幕間2 そうだ! 天ぷらだ!
アンナたちが防御塔での待機に時間を取られることが多くなった。
未だに総攻撃は行われていないが、偵察のためなのか少数部隊が城壁に取り付こうとする動きが散見されるようになったからだ。
堀が張り巡らされているカステリスだが、その堀にも浅いところや狭いところなど弱点はある。弱点を特定される前に、追い払う必要があった。
そうなると必要とされるのが純粋な魔法使いだ。魔法を専門とする分、軽歩兵よりも威力や射程にわずかだが優れる。
さらに、敵の本格的な攻撃がいつ始まるか分からない以上、主力である軽歩兵の消耗は極力抑えなければならない。
そのような理由から、追い払う程度の攻撃は魔法使いにやらせるほうが良いという判断だ。
アンナたちがシフトに入れなくなったことで、俺とセシリアの負担は増えた。だが、仕事への慣れもあり現状はなんとかなっている。
後は悩ましい問題として、ルミナシア軍の補給妨害もある。河川運搬の減少や、少数の騎兵部隊が川上からの渡河し、それが散発的に陸上輸送路への攻撃を行っているという。
そのせいで使える食材が減った。
穀物類の備蓄は十分だが、代り映えのない食事が続くことになる。調理の幅が少なくなり、結果的に仕事量も減っていった。
調理が簡単で楽ができて嬉しい! ……なんてことにはならない。むしろ、美味い飯を作るために悩む時間が増えた。
実際に今でも、限られた食材から新しい料理を作るために、厨房でセシリアと一緒になって頭を悩ませている。
「生鮮食品があまり手に入りませんね……それに肉類もか」
「そうね、いくらリーナの料理が塩味主体であるとはいっても、そろそろ限界かしら?」
忙しい時なら簡単な飯を出すし、攻撃が止み始める夕方頃になれば、それなりに豪華なものを出す。
問題となっているのは夕食だ。命を懸ける兵士の利点のひとつは、まともな食事が保証されること。特に平民出身の兵士たちは、肉料理を楽しみにしていた。
しかし、補給が妨害されていることで肉類の流通はとっくに途絶えた。
今では軍内でも配給の調整が必要な状況になっている。
肉がまだ使えた頃、調子に乗ってトンカツもどきを作ってみた。
あれは平民出身の兵だけでなく、エリック隊の全員にも絶賛され、また作ってくれと頼まれていた。
しかし、肝心の肉が手に入らなければ、それは不可能だ。
干し肉はあるが、塩漬けにされた保存食であり、ほとんど調味料のようなもの。
となると、何を作ればいいのか……。
唯一豊富にあるのは油だ。それは本来食用ではなく、熱した物を城壁に登ってくる敵に浴びせるための物だ。
しかし、ルミナシア軍はまだ城壁に張り付くような本格的な攻撃は仕掛けてこない。
だから、たくさん余っているのだ。
兵の士気を保つためにも、この油は自由に使って良いことになっているが……さて、どうするか。
「セシリア様は何か思い浮かびます? このままだと握り飯か粥、それに塩のスープと漬物だけになってしまいます。玉ねぎがあるだけスープはまだマシですけど、夕食には質素すぎます」
通常、夕食は軽めのものが多いが、戦時となれば話は別。しっかりとした食事で兵士の体力と士気を維持することが重要だ。
なのに、今出せるのは昼食と同じような物ばかり。
こんなので、肉体労働の兵士が満足するはずがない。
「油はあるから、それでなんとかしたいわね。玉ねぎの素揚げくらいかしら? それならそこそこ量を作れるわ」
オニオンリングもどきか、それならいけるだろうか?
パンを作るほど小麦粉はない。上質なものはすでに枯渇していて、白パンを食べられるのは貴族や上級の騎士くらいのもの。
だから、大麦が主体となる飯を考えなければならないわけだが……待てよ。
「卵はまだ残っていますよね?」
「あるわよ。でも、隊の皆に分けるには少なすぎるわ。トンカツだっけ? あれみたいに使うくらいしかできないわね」
そうだ。セシリアの言う通り、材料の一部として使うなら問題ない。
パンは焼けないが、ちょっとした材料として使うくらいには小麦粉もあるし、これならいけるぞ!
「思いつきました! 時間に余裕はまだあります! とにかく一品作って、それが良ければたくさん作りましょう!」
「私はいつもの作業でいいのよね?」
「はい。握り飯とスープの準備をお願いします」
こうして夕食作りが始まった。
今ある食材で作れる物といえば、これしかない。
そうだ! 天ぷらだ!
太陽が地平線のかなたに落ち始めたころ。
こうなると敵の攻撃は止み、城壁に詰めていた兵士たちも最低限の警戒を置いて休息に移る。
その中には当然食事休憩も含まれ、いつものようにローテーションでエリック隊の面々が食堂にやってきた。
「これはなんだ? たまねぎのトンカツ? ……ではないな。素揚げともまた違うようだが?」
玉ねぎの天ぷらを見てのエリックの第一声がそれだった。
異世界物の定番、日本食の出番だぜ! とはならない。
すでにトンカツを出しているし、そもそも衣をつけて油で揚げるような料理はこの世界にあるからだ。
だから反応としてはこんなものだ。エリックだけでなく兵士たちも、天ぷらに好奇の目を向けることはない。
というか俺だって、突飛な日本食を出す気はないしな。
戦時にそんなことをやる余裕はない。むしろ食べなれた物を出すことのほうが重要だ。
「少し調理の仕方や材料などを変えました。寄子の会合の時に出た肉料理、覚えていますか? あれに近い物ですね。それを玉ねぎで代用してます」
天ぷらかどうかは分からないけど、似た物は会合の豪華な食事にあった。
衣がついてはいたけど、天ぷらみたいにカラっと上げるような感じではない。どこかしっとりとした食感だったけど、調理法はほぼ同じだろう。
「ああ、あれか。だが、中身が玉ねぎとはいえ、見た目が少し違うな。この塩に付けて食えばいいのか?」
「はい、好みの量を付けて、それで食べてください。味見は何度もして、できの良い物を出していますから、おいしく食べられるはずですよ」
「そうよ、お兄様! ただ油で揚げるだけなのに、ずいぶんと奥が深いんだから!」
どこか誇らしげに胸を張るセシリア。
その自信に満ちた表情には正当性がある。なにせ、俺よりもセシリアのほうが揚げるのが上手かったのだから。
うろ覚えのレシピで作ったせいで、最初は当然のように満足のいくものはできなかった。
しかし、妙に乗り気になったセシリアは、ひたすら玉ねぎを揚げ続け、気が付けば俺が作るよりも数段上の天ぷらを完成させていた。
いい天ぷらを揚げるには修行が必要。日本料理のドキュメンタリーで見た限りでは難易度は高いらしいけど、その感覚をおぼろげながら掴めたらしい。
俺は油の温度とか、音の変化を聞き分けること大事であると、そんなふわっとしたことを言っただけ。なのにセシリアは揚げながらそのコツが分かってきたという。
なんでも、泡や音と肌感覚で油の熱を感じる。そして天ぷらを投入すると、最初は大きく派手な音だけど、火が通るにつれて繊細で軽快な音になる……らしい。
……いや、そんなこと言われても……俺にはよく分からん。
「そうなのか? ではいただくとする……うん、美味いじゃないか」
エリックが天ぷらを食べるが、反応はよし。他はどうだ?
「さくさくしていて、歯ざわりがいいなコレ」
「玉ねぎってこんなに甘くなるんですね! 田舎で玉ねぎは良く食べてたけど知らなかったな」
「好みで塩を付けて食うってのも悪くない。塩がきつ過ぎたらスープで流せばいいし、これは美味いな」
好評だな。
というか、まずくなるはずはない。俺の作った微妙な天ぷらでさえそこそこの味だったからな。
それらの評価を聞いてセシリアは嬉しそうだ。
人間ってのは意外な才能を持っているもの。
些細なことだけど、あまり自分に自信を持っていないセシリアが、少しでも自己肯定感を持ってくれたなら良かったと言える。
「美味かった。また作れないか?」
「卵はこれで使い切りましたから、補給次第ですね」
「それは残念だが、仕方あるまい」
エリックが少し残念そうな顔をするが、こればかりはしょうがない。
でも、卵を半端なものに使うよりかは良かっただろう。
兵士たちも満足したようだ。天ぷらを選んでよかった。
「カイルだが、食堂には最後に来る予定だ。今はアンナたちと防御塔で物資の確認をしている」
「そうなんですか? わかりました。ならエリック隊の食事が終わった後、俺たち調理班と一緒でいいですかね?」
「それでいい。たまには兄妹で話す時間を与えてもいいかと思い、そのような配置にした」
エリックたちが食堂から去り、次いで食事を取ったヴィクターたちもこれには好評だった。
特にヴィクター班に配属となっているアルフレッドはこの天ぷらを褒めに褒め、それによってセシリアは嬉しいどころか恥ずかしがるくらいだった。
そんな愉快な食事が終わると、最後にカイルたちがやってくる。
これが今日最後の食事となった。
「セシリア様って、料理の才能あったんですかね? それとも油物限定?」
美味そうに天ぷらを食べるアンナが、そんなことを口にする。
「どうなんでしょうね。リーナからは音が重要って聞いて、それが分かったから上手くできただけだもの」
「音って料理に重要なんだ。料理はそこそこできるけど、それは知らなかったな」
「これは油の温度とかが重要で、その判断を音でするらしい。俺も良くは知らないから、セシリア様がコツをつかめたことは凄いことだと思うよ」
天ぷらの味に満足しながら食事を進める俺とセシリアとアンナ。
女三人で、実に和やかな光景と言えるけど、それはこの場だけだった。
「……でも、カイルさんって、結構モテるんだな」
隣のテーブルへと視線を向ければ、そこは三人の女の子に囲まれるカイルがいた。
「カイル様! 今日、私、役に立てましたか!」
「私の魔法で敵を追い払ったんですよ! カイル様も見てましたよね!」
「ミリー、ヘレナ! 今は食事中よ! カイル様! この揚げ物おいしいですね! カイル様って、何がお好きなんですか?」
ミリー、ヘレナ、リア。
アンナの指揮するエリザベス騎士団の三人がぐいぐいとカイルに迫っているようだった。
なんというか、勢いが凄い。あれが女の子のパワーか……侮れないものがある。
カイルは実戦経験が豊富なうえ、話し方が穏やかで優しい。それに加えて、平民上がりの兵にも分け隔てなく接するため、慕われるのは当然かもしれない。
「こらこら、今は食事中だよ。まずはゆっくりと食べて、それから話そう。いいね?」
「はーい!」
カイル本人は困っているようだけど、その顔を見ると満更でもないように見える。むっつりスケベ疑惑のあるカイルのことだ。モテること自体は嬉しいのだろう。
それにアンナにマリアといった妹がいるんだ。年下の女の子の相手もお手の物か。
しかし年の差を考えれば、日本ではロリコン扱いだぜ……。
「くぅー、私の部下たちを良くもぉー。兄さんに寝取られた気分だよ!」
「アンナ……あなたはまた、何を言っているのよ」
アンナに対して、セシリアが呆れたように言った。まーた馬鹿なこと言ってる。そんな感じの目だ。
これにはセシリアに同感だ。彼女たちは別にアンナの女というわけじゃなく、ただの部下だ。それを寝取られたってなんだよ、寝取られたって。
というか、どう見ても頼れるお兄さんに懐く女の子、そういうふうにしか見えないぞ。
「セシリア様! 私は傷ついているのです! というわけで慰めがほしい……リーナでも良いよ!」
「慰めねぇ……何かしてほしいことでもあるのか?」
「そうだねぇ……またキスがしたいな。いいでしょ?」
キス程度なら、いつだってかまわないけど、セシリアが口を挟んでくる。
「アンナ……緊急時以外に、それを私が許可すると思う?」
「ええー、いいじゃないですか! セシリア様だけがリーナを独占するんですか? それは横暴というものですよ!」
「リーナは私の側付きよ! 独占して当然じゃない!」
カイルの方は女の子たちが姦しく、こちらはこちらで女たちが喧しい。
エリックやヴィクターたちがいる時よりも、人数は少ないはずなのにこの煩さだ。
でもまあ、たまにはこんな食事もいいだろう。戦時だからこそ、賑やかで明るい雰囲気は特に意味があるのだから。




