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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第三章/七夕祭に誘われて

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第一夜/後編

「じゃ、満場一致で、護国鎮守府で二番目に強いのは『神鳴家』代表、神鳴天火(テンカ)くんだ――アヤメくん、テンカくんがボクの次に強いってことで、ご満足頂けたかな?」


 虎尾秋姫はそんな風にまとめて、わたしの全身を射竦めるように見つめてきた。

 わたしは素直にそれに頷き、失礼しました、と形だけの謝罪を口にする。もはやわたしの心は、本題とやらが終わった後に、虎尾秋姫の強さを味わうことに向いていた。


「よし――じゃあ、ようやく本題だ。アヤメくんが遭遇した事件の全容、その詳細を教えて欲しいね。本当に、アヤメくんが『平成の切り裂きジャック』こと『霧崎(キリサキ)拓馬(タクマ)』を殺したのか? ちなみに、どうやったら殺せたのか。その手段と、経緯とか。あと、もう一人やってきた女性ってのが何者か、何を喋ったのか、とかね?」


 虎尾秋姫は矢継ぎ早にそう問い掛けてくる。わたしはその殺意が篭められた鋭い視線にゾクゾクと背筋を震わせながら、にやけそうになる顔を引き締めて口を開く。


「殺したのは、間違いなくわたしです。手段に関しては――――かくかくしかじか」


 わたしは問われるがままに、まず闘いの一部始終から客観的に細かく説明する。

 説明の途中、ところどころで龍ヶ崎十八や九鬼連理がよく分からない質問を投げてくる。どんな魔術を行使されただの、魔力視なしでどうやったのかだの、概ね質問の意味が謎で、わたしは答えられずに首を傾げて終わった。

 ちなみに、わたしを気絶に追い込んだ女性――自らを【神言桜花宗(シンゴンオウカシュウ)】と名乗った存在との会話は、あえて誤魔化して伝えた。

 理由は単純だ。虎尾秋姫も九鬼連理もわたしにとっては手放しには信用できないからである。

 実際、その女性の話をした際に、わたしは九鬼連理と虎尾秋姫に心当たりがないかを聞いてみたが、二人とも不自然な反応で誤魔化していた。

 明らかに何かを知っているにも関わらず、それを教えてくれない時点で、わたしだけが情報を開示するのは不公平だ。無論、教える理由も存在しない。


 そうして、とりあえずわたしが気絶するまでの経緯を語り終えて、ようやく虎尾秋姫が口を開いた。


「うん、なるほど。取り敢えず状況は理解したよ――ついでに、アヤメくんがどれくらい強いかも理解できたかな。ま、明鏡止水の境地はとっくに会得してて、死地に挑む気概もある、と――レンリがボクに推薦するだけの実力は備えてるってわけだ。こりゃ模擬戦は期待できるね」

「ええ、ご期待にそえるよう尽力いたします」

「久しぶりに楽しみだよ――ねえ、レンリ。三分ばかりアヤメくんと戯れるから、その間、絶対に手を出すなよ?」


 虎尾秋姫は不敵な笑みを浮かべながら言うと、椅子から音もなく立ち上がる。その所作を見て、九鬼連理がこれ見よがしの溜息を漏らしていた。

 わたしは疲労と怪我の後遺症で怠い身体を押して、完調であるかのようにベッドから起き上がる。

 すると、憮然とした顔の龍ヶ崎十八がわたしの前に立ちはだかった。


「……綾女さん。綾女さんはついさっきまで死ぬほどの重傷だったんだ。何とか一命を取り留めたとはいえ、身体は本調子には遠い――というか、現状、外見が治ってても内部は深刻なダメージを受けてるんだよ。少なくとも、今日から一週間は安静にしてくれなきゃ駄目だし、虎姫と闘うなんて無謀過ぎる」


 龍ヶ崎十八はそう説明しながら、闘る気満々で立つ虎尾秋姫から庇うように両手を広げていた。

 虎尾秋姫と闘うなら俺を倒していけ、とでも言うつもりだろうか――わたしは、邪魔をするな、と殺意を篭めた睨みを龍ヶ崎十八にぶつけた。


「十八くん。わたしの身体を心配してくれるのは大変嬉しいです。けれど、十八くんが治してくれたおかげで、もう問題ありませんし、これは軽い準備運動――それこそ、三分程度の戯れ、でしょう? 傷が開くほど激しいことにはなりません」


 わたしは、だから退いて下さい、と眼で訴えつつ、闘る気満々の虎尾秋姫に視線を送る。彼女は涼し気な表情をしながら、わたしに掛かってこいと言わんばかりの手招きをしていた。

 わたしの揺るがない意志を前にした龍ヶ崎十八は、わたしを説得することを諦めて、クルリと振り返って虎尾秋姫の説得に切り替えた。


「虎姫も挑発するなよ! ほら、みんな仲良くさ! あ、そうだ、虎姫。紹介したんだから、綾女さんに魔術の加護を与えてくれよ。そうしないと、今後の任務に支障が――」

「――トーヤ、うるさい。ボクとアヤメくんの模擬戦が終わるまで、黙っててよ。たかだか三分だよ。それが終わったら、魔術の加護だろうと、【理外の祝福(ブレス)】だろうと――アヤメくんが望むなら【魔女の恩寵(ギフト)】だろうと与えてあげるよ」


 龍ヶ崎十八の熱のこもったよく分からない説得はしかし、虎尾秋姫に一蹴されていた。


「魔術の加護とか、理外の祝福とか、魔女の恩寵とか、よく分かりませんけれど――わたしが虎尾さんから頂きたいのは、完膚なきまでの勝利、だけです」


 わたしはそう言って、龍ヶ崎十八の肩を優しく触りながら、退け、と脇に押し退ける。それほど力は入れていないが、龍ヶ崎十八は抵抗するのが無駄と理解しているようで、素直に退いてくれた。

 そのまま当然のように近付いて、虎尾秋姫とおよそ10メートル前後の位置で向かい合う。


「……虎姫、頼むから、手加減してくれ。綾女さんは重傷なんだ」

「舐めてるのか、トーヤ? 相手が重傷だろうと何だろうと、実戦でそんな同情してたら死ぬよ? アヤメくんは闘る気があり、相手のボクも準備万端――お互い、合意のうえで闘う以上、コンディションの言い訳はできないよ」

「十八、無駄だぜ。どうせ手負いの市松人形ちゃんじゃ、軽くあしらわれて終わりなんだ。だいたいよ、十八だって、この洗礼は受けたろ? 邪魔にならないよう優しく見守ってやれよ」

「――――クソッ!!」


 どうしてか龍ヶ崎十八は酷く悔しがって、拳を震わせながら押し黙った。

 わたしはそんな龍ヶ崎十八を無視して、現時点での己のコンディションを意識する。

 筋肉の状態は最悪――あちこち強張っており、筋のところどころがイかれている。三日間寝たきりだったと言われて違和感がないほど柔軟性が失われていた。これではきっと、本来の動きの五割も動けないだろう。

 けれど、体力、気力は十二分に溢れている。根性論で済ませるつもりはないが、これだけ戦意があれば、限界の一つや二つは容易に超えられそうだ。


「ふぅ――――ッ」


 わたしは瞳を閉じて丹田に力を篭めながら深く深く息を止める。同時に、スイッチを切り替えるように集中の世界に没入する。

 これ以上ないほどの全能感と万能感、脳内麻薬がドバドバと溢れてくるのを認識して、思考が心地好く酔い始める。

 平成の切り裂きジャックと殺り合ったばかりだからだろう。わたしは死線を乗り越えたことで、また一つ強者の階段を上がったようだ。

 未だかつてないほど深い集中の世界に没入できていた。


「ぉう――スゲェなぁ、市松人形ちゃん。この状況、あんな体調で、よくもまぁ、んな化物じみた闘気を放てるもんだぜ」

「ボクも吃驚だ。けど、これで納得も出来たね。これほどの覇気と殺気を操れるなら、たかだか素人さんって侮ったら、返り討ちに遭って然るべきかな」


 九鬼連理と虎尾秋姫の感心した声が聞こえてくる。それに返事はせず、わたしは止めていた息をゆっくりと吐いた。

 長く長く永く――溜め込んだ肺の中の空気が全て出切ったのではないかと思えるほど、ただひたすら吐いた。そして、無刀のまま大上段の構えを取る。


「来なよ、アヤメく――――」

「――覇ッ!!」


 息を吐き終えたわたしに向かって、虎尾秋姫が不敵な笑みを浮かべたまま、挑発するように手招きした。瞬間、それを戦闘の合図として、わたしは鋭く最後の一息を絞り出して、10メートルの間合いを刹那の間に詰めた。

 わたしが繰り出したのは、大上段から袈裟に切り払う外道之太刀【斬鉄(ザンテツ)】――無刀之型、である。音速で打ち下ろす手刀だ。

 虎尾秋姫の華奢な鎖骨を狙って、一撃で仕留めるつもりの必殺の攻撃。わたし自身、思わず自画自賛したくなるほど、心技体が一致した絶技だった。


「――ん。なるほど」


 しかし、虎尾秋姫は冷静に、つまらなそうに囁いて、打ち下ろされる手刀に手を添えた。そのまま柳が風に揺らされたかのように身体をしならせて、わたしの身体ごと部屋の壁に投げ付けた。


「はぁ!? っ――――ガァ!!?」


 わたしは切り払った姿勢のまま宙を一回転して、自らの踏み込み、斬鉄の衝撃全てを自らの身体に返された。

 いなされた――などと言う生易しいものではない。

 わたしの放った斬鉄の威力をそのまま利用して、その全てをわたしに戻したのである。挙句、巧みに身体を入れ替えることで、受け身さえ取らせずに壁まで放り投げられた。


「グ、ぅっ――ッ!」


 ドガン、と爆音が鳴り響き、部屋の隅に置かれていたハンガーラックが砕け散った。わたしは無様に床に倒れ伏した。

 めり込みこそしなかったが、ぶつかった壁を見れば、そこには恥ずかしながらも人拓の如きわたしの跡がくっきりと付いていた。

 わたしは床に這いつくばりながら、しばし呼吸できずに片膝を突いていた。背中を強打した影響で、横隔膜がビクつき、身体中のいたるところが無様に痙攣していた。

 しかもダメージは脚にきている。たった一撃で、まともに立ち上がることさえ困難になっていた。


「……完璧に返した、と思ったけど、ボクもまだまだだね。アヤメくんの一撃、流しきれなくて掌がこんなになっちゃったよ」


 虎尾秋姫がヒラヒラと右手を振っている。そこからは焦げた肉の臭いが漂い、見れば白い掌が真っ赤に腫れ上がっていた。

 けれどそれを見て、いい気味だ、とマウントを取る気にはなれなかった。

 手を赤く腫れさせた代償で、既に戦闘不能一歩手前まで追い詰められているのだから――


「……っ、く……いまの、は……合気、ですか? 虎尾、さんの……戦闘、スタイルは、合気道?」


 わたしは息も絶え絶えに問いかけた。一刻も早く呼吸を整えなければならない。

 一方、この絶好の好機において、虎尾秋姫はまったく追撃する気配もなく、可愛らしく小首を傾げてわたしの一挙手一投足を眺めていた。

 舐められている――わたしは、ギリ、と歯噛みしつつ、獣の如き姿勢で四肢に力を篭めた。


「確かに、いまアヤメくんを吹っ飛ばしたのは、合気の技だけど、ボクの戦闘スタイルは違うよ? でも、安心しなよ。ボクが【影虎流】を使うことはない、と思うよ――だって、これは戯れだし、そもそもアヤメくんじゃ、ボクをそこまで追い込めないと思うし?」


 わたしは、虎尾秋姫のその物言いに、カチン、ときた。

 いかにも人を小馬鹿にした言い回しと、ふざけた口振り。これ見よがしの余裕と油断。

 わたしは赤熱する思考を冷静に抑えつつ、爆発した感情を利用して全身の血流を早める。凄まじい速さで心臓が脈打ち、たちまち全身には火が入る。

 人体の限界を意識的に解除する。途端に、全身の筋肉が悲鳴を上げ始めたが、そんなのは無視だ。たとえ筋肉が爆裂しようとも関係なく、わたしはこの虎尾秋姫を追い込み、追い詰め、捻り潰す。


「――歩法【陽炎(カゲロウ)】」


 わたしは静かにそう呟いて、ゆらりと身体を揺らしながら虎尾秋姫に接近する。

 巧みな視線誘導と残像を用いた虚を突く歩法――揺らめく陽炎の如きそれで、わたしは真正面から虎尾秋姫の懐に踏み込んだ。


「返せるものなら、返して見せなさいっ――無刀之型【穿(ウガ)(ヅキ)】!!」


 わたしは大声で挑発しながら、馬鹿正直に真正面から右の貫手を繰り出した。

 無刀とはいえ、当たればコンクリに穴を穿てるほどの威力である穿ち月を、はてさて、虎尾秋姫はどう凌ぐのか――


「残念。見え見えだよ」


 虎尾秋姫は軽やかな口調で言いながら、赤く腫れた右手の甲をわたしの手首に当てて、攻撃の軌道をスッと逸らした。

 右の穿ち月を逸らされて、その威力を利用して手首を返される。

 そして、まるで示し合わせた演舞の如き流れで、そのままわたしは床に叩き付けられる――それが虎尾秋姫の合気道だろう。

 見事――だが、ここまではわたしの読み通りだ。


「覇ッ!!!」


 わたしは床に叩きつけられる勢いに抵抗せず、その力をさらに利用して、反転しながら左手で穿ち月を放つ。狙うは虎尾秋姫の脚部だ。

 脚さえ奪えば、合気の受け流しは当然として、攻撃力の全てが半減するだろう。


「――ぅぉ、っと!」


 ところが、虎尾秋姫は信じられない反射神経と勘でもって、わたしを床に叩き付ける前に、手首を外すと同時にその場から飛び退いていた。


「チッ――けど、逃がしませんっ!!」


 投げ飛ばしが不発に終わり、わたしは叩きつけられることなく合気の技から解放された。おかげで左の穿ち月は繰り出せなくなったが、床に足はついたまま、態勢も崩されていない。

 一方で、虎尾秋姫は咄嗟に飛び退いたことで態勢が崩れている。まさに追撃の好機である。わたしはすかさず力強く踏み込んだ。


「ぉおおお――ッ!!」


 わたしは裂帛の気合と共に技を繰り出す。

 繰り出したのは、左の振り下ろしと右の貫手――無刀之型【斬鉄】と【穿ち月】の連撃である。この連撃を態勢不十分で躱すことなぞ出来ないだろう。


「って、逃げない、よ」


 しかし、虎尾秋姫は信じられないことに、崩れた態勢のままでわたしの連撃を躱した。

 胸部目掛けて振り下ろした音速の手刀を、同じ速度で横に受け流すと、その反動を利用して態勢を立て直す。また同時に、顔面を狙った貫手をスウェービングで避けて、わたしの右肘を掴んだ。


「――えぃ!」


 そして、右肘を下に引っ張るような動作と共に、流れる動作でわたしの足を刈り、ふたたび壁に投げ飛ばした。

 見事なまでの体捌き、舌を巻くほどの技量である。ここで抵抗しても怪我をするだけだろう。

 わたしはその投げに抵抗せず、勢いよく壁に向かって飛んで行った。とはいえ流石に二度目で、しかも虎尾秋姫が合気道の使い手だと承知していたので、一度目と違い受け身は取れる。


「素晴らしい、技術ですね」


 わたしは愉しそうに口元を歪めながら、音もなく壁に着地する。

 なるほど、天才と自称するのも頷けるし、わたしを侮るのも当然だろう。その繊細にして緻密な技量だけではなく、反射神経においてさえ、完全にわたしを凌駕していた。

 これでわたしより年下というのだから、末恐ろしい化物である。


「けれど――攻撃力は、わたしが上です」


 わたしは重力を無視したように直角の横壁に着地したまま、グッと両足に力を篭める。

 ここまでのやり取りで一つだけハッキリしたのは、虎尾秋姫の攻撃力がそこまでの脅威ではないということだった。

 数撃であれば、直撃しても即死はしない――ならば、相打ち覚悟の捨て身で挑むだけの話だ。


「秘奥義が一つ、歩法【(オボロ)】――」


 わたしは壁に着地したままで、揺ら揺らと上半身を大きく揺らした。

 意味の分からないその動作に、観客である龍ヶ崎十八と九鬼連理が不思議そうな顔を浮かべている。それは虎尾秋姫も同様で、何してるの、と可愛らしく首を傾げていた。


「壁に張り付いて何してるのさ? アヤメく、ん――ッ!?」


 虎尾秋姫がわたしの奇行に疑問を投げた瞬間、それを合図にして、わたしは飛び掛かる。とはいえ、単純に真っ直ぐ飛び掛かるでは芸がないし、虎尾秋姫の虚は突けないだろう。


「――き、消えたッ!? え、どこッ!?」


 だからわたしは、天井に跳び、床に跳び、壁に跳び、虎尾秋姫の視界から姿を消す。

 外道之太刀秘奥義、歩法【朧】――縮地の如き最速の歩法【飛天】と、揺らめき残像を見せる歩法【陽炎】を組み合わせた秘奥義である。

 いまのわたしの実力であれば、およそ15メートルの範囲内ならば、僅か半歩で詰められる。また、その速度をもって陽炎を用いれば、注視されていようとも視認なぞ出来ない。実際に、虎尾秋姫はわたしを見失っている。

 完全に、虎尾秋姫の虚を突いた――わたしはまさにスーパーボールが跳ね回るように、床を跳んで、壁を跳ねて、天井を駆け抜けると、虎尾秋姫の背後に降り立ち、彼女の白いうなじを目掛けて、首を刈り取るつもりの手刀を放つ。


「――ぉ、っと、惜しいね!」


 しかし、虎尾秋姫はわたしの手刀を軽々と左腕で受け止めて見せた。

 凡人ならば反応も出来ずに首を落としていただろう一撃だが、それを最初から知っていたかのように易々と受け止めていた。

 音も気配も出さず、殺気さえ消して、死角から打ち込んだというのに、虎尾秋姫は余裕の笑みを崩すことさえなかった。


「チ――ッ、ぁぅ!?」

「ぅぉ、ッ!?」


 わたしは舌打ちしつつも、続けざま虎尾秋姫の顔面に左の貫手を放とうとして――虎尾秋姫の繰り出した右手のカウンターで左肩を強打される。

 その打突は掌底だったが、指を曲げて爪を立てたような手の形をしていた。いわゆる虎爪拳と呼ばれる打撃だろう。だが、これがカウンターであることを差し引いても、凄まじい破壊力を秘めた打突だった。

 爪が左肩に食い込んだ、と思った途端、爆弾が爆発したかのような衝撃が突き抜ける。

 耳元では、ボォ――と、空気が燃える音が聞こえて、実際にキナ臭い匂いまで漂った。

 突き抜けた打突の衝撃は、わたしの身体をまるでゴム毬みたいにあっけなく吹っ飛ばす。わたしは紙袋が風に吹かれるように宙を舞い、勢いよく壁に激突して床にゴロゴロと転がった。


「ちょっとだけ、危なかったぁ――」


 わたしの貫手に対してか、少しだけ焦った声が聞こえてきたが、結果として、虎尾秋姫に攻撃は届かなかった。ちなみに、この凄まじい一撃で麻痺したのだろう、わたしは、左肩から先の感覚が見事になくなっていた。これで当面、左半身は使えない。


「…………ぐ、っ!?」


 ゴロゴロと転がりながら、ドクンドクンと脈打つような鈍痛が全身を襲う。転がった拍子に唇を噛んだのか、口の中が血の味で満たされた。


「――綾女さん!? ちょ、虎姫!! それはやり過ぎだ!! おい、止めるなよ、連理!! もうこれ以上は駄目だろ!?」

「落ち着けよ、十八。市松人形ちゃんが諦めるまで、見守ってやれっつうの……」


 観戦している龍ヶ崎十八が、わたし以上に悲痛な叫びを上げていた。慌てた声で、虎尾秋姫と九鬼連理に怒鳴り散らしている。

 何をそんなに喚くことがある――と、わたしは素早く立ち上がり、感覚のない左肩に視線を向けて、ピタリ、と思考を停止させた。


「使うことない、って言ってたのに、結局、使っちゃったよ。で、どうかな? これがボクの流派、影虎流――【虎口撃(ココウゲキ)】さ」


 わたしは驚愕の表情で、軽い仕草で右拳を血振りする虎尾秋姫の顔を見た。彼女は場違いなほど明るい口調で言って、足元に転がっている()()()()()()を拾い上げると、龍ヶ崎十八に放り投げた。

 わたしは改めて、自身の左肩を見やる。

 そこには、筋繊維が歪に弾けて焼け焦げている傷痕があるだけだった。まるで長年ずっと隻腕であったかのような自然さで、肩から先が失われていた。


 なるほど、感覚がないのは、そもそも肩から先が吹き飛ばされたからか――これは、流石に想定外だ。


 わたしはゴクリと唾を呑んで、現実に追い付いた脳みそが幻肢痛を訴えだす前に、戦意が萎んでしまわないうちに、ふたたび虎尾秋姫に向かって強く踏み込んだ。


「――――ぉおおおオッ!」


 意識してしまったせいだろう。一歩踏み出した瞬間、麻痺していた左肩に、激痛が追い付いた。

 わたしは無意識に獣のような咆哮を発しながら、ここで死ぬのも辞さない覚悟で虎尾秋姫に飛び掛かる。

 愚直なまでに真っ直ぐに、最短にして最速に、駆け寄りながら右腕を振りかぶり、外道之太刀【雨燕(アマツバメ)】を繰り出した。

 飛ぶ斬撃である雨燕は、無刀でも鎌鼬程度の風刃となって虎尾秋姫に迫る。

 とはいえこの一撃では致命傷は不可能だ。むしろ服を切り裂く程度しかダメージはないだろう。

 しかしそれで充分だ。これは囮である。


「なにをヤケクソに――痛、ッ!?」


 虎尾秋姫は、随分と手前で空振りしたわたしの手刀をキョトンと眺めて、直後、襲い掛かる風刃に左手首を斬りつけられていた。その澄ました余裕顔が、一瞬だけ苦痛に歪む。

 わたしはそれを合図にして、一段階身体の操作レベルを引き上げる。

 外道之太刀秘奥義【無形羅刹(ムギョウラセツ)】――相手の死角に回り込み、歩法【朧】を用いたうえで繰り出す最速の剣舞。純粋な攻撃力では【斬鉄】には及ばないが、外道之太刀の中で最も不可避の剣舞と言われる技だ。

 とはいえ、いまのわたしは右腕一本しかないので、連撃としては半分程度の手数、不完全な無形羅刹だが、それでも人一人殺すには充分すぎる殺傷力はあろう。

 わたしは、もはやこれで仕留められなければ死ぬ、という気概でもって、虎尾秋姫の背後に回り込み、虚を突き【無形羅刹】を叩き込む。


「――――ッ!!」


 突いて、裂いて、斬って、撃って、打ち下ろし、突き上げて、叩き付ける。

 息つく間もなく畳みかける全方位からのわたしの連打。

 隙間などなく襲い掛かる連撃に対して、しかし虎尾秋姫は涼しい顔でその全てを紙一重で避けた。


「――これが、影虎流【先見流(センケンナガ)し】だよ」


 暖簾に腕押し、柳に風、まさにそんな表現しか思い付かないほど見事に、虎尾秋姫はわたしの攻撃を躱しきる。

 まるで最初からどんな攻撃か分かっていたかのよう――ただの一撃も、どころかかすり傷さえ負わずに、虎尾秋姫はわたしの渾身の必殺を回避し切った。


「化物――ッ!!」


 無刀で片手、万全でない体調であることを差し引いても、無形羅刹の剣舞で傷一つ付かないのはショックだった。

 わたしは剣舞が終わるが否や、吐き捨てるように悪態を口にして、全力で後方に跳んだ。しかし、その刹那の隙を見逃すほど、虎尾秋姫は能天気ではなかったようだ。


「ソレ、アヤメくんには言われたくないな」


 一歩で5メートル以上後方に跳んだわたしに対して、虎尾秋姫は散歩するような優雅さでもって肉薄する。逃げられない、と一瞬で理解できてしまうほど圧倒的な機動力差だった。

 虎尾秋姫はわたしの眼前でニヤリと薄笑いを浮かべると、緩やかに左半身になって、左手を突き出してきた。まるでわたしの視界を遮るように、左手を大きく広げている。

 何か繰り出される、と意識した瞬間、腹部に凄まじい重さの何かが激突した。


「――っ、グッ!?」

「――【影牙(カゲキバ)連突(レントツ)】」


 視界が揺れて、意識が吹っ飛びそうになるほどの衝撃と鈍痛が立て続けにやってくる。

 腹部に突き刺さる何かは、その衝撃を内臓に残しつつ、肉を喰い千切られたかのような鋭い痛みを与えてくる。

 わたしは血反吐を吐き散らかしながら、より勢いよく後方に吹き飛ばされた。せめてもの救いは、後ろに跳び退きながらの追撃だったおかげで、気持ちだけダメージが分散されたことか。

 それでも充分、決着には事足りる決め手となる。


「ぁ、っ……っ、は、ッ……ぅ」


 また勢いよく壁に激突して、わたしは潰れた蛙みたいに無様に床へと転がる。

 ただでさえ無形羅刹の反動で足腰が言うことを利かなくなっているのに加えて、得体の知れない未知の衝撃を受けて、わたしはもはや言葉も出せず、荒い呼吸を繰り返すことしか出来なかった。

 今かろうじて意識があるのは、衝撃が腹部に集中しているからに他ならない。


「……ふぅ~、やるねぇ、アヤメくん。想定よりも強かったから、ボク、だいぶ白熱しちゃったよ」


 虎尾秋姫のお世辞が聞こえてくる。わたしは悔しさから、ギリギリ、と奥歯を噛み締めた。

 かすり傷しか負わせられず、完膚なきまでにあしらわれたというのに、白熱しちゃった、とは不愉快にもほどがある。


「あ、レンリ。ちなみに、いま何分?」

「あん? ああ、そろそろ――三分経つ……っと、いまジャストだ。時間通り。ってか、市松人形ちゃん、この前より強くなってねぇか?」


 九鬼連理の上から目線の言葉がやけに苛立つ。

 けれどそれ以上に、こうして余裕なく床に伏している自らの弱さが何よりも腹立たしかった。


「――――この馬鹿野郎!! 連理もふざけてるけど、虎姫も大概だぞッ!! 試験する為だけに、片腕吹っ飛ばして、内臓破壊する馬鹿がどこに居るんだよっ!!」


 いよいよ意識が薄くなってきたところで、耳元に龍ヶ崎十八の激怒する声が響き渡る。同時に、横たわったわたしの身体を労わるように、優しく触れる誰かの温かいぬくもりが感じられた。


「綾女さんも綾女さんだけど……今回のこれは、どう考えても虎姫たちが悪いぞ!! 流石にここまでやらなくても――」

「――おいおい、十八よ。逆に、ここまでやらなきゃ、市松人形ちゃんは止まらなかったろうし、満足もしなかったろ? さっきの活き活きとした表情見たろ? あの状況で笑える精神はもはや異常だろが」

「だ、だとしてもっ――虎姫なら、ここまでやらずに気絶させるくらい出来たろ!?」


 わたしの左肩の付け根と、腹部が温かい何か包まれた。この感覚は何度か経験している。龍ヶ崎十八の治癒能力だろう。

 そう思った途端、全身の鈍痛が和らいで、情けなくも気持ちが緩んでしまった。意識を繋ぎ止めておくのが辛く感じる。


「トーヤ。キミ、アヤメくんを侮らないほうがいいよ? 実際に対峙したら判るけど、あの殺意に中てられたら、流石に手加減なんか出来ないよ? むしろボクだったから、即死させずに止められたんだよ?」


 虎尾秋姫が諭すような口調で、憤慨する龍ヶ崎十八に語っている。そんなやり取りを耳にしながら、わたしの意識は眠りに落ちるように暗闇に沈んでいった。

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