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ディスコードルミナス  作者: RCAS
嵐の前の平穏
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燃え上がる戦火

 今回の騒動は、これで完全に終わった。

 カステリスに残された兵やヴェリウス辺境伯の防諜を担当する役人たちによる聴取が行われ、事件の確認作業が進められた。

 あれだけの戦闘があったにもかかわらず、カステリスの損害はごくわずかだった。破損した石壁や石畳、河川港の物資の損失が主で、大きな人的被害はなかった。

 むしろ、戦場に積み上げられていたのは、敵の亡骸だった。精神攻撃を仕掛けてきた奴らだ。


 役人たちは俺たちの証言を聞くたびに、来るべき時がついに訪れたかのような、重苦しい表情を浮かべていた。

 どうやら、彼らは知っていたのだ。あの不可思議な力を持つ者たちの存在を。

 しかし、こちらがどれだけ問いただしても、役人たちは何も答えようとはしなかった。ただ言葉を濁し、はぐらかされるばかりだ。


 そんな中で、唯一聞けたのは、なぜ夜の市場に人気がなかったのかという点だ。

 なんでも、カステリスに住むほぼ全ての住民は、あの日の夜には家にいるよう事前に予定を立てていたという。

 ……つまり、最初からあの日にセシリアを誘拐する計画を立てていたということ。そして今なら分かる。奴らの力は人が壁になり遮ることができる。だから、視線を通すために人避けをしたのだ。


 事件に関わった他の者たちへの聴取はそこまでだったが、俺に対する聴取だけはまるで尋問のように長引いた。

 敵の能力がどのようなものだったのか、それに対してどう対処したのか。

 特に俺が精神攻撃を受けても影響がほとんどなかったという点に関して、執拗なほどに問い詰められた。

 まるで俺が、その特異性を持つ者として調査対象にされているかのようだった。


 こうした聴取が数日間続き、ようやく俺はセシリアが暮らす屋敷に帰ることが許された。

 屋敷へ戻ると、先に解放されていたセシリアが、俺の帰還を誰よりも喜んでくれる。


「リーナ! 良かった! やっと解放されたのね!」


 再会したセシリアの笑顔を見た瞬間、胸の奥からじわじわと嬉しさがこみ上げてきた。

 守り抜いたという実感が、ようやく湧いてくる。


「はは……さすがに疲れましたよ。少し休みたい気分です」

「そうね。なら今だけは私があなたの世話をしてあげるわ!」

「セシリア様が? 本当に?」

「何言ってるの? 貴族令嬢として作法は当然学んでいるわ。この屋敷にいる使用人が寄子の子女だって忘れたの?」


 ……そういやそうだった。


 こうして、セシリアが俺の世話をすることになった。

 貴族の世界なら本来あり得ないだろうけど、セシリアは辺境の男爵家の令嬢。

 そして俺は自称ではあるけど『セシリアの騎士』だ。

 それなら彼女の気分としては、問題はないらしい。

 とはいえ、さすがのセシリアもメイド服を着ることはなかった。

 ……セシリアのメイド服姿、似合いそうなんだけどな。

 

 そんなことを思いながら、ゆっくりと休息を取ろうとした矢先。屋敷が、物々しい雰囲気に包まれた。

 何が起こったのかを確かめるべく、俺とセシリアは屋敷の大広間へ向かう。

 そこでは、焦った表情の家令が、兵士たちと何事かを話し込んでいた。


「いったい何が起きたのですか?」


 セシリアが焦りの色を浮かべながら尋ねると、家令は厳しい表情のまま答えた。


「ファルクラムが抜かれた……そのような報告が、複数の伝令からもたらされました。敵は膨大な数の軍勢でヴェリウス領を進軍している……詳細は現在、軍務官が精査中ですが、情報が錯綜しており、まだ確定していません……」


 その言葉に、俺の体は凍りついた。


「まさか……ファルクラムが……お兄様は……どうなったの?」


 セシリアの声が震え、その肩が小刻みに揺れる。

 事態は最悪の方向へ進んでいる。

 だが、それは本当に 『まさか』 だったのか? 俺は心のどこかで、こうなることを予感していたのではないのか?


「セシリア様。城へ行って確認を取ってきます」

「なら、私も!」

「いえ、セシリア様はこの屋敷にいてください。男爵家の令嬢とはいえ緊急事態です。城に入れるかわかりません。その点俺はグレン先生の弟子で、城門の守衛とも面識があります。ここは俺に任せてください」

「……分かったわ。でも……すぐに戻ってきてね?」


 不安そうなセシリアを残して、俺は城へと急いだ。

 城門前には、いつもとは明らかに違う光景が広がっていた。厳戒態勢のもと、大勢の兵士が警戒に立っている。


「……これは、俺でも入れないか?」


 立ち尽くしていたその時、見慣れた姿が目に入った。


「リーナ! どうしてこんなところにいる! もう稽古なんてやってる場合じゃないだろ!」


 ヴィクターが声を張り上げながら、こちらへ歩み寄って来る。


「それは理解しています。ただ、屋敷では何が起こっているのか詳細が分からない。ヴィクター様なら何か知っていると思って……」

「……分かるっちゃ、分かる。親父と兄貴から、緊急の手紙が届いた」

「それを教えてもらうことはできますか?」

「……本来なら駄目だが、所詮は数日で分かる話だ。いいだろう。訓練場で話そう。先生もヴァルガもいる。俺は、彼らにこの情報を伝えに来たところだ」


 場面は訓練場の建物内へと移った。

 そこには、普段の捉えどころのない雰囲気は消え去り、鋭い眼差しでヴィクターを見据えるグレン先生と、難しい表情で腕を組むヴァルガがいた。


「先生、報告します。城にいた伝令とは別のルートを使った者からの情報も届きました。内容は一致しています。つまり、これは確度の高い情報です。現在、ファルクラムが陥落。ヴェリウス辺境伯軍は会戦に敗れ、撤退中。本軍や寄子の一部が殿を務め、無事な軽騎兵による遅滞戦闘が行われています。それでも敵の勢いを止めることはできず、被害が拡大しています。以上です」


 戦争は、決定的な局面に突入していた。

 ファルクラム陥落。それは、ヴェリウス辺境伯領の最前線が破られたことを意味する。


「先生とヴァルガは、ヴェリウス辺境伯家とそこまで深い関係はありません。今ならまだ、ここを脱出できます」

「……私もここで少なくない禄を食んだ。それを思えば、逃げ出すことはできないね」

「先生……ヴァルガはどうだ? 逃げてもいいんだぞ」

「……いつもなら、こんな負け戦に参加なんてしないけどな。どうやらゼイガイトの方でも、いざこざが起きているらしい。これを読んでみろ。伯父貴の古くからの伝手からだ」


 ヴァルガから受け取った手紙をヴィクターが広げる。


「ヴォルファングの武装蜂起だと!? それにフォクスフォードとドラグニルまで参加しているとは……。そして独立を支持するゼイガイト南部貴族と、それを認めない大公国が軍を出動しているとある。これは……」


 ヴィクターの疑問に、グレン先生が答えた。


「おそらくだが、ヴァリエンタとルミナシアの戦争を察知し、それを好機と見て事を起こしたのだろう。そこにゼイガイトの貴族たちも乗ったということだ。北部貴族と南部貴族の対立は根深い。外敵が勝手に戦争をしてくれるなら、今のうちに動こうと思った者もいたのだろう」


 均衡は完全に崩れた。

 まるで玉突き事故のように、小さな事件が次々と大きな事件を生み出し、それが巨大なうねりとなり、戦乱を引き起こしたかのようだった。

 

「つーわけだ。ルミナシアにはあのおかしな連中がいるし、ゼイガイトに戻ってもしょうがねぇ。特にヴォルファングにでも戻ってみろ。何かとせっつかれてタダ働きさせられそうだ。ならヴァリエンタに売り込んで、少しでも金を稼がねぇとやってられん。そういうことだ」


 ヴァルガは軽い口調でそう言ったが、その目には暗澹とした影が宿っていた。


「……そうか。ならモラント家で雇おう。それでいいか?」

「ああ、かまわん。で、何をするんだ?」

「親父と兄貴を助けないといけない。地図でいうと、ここだ」


 ヴィクターが広げた地図には、ファルクラムとカステリスの中間にある丘が記されていた。

 俺もここを通った覚えがある。丘のくぼ地を縫うようにして街道が通っており、丘全体に崩れた建築物の跡が存在していた。すぐ近くに宿場町がある場所だ。


「レイウォル丘陵……かつてオルダリスと戦った時の古戦場だ。ここにはその時の遺構がまだあって、それを再利用する形で陣を布くとある。敗残兵が主体になってしまうが、ここを抜かれたらカステリスまで一直線だ。カステリスで籠城するにも中央に援軍を頼まねばならない。それゆえヴェリウス閣下はここに張り付いてはいられない。だからここの指揮をとるのが……モラント子爵、親父だ。そして兄貴が親父の補佐をしている。そしてこれは、リーナ。お前にも関係する」

「俺ですか?」

「ああ、ここにエリックがいる。本軍や寄子の一部、無事だった軽歩兵を率いているようだ。会戦における撤退戦で類まれなる活躍をしたと手紙には書かれている。それゆえの抜擢だ」


 その言葉に、心臓が跳ねた。

 エリックがそこにいる。そしてカイルも一緒に戦っているはずだ。

 ……なら、俺も覚悟を決めるしかない。


「ヴィクター様。剣も魔法も使える便利な奴がいるんですが、いかがします?」

「……いいのか?」

「もちろん! というか、エリック様がそこにいるんなら行かないとダメでしょう!  あの妙な連中も、あれだけの被害を出したんだ。そう簡単には動けないはずです。セシリア様にはカステリスで待っていてもらいましょう」

「……そうか。なら決まりだ。俺たちがどれだけ役に立つかは分からんが、少しでも兵が必要なのは確かだ」


 こうして、今後の方針が決まった。

 レイウォル丘陵……カステリスを守るための外郭防衛線といったところか。


「あーあ。覚悟はしていたとはいえ、どっぷり戦争に浸かることになっちまったな……」


 そう嘆きながらも、俺は自嘲気味な笑みが浮かぶのを自覚した。


「……まあ、いいか。俺はアリオン家の……使用人なんだから」


 エドワードさんに託された想いは、今も俺の中にある。

 だからこそ……俺は逃げない。逃げずに……戦うんだ。

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