたいに、心理ケアすることで痛覚を忘れさせてるっス――ま、言うても、それで無茶しちゃあかんっスけどね。実はこの能力、医療面だとかなり有用なんスよ。投薬なしで、不要なディフェンスを防げるんスから、自然治癒の速度も上がるって寸法ス」

「――ありがとうございます。柊さんの有用性が理解出来ましたし、ある程度、信用に足る存在だということも理解いたしました。相棒として認めるのは吝かではありません」

「……素直に認めないとこなんざ、蒼森氏にソックリっスね。ま、けど、うちは大人なんで――素直に感謝するっス。あざス!! 今後とも、末永く宜しくス!!」


 わたしの嫌味たっぷりの捻くれた言い回しに、しかし柊南天は爽やかな口調でもって頭を下げた。

 椅子に座ったまま、首を差し出すような姿勢で頭を下げる様は、まさに隙だらけだ。だがこれは油断でも罠でもなく、わたしを全面的に信頼しているが故の行為だろう。

 わたしは試しに、一瞬だけ強烈な殺意を向けた。柊南天は、ビクリ、と身体を震わせるが、蛇に睨まれた蛙のように、身動きせずに硬直した。


「…………綾女嬢って、マジで、人が悪いっスわ」

「それは失礼いたしました――けれど、柊さんも相当に人が悪いのでは?」

「心外っスよぉ――これは、用心って言うっス」


 わたしは、頭を下げた柊南天を睨み付けながら、傍らの点滴を注視した。点滴の液体には、向かい側に映る柊南天が見えていた。

 その姿を視認してから、改めて視線を椅子に座っている柊南天に向けた。

 柊南天は間違いなく椅子に座っており、頭を下げて首を差し出している。けれど恐らく、これは幻影だろう。


「いくつか、質問しても宜しいでしょうか?」

「勿論スよ。ってか、拒否権ないっスよね? あ、別に、拒否すること何もないっスけども――」

「――柊さんは、魔術や魔法を使えるのでしょうか?」


 おどけた表情をする椅子の柊南天を無視して、わたしは冷たい声で点滴の向こう側に問い掛けた。すると、椅子の柊南天は苦笑を浮かべて、次の瞬間、その姿を煙のように掻き消す。


「魔法は無理っスけど、二つの魔術を修得してるスよ。一つがこの『幻影』って魔術スね。頭の中で思い描いた虚像を空間に投影して、あたかもそこに居るかのように再生する魔術っス。イメージ的には、物凄い精緻なプロジェクションマッピングって感じスね――んで、もう一つがこれっス。『認識阻害』って魔術スね」


 わたしは柊南天の言葉を耳にしながら、スッと視線を横に向ける。

 途端、視線の先に、スーッと浮かび上がるようにして、白衣のポケットに手を突っ込んで立つ柊南天が現れた。

 わたしの手当てをした直後からずっと、そこに立っていたのだろうが、今の今まで気配も感じ取れず、意識さえ出来ていなかった。

 なるほど、これが認識阻害か――と、わたしは静かに納得して、非難がましい視線を向ける。


「認識阻害は、とても強い魔術ですね。解除されるまで、本当に分かりませんでしたよ?」

「嘘スよ、それ。気付いてたじゃないスか――ってか、言うて、認識阻害はあんま乱発出来ないスよ。だって()()スよ。つまり、妨げるだけで、一度意識しちゃえば、もう効かないっスもん。しかも効果が出てても、結局、実体が消えるわけじゃないっスから、音もなくならないし、鏡とか水とか物体の表面とかに映っちゃうス。だから綾女嬢も、点滴に映ってたうちを発見したんじゃないスか」

「よくお気付きで――けれど、そんな些細なところ、誰も気にしないでしょう? 気付けなければ、かなりの脅威でしょう?」


 点滴を指で突く柊南天に流し目を送りながらも、小首を傾げて見せる。サラリと前髪が顔に掛かる。


「ま、そスけど。言うて、魔力視出来ちゃえば、幻影も認識阻害も、一発で看破出来るスよ? だってどっちも魔術スから、人とは明らかに違う魔力反応スからねぇ。ああ、そスね、そスね。忘れてたスわ。綾女嬢に、ご褒美を授けないと、いけないスね」

「……ご褒美?」

「そスよ、そスよ」


 唐突にそんなことを言って、柊南天は両手を上げて無抵抗をアピールしたまま、上半身を起こしたわたしの背中側に回り込む。

 別に背後を振り向かずとも、気配で何をしているか分かるので問題ないが、何やら怪しい動きをしてから掌を背中に当ててきた。


「ちょっと精神介入するスけど、気にせんで欲しいス。気持ち悪いかもスけど、受け入れてください」

「――――ッ!?」

「あ、心配しないでいいスよ。いま、うちが直接、綾女嬢の魔力回路を覚醒させるっスから――」


 わたしの背中に触れている柊南天の掌から、凄まじい勢いで得体の知れない何かが入り込んできた。

 その何かは生き物のように全身を駆け巡って、つま先から指先、身体の外側から内側と暴れ回り、果ては心臓と脳に到達すると、大きくドクンと鼓動を打った。燃えるように熱いのに、極寒に晒されたかのように全身が震えた。

 わたしは思わず胸を押さえて蹲った。痛みはないが、すこぶる気持ちが悪い。平衡感覚が狂い始めて、三半規管が壊れたように騒ぎ出す。頭をガンガン振り回されていると錯覚するほど、視界がひっきりなしに揺れている。


「――魔力って、魔力回路(パス)と呼ばれる器官……視えない血管のようなもんスけど……その器官から分泌される不思議な力のことなんスよ。んでもって、この魔力回路って、誰もが必ず体内に保有していて、けれど一生使わずに、眠らせてる不要器官なんスよ。でも、魔術を使う為には、この魔力が欠かせない燃料なんス。だから魔術師は、この魔力回路を覚醒させるとこから始めるんスよ。体内の魔力回路を自覚して、自らの意思で自在に魔力を分泌出来るようになって、ようやく魔術が使えるようになるっス」

「…………」


 そんな解説をする柊南天を、わたしは恨みがましく睨み付ける。

 さっきから断続的に吐き気がしており、ぐわんぐわんと視界が揺れている。酷い眩暈と頭痛が始まっており、身体の内側がやたらと熱くなっていた。まるでインフルエンザにでも罹ったようだ。かなり重症になった風邪の症状にも似ている。


「あ、安心してくださいっス。その症状、あと五分もすれば落ち着くっス。落ち着いたら、劇的に身体が楽になるはずっス」


 柊南天は軽く言って、そっとわたしから離れていく。そのまま部屋の隅にある執務机の椅子に座ると、机の上にあった珈琲缶を飲んでいた。


「いま、綾女嬢の内側で何が起きてるか、詳しく説明するス。あ、ついでに、知っとくといい豆知識も語らせてもらうスよ――綾女嬢がいま苦しんでるのは、魔力を使えるようにする為の特殊な施術、魔力回路の覚醒を施したからス。んで、この魔力回路の覚醒スけど、施術方法が実は幾つかあるっス。その一つが最もオーソドックスな植付式(ウエツケシキ)って呼ばれる方法で、別の言い方をすると『魔術の加護』ってヤツっスね。魔術師、もしくは魔女が手ずから魔力回路を作成して、それを対象の身体の中に植え付ける施術方法スよ。この方法だと、もう動いてる魔力回路を植え付けるんで、簡単に魔力を生成、利用出来るようになって、才能に関係なく努力だけで魔術が使えるようになるス。ただし、用意した魔力回路が適合しないと魔力の利用が出来ない場合があるんで、対象に植え付ける際には、細かい調整が必要なんスよ。だから割と施術師の腕がモノを言う方法っス」

「……魔術の、加護……」

「そスよ、そスよ。ちな、魔力回路って適合するしない関わらず、一人分を用意するのに、だいぶ手間と時間が掛かるっス。しかも植え付ける際には、対象の身体に超負荷が掛かるんで、一般的には万全な体調じゃないと、植え付けるのは危険って言われてるっス。だからもし、綾女嬢に植付式を施術しようと思ったら、当分先のことになるっスね、きっと」


 断続的に襲い掛かる眩暈と吐き気に堪えながら、わたしは柊南天のその難解な説明に頷いた。

 なるほど、これで一つ納得出来た。だから、龍ヶ崎十八たちは、わたしに魔術の加護を施さないのだろう。あれほど催促しても、まだ早いと先延ばしにされてきた理由が分かり、とりあえず安堵する。

 柊南天はわたしのそんな心境などお構いなく説明を続ける。


「そんでもって、もう一つが譲渡式(ジョウトシキ)ス。これも割とポピュラーっスねぇ。って、言うてもこれ、施術出来るの魔女だけスから、簡単な方法じゃないっスけど――これが別名『理外の祝福(ブレス)』ってヤツっスね。植付式と似てるスけど、だいぶ効果が違うっス。これは適合するしない関係なく、魔女の持つ魔力回路のコピーを譲渡することス。つまり魔女と同格の魔力回路を手に入れることが出来るスよ。だからこそ、魔女しか施術出来ないんスけど……ちな、この強力な魔力回路を持つことで、魔女と感覚共有も出来て、魔女の力が使い放題になるっス。ま、魔女の力が使えても、魔女と同レベルの魔術までは無理スけどねぇ。だって才能が違い過ぎるんで――そもそも、魔女と同格の魔術が使えるなら、後継の魔女に成れるっス」

「……へぇ? それが、ブレス……つまり、魔女の騎士(ウィッチナイト)、ですか?」

「おぉ、そスよ、そスよ。よくご存じで。ご推察の通り、譲渡式で魔力回路を手に入れた人間のことを、一般的に『魔女の騎士』って呼ぶんスよ。んで、もう一つの施術方法が覚醒式(カクセイシキ)ス。って言うて、この覚醒式は説明しても意味ないスけどね」


 柊南天はわたしの顔をじっと見つめてくる。様子を窺っているようだ。

 わたしは先ほどよりだいぶ落ち着いてきた眩暈と吐き気を感じながら、それでもまだ少し調子が悪いと首を振って伝える。

 その様子を見た柊南天は、うんうん、と頷きながら話を続けた。


「この覚醒式は、説明を割愛するっス――さて、そんで最後、綾女嬢に施したのが、喚起式(カンキシキ)って呼ばれてる施術っス。これは、体内の魔力回路を刺激させて、魔力を強制的に分泌させる施術っスね。これは、植付式や譲渡式と違って、対象が生来持ってる自らの魔力回路を覚醒させるんで個人差が出るっス。つまり当たり外れが大きいってことスね。才能があれば、勿論、凄まじい魔力回路を自覚出来まスけども、才能がなければ雑魚にしかならないっス――ま、賭けではあるスけど、それを上回る最大のメリットとして、鍛えればその分強くなれるってのが魅力スね。ちな、この施術は、一般的には不可能な施術っスよ。何故なら、魔力回路を喚起させるには、内部から刺激するしかないんスもん。綾女嬢の内側から、自覚してない魔力回路を刺激する芸当なんて、うちみたいな精神感応能力じゃないと無理ス。もしくは、超強力な催眠術師とかスかね?」

「…………つまり?」

「お? だいぶ落ち着いた様子っスね。はいはい、つまりは、綾女嬢みたいな狂った人種――人修羅にとっては、最良の施術だと思うっス」


 冗長な説明を終えて、柊南天は立ち上がった。

 それが合図ではないが、わたしを襲っていた吐き気や頭痛はもうだいぶ収まっており、全身のいたるところがポカポカと温かくなっている。

 何かが内から溢れ出る感覚――サウナで汗が自然と噴き出てくる感覚にも似ていた。


「やっぱ、才能あるスね。鍛えずとも、脅威度A級ってとこスか? ちょっと視覚も共有するっスよ?」


 柊南天がそう呟くと、強制的にわたしの視界が奪われた。そして、視界に映り込んできたのは、何やら歪んだ景色である。だが不思議と、その歪みに対して不快感はない。

 キョロキョロと室内を見渡すと、焦点がズレたように景色がぼやけていた。


「これは、こうやって視るんスよ」

「――――へぇ」


 柊南天の言葉と同時に、ズレた景色が実像を結び、ハッキリと細部まで見えるようになった。それは緑色の淡い光で縁取られており、息をするように点滅していた。

 わたしは柊南天に視線を向ける。すると、柊南天の身体にも淡い緑色の光が見えており、そこから薄い糸が伸びて、傍らの椅子に巻き付いている。

 巻き付いた糸は、わたしが視た瞬間に人形を成して、柊南天の姿に変わった。


「今の視界が、魔力視っス。訓練すれば、四六時中この視界を維持出来るっス。そうすると、魔力を自覚してる人間を区別出来るっス。ま、言うても、ある程度熟達した魔術師は、魔力を秘めて外に出さないようにしてまスけどね」

「……この視界は、確かにご褒美ですね」

「いまの感覚を忘れないように――魔力回路を覚醒させて、魔力を分泌させるイメージっス。これを定着させて、魔力を自在に操ることが出来るようになれば、綾女嬢は人修羅として更に強くなれるっス」


 身体の内側から溢れるような活力に、わたしは満足気な笑みを浮かべる。なるほどこれは、確かに素晴らしい万能感である。

 五十嵐葵が自惚れるのも理解できるし、九鬼連理がわたしを侮るのも当然だろう。基礎能力が上がったわけではないものの、骨格と筋肉の限界が数倍引き上がっているのを認識する。


「……この感覚を知ると、師父の偉大さがいっそう理解出来ます。これこそまさに、修羅之位ですね。感覚を掴むのは、それほど難しくはないでしょう」


 わたしは独り言ちてから、椅子に具現化された偽物の柊南天に向き直る。

 それを魔力視すると緑色の糸にしか見えないが、魔力視をせずに見ると柊南天そのものだった。軽く苦笑してから、視線を本物の柊南天へと向けた。


「うぉ――っ!? 綾女嬢、いきなりうちとの感覚共有を防御しないでくれないスか? って、なんか想像以上に、軽々と魔力を操作出来てる!? ええ? ちょ、適性ヤバないですか!?」 

「柊さん、感謝します。これでやっと、師父から教わった術理全てを真の意味で理解出来ました。いかにわたしが不十分な理解で、外道之太刀を振るっていたか……恥ずかしくなりますね」

「……あ、そスか? じゃあ、まぁ、いいや」


 わたしは不貞腐れる柊南天に笑顔を向けて、この感覚を忘れないように、と瞼を閉じて集中する。脳と身体に刻み付けるように、身体の内側で渦巻き脈打つ血潮の如き魔力を意識する。


「ふぅ――」


 わたしは一息吐いて、さて、と気持ちを切り替えた。そろそろ本題に入ろう。

 今日ここにわたしが来た本当の理由は、柊南天しか知らない情報、師父のことも含めて、情報を聞くことこそが目的である。


「――ねぇ、柊さん。ところで、幾つかお伺いしたいことがあるのですけれど、訊いても宜しいでしょうか?」

「んん? ああ、勿論っスよ。それが今日の目的ですもんねぇ――じゃ、こっちも本題に入るっス」


 わたしは胡散臭い笑みを浮かべる本物の柊南天に鋭い視線を向けて、深呼吸してから口を開く。


「師父が死んだ理由。死の真相を教えてください」

「真相、ねぇ? ま、言うて、んな深い話じゃないっスよ? 死んだのは事実で、殺した相手も綾女嬢がご存じの通り『五十嵐葵』こと【風神】ス。それを踏まえたうえで言うスけど、蒼森氏は綾女嬢に人修羅を引き継いだから死んだってことス。うちはあの時、綾女嬢のことを侮ってたんスけど、蒼森氏は信じてたみたいスね。魔力視さえ知らない綾女嬢が、風神に勝てるってことを――」

「その言い方はまるで、わたしのせいで死んだように聞こえますけれど?」

「……気のせいじゃないっスよ。ある意味、綾女嬢のせいっスもん。あ、けど勘違いしないで欲しいっスね。どっちにしろ遅かれ早かれ、綾女嬢に人修羅を継がせようとしてたんで、蒼森氏はどっかで間違いなく死んだっス。それが人修羅の引き継ぎってもんスよ?」


 わたしは柊南天の軽い口調で放たれた発言に、スッと目を細めて殺意を滲ませる。

 つまり師父は、人修羅を引き継ぐことを決めた時にもう死ぬ覚悟をしていたらしい。


「それならば、何故――」


 わたしは沸き上がる苛立ちを抑えきれずに、ギリギリと奥歯を噛みながら、声を出さず呟く。


 ――わたしの手で殺されてくれなかったのか。

 これでは永遠に、師父の幻影を追い続けることになるではないか。


 そんなわたしの気持ちを読んだのか、柊南天はやれやれと肩を竦める。


「ま、今回の引き継ぎは、ちょい特殊でしたからね。ちな、遺言がありまスよ。えと、これ、これっスね――」


 柊南天はガサゴソと執務机を漁って、古ぼけた便箋を取り出すと朗読を始める。


『この文章が読まれているということは、儂が無事に死んで、綾女も無事に危機を乗り越えたということじゃろう。殺し合う敵が五十嵐葵か、それとも別の何者かは、これを書いている時点では定かではないが、誰にしろ、綾女にとっては格上の強者だったはずじゃ。儂が吟味した相手じゃから、ハードルが高いかも知れん。じゃが、よくぞ乗り越えた。誉めておこう。綾女に足りない点は、強者との戦闘経験、生死の境界を行き来するような経験じゃ。格上との極限の戦いの経験が、圧倒的に不足しておる。天才が故じゃろぅ。生まれついての絶対強者である故じゃろぅ。これまでは雑な力押しで、窮地を乗り越えられたのじゃ。しかしながら、本当の強者に必要なのは、あらゆる状況で臨機応変に対応する柔軟性じゃ。それは圧倒的な格上との闘いの中でこそ培われる。そして残念ながら儂は、その機会を綾女に提供できぬ。じゃから今後は、南天のガキに託す。南天のガキはこう見えても腕は確かじゃし、博識じゃ。なんでも教えてくれるじゃろぅ。さて、そろそろ引き継ぎの本題を記そう。まず人修羅の()じゃが、それはもう綾女のモノじゃ。南天のガキと相談して、好きに仕事を受注するがいい。適当に仕事をこなして経験を得て実力を高めよ。けれど、人修羅の()はまだ継がせぬ。儂の業を継ぎたくば、全盛期の儂を倒した『巫道サラ』を圧倒するか、現在の最強、破壊神『金城(カナグスク)菊次郎』を打倒せよ。それを為した時、南天のガキが持つ記憶の欠片を授けよう――三代目人修羅、蒼森玄』


 便箋を読み終えた柊南天は、ニヤリと笑いながら親指大の青い宝石を取り出してかざした。

 その青い宝石が、師父の形見、遺言に書かれていた『記憶の欠片』なのだろう――とはいえ、それをどう使えば、人修羅の業を引き継げるのかは分からない。

 わたしは、遺言を畳んで差し出す柊南天に頭を下げつつ、その便箋を受け取って、今一度目を通した。書かれている内容に相違はなかった。


「これが遺言――念の為確認ですけれど、その青い宝石が『記憶の欠片』とやらでしょうか?」

「そスよ、そスよ。けど、まだ使い方は教えられないっス。それは遺言通り、サラちゃんか、破壊神を倒した後で教えるっス」

「……『サラちゃん』?」


 柊南天の気安い呼び方に引っ掛かり、わたしは怪訝な表情を浮かべた。


「あ、そスよ、そスよ。サラちゃん――巫道サラ、御年二十九歳。九鬼神社の神主の跡取り娘で、五葉女学院で臨時養護教諭をしてて、異端管理局に登録されてる魔術師専門の賞金稼ぎス。五年前までは『太陽の騎士』って呼ばれてた裏社会最強の一角ス。いまはもう引退して、裏社会に顔を出すことないっスけどね」

「……お知り合い、なのでしょうか?」

「いやぁ、情報だけス。だって、人修羅の評判を地に堕とした切っ掛けを作った張本人スからね。サラちゃんのおかげで、だいぶ稼ぎが減ったんスよ? ここまで評判を戻すのに、どれだけ苦労したか……」


 柊南天は苦々しいとばかりに舌打ちをして、携帯で撮ったと思しき巫道サラの顔写真を見せてくる。そこに写っていたのは、わたしが手も足も出ず返り討ちにされた巫道サラで間違いなかった。


「あ、ちな、こっちの厳ついスキンヘッドが『金城菊次郎(キクジロウ)』――通称『破壊神(ハカイシン)』ス。年齢五十一歳で、神言桜花宗の副教主『虚空時貞』の右腕と呼ばれるっス。四年前から裏社会で名前を売り出して、いまや()()の代名詞はコイツっスわ」


 画像を横スクロールすると、鋭い目付きをしたスキンヘッドの男性が写っていた。見覚えはないが、わたしはその顔を脳裏に刻み込む。

 最強の代名詞――大層な称号だが、それを奪い返すのがわたしの目的の一つもである。


「お、っと――」


 ふとその時、ピピピ、と携帯がけたたましいアラームを響かせた。柊南天は慌てた様子で時計を見て、あちゃあ、と額をペチンと叩く。


「――そろそろ時間っスね。今日はこの辺で話は終わりっス。うち、こう見えてもメチャ糞、忙しいんスよ。それに、綾女嬢も平然と起きてまスけど、重態なのは間違いないんスよ。ここらでもう寝た方が良いっス。明日も学校行くつもりなんスよね?」

「……あら? 当分安静にしろ、と言われると覚悟していたのですけれど、行っても宜しいのでしょうか?」

「うん? ああ、勿論っスよ? ってか、どうせ安静にしろ、って言っても無視するっスよね? 蒼森氏も全く同じ気質でしたから、慣れてるっス。だからこそ、今日はもうこれで終わりにするス。とりあえず一晩、ここで療養して欲しいっスけど、朝になったら出て行って構わんっスよ」


 柊南天は言いながら、そそくさを白衣を脱ぎ捨てて外出用のコートに着替えている。夜になってもまだまだ蒸し暑いと言うのに、羽織ったロングコートは冬用だった。


「――じゃ、申し訳ないっスけど、うち、外出するっス。明日は午後に、また戻ってくるスから、学校終わったら、お越しくださって結構っスよ」


 柊南天が部屋から出て行くと、わたし独りが取り残される。

 時刻は二十一時になっている。寝るには少し早いが、起きていても仕方ないし、ここで無理しても傷の治りが悪くなるだけだ。


「焦る必要は、もうありませんしね……」


 わたしは魔力回路から全身を流れる魔力を意識しつつ、火照った身体を落ち着かせるように横になった。思ったよりも緊張していたのか、ベッドに横になるが否や、だるさが全身を駆け巡る。

 瞳を閉じて息を吐いて、張り詰めた精神を解放した。その途端、強烈な睡魔が襲ってきたので、抗わずに眠りについた。

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