第三夜/前編
織姫・彦星コンテストが終わり、優勝者のお披露目、優勝特典の授与、優勝コメントの取材などが終わったのは、昨日の二十時過ぎだった。
既に七夕祭は出し物も出店も終了しており、校庭では、後夜祭が始まっていた。
賑やかなキャンプファイヤーを囲む多くの男女。三幹の生徒だけではなく、他校の生徒も多く混じっており、誰もが楽しそうに踊ったり、語ったりしていた。
そんな祭りの中心地で、織姫・彦星コンテストの優勝組は、閉会の音頭を取らなければならない決まりがあり、わたしと水天宮円は、必然そのままの流れで、後夜祭の中心にやってきた。
恥ずかしながらも、事前に用意された閉会コメントを読み上げて、これにて七夕祭のプログラムは終了と宣言する――そこで、当然ながら、わたしを探しに来ていた龍ヶ崎十八と九鬼連理に見つかってしまって、これでもかというくらいに激怒される。
その時、怒られているわたしを見ていた水天宮円が、龍ヶ崎十八と九鬼連理のことを詳しく訊ねてきたので、他校の知り合いと誤魔化して、紹介せずに押し通した。少しばかり怪訝な顔をされたが、ちょうどそのタイミングで、水天宮円の携帯が鳴り、彼女も用事が出来たと解散を申し出てくれたので、煩わしい展開にならずに済んだ。一応、連絡先は交換してある。
ところで、水天宮円がいなくなったのを見計らって、今度は為我井優華がやってきた。
為我井優華の登場に、一瞬だけ、龍ヶ崎十八と九鬼連理は動揺していたが、すぐに落ち着いて、簡単な自己紹介をしていた。
けれど、そんな無難な自己紹介で満足しなかった為我井優華は、あれやこれや、詰問口調で二人、特に九鬼連理を問い詰めていた。それをわたしは、いい気味だ、と黙って眺めた。
そんなわたしの態度にムカついたのか、九鬼連理は意趣返しとばかりに、はた迷惑な設定を盛り込んで話を広げて、弁明の余地もなく、為我井優華にそれを信じさせることに成功させたのだ。
おかげで、今後のわたしの学校生活がより面倒なものになること必至だった。
ちなみに、そのはた迷惑な設定は、龍ヶ崎十八がわたしの従弟であり、複雑な家庭事情のせいでついこの間から一つ屋根の下で過ごしているという展開である。しかもその都合で、ここのところわたしが休みがちだったことを補足していた。
唐突で素っ頓狂なこの設定は、わたしにとって寝耳に水で、当然、了承などしていない。けれど、九鬼連理は当然の顔で説明して、龍ヶ崎十八も納得した風に頷いていた。事前に口裏を合わせていたとしか思えない展開に、わたしは大いに嘆いた。
恐らくこれは、わたしを監視する意味もあり、わたしの行動に足枷をする意図だろう。
ここまで好き勝手したのだから、当然と言えば当然の対応だと、理解は出来る。そして反論も拒否も出来そうにない。これを拒否した場合、きっとまたあの病室に軟禁されるのが、容易に想像できた。その為に、九鬼連理も来ているのだ。
そこまで考えて、わたしは話を合わせて頷かざるを得なかった。
とはいえ――それは悪いことばかりでもない。監視役が龍ヶ崎十八であることは救いであり、ある意味で好機でもある。
この機会に龍ヶ崎十八を篭絡して、わたしに夢中にさせてしまえば、今後の人生において、最高の死闘を幾度でも愉しめるようになる。
さてこんなハチャメチャな説明を聞いて、しかし為我井優華は、だからストーカーが、とか小さく呟きながら、何の疑いも持たずに理解を示した。どうやら為我井優華の中では、一連の出来事に辻褄があったようだった。
それからしばらく、為我井優華の質問攻めがあったが、時間も時間とのことで、九鬼連理は、龍ヶ崎十八を残して、用事があると言いながら帰っていった。その際に、厭味ったらしく『ミスコンに出たいだけで命を賭けて逃げ出すなんざ、やっぱりイカレてるぜ、市松人形ちゃんは』と、捨て台詞を吐かれたが、わたしは大人な態度で無視した。
その後、なし崩し的に為我井優華と龍ヶ崎十八を連れ立って帰宅して、わたしの自宅で夕食を済ませてから解散した。
そんなドタバタの七夕祭から明けて翌日、今日は、七月八日土曜日である。
時刻は、午前五時半、もうとっくに日が昇っている時間帯だ。わたしは日課の早朝トレーニングを行う為に、寝惚けた頭を起こすべく冷水で顔を洗う。
「……昨日は寝るときまで、気の休まる瞬間がありませんでした……想像以上に疲れましたね」
鏡に映った自らの顔を見て、わたしは独り溜息を漏らす。いつもよりも精神疲労が顔に出ていた。
昨日は確かに、実りの多い一日だったが、その代わりに、だいぶ気を遣った。結果としては、わたしが望んでいた特典は全て手に入り、しかも偶然とはいえ、廃病院で遭遇した正体不明の敵を暴くこともできた。まあ、かといって、幸運な一日だったとは思わない。
問題は山積みで、とりあえず今日をどうするかを考えねばならない。
「……まぁ、兎にも角にも、十八くんが起きる前に、ひと汗かいておきましょう」
わたしはそこで思考を中断して、独りごちながらグッと背伸びする。
窓から空を見上げれば、ゴロゴロと雷雲が立ち込めており、爽やかさの欠片もない雨模様だった。今日一日が不運であることの暗示に思える悪天候である。
ところで、今日は織姫・彦星コンテストの優勝特典である県の観光大使として、県庁職員と顔合わせするという初仕事がある。そんな中でこの天気か、と溜息を漏らしつつ、わたしはジャージになって早朝トレーニングに出た。
早朝トレーニングは町内を適当に二キロほど走って、型稽古と柔軟をして終わりである。それからシャワーを浴びて、朝食の準備を始めた。
朝食は簡単に用意出来るサラダとトースト、目玉焼きで、それを二人分準備した。
テレビを点ければ、ここ一週間で起きた大きな出来事のまとめニュースが流れている。それを横目にテーブルに朝食を並べて、龍ヶ崎十八を起こすべく携帯を鳴らした。
龍ヶ崎十八は、三階の屋根裏部屋として使用している部屋に寝てもらっている。
「……ん、はい? あれ、綾女、さん?」
「おはようございます、十八くん。食事ができましたので、そろそろ起きてください」
「え? あ、うん……おはよう……え? あ、ありがとう――え? あ、すぐに行きますっ!」
少し寝惚けた声で返事をする龍ヶ崎十八に、わたしは苦笑しながら優しく告げる。
このやり取りがまるで新婚のようだ、と微笑ましい気持ちになりつつ、今日の水天宮円との仕事をどう切り出すか、少しばかり悩ましかった。
水天宮円は間違いなく、廃病院でわたしにトドメを刺した敵である。
自らを【神言桜花宗】と名乗り、護国鎮守府と敵対していると言った組織の人間である。
すなわち、そんな水天宮円の正体を龍ヶ崎十八に教えれば、必然、護国鎮守府が介入してくるに決まっていた。龍ヶ崎十八がそれを黙ってくれる理由などない。そしてそうなれば、水天宮円の組織の規模に依らず、組織対組織の構図になって、わたしが関われなくなってしまうだろう。
わたしはまだ、水天宮円との決着をつけていない。
彼女が真の強者かどうかも、それさえ確かめられていない。この状況で、みすみす獲物を譲ることはできない。
「……水天宮さんが、『平成の切り裂きジャック』より、弱者ということはない、と信じています……」
わたしの脳裏に、平成の切り裂きジャックを名乗った霧崎拓馬の顔が思い出される。少なくとも、彼よりも弱いはずはない。だからこそ心躍るわけではあるが――
しかし、そうなると一つの懸念事項がある。
もちろん負けるつもりも、殺されるつもりも毛頭ないが、致命傷を負ってしまった場合、当然ながら死んでしまう可能性がある。
(……『逆境を乗り越えてこそ、次なる境地に至れる。死地こそ愉しむべし』という師父から教わった教訓は、決して、死地に赴け、という意味ではありません……死ぬ可能性を回避する努力を怠るのは、ただの自殺ですからね……)
勝負の結果として、わたしが死んでしまうのは仕方ない。けれど、わたしは死にたい訳でも、死ぬギリギリのスリルを味わいたいわけでもない。
死を賭さなければ勝てないレベルの強者と闘い、それを打倒することに悦びを感じている。それでこそ、一歩先の強さを得られる。それを繰り返して、最後に辿り着く終着地こそが、最強である。
むろん最強に至る過程で、死ぬほどの目に遭うことは想定内だし、覚悟もしているが、だからと言って、わざわざ好き好んで死地に赴くのは、自殺と相違ないだろう。
そこでわたしは、ふむ、と思案する。
水天宮円に会いに行き、流れで殺し合いになるのは自然である。けれどその際、わたしの勝つ確率は、高く見積もっても六割前後だろう。そして勝ったとしても、致命傷ないしは重傷を負うのは、恐らく九割を超える。
つまり十中八九、瀕死になるのは決定的だ。そう考えれば、予め龍ヶ崎十八を傍に置いておくのがベストな選択に違いない。
一方で、その為には、龍ヶ崎十八に事情を話さなければならず、話せば必然的に、龍ヶ崎十八はわたしを止めるだろう。すると水天宮円と闘う機会は奪われて、間違いなく組織対組織の構図になる。
「……そもそも、水天宮さんはあの時、わたしの携帯を見ていましたね……ということは、十八くんがあの『トオヤくん』だと気付けば、真っ先に狙われるかも……」
やはり龍ヶ崎十八の存在は、隠しておくに越したことはないだろう。切り札として利用する分には大いに有効だが、知られてしまうと先に潰される可能性が高い。
そんなことを考えていると、バタバタと足音を立てて、上階から龍ヶ崎十八が下りてきた。
寝ぐせがついたワシャワシャの髪と、寝惚け眼が可愛らしい。
「おはようございます、十八くん。お顔、洗ってきたら如何ですか?」
「あ、うん、おはよう、綾女さん――えと、うん。お言葉に甘えて、洗面所使うね?」
「ええ、どうぞ」
わたしはニッコリと微笑んで、廊下の突き当りを指し示す。龍ヶ崎十八は会釈してから、洗面所に入っていった。
とりあえず――食事を摂ろう。
わたしはテレビが見える位置に座り、ドリップしたホットコーヒーを一口飲む。口の中に広がる程よい苦みが、わたしの思考をクリアにしてくれた。
「……うぉ、凄いね、これ。ありがとう、綾女さん」
「ご謙遜を――十八くんの料理のほうがずっと上手ですし、美味しいですよ?」
「そんなことないよ。あ、じゃあ、いただきます」
「どうぞ、召し上がれ――わたしも、いただきます」
少ししてから、龍ヶ崎十八がリビングに顔を出す。
龍ヶ崎十八は恐る恐るとわたしの斜め前の席に座って、手を合わせてから食事に口を付けた。わたしはそれを見てから、サラダを食べ始める。
「ところで、綾女さん――俺がこうして、突然押し掛けたのは、分かってると思うけど、昨日の脱走が原因だからね? 申し訳ないけど、いま綾女さんの立場は微妙になってる。これ以上暴走するようなら、拘束も辞さないって、上層部で――」
「――暴走とは、どのような行動が該当しますか? わたし、別に命令違反しているわけではないでしょう?」
食事をしながら、龍ヶ崎十八が真剣な顔でそんなことを切り出す。そんな釘刺しに対して、わたしはすかさず言い返す。実際、監禁されていたところから外出して、学校行事に参加しただけである。それを暴走と言われると、じゃあ、言われたこと以外は何もできないのか、と反論したくなる。
しかし、龍ヶ崎十八はわたしの言葉に深く溜息を漏らしながら、トーストをかじる。
「……はぁ……言っても、無駄か……分かったよ。説得は諦める。これからは、パートナーとして一蓮托生だ。だからこそ、一つだけお願いがある」
「説得を諦める、という意味が理解できませんけれど、一蓮托生という響きは好きです。それに十八くんのお願いは、勿論、聞きますよ? どのようなお願いでしょうか?」
「――知ってることを、包み隠さず話して欲しい。俺は全面的に、綾女さんの望みに協力するから……俺はマジで、綾女さんに死んでほしくないんだ」
龍ヶ崎十八は真剣な眼差しでわたしを見詰めてくる。その表情は凛々しく、有無を言わさぬ圧力が秘められた強い瞳だった。
わたしは、なるほど、と頷いてから、誠実な人だ、と感心した。
けれど、だとしても真実は口にしない。まだ、そこまで心を許すことは出来ない。知り合って間もないのだから――
「知っていること、というのは、例えば――【神言桜花宗】のこと、でしょうか?」
「……やっぱり。知ってたか……」
わたしの問いに、龍ヶ崎十八は頭が痛いとばかりに額に手を当てていた。
しかしながら、やっぱり、という言葉は、むしろ、わたしからしても、である。やはり龍ヶ崎十八と九鬼連理含めて【護国鎮守府】は、水天宮円たちの所属する組織の情報を、ある程度以上、把握している様子だ。
護国鎮守府の誰からも、神言桜花宗という単語を教えてもらった覚えがない。それを教えないのは、わたしがそれを知ると、すぐに闘いに行く危険性を考慮して、だろう。その懸念は間違いないが、だとしても教えてくれないのは不公平だ。
「わたしが廃病院で倒れた際、現れた女性は、自らをそう名乗っていましたよ?」
「……どうして、それを虎姫の前で言ってくれなかったのさ?」
「あら? 九鬼さんたちは、その存在を知っていてわたしに教えてくれませんでしたよね? 知っていることを教えてくれないのに、わたしには言え、と? それはおかしい理論でしょう?」
わたしは流し目で龍ヶ崎十八を睨み付ける。龍ヶ崎十八は少しだけ引け目を感じていたが、ふぅ、と吐息を漏らしてから弁明を始める。
「……綾女さんに言ったら、それこそすぐに挑みたがるだろ? そもそも、アイツらは簡単に倒せる連中じゃない。アイツらはね、少なくとも霧崎――平成の切り裂きジャックレベルが、一番の雑魚って連中なんだよ?」
「へぇ――それは確かに心躍りますね? 詳しく訊いても宜しいでしょうか?」
「……心躍らないでくれよ……でも、分かった。説明するから、綾女さんも知ってること、見聞きしたことを全部教えてくれ。そのうえで、絶対に先走らないって約束してくれ」
龍ヶ崎十八の懇願に、わたしは笑顔だけ向けて頷かず、返事もしなかった。
その態度に呆れてから、しかし龍ヶ崎十八は、仕方ない、と溜息を漏らす。相変わらず甘すぎて、逆に愛おしい。
「……神言桜花宗は、表の顔としては、全国展開してるただのカルト宗教団体だよ。関西地区に総本部があって、全国の信者数はおよそ十万人前後。集めた資金は、政界に政治献金したり、ヤクザ社会に横流ししてたりする組織だ。けどその実態、裏の顔としては――トップの教主に【四象の魔女】って最古参の魔女を置く組織で、幹部以上が全員、理外の存在って組織なんだよ」
「四象の、魔女? 幹部以上が、全員、理外の存在――それは、素晴らしい――」
「素晴らしくはないよ! はぁ、まったく……ま、それでね。神言桜花宗ってのは、魔女が作った組織でありながら、根本的な思想がそもそも違うんだ。前に説明したけど、魔女たちの使命はただ一つ。星の秩序を乱す破壊者を殺し尽くすこと。その使命は、あらゆる魔女が至上命令にしてるし、俺らの護国鎮守府もその使命を教義にしてる。けど、神言桜花宗だけは違う。奴らは、破壊者には興味がなくて、むしろその破壊者を産み出すことに躍起になってる組織なんだ。彼らの目的は、全ての魔女の頂点――星の抑止力とも呼ばれる【白銀の魔女】ロザリア・グェンディーズを顕現させて、殺すことを至上命令としてるんだ。その為ならば、あらゆる手段を用いて、星の秩序を乱すことを是としている。その活動の主として、破壊者の育成、秩序を乱す魔女の弟子を増やしたりしてるんだよ。だから、ちょくちょく護国鎮守府とぶつかってる組織さ」
「……それは……強敵を次々と排出する、素敵な組織、ということですね?」
わたしは弾みそうになる声を必死に抑えて、ワクワクとし始める気持ちを押し殺しながら問う。いっそう呆れた表情を浮かべて、龍ヶ崎十八が続けた。
「素敵、じゃないよ――まったくもう……とにかく、危険な連中ってことは理解してくれ。特に、四象の魔女に至っては、魔女の中でも別格な強さを誇ってる。後継の魔女でありながらも、その強さは一国の軍隊と比肩するレベルなんだ。それこそ単独で、日本の自衛隊くらいなら滅ぼせるほど強力な魔術師って言われてる。魔道具がそれほど強力じゃないから、魔女の中での序列は下位らしいけど、純粋な戦闘力を論じるならば、最強の一角さ。何と言っても、火水土風の四属性全てにおいて、最高位の魔術を自在に操ることが出来るらしいし――ちなみに、その教主の直下に、四神と呼ばれる四人が居て、そのうち一人が【風神】五十嵐葵だよ」
「嗚呼、なるほど――だから、『四神が欠ければ』ですか? ふむふむ、そして『風神の後釜』ねぇ……」
「――――それは、どういう意味?」
わたしの呟きに、龍ヶ崎十八が真顔で鋭く訊き返してきた。それに不敵な笑みだけを返して、続けてください、と話の主導権を渡す。
「……とりあえず、まとめると。日本の平和――引いては、民草の平穏を護る為に、破壊者の撃退を至上命令とする護国鎮守府と、全く逆の、秩序を乱す活動をする組織が、神言桜花宗だよ。ただでさえ魔女同士ってのは、反目し合うもんだけど……神言桜花宗は、根幹の教義から俺らと異なっているから、協力関係には絶対になれない組織で……言うなれば、反目し合うヤクザ組織みたいな――」
「――なるほど。ありがとうございます、十八くん。色々と聴けて、とても参考になりました」
わたしは満面の笑みで頷いてから、残った食事に集中する。
わたしが食事に集中し出したのを見て、ひとまず伝えるべきことが落ち着いたこともあってか、龍ヶ崎十八も無言で食事を続けた。
「ご馳走様――」
そうして、わたしは食事を食べ終わると、素早く食器を片付けてから、自然な流れで出掛ける支度を始めた。その際、堂々と仕込み刀【魔女殺し】を竹刀袋に仕舞って、手荷物と一緒に背負った。
「ちょ――ちょ、綾女さん!? 何、何して!?」
「ん? 何、とは? 出掛ける支度ですよ?」
出掛ける支度をするわたしを呆と眺めていた龍ヶ崎十八だが、武器を手に取ったのを見て、途端に慌てだす。椅子から立ち上がり、回り込んでわたしの往く手を阻んだ。
「出掛けるって――武器を持って、どこに行く気さ!? というか、俺が知ってることは、共有しただろ? 今度は、綾女さんの知ってること、教えてくれる約束だろ?」
わたしの前で両手を広げて、龍ヶ崎十八はそんな下らないことを叫んだ。別にわたしは、教える約束などしていないし、教えないとも言っていない。
「ふふふ――どこ、って、昨日、ご説明したでしょう? 本日は、水天宮さん――ほら、昨日ご紹介した織姫役をした学友ですけれど……彼女と一緒に、県の観光大使としての初仕事、インタビューを受けに行かなければ――けれど、今のお話を聞くと、外出するのは物騒ですので、こうして武器を持ち歩こうと――」
「――いやいや、物騒なら出歩かないで欲しい。それにインタビューなんて、現場にわざわざ行く必要もないだろ? 護国鎮守府の力を使って、学校に来させればいいよ」
「それは大変ありがたいですけれど、どちらにしろ水天宮さんには、会いに行かないと。もう約束してしまいましたし……」
「だから! 一人で外出なんて、危険だっての!」
「あらあら? わたしは別段、独りで外出するつもりはありませんよ?」
わたしは焦る龍ヶ崎十八の胸にそっと手を当てて、ちょこん、と首を傾げてみせる。
「十八くんも、御一緒に――つまらないかも知れませんけれど、わたしとお付き合い頂けませんでしょうか? 行先は県庁のロビー。インタビューは地方紙三社だったと記憶しております。わたしがインタビューを受けている間だけ、離れたところで見守っていて欲しいです。嗚呼、ちなみにインタビューが終わった後は自由になるので、どこかに遊びに行きましょう?」
「……へ? あ、え?」
「わたしが知っていることも、移動中にお話しいたしますよ? どうでしょうか?」
「…………ええ? ちょ、それ、どういう……?」
「もう……これ、一応……デートの誘い、のつもり、ですけれど? 駄目、でしょうか?」
わたしは、あからさまなしなをつくって、龍ヶ崎十八に上目遣いに問い掛けた。露骨なほどの色仕掛けである。ここまで媚びた態度を見せるのは、龍ヶ崎十八に対してとは言え、割と恥ずかしい。
けれど、先ほどの神言桜花宗の説明を聞いてしまったら、もはやなりふり構わず、手段を選んでなどいられない心境だった。既に後先考えずに挑みたくなっている。それほど、心が高揚している。恋に落ちたように浮足立った気分で、正直、冷静に事を段取るのが面倒だった。
なんとも短絡的で、しかも感情的な思考過ぎて、我ながら困った性格だと自覚する。
(――けれど、仕方ないでしょう? 五十嵐さんに勝てたのは、ただの偶然です。彼女が少しでも本気を出していれば、わたしは死ぬ以外にありませんでした。可能であれば、もう一度再戦したいとも思っていました。それが叶う可能性があるのですよ? 彼女レベルの強者が、少なくとも、あと三人はいる……それだけではなく、平成の切り裂きジャックさんほどの強者でさえ、雑魚扱いだなんて――たくさんの強者を擁する組織、そこの幹部であろう水天宮さんを相手に出来る。これほど心躍る機会は、絶対に逃したくありません)
そんな弁明を心の中で言いつつ、ところで、と思考を切り替える。
水天宮円の組織がそこまで大きいと分かり、護国鎮守府との関係が険悪とも知れれば、いっそう龍ヶ崎十八に、廃病院でのことや、水天宮円のこと全てを話すわけにはいかなくなった。また同時に、龍ヶ崎十八という万能薬の存在を待機させないわけにもいくまい。
神言桜花宗がそれほどの規模であれば、水天宮円独りを倒したところで、はい終わり、とは絶対にならないはずだ。きっと廃病院の時のように、新たなる強敵が現れて、連戦となる可能性が高い。そうなれば、わたしは今度こそ確実に死ぬ。
流石に、満身創痍であろう状況下で、逃げる、という選択肢を選べるとは思えない。
(――十八くんが控えていなければ、ですけれど)
わたしが逃げる選択肢を選ぶには、条件として、逃げた先が安全であり、助かる算段がなければ意味がない。そしてその条件は、龍ヶ崎十八が控えてさえいれば、充分に満たせる条件である。
逃げた先に龍ヶ崎十八がいるならば、わたしは誰が相手でも、逃げ切れる自信がある。無様だろうと、瀕死だろうと、逃げた先で助かる保証があれば、これ以上の安心はない。
幾らでも安全に、死ぬほどの激しい闘いを行えるのだ。これ以上に喜ばしいことはないだろう。
「――十八くん。ご安心ください。わたしは別に、死にたいわけではないですし、何かあったら逃げに徹します。逃げに徹すれば、そう簡単に負けません。それに万が一の時には、十八くんが助けてくれるのでしょう?」
「……いや、まあ、そりゃ助けるけどさ……綾女さん、まだ体調、万全じゃないだろ? 逃げに徹しても、相手によっては――」
「だから、十八くんが守ってくださいませ」
グダグダ言い訳を口にする龍ヶ崎十八に、わたしは有無を言わせぬ圧力で、これ以上ないほどの笑顔を見せた。途端、龍ヶ崎十八はわかりやすくドキッとした表情を見せて、慌てた様子で顔を背ける。照れているのが丸分かりだ。
わたしは畳み掛けるように、龍ヶ崎十八の手を握り締めて、耳元で囁くように続けた。
「……わたしと、デート、してくれませんか?」
「あ、う――――はい」
龍ヶ崎十八は照れ臭そうにしながら、わたしの手を握り返して頷いた。初心で、とても好感が持てる反応である。チョロいのも愛らしくて文句ない。
しかしさて、これで次の問題は、どこで龍ヶ崎十八を撒き、どこでまた合流するのか、そのタイミングである。
撒いた先で水天宮円と闘い、その後、龍ヶ崎十八と合流する。その段取りを上手くやらなければ、致命傷を癒せずに死に絶えるか、最悪、闘うことなく水天宮円に逃げられてしまう。
そんなことを考えながら、わたしは龍ヶ崎十八から手を放すと、時計を見てから携帯を見る。時刻は、八時を回ろうとしていた。
水天宮円との待ち合わせ場所は、九鬼駅の西口ターミナル付近に九時半予定だ。
そろそろ移動し始めないと、五分前行動に間に合わない。ちなみに、携帯にはどうしてか、為我井優華からのモーニングコールが届いていた。
とりあえず為我井優華にはショートメールで、おはようございます、だけ送って、通話はせずに終わらせる。今日の予定の中に、為我井優華と会う予定はない。
「十八くんは、もう出掛けることが出来ますか? そろそろ出ないと、待ち合わせ時刻に間に合わないかも……」
「あ、ああ。ちょっとだけ待っててよ。着替えて、準備するよ」
わたしの言葉にハッとして、龍ヶ崎十八は慌てた様子で自室の三階屋根裏部屋に戻っていった。
寝起きの恰好はジャージだったので、そのまま付いてくるのかと少し心配だったが、杞憂であるようだ。
「……まぁ、服装のセンスで、わたしの好感度が下がることはありませんけれど」
わたしはそんなことを呟きながら、自らの恰好を見直した。
今日は、普段私服として着ているTシャツとホットパンツのコーディネートではなく、彦星役を意識して、男性用の七分袖Yシャツとストレートパンツで決めている。それなりに動き易くはあるが、あまり着慣れない恰好の為、違和感はある。
これが機動力に影響することはないが、先ほど、デート、と龍ヶ崎十八に言ったくせに、この恰好はデートとは思えない恰好だ。
龍ヶ崎十八に少しだけ、申し訳ない気持ちになった。




