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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第三章/七夕祭に誘われて

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第三夜/中編

 しばし玄関口で待っていると、ようやく龍ヶ崎十八がやってきた。どれだけおしゃれな恰好で来るかと思いきや、龍ヶ崎十八は、どうしてか六花高等学校の制服だった。

 わたしはつい、着る服がないのか、と怪訝な顔をしてしまう。すると慌てて、違う違う、と弁明を始めた。言い訳がましいことは、少しだけ残念なマイナス点である。


「昨日の今日で、いま手元にこれしか着る服がないんだよ――それにこれなら、それほど目立たないだろ?」

「別に、弁明して頂かなくても大丈夫ですよ? かくいうわたしも、こんなに無粋な恰好ですし?」

「いやいや、綾女さんは凄く似合ってるよ? 格好良いよ」

「……それは、ありがとうございます」


 龍ヶ崎十八の言葉は素直で、お世辞抜きに褒めているのが分かった。だからか、正面から告げられて、わたしは面映ゆくなる。

 それでは行きましょう、と音頭をとって、使い捨てのビニール傘を開いた。当然、わたしと龍ヶ崎十八は別の傘を用意している。


「行先は、九鬼駅西口ですので、まずはバス停に向かいましょう」


 言いながら、わたしは先だって玄関から外に出て、最寄りのバス停方向へと歩き出す。雨はいま霧雨で、傘はあまり意味がないかも知れない。

 龍ヶ崎十八は先行するわたしの代わりに、家の鍵を閉めてくれていた。


「――それで、綾女さん。知っていることを教えてくれないか?」

「がっつきますね、十八くん。ええ、焦らずともお伝えしますよ」


 九鬼駅までの道のりとしては、バスで行く方法と、徒歩で行く方法がある。

 バスだと、遠回りになるがおよそ十五分程度。徒歩だと、四十分ほど掛かるが、そもそも今日の雨模様で徒歩の選択肢はない。

 わたしたちは、最寄りのバス停に移動して、停留所でバスを待ちながら小声で話した。


「とはいえ――わたしが、九鬼さんたちに伝えていなかったことは、実はあまりありませんよ? 例えば、平成の切り裂きジャックさんを倒した後に現れた女性が、自らを神言桜花宗と名乗り、わたしに仲間にならないか、と勧誘してきたのでお断りした、とか――」

「え、ちょ!? か、勧誘、って――あ、ああ、断ってくれた、のか…………あれ、でも、勧誘って? 綾女さんを、仲間に? どうして?」

「さあ? わたしの力は稀有なもの、とか仰って、仲間にならないかと勧誘してきましたが、断ったので、理由はよく分かりません」

「…………霧崎は、その女性と、仲間だったんだよね?」

「ええ、そう仰っていましたね。ちなみに、平成の切り裂きジャックさんが、わたしを狙うことも存じていたようで、わたしが彼を倒したのは、想定外だったようですよ? だから、勧誘に至ったかも知れませんけれど……」


 やり取りをしているうちに、バスがやって来て、わたしは龍ヶ崎十八と一緒に乗り込んだ。バス内には乗客が二、三人いたが、知り合いはいない。

 一番奥の横並びの席に座って、わたしは話を続ける。


「あと、わたしを狙ったのも、理由は単純でした。どうやら、わたしを倒せば、【風神】五十嵐葵さんの後釜に座れるようですよ? だから、平成の切り裂きジャックさんが、わたしを狙ってきたようです。つまり、わたしが殺したということは、とっくにバレているみたいでした」

「そんなはず――――いや、でも事実、それで襲われてるのか?」

「ええ、そうです。それと、襲ってきた女性ですけれど、彼女は何やら、水、ですかね? 液体のようなもので、わたしを拘束して、攻撃してきました。『癒しの水』とかも仰っていましたが、何かご存じないでしょうか?」

「――癒し、の水、って、まさか【水神(スイジン)】!? 水神が、わざわざ……」

「おや? 水神、とは? わたしを襲った女性をご存じなのでしょうか?」


 龍ケ崎十八の露骨な反応に、わたしは期待を篭めた視線を向ける。すると、深刻な顔を浮かべながら、龍ヶ崎十八は声をいっそう抑えて喋り出した。


「知ってる、というか、それは恐らく最高位の実力を持った四神の一柱――【水神】と呼ばれてる幹部だと思うよ。裏社会では、S級危険人物に認定されている謎の人物で、『水葉(スイヨウ)』とか『水竜の化身』って通り名もあるほどの『魔女の弟子』だよ。次代の【四象(シショウ)】を継ぐ者、とも言われてる……伝わってるのは、その強さと危険性だけで、その姿を見て生き残った者は居ないんだ。だから実際、どんな容姿なのか、性別も年齢も、知られていない」

「へぇ? 性別も、年齢も? じゃあ、わたしが遭遇した女性は、水神ではない可能性があるのでは?」

「いや、それは可能性としては薄い……水系魔術、特に『癒しの水』はかなりの高等魔術なんだ。そんな水系治癒魔術を扱える人物は、そもそも神言桜花宗の中では、水神と教主【四象の魔女】だけだし…………日本語で、話しかけられたんだろ?」

「ん? ええ、日本語、でしたね」

「なら、水神で間違いないよ。だって、教主である【四象の魔女】――当代の魔女は、ミルディン・カレドニスって英国人で、日本語は喋れない。それに、そもそも男性だからさ……」

「……へぇ。なるほど、それは、それは」


 断言する龍ヶ崎十八に、わたしは内心嬉しくなる。

 その話が真実であれば、水天宮円は、四神と呼ばれる『魔女の弟子』で間違いないようだ。つまり最低でも、五十嵐葵と同格以上であることが約束された。

 わたしの顔が喜びに歪むのに気付いて、龍ケ崎十八は鋭い目線で釘を刺してくる。


「綾女さん。五十嵐葵も【風神】って呼ばれた四神の一柱だったから、【水神】も同格程度だと思うかも知れないけど、それは大きな勘違いだよ。確かに五十嵐葵は、四神に数えられてた。けどそれは、彼女が『天然の魔女』だったから、って理由なだけだよ。魔術師としての格、経験値、純粋な戦闘力含めた総合力を見れば、【風神】五十嵐葵は、他の四神より圧倒的に下位の存在だ。実際、危険度で表すと、五十嵐葵はA級危険人物に分類されてる。強さを比較する訳じゃないけど、連理とか俺と同格程度で……S級危険人物の水神は、それこそ天火先輩か、虎姫じゃないと、闘うことも出来ないクラスの実力者だよ?」

「――嗚呼、なんて素晴らしい」

「あのねぇ――どっこも、素晴らしくはないからね!? これ、本当に、フリじゃないから――本気の忠告だよ? もしそれでも闘うつもりなら、少なくともガチ状態の虎姫と、三分以上闘ったうえで無傷で居られるくらい強くないと、マジで勝負にならないからね!?」

「あらあら? それなら、何とかなりそうですよ? もし次、全快で闘う機会があれば、わたしは虎尾さんに遅れを取らない自信があります」

「……だから――はぁ……分かってると思うけど、あの時の虎姫、全然、本気出してないよ?」

「ええ、存じております。でも十八くんもご存じの通り、あの時のわたしは、そもそも闘えるコンディションでさえありませんでしたよね?」

「…………分かった。もっと具体的に言うよ――もし、四神と闘うつもりなら、綾女さんは最低限、魔力視を習得して、魔術の加護を受ける必要がある。まぁ、そのまま【理外の祝福(ブレス)】を授かって【魔女の騎士(ウィッチナイト)】になってもいいかもだけど……もしくは【魔女の恩寵(ギフト)】を手に入れるか――それくらいしないと、闘うことは不可能だし、俺が絶対に許さないよ?」

「許してくれないのは、困りますけれど――その、質問させてくださいませんか? わたし、いま、十八くんが仰ったような、魔術の加護、とか、そういう単語をよく理解していなくて……この機会に詳しく説明をして欲しいと思うのですけれど、難しいでしょうか? 魔女の騎士、という単語は以前にお聞きして理解したつもりでしたけれど、その『ブレス』とか、『ギフト』とか、正直、まったく理解出来ていないので……」


 わたしは、ネタ振りにしか聞こえない龍ヶ崎十八の説明に心躍らせながら、とりあえず話の矛先を強引に切り替える。ここまで盛り上がっているのに、無粋な言葉で止められるのは萎える。

 龍ヶ崎十八はわたしの切り返しに一瞬沈黙したが、すぐに溜息を漏らしながら説明してくれる。


「……えと、魔術の加護ってのは、魔術全般に対する耐性強化、抵抗力の増強をすることさ。理外の存在のあらゆる攻撃に対して、防御用に見えない鎧を纏うイメージかな。より正確に言うなら、身体の内側に魔術回路を植え付けて巡らせることによって、身体能力を底上げする術理のことさ。魔術の加護を手に入れれば、理外の存在や、魔術の真髄を見分けることが出来る」

「なるほど……それでは、魔力視とは?」

「魔力視は読んで字の如く、魔力を視る力……そうだね、例えば……綾女さんは、これ、視えないでしょ?」


 龍ヶ崎十八は、これ、と言いながら、掌を広げてみせる。だが、そこには何もない。

 わたしは目を凝らしてジッと見詰めるが、やはり何も見えない。けれど、悪意というか殺気にも似た悪寒がする空気がそこに渦巻いているような気がする。

 すると、そんなわたしの頼りない視線を見て、クスっと笑いながら、龍ヶ崎十八が続ける。


「いま、俺は掌に魔力の塊を産み出して見せてたんだ。こういう魔力と呼ばれる超能力は、常人には察せないものだ――けど、これを視えるようにする技術が『魔力視』だよ。魔力視は比較的簡単に、魔術師とかと感覚共有するだけで身に着くよ」


 こともなげに言う龍ヶ崎十八に、しかしわたしは目を細める。簡単ならば、何故わたしにサッサと教えないのか、つい文句を口走りそうになる。

 だが、そんな文句を龍ヶ崎十八に言っても詮無き事だ。わたしは聞き手に徹そうと、話の続きを促した。


「次に【理外の祝福(ブレス)】か――これは、実のところ言い方を変えただけで、魔術の加護のことなんだよ。魔女と契約して『魔女の騎士』になることを誓った者が与えられた魔術の加護、それを【理外の祝福】と呼称してる。ちなみに、魔女と契約することで、その効果は天と地ほどにも異なってくる。魔術の加護ってのは、さっき説明した恩恵だけど、これが理外の祝福になると、この効果が数倍以上になるんだ。だから、魔女の騎士になるってことは、それだけ破格の強さを得られる。まぁその分、行動に結構な制約が出来るけど、そこに不自由はないね」

「へぇ、それは、それは。ちなみに、数倍以上、とは具体的に言うと、どれくらいの力量差が出るのでしょうか?」

「どれくらい、か……そうだな。少なくともこの前の、綾女さんと虎姫の模擬戦ほどには、明確な力量差が出ると思うよ?」


 龍ヶ崎十八の挑発的な物言いに、わたしは少しだけカチンときたが、言い返さずに頷いた。


「まぁ、それはそれとして、最後に【魔女の恩寵(ギフト)】――これは端的に言えば、眠っている潜在能力を覚醒させること。超能力や異能と呼称される、特殊で固有の能力を顕現させて扱えるようにすることだよ。潜在能力が覚醒するから、必然的に身体能力も向上するし――俺の治癒なんてのが、その典型だね」

「あら? 十八くんの能力は、ギフト、なのですか?」

「違うよ。けど、この能力を分類するなら、魔女の恩寵に分類できるだろうね――ちなみに、魔女の恩寵を持つ者には、二種類の人種が居て、俺みたいに自力で覚醒した異能者を『覚醒者』と呼び、魔女から恩寵を与えられて異能を顕現させた者を『超越者』って呼ぶんだ。で、この魔女の恩寵だけど、実は授かるのが難しい。成功する確率が高くないんだよ――三割超の確率で失敗して、何も得られずに記憶だけ失う羽目になる。仮に失敗しなくても、五割の確率で代償に何かを失う。何も失わずに恩寵を手に入れる確率は三割前後……とはいえ、得られる異能のことを考えれば、決して高いリスクではないけどね」

「……となると、平成の切り裂きジャックさんは、その『超越者』だった、ということですね?」

「うん、そうだよ。『迷彩』の異能を授かった典型的な超越者だ」


 わたしは頷きながら、そろそろ目的地だ、とバスの停止ボタンを押下する。それを見て、龍ヶ崎十八はキョロキョロと窓の外の景色を眺めていた。

 見慣れぬ景色だからか、龍ヶ崎十八が、ここで降りるの、と確認してきたので、はい、と頷いた。

 あと数分もしないうちに、バス停に着くだろう。そこから徒歩で五分ほど歩いた先が、待ち合わせ場所である九鬼駅西口のタクシーターミナルだ。


「さて、とりあえず移動しましょう? ちょうどわたしも聞きたいことは聞けましたし、言っていないことはお伝えしましたから――」

「――じゃあ、綾女さん。少し教えてもらいたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ええ、勿論。どうぞ」


 バスがゆっくりと停車してから、わたしは龍ヶ崎十八を引き連れて降車する。すると、バスは名残惜しむ素振りもなく、サッサと走り去った。

 わたしはバスの走り去った方とは逆側、九鬼駅西口の方向に足を踏み出して、龍ヶ崎十八に、なんですか、と首を傾げた。


「綾女さんが『師父』と仰ぐ蒼森玄だけど、彼は、鎮守格十二家の一つ、蒼森家の先代当主だった。護国鎮守府では、『夜叉(ヤシャ)』の異名を持ってた凄腕の剣士だよ。知ってたかい?」

「……いえ、存じませんでした」


 わたしの隣に並んだ龍ヶ崎十八が真剣なトーンで訊ねてくる。何が聞きたいのか、わたしは冷めた表情で心なしか早足になる。


「そんな蒼森玄氏だけど、いま言ったように()()当主なんだよ。今は、蒼森梓鶴(シヅル)さんが当主をやってる。梓鶴さんは居合いの達人で、魔女の恩寵『慧眼』を授与されてる護国鎮守府、第壱戦斗部のA級戦斗者で、戦斗部の剣術指南役でもあるけど……その梓鶴先生曰く、『鳳仙綾女なんて人間は知らない、蒼森家に関わりはないはず』ってさ――綾女さん、キミは何者だい?」

「蒼森、梓鶴……蒼森流(ソウシンリュウ)居合術(イアイジュツ)、かしら?」

「――やっぱり知ってるのか?」

 

 刑事が詰問するみたいに、龍ヶ崎十八がわたしの横顔を覗き込む。真剣な瞳に疑いの光が灯っているのが見えて、わたしはどうしようかと思案した。

 ここで、本当のこと、わたしの素性や生い立ち、それらの秘密を教えることは簡単だが、それはすなわち、龍ヶ崎十八を伴侶にする決断と同義である。


(……十八くんならば、あらゆる点で合格でしょうけれど……問題は、十八くんがその覚悟をしてくれるかどうか……真面目、ですからね)


 わたしは明後日の方に目を逸らしながら、龍ヶ崎十八の圧力を受け流す。


「綾女さん。何を隠しているのかは分からないけど、俺らは綾女さんが何者でも受け入れるつもりだ。どんな生い立ちだろうと、俺が責任を取るってことで話がついてる。だから正体を明かして欲しい」

「あら、十八くん? 責任を取る、とは、その……プロポーズのおつもり、でしょうか?」

「……プロ――うぇ!? あ、いや、そ、その……え、えと……あ……」


 わたしのツッコミに、龍ヶ崎十八は一瞬思考を停止させると、瞬間的に真っ赤な顔になる。露骨に照れており、しどろもどろになって、どう言い訳しようか、と声になっていなかった。

 即座に否定されないということは、気持ちの上では満更でもないようだ。

 それは素直に嬉しいし、何よりも僥倖だが、ここでプロポーズだと即答出来ないのであれば、まだわたしの秘密を教えることは出来ない。もしここで、わたしへのプロポーズだと即答出来ていれば、わたしは秘密を包み隠さず教えても良かった。それが少しだけ残念である。

 わたしは、フッと苦笑して、あわあわと身振り手振りで説明しようとしている龍ヶ崎十八の唇に指を当てた。


「冗談ですよ……けれど、少しだけ残念ですね……プロポーズだったら、嬉しかったですけれど――」

「――――え? そ、それって……」

「さて、到着です。ちょうど、水天宮さんもいらっしゃいますね」


 わたしは、時間切れです、と続けて、当面は誤魔化すことに決めた。

 龍ヶ崎十八は唐突に話を切り上げたわたしに食い下がろうとするが、九鬼駅西口で立っている水天宮円の姿を認めて、慌てて口を噤んだ。

 水天宮円はヒラヒラフリルが付いた涼し気な水色のワンピースを着ており、手元には高そうな雨傘を畳んで持っていた。わたしに気付いて、小さく胸元で手を振ってくれたので、大きく会釈する。


「おはようございます。早いですね、水天宮さん。まだ約束の時間まで、三十分近くありますのに――」

「――そういう鳳仙さんも、この時間にいらっしゃっているのですから、同じでしょう? でも、ちょうどいま来たところでしたから、待ってませんよ。おはようございます」


 わたしは傘を畳み、水天宮円の隣で水を払った。それに続いて、龍ヶ崎十八も会釈しながら傘を畳む。


「あら? 貴方は、確か……昨日、お会いしましたよね? 鳳仙さんのお知り合いの――」


 龍ヶ崎十八の姿を認めた水天宮円が、案の定、とぼけた振りをして首を傾げてくる。昨日紹介しなかったことを根に持っている様子だ。

 そんな水天宮円の質問に、わたしは不敵な笑みを浮かべながら、昨日とは裏腹に、何の誤魔化しもせずに龍ヶ崎十八を紹介する。


「――龍ヶ崎、十八くん、です。昨日はご紹介できず、申し訳ありませんでした。一緒に居た九鬼連理さんの前で、十八くんを紹介するのが難しかったので……」

「龍ヶ崎、十八(トオヤ)、くん? へぇ? ()()()()、と親し気なのは、そういうことですか?」

「察しが良くて助かります。ええ、実は――わたし、この十八くんと付き合っていまして、けれど、昨日一緒にいた女性……九鬼連理さんと言うのですけれど、彼女は十八くんの幼馴染で、この関係は秘密にしているんです――」

「――なるほど、なるほど」


 龍ヶ崎十八が自己紹介しようと口を開きかけたのを止めて、わたしは事前に考えていた嘘偽りの紹介を口にした。同時に、龍ヶ崎十八の腕に、腕を絡めて親密さをアピールした。薄い胸で申し訳ない気持ちになりつつ、必死に龍ヶ崎十八の腕に押し付ける。

 そんなわたしの紹介の仕方に一瞬だけ目を見開いて驚きを見せたものの、しかし水天宮円はすぐさま納得の表情で頷いた。

 どうやら龍ヶ崎十八と言う名前に気付いてくれた様子だ。予定通りである。


「あ、あの……え? ちょっと、綾女さん?」

「あら? 十八くん、迷惑ですか?」

「…………いえ、大丈夫です」


 龍ヶ崎十八が、わたしの耳元に小声で何事かと問い掛ける。それに対して、わたしは潤ませた瞳を上目遣いに向けて黙らせた。

 今日の作戦として、龍ヶ崎十八には、水天宮たちのことを黙っていることに決めている。龍ヶ崎十八に伝えれば、心配されて水天宮円と闘うことが不可能になるからだ。

 一方で、水天宮円たちには、わたしが龍ヶ崎十八と組んでいることを伝えようと思っていた。これは、想像以上に水天宮円の所属する『神言桜花宗』という組織が巨大だったからに他ならない。恐らく龍ヶ崎十八が仲間であることを告げたところで、水天宮円が逃げることはないだろう。

 そんな皮算用をしていると、水天宮円の後ろから、一人の優男が現れた。


「――ほぅ? おぬしが、円の言っていた鳳仙綾女嬢か? うむ。確かに、お世辞抜きに美しいな」


 現れたのは、白いインナーシャツに、赤黒をした長袖シャツを羽織った青年である。オレンジ色の髪をオールバックにしており、燃える炎を思わせる髪型をしている。喋り方が年寄りめいていたが、見た目は誰が見ても爽やか系イケメンだろう。ラフな着こなしがモデルばりに似合っており、身長は龍ヶ崎十八より5センチ以上は高い。


「円よ――我にも、紹介してくれないか?」


 水天宮円を名前で呼び捨てにするその青年は、鋭い碧眼でわたしと龍ヶ崎十八を一瞥してから、凄まじい殺気と威圧を放ってくる。

 ピシリ、と空気が凍り付き、龍ヶ崎十八がハッとして一歩下がりつつ身構えた。

 わたしは、愛すべき馬鹿だ、と思わず口角を吊り上げそうになり、ぐっと堪えて、そのまま無表情を保持した。

 水天宮円は深く溜息を漏らしながら、スッと優しく青年の胸板に手の甲を当てて、お止めなさい、と軽いツッコミをしている。

 その仕草は珍しく、わたしは水天宮円の照れた表情をジッと見詰める。


「綾女さんが、彼氏を連れてきてくれたので……その……わたしも、紹介し易くて、ありがたいです。唐突で、申し訳ありませんが、この馬鹿丸出し男は、わたしの母方の従兄で『(ホムラ)武尊(タケル)』と言います。あ、その……まぁ、一応、ですが……わたしがいま、お付き合いしている殿方、です」

「うむ。お付き合いしている殿方、という表現が甚だ不愉快だが、従兄であること、我の尊名が焔武尊であることは疑いようがない。我のことは、気軽に、武尊と呼んで構わぬぞ」


 水天宮円の紹介に、わたしは、ぞわぞわと産毛を逆立てつつ、強者と見えた喜びに心が浮足立つのを懸命に堪えた。その一方で、龍ヶ崎十八は怪訝な表情で焔武尊を睨み付けながら、さりげなくわたしの腕を引いて、後退するようにジリジリ下がっている。

 わたしはその腕を払い除けてから、優しい笑顔を浮かべて、戸惑う龍ヶ崎十八に振り返る。


「十八くん。どうやら今日は、水天宮さんも彼氏さんを連れてきているようで……終わった後、Wデートでも宜しいでしょうか?」

「はぁ? え、と……綾女さん? ちょ、どういう――」

「――ねぇ、水天宮さん? 水天宮さんたちも、今日は仕事が終わったら、デートか何かのおつもりだったのでしょう? わたしたちとのWデートにしませんか?」


 わたしは垂れ流される王者の如き威圧を正面から受け止めて、焔武尊に笑みを浮かべながら問い掛ける。ちなみに、その質問は水天宮円に対してだが、顔は焔武尊に向けていた。

 焔武尊の意図が何かは分からないが、ここまで露骨に挑発されると、今日の予定を全て繰り上げて、いまこの場で殺し合いをしたくなってしまう。

 だが、落ち着け、とわたしは、仕込刀に伸びそうになった手をグッと止めた。

 この場で戦闘を始めてしまうと、龍ケ崎十八を巻き込んでしまう。そうなると、わたしの望む闘いには決してならない。


「ふぅむ――なるほど。見学に来ただけのつもりだったが、気が変わった。円よ、おぬしの言う通りだな。綾女嬢は気高く美しいうえに、とても面白いようだ」

「……あの、鳳仙さん。武尊のことは、気にしないでください……あと、別に、龍ケ崎さんとのデートを邪魔するつもりもありませんよ? だから、今日は仕事が終わったら、すぐに解散でも――」

「そうですか? まぁ、そうでしょうね。じゃあとりあえず、そろそろ移動しましょうか?」


 焔武尊の尊大な台詞と態度を前に、水天宮円は照れ臭そうに顔を伏せた。わたしはあえて意味深な言い回しをしながら、これ見よがしに時計を意識する。

 時刻はそろそろ九時半。当初の待ち合わせ予定時刻である。移動開始時刻だった。

 わたしの言葉に、水天宮円は顔を上げて、そうですね、とすぐに賛同してくれる。

 さて、顔合わせはこれで充分だろう。後はお互い、腹の内を探りながらのお仕事である。そして、頃合いを見計らって、是非、楽しい愉しい殺し合いをしてみたい。


「あ、あの――こんにちは。えと、綾女さんが紹介してくれたけど……俺は、龍ヶ崎十八って言います。漢数字で、十八、って書いて、トオヤって読みます。六花高校に通う二年生で……えと、水天宮、円、さんと同い年です? 焔、武尊さんは、俺らとタメですか?」


 わたしが水天宮円と並んで、東口のバスターミナルに移動しようとした時、龍ヶ崎十八が焔武尊にそんな自己紹介を始めていた。律儀なその挨拶を横目で見て、焔武尊が不敵に笑う。


「ふむ。他人の歳を気にするのであれば、十八よ。我を貴び敬い、様付けで呼ぶことを許可してやるぞ? 我は若く見られるのだが、これでもいっぱしの社会人で――円よりも、二つ上だ」

「へ、へえ……あ、そう、なんですか? それは、本当に、失礼しました――えと、じゃあ、武尊、様とお呼びす――」

「くくく、冗談だ、冗談。ノリが良いのは高評価だが、少しばかり堅苦しいぞ、十八。我は別に、年功序列なぞ気にせん性格だ。呼び捨てで構わんと言った」


 ずっと垂れ流し続ける威圧を浴びて恐縮している様子の龍ヶ崎十八に、焔武尊が笑顔で肩を組んでいた。焔武尊の性格がいまいち理解出来ないが、尊大な口調と態度の割に、物凄くコミュニケーション能力が高いようだ。それこそ水天宮円よりも、ずっと親しみやすい性格の持ち主に思える。わたしが苦手なタイプである。

 どこか九鬼連理を思わせる性格で、だから龍ヶ崎十八を気に入るのか、と勝手ながらに考えた。


「武尊……龍ケ崎さんを気に入ったみたいですね」


 ボソリと水天宮円が呟いた。わたしもそれに同じ感想を持っていたので、強く頷いてみせる。


「嗚呼、ところで、水天宮さん? 勝手に話を進めてしまいましたが、本日は十八くんも一緒に居て大丈夫でしょうか?」

「――わたしは別に、龍ケ崎くんが居ても問題ありませんよ? 逆に、あの失礼な武尊ですが、連れてきてしまって宜しかったですか?」

「ええ。むしろ好都合――いえ、失礼しました。後で詳しく紹介して欲しいですね」


 わたしは恥ずかし気な水天宮円とそんなやり取りをしながら、九鬼駅内を通り抜けて東口バスターミナルの前に来ると、時刻表を眺める。目的地である『県庁舎行き』のバスは、次の到着が、九時四十分――もうそろそろ着くだろう。

 ふと振り返ると、龍ヶ崎十八と焔武尊が楽しそうに談笑しており、もう打ち解けたのか、とわたしは若干呆れてしまった。

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