河川港の戦い2
セシリアへの精神干渉はまだ続いている。
だが、それだけだ。敵は大部分の戦力を失い。あとはセシリアを操っている奴だけのはず。ならそいつを仕留めれば俺たちの勝ちだし、セシリアさえ取り戻せば、それでも俺たちの勝利だと言える。
そう考えてセシリアの元へ走る。
だが、セシリアが向かっている船着き場の船から、異様な存在感を放つ男が現れた。
漆黒のロングコートのようなものを着こなし、さきほどの連中とは違い鍛えられた体躯を持っている。
その男は船に向かって、大声で命令を下した。
「男を妨害しろ! 小娘は俺がやる!」
その声が響くと同時に、セシリアが崩れるように倒れた。
一瞬、嫌な予感が脳裏をよぎる。しかし、ここまでしてセシリアを攫おうとしていた連中が、彼女を殺すはずがない。これは気絶させただけだとすぐに理解した。
「……くそっ」
俺は周囲を見渡すが、ヴィクターがうずくまっているのが目に入った。
周囲にはこの男の他に敵はいない。そして俺がこの男に対して盾になっているはずなのに、ヴィクターが無力化されている。
さっきこいつは船に向かって男を妨害しろと言った。となるとそこからの精神攻撃ということか!
立ち位置を僅かに変えてヴィクターへの攻撃を遮断しようとするが、それでもヴィクターは立ち上がらない。
いまさらになって新しいルールかよ! 敵の能力の全貌はまだ明らかになっていない! 確実に有利だったのに、そのおかげで土壇場になってひっくり返された!
「己が計画の慢心。自ら確立した手法への過剰な自信。俺もまた、無能であったということか」
ロングコートの男が自嘲気味に笑いながらも、腰に差した剣を抜く。
その刀身は西洋剣とは違い曲線を描いていた。まるでシャムシールのような鋭く湾曲した剣だ。
「度重なる偶然。全てがお前に味方した。極めつけは突如として使用される魔導士級の魔法。『イレギュラー』……御伽話ではないのかもしれん」
「何がイレギュラーだ、クソ野郎! セシリアを諦めてさっさと消えろ! そうすれば見逃してやる!」
俺の叫びを無視し、男は剣を構えて俺を睨みつけた。
その瞬間、心に靄がかかり、不快感が心を侵食する。
視界が歪み、意識がぼやける。これは今まで受けた精神攻撃の中で一番強烈なものだった。
「……くそっ!」
思考がまとまらない。まるで心に重圧がかかっているようだ。
心にノイズが走り、動きが鈍る。ヴィクターのように倒れることはないが、これでは極限の中に入ることができない!
男が俺を見下ろしながら、静かに言葉を発する。
「お前に力は通用しないと聞いていたが、どうやら違うようだ」
鋭い踏み込み!
ためらいなく放たれる一撃。とっさに身を翻し、回避する!
戦いが始まった。
精神妨害がきつい。極限の集中に入れない。さらに、この男は今までの敵とは格が違う。
男の恵まれた体格から繰り出される曲刀の斬撃は、その華奢な刀身のイメージに反して重さがあるのが分かる。
高度な技など必要ないと言わんばかりに、圧倒的な膂力を活かした曲刀の一撃が、暴風のように襲い掛かる。
「遅いぞ! やはり無効化できるわけではないようだな!」
男の声が嘲るように響く。
「効果が薄いだけ! それが分かれば、ここで仕留めるには十分だ!」
躱しきれない! 致命の一撃を防ぐため咄嗟に剣を合わせる。しかし、それは悪手だった。
すさまじい衝撃が腕に伝わる。なんとか防ぐことはできたが、ごっそりと力を持っていかれる。
一度受けただけで、腕が痺れるほどの衝撃が走った。次はもう駄目だ。受け止めたら、確実に押し切られてしまう!
だからこそ、受け流しや見切りを使って回避しなければならないのに! 今の俺は極限に入れない! このままでは、必ず押し切られて敗北する!
「ちっく、しょう!」
回避するたびに大きく体を動かさなければならず、消耗が激しい。
剣を握る手が、汗ばむのが分かる。呼吸が乱れ、胸が焼けつくように熱い。
このままでは確実に押し切られる。だが、どうすればいい!? どうすれば、この攻撃を凌げる!?
このままじり貧になるのなら、一か八かの賭けをするしかない。
そんな覚悟を決めようとした時だった。突然、どこからか刃物が投げられ、男の腕を負傷させる。
「ぐっ、何奴!……!?」
苦痛に顔を歪めた男が、即座に投擲の方向へ視線を向ける。
激しい剣戟が止まったその一瞬を逃さず、バックステップで距離を取る。
刃物を投げたのは……ヴァルガだ!
イヴリンを撃退してここまで来たのか! 彼は無傷のように見える。なんて強さなんだ!
「ええい! ここに来て援軍だと! 」
男が驚愕に目を見開き、憤怒の形相で叫んだ。
そこには明らかな動揺がある。しかし、それだけでないことにも気がついた。頭にかかる靄が薄まり、気分が和らいでいく。
これは……! 俺に対する精神攻撃が弱くなっているんだ!
この瞬間、理解した。精神に干渉する能力。これは完全無欠の力じゃない! ダメージを受ければ力の強さを維持できないんだ!
男の動揺を感じ取り、それを隙と思ったのかヴァルガが驚異的な速度で接近する。
だが、その攻撃が成される前に、男はヴァルガを凝視した。
「邪魔だ! そこで寝ていろ!」
ヴァルガは片膝をつきながら、なんとか耐えようとする。しかし、すぐに膝が崩れ、そのまま地に伏した。
「ヴァルガ!」
なんとか懸命に動こうという意志が感じられるが、それでもヴァルガは動けない。完全に無力化されている。いくら弱くなったとはいえ、耐性がなければやられてしまう威力はまだあるようだ。
しかし弱体化しているのは確実! セシリアを気絶させたような力を発揮できていない。ヴァルガに意識があるのがその証拠だ!
ヴァルガを完全に無力化するには、男は力を使い続ける必要がある。今の俺に精神攻撃を向ける余裕がない!
これは千載一遇のチャンス! 頭から完全に靄が消えている。この男の精神攻撃は強烈だけど、同時に二人を無力化することはできない!
意識を集中し、感覚が研ぎ澄まされていく。そして極限の中に入る。連戦の消耗のためか、最奥には届かない……だけど、今の俺には十分すぎる!
天秤がこちらに傾いた。開いた距離を今度はこちらから詰めに行く。
「今度は俺の番だな! くたばりやがれ!」
「ぬぅ! 小癪なぁ!」
この男の攻撃は無駄が多く、エリックが持つような鋭さはない。
防御にしたって、ヴィクターのような見切りの技術もない。
そしてグレン先生のような、体の全ての動きが攻防の布石になる完成された技巧もない!
極限の中にいる俺にとって、ただ速さと威力があるだけの攻撃など、恐れるものなど何もない!
「動きが温いぜ! クソ野郎! そのまま死ね!」
攻撃が当たり始める。
だけど、ロングコートの下には防具でも仕込んでいるのか、この男に剣が通ることはない。これでは致命の一撃を叩きこむことはできない。
それならば防具のない急所を狙う! だけどそれは完全に防がれていく。
この男、自分の弱点となる部位の防御だけは一級品だ! これでは一撃で仕留めることは無理だろう。
だが、それでも俺の優位は変わらない! このまま防御ができなくなるまで押し切ってやる!
そう思った瞬間、まとわりつくような気持ち悪さが再び俺を襲い、極限が解かれた。
「スヴェルノヴァ! 逃げて!」
女の声が響く。声の出どころは船からだ! やはりそこにいたのか!
その声に反応した男が俺との戦いを放棄して船へと走り出した。
「逃がすかぁっ!」
極限に入れずとも、逃げ出したその背中に剣を突き立てることはできる!
だが突如として、目の前を炎が弾けるように吹き上がった! 燃え盛る炎の壁が俺の行く手を完全に塞ぐ。
これは魔法!? 炎越しに、スヴェルノヴァと呼ばれた男がさらに印を切っているのが見える。
そして発動されたのは更なる魔法。船着き場に至る道の地面が大きく隆起し、追いかけることが不可能となる。
「あいつ……!」
スヴェルノヴァは女の声がした船に飛び乗り、そのまま岸辺を離れていく。
瞬く間に加速して、川を滑るように進んでいった。おそらく風か水の魔法を使い、無理やり船の速度を操っているに違いない。
仕留められなかった……それでも戦闘はこれで終わりだ。一呼吸つき、剣を鞘にしまう。
そしてあの男に昏倒させられたセシリアのもとへ向かい、抱き上げる。
大丈夫。息はしている。予想通りにただ気絶しているだけだ。
「なんとかなったようだな、リーナ。セシリア嬢も無事か……だが」
セシリアを抱えたままでいると、そんな声がかかった。
俺に近づくヴィクターとヴァルガだが、二人の視線は俺たちではなく、川を異常な速さで下って行った船に対して向けられている。
「やはり、何かがおかしい。これがセシリア嬢の誘拐だけで済むか? もっと大きな策謀が動いている。そんな気がする。ヴァルガはどう思う?」
「そうだな……これで何も起きない。そんなことはないだろうよ。お前みたいに小難しいことは分からんが、そんな予感がするぜ」
二人が言っていること。それには俺も同意できる。
必ず何かが起こる。それはすでに予想ではなく予感となって俺の心に深く沈み込んでいった。
そしてこの不可解な中でも一つだけ確定したことがあった。
「……間違いない。敵の狙いは……セシリアだ」
今回の件で、それが確定した。
「俺は……セシリアを守り切れるのか?」
今はただ未来に対する不安だけが俺の胸中を占めていた。




