第53話 燦然の柔星
【第一部】心の扉―始―
ぽかぽかと、心まで温かくなる光に包まれている。
目を閉じていても、全身で感じる輝くような光。
「……ワ……トワ……」
誰かが、私を呼ぶ声が聞こえる。
心地よいその声に導かれるように、私は目を覚ました。
「……トワ」
目を開けると、目の前には愛しくて、愛しくて、会いたくてたまらなかった人──
「……えい……ぜん」
「……トワ、目を覚ましたのだな」
あたたかく優しい瞳が、私を見つめる。
今までの想いが込み上げてきて、目頭が熱くなり、涙が溢れる。
「栄善!」
居ても立っても居られなくて、私は栄善に抱きついた。
全身で伝えたい、この安心と愛しい気持ち。
「会いたかった……」
「トワ……私も会いたかった」
小さく漏れた私の声に、栄善は優しく応えてくれる。
抱きついた私を、栄善は大きな手で包み込むように、力強く抱きしめてくれた。
その温もりに、涙がさらに溢れ、心が満たされていった。
しばらく私たちは、お互いの存在を確かめ合うように、抱きしめ合っていた。
「……ここは天国……?」
辺り一面に、黄金に輝く光の道が広がっている。
まるで黄金の海のような景色。
「何を言っておる。トワは忘れてしまったのか?ここは私たちの元の世界ではないか」
柔らかく微笑む栄善の顔を見つめ、私は胸が熱くなるのを感じた。
──元の世界
栄善のその言葉に、私はすべてを思い出した。
どうして忘れていたんだろう。
そうだよ。ここは──
私たちの元の世界。
燦然の柔星。
きらきらと眩しく、黄金に輝く柔らかな光に包まれた星。
無限に広がる、広大な世界。
私たちは、ずっとずっと一緒だった。
この星から、あらゆる命がそれぞれの人生を歩むために、幾つもの世界へと降り立つ。
降り立つと、燦然の柔星のことはすべて忘れてしまう。
その中で出会い、喜びや悲しみを重ねながら──やがてまた、この星へと還ってくる。
「だから、初めてトワに出会ったとき、不思議と心が落ち着くような気がしたのだな」
「私も、栄善と一緒にいると安心する気持ちになっていたのは、私たちがずっと一緒にいたからだったんだね」
「あぁ。私たちの魂は、心の奥深くで分かっていたのだ」
「ふふっ、そうだね」
そして──
私たちの大好きなあの人たちも。
「それにしても、トワはおっちょこちょいなのだな。みんなであの惑星に降り立とうと決めていたのに、トワだけ違う惑星に行ってしまうのだから」
「そっ、それは仕方ないよ。だって、宇宙には数千億もの惑星があるんだよ?間違っちゃうよ、それは……」
「ふっ、そうだな」
そう。
哀伝、団丸、七左衛門も、この星でずっと一緒だった。
だから三人とは波長が合って、人が苦手な私でも自然と打ち解けることができたんだ。
それに、もう一人。
「私だけ、杏歌に会えなかったな。私も会いたかったな……」
「いずれ、きっと会えるだろう。しかし、そのときは私たちはきっと叱られてしまうだろうがな」
「そうだね。……それに、みんなきっと心配してるよね。私、何も言わずに出てきちゃったから……お菊さんも……大丈夫かな」
「あいつらであれば大丈夫であろう。私たちの遺志は、きっとあいつらが引き継いでくれる。お菊のことも支えてくれるであろう。きっと大丈夫だ。あいつらを信じよう」
「……うん、そうだよね」
──みんなを信じよう。
再びこの星で出会えたときは、みんなにたくさんの感謝の気持ちと、そして「ごめんなさい」を伝えなきゃ。
「しかし、降り立つ惑星は違っても、あの星で再び巡り会えた……やはり私たちの魂は、導き合う運命なのだな」
「本当にそうだね。あの日、あの場所で栄善に出会ったのは、偶然なんかじゃない……運命だったんだね」
私たちは、見えない絆で結ばれている。
そう思うだけで、心がじんわりと幸せに満ちていった。
……だけど。
私だけ違う惑星に行くなんて……ほんと、何やってるのよ私。
「そういえば、栄善。どうして御誕辰祭の御菜を芋きなこ和えにしたの?」
このこと、ずっと気になっていたんだよね。
「あぁ、それは……きなこを見ると、トワと初めて行った団子屋でのひとときを思い出すからだ」
そう話す栄善の表情は、その日の出来事を思い返しているのか、どこか懐かしそうに優しく微笑んでいた。
「トワの口元についたきなこを払おうとした……あのときの出来事をな……」
そう言って、私の口元に触れる栄善の手。
思わず、顔がじんわりと火照っていくのが分かった。
「私の生まれた日は、愛する人のことを感じながら過ごしたかった」
そして今度は、その言葉に涙が溢れそうになる。
私の涙を、優しく拭ってくれる栄善。
私はこれまで、何度栄善に涙を拭ってもらったのだろう。
「トワは急いでこちらに来たのだな。草履が片方、脱げておるぞ」
「あれ……本当だ。無心で歩いてたから、全然気づかなかったな。どこで落としたんだろう……ん?あーーー!!!!」
私が突然上げた大きな声に、栄善は驚いたような表情を浮かべていた。
「栄善からもらった簪がない!草履みたいに、ここに来るまでに、どこかで落としちゃったのかな……?」
とても落ち込んでいる私をよそに、栄善は肩を揺らしながら、くすくすと笑っている。
私の大好きな栄善の笑顔──
あぁ、私は昔からこの笑顔が大好きだったのだと、改めて感じた。
だけど、簪を落としたことはやっぱりとてもショックだった。
「うぅ……あれは……あの簪は、栄善が私のために一生懸命に選んでくれた大切な簪だったのに……」
「トワ、とても大切にしてくれていたのだな。私はその気持ちだけで十分だ。それに、簪が無くても私がそばにいる」
「……栄善」
「トワは、私が贈った簪の意味を知っているか?」
「簪を……贈った意味?」
簪を贈った意味って、一体なんだろう……
「私がトワに贈った簪は、撫子の花が描かれた簪だ。撫子の花言葉は「純粋な愛」。そして簪を贈る意味には「あなたを想っています」という気持ちが込められている」
純粋な愛。
あなたを想っています。
それって──
あのとき栄善が贈ってくれた簪に、こんなに深い愛情が込められていたなんて。
今は嬉しくて、涙が止まらない。
「トワ、愛している。ずっと前から、そしてこれからも……その先もずっと」
「私も栄善のこと、愛してる。ずっとずっと……」
そして栄善の手が、私の手にそっと触れる。
「今度こそ、この手を決して離さない。ずっと私のそばにいてくれ」
「私も、今度こそ離れない。栄善の手を決して離さない」
「トワ……」
栄善の声に、胸が高鳴る。
そっと頬に触れる栄善の手。
唇が、ゆっくりと重なった。
熱く、深く──とろけてしまいそうなその口づけに、私はすべてを預ける。
離れていた時間も、すれ違った想いも、すべてを埋めるかのように、深く確かに互いの愛を確かめ合う。
その瞬間、世界は二人だけのものだった。
今度こそ、互いの不安や迷いを抱えながらも、補い合い、支え合いながら生きていく──そう心に力強く刻んだ。
──***
ここは、とある惑星。
小さな男の子が、小さな女の子の手をしっかりと握り、愛おしそうに歩いている。
女の子の髪の毛には、撫子模様のついた簪がそっと揺れていた──
─第一部・了─
(第二部へ続く)




