13.キノコの王様の誘惑には抗えません
北の洞窟までの道のりは至って平和だった。
里を抜けた先には草原が広がり牛と豚と羊が闊歩していて魔物の類は一切いなかった。
「なんていうか、穏やかな光景ね。魔王軍幹部が潜むダンジョン手前の光景じゃないわよ」
「ここは里が管理する放牧地らしいです。キ・ノコノコJrの影響で草原にもキノコが生えるらしいんですが、家畜たちの餌になって好都合だそうです」
「好都合って」
「キノコだけで育った豚は美味しいとか言うよね」
「へー、初耳だわ。さすがは20歳博識ね」
「年齢の話はするなー」
そんな話をしてるうちに3人は洞窟の前に辿り着いた。
洞窟の中は一目でわかるほどキノコで溢れ返っていて足の踏み場がない状態であった。
「これはちょっと思ってた以上にきついわね」
「なんかもう見た目もグロいよ」
「泣きごとを言っても仕方ありません、入りましょう」
コトネに促されイリーナとソラソラは渋々足を踏み入れた。
しかし。
ぐにゅ。
「「いやゃゃぁあああ」」
足に伝わる気持ちの悪い感触に二人は同時に悲鳴をあげた。
「無理無理、これ無理、だって今ぎゅにゅてなった。ぎゅにゅって」
「あたしのキノコはむにゅにゅってなった。むにゅにゅって。コトコトこんなの入るの絶対無理だよ」
二人は泣きながら訴えた。
「ぎゅにゅだかむにゅにゅだか知りませんがそのくらいは我慢して……」
コトネは驚いた様子で途中で言葉を止めた。
「どうかした? コトネ」
「姫、ソラソラさん、あれを見てください」
コトネに言われるままに二人はコトネの指さす先を見た。そして、二人も目を丸くした。
「も、もしかして」
「あ、あれは」
「そうです。間違いありません。あれは」
「「「キノコの王様!」」」
3人の視線の先には気味の悪いキノコの中に紛れて輝くマツタケがあった。
「マツタケって洞窟なんかに生えるものなの?」
「普通は生えませんがキ・ノコノコJrのお陰で色んなキノコが生えてるみたいですね。よく見てください、マツタケの他にもシイタケ、エリンギ、マッシュルームなんでもありますよ」
「凄い! お酒に合うキノコがこんなに」
「そうねお酒に……えっ?」
「そうですねお酒に……お酒?」
イリーなとコトネは言葉を止めて魔法少女を見た。
嬉々としたソラソラの発言はイリーナとコトネは見逃すことはできなかった。
「お酒に?」
「合う?」
二人の問いにソラソラは満面の笑みで答える。
「そうだよ。とーーーっても合うんだよ」
「ターーーーーイム」
イリーナはすかさず叫んだ。イリーナとコトネはソラソラに背を向けしゃがみ込んでヒソヒソと会議を始めた。
「こちらイリーナ。ソラソラの見た目は小学5年生ですが飲酒発言はよろしいのでしょうか? どうぞ」
「こちらコトネ。実年齢は20歳と明かしているのでセーフだと思います。どうぞ」
「こちらイリーナ。では、このまま飲酒可能の前提で話を進めてよろしいでしょうか? どうぞ」
「こちらコトネ。飲酒の話をする時は成人ということを強調して話しましょう。どうぞ」
「ラジャー。イリーナ、任務に戻ります」
「ラジャー。幸運を祈ります」
二人はすっと立ち上がるとくるりと振り返り強張った笑顔をソラソラに向けた。
「そ、そうなんだ。やっぱ大人の女性は目の付け所が違うわね」
「そ、そうですね。私たちはまだお酒を飲めない年齢なのでなんとも言えませんが、さぞ美味しいんでしょうね」
これでもかというくらいの棒読みであった。
「えっ? あ、そうか。イリイリとコトコトはまだお酒を飲んだないことないんだ。真面目だなー、あたしなんかじゅう」
「黙らっしゃい!」
イリーナは叫んでソラソラの言葉をかき消した。
「飲酒は20歳になってから。必ず守りましょう」
コトネからのお願いです。
「どうしたの二人とも? 急に大声なんか出して?」
「別に、なんでもないわよ。そんなことよりも、キノコの王様を、このキノコの宝たちをスルーしてよくわからないキノコの魔物を倒しに行っている場合かしら?」
既にキノコが大好きになる催眠にかかっているような発言ではあるがイリーナはまだかかっていない。
「姫、おっしゃりたいことは重々に承知しています。ここは私にお任せを」
コトネは王家秘密道具:無限空間ポーチに手を入れると勢いよく引き抜いた。
「王家御用達BBQセット」
コトネがポーチからBBQ台に炭、アウトドアテーブル、焼き肉のたれ、塩コショウ、紙皿、割り箸、紙コップ、クーラーボックスなどBBQを開催するのに必要なものが全て出てきた。
「でかしたわ、コトネ」
「さすがコトコト。じゃああたしも。『バカバッカス』」
ソラソラのオリジナル魔法『バカバッカス』。お酒を中心に色んな飲み物を出せる魔法だ。
ソラソラは紙コップに赤ワインを注いだ。
「なにそれ便利! お酒以外は出せないの?」
「お酒に混ぜたら美味しい物なら大概出せるよ」
「基準はそこなのね。じゃあ、オレンジジュースで」
「はいな、っと。コトコトは?」
「私はウーロン茶をお願いします」
「ほいっと」
ソラソラは注文通りオレンジジュースとウーロン茶をコップに注いだ。
「これで飲み物も完璧ね。あとは……二人はマツタケたちを集めて火をおこしといて」
「姫は?」
「私はお肉を買ってくるわ」
そう言い残しイリーナはテーブルの大きな紙皿を数枚持って草原へと戻っていった。
残されたコトネとソラソラは指示通りキノコを集め、火をおこし、キノコを焼きながらイリーナの帰りを待った。
数分後。
「ねえ、コトコト、イリイリ里まで戻ったんでしょ? もう先に始めてていいんじゃない?」
「そんなことしたらあとが恐いですよ。それに姫は恐らく里まで戻ってません」
「どういうこと?」
その時満面の笑みのイリーナが戻ってきた。手には綺麗に切り分けられた大量の牛肉、豚肉、ラム肉が乗った紙皿、そして顔には赤い液体が付着していた。
「姫、返り血が付いてますよ」
コトネの指摘にイリーナは素早く手で拭った。
「返り血? なんのこと?」
「イリイリ、まさか草原の牛たちを解体してきたの……?」
「まーさかー、解体なんてそんな恐ろしいことできるわけないじゃない。それに解体するにも切るもの持って行ってないじゃない。里で買ってきたのよ」
「そっか、そうだよね」
二人はアハハハハと声を揃えて笑った。その隣で、コトネが呟く。
「紙皿」
「えっ?」
「紙皿が1枚足りません。姫なら牛や豚なんて紙皿で……」
「……そんなのどうでもいいから食べましょうよ」
イリーナが牛肉を網に乗せるとジューっといい音が鳴りすぐに美味しそうな匂いが広がった。
「そうですね、そんなことはどうでもいいですね」
「そうだよ、早く食べよう。ほらマツタケはもういけるよ」
ソラソラが言うや否やイリーナとコトネの箸一瞬でマツタケを捕らえた。
「は、速っ、じゃああたしも」
ソラソラもマツタケを皿に確保すると自然と3人ともコップを手に持った。
「それでは皆さん、今日はお疲れさまでした。乾杯!」
「「乾杯」」
こうしてまだ敵を倒したわけでも、何かを成し遂げたわけでもないのに、魔王軍幹部ダンジョン目の前なのに、打ち上げのようなノリでBBQが始まったのであった。
その頃、洞窟の一番奥の部屋では大きなキノコ型の影が細いキノコ型の魔物から報告を受けていた。
「キ・ノコノコJr様、どうやら噂の姫の一味がこちらに向かっているそうです」
「ほう、あのドラーゲンを一撃で倒したっていう姫でちゅね。よろしいでちゅ。里の者たち同様キノコが大好きになる催眠をかけて僕の手駒にするでちゅ。それもこのトラップだらけの洞窟を突破してここまで辿り着けたらの話でちゅけど。それで、今はどの辺にいるんでちゅか?」
「はっ、今は洞窟の前だそうです」
「そうでちゅか、では気長にまちゅでちゅ。下がっていいでちゅよ」
部下のキノコの魔物は言われるままに部屋をあとにした。
部下が部屋を出るとキ・ノコノコJrは「うえっ」と大きな声でえづいた。
キ・ノコノコJrは部下の前なので平静を装っていたが内心は幹部最強候補であったドラーゲンを一撃で葬った姫が恐くて恐くて仕方ないのだ。
しかし、もう眼前まで来てることを知り彼は腹をくくった。
来るなら来い、というか早く来い。彼はそう願いながら自らを鼓舞し恐怖と不安と戦いながら姫を待つのであった。
その後、イリーナたちが楽しくBBQをしている間、長いこと待たされたキ・ノコノコJrは恐怖のあまり3回嘔吐することとなった。
結局、キ・ノコノコJrにイリーナたちが洞窟の前でBBQをしているという報告が上がったのは、BBQ開始から3時間経ってからであった。




