王女と宝石は頂いて行く
「王女と宝石は頂いて行く。」
キルトレス王国の王城、男はその主塔の上から集まった兵士たちを見下ろした。
蒼い髪、黒いキャスケット帽を目深に被り、黒のジャケットを羽織っている。夜の闇に差し込む月明かりが、その口元に浮かべた笑みを淡く照らしていた。
声はまだ若く、青年のそれである。
「貴様は何者だ!王女さまを離せ!」
集まった兵士達の中心から、金髪の騎士が声を張り上げる。
その様子を見て、男は不敵に笑い囁く。
「生憎、わざわざあなた方に名乗る名は持ち合わせておりません」
囁いた声は風に乗って、眼下の騎士の元へと届いた。
「ふざけるな!」
それを聞いて、金髪の騎士は怒りを露わにする。そして剣を握り締めた拳に力を込めて、目の前の男に狙いを定めた。
「この国を愚弄した事を悔いるがいい!!」
騎士はその手に集中させた力を放つ為、剣を振り上げた。
《パチン》
指を鳴らす音が聞こえた。
その直後から、騎士の身体が全く動かなくなってしまった。
「なにっ!?」
「それでは、御機嫌よう。」
男は小さな笑みを浮かべたまま左手を高らかと掲げる。
《パチン》
と指を鳴らすと、男の姿は煙のように消えていった。
月が真円を描いた明るい夜、城から王女と宝石が奪われた。
◇
【英雄経典の一節より】
王暦1118年、人類は突如として現れた魔王の支配により、衰退の一途を辿った。
全ての人類は滅亡する事を覚悟した。
しかし、神の加護を受けて魔王に抗う英雄たちが現れた。
【勇者】アステル
【ウィザード】ブリアノーレ
【ヒーラー】イリス
【アーチャー 】ルナ
【ウォーリア】ネブラ
長く苦しい戦いの末、英雄たちは魔王を異界の彼方へと封じ込めた。
世界は平和を取り戻した。
彼らは封印のカケラをそれぞれが携えて、自らの管理下で安置した。後の世の安寧を願って。
そして世界は新たなる英暦を迎えた。
我らはかの英雄に与えられた生を、噛み締めて生きていかねばなるまい。
消して、平和が絶えぬように。
◆
英暦402年、俺がこの世界に来てから12年が経つ。らしい・・・。ここではない場所に居たのは確かだが、それが何歳の頃だったのかははっきりと覚えていない。
この世界に来たのは6歳の時だったと、母さんからは教えられた。母と言っても、俺は実の息子ではない。
この世界に転がり込んで来たところを、偶然母さんに拾われたのだ。場所は王都の外れにある森の中。母さんの棲む家の側だった。らしい・・・。
どんな経緯でここへ来たのかは全く覚えていないが、来てすぐの頃は大変だったことは覚えている。まず言葉が通じなかった。
何を言っているのか互いにわからない、そんな日々を数ヶ月は過ごしたはずだ。まだ幼かった事もあり、一年もすれば言葉は殆ど喋れるようになったらしいけど、苦労したことの方が印象強い。
母さんは一人身だったが、幼いかった俺をここまで育ててくれた。お陰で今は自立するまでに至っている。
2年前、成人となる16歳を迎えたときに母さんに言われた。
「リアンも立派に育った事だし、今後のために一人暮らしでも始めなさい!母さんもそろそろのんびり暮らしたいわ。」
そんな一言から王都へと出向いて、俺の一人暮らしは始まった。王都は自宅から割と近い所にあるので、家の事が心配になった時はいつでも帰れる。
のんびり暮らしたいと言った本人は、俺が十歳になったあたりから家事なんかを全くやらなかった。元々雑な人なので、たまに帰ると家の中が大変なことになっている。
俺は自分の能力を活かして裁縫屋を営んでいるが、そちらの方はうまく軌道に乗っている。母の心配さえなければ、気楽にやって行けそうな気はしているんだが・・・。
しかし、現在はそんな心配をする余裕がない程に困っている。
全ては俺の前で無表情にお茶を啜っているこの女の所為なのだ。
俺は裁縫屋を隠れ蓑に、怪盗をやっている。
母の真似事で始めた仕事ではあるんだけど、変な心配をさせたくなかったのでこれは秘密にしている。
俺の母はシーフである。名をブリアノーレと言って、英雄経典に出てくるウィザードと同じ名前だ。
母さんは時折「ちょっとお金を下ろしてくるね」なんて言って、夕方ごろに帰ってくる。一度気になって後を尾けた事があったが、事実を知って驚いた。
だが腕っ節は強く、華麗に物を盗んでいく姿はとてもカッコよかった。俺も母のようなシーフになりたいと思った。
いや、それ以上の華麗な怪盗に。
しかし、母は10年以上経っても見た目が20台半ばである。全く歳を取っていない姿には納得がいかない。実年齢も教えてくれないしな。
何か影の努力があるのかもしれないが、つかみ所のない人なのだ。
そんなわけで俺も怪盗なんて事をやっているわけだが、昨晩やらかしてしまった。
調子に乗って王城へと潜入して宝石を頂いたのだが、途中で王女に出くわした。
「助けて!!」
逃げるはずだった俺に、王女が助けを求めてきたのだ。
必死の形相で涙を浮かべていたので、理由も聞かずに攫って来てしまった。
ただ、攫ってきたのは王女ではなく影武者のメイドだったのだ。
しかも、あろう事かこのメイドは今し方不穏な事を口走った。
「私は王の秘密を知ってしまい、追われておりました。貴方様には大変感謝しております。」
どうやら王の会話を偶然聞いてしまい、慌ててその場を立ち去ったのだが、王の側近である騎士団長に見つかったらしい。
そんな所に俺が宝石を奪いにやってきて、偶然助ける形となって今に至る。
「なぁ、見つかったら殺されるのか?」
「はい、まず間違いなく。」
「それって、どんな秘密なんだ?」
「・・・・・・。
言えば、貴方様も命を狙われますよ?」
メイドは表情を変えずに淡々と喋った。
「それは困るな・・・。」
命を狙われるほどの秘密なんて知りたくもないし、そもそもそんな奴を近くに置いておきたくない。
俺は盗みをする時には顔を隠すし、今みたいに髪は黒くない。おそらく誰に見られてもバレないはずだが、このメイドには正体を知られてしまった。
城へ突き返す事は出来ないし、かと言ってこのまま側に置いておく事も危険だ。
しかしどうする事も出来ないなら、聞いても聞かなくても危険は変わらないんじゃなかろうか?
「せっかくだから聞いとくよ。どうせ俺は盗みを働いたんだ、バレれば俺も命はないだろうからな。」
少しの沈黙が流れて、メイドは喋り始めた。
「それは国王さまとラインズさまの会話でした。」
「ラインズ?」
「城の騎士団長様です。金髪の整った顔をしておられます。
昨晩、下から怒鳴ってらした方です。」
あの騎士か、騎士団長だったんだな。
「お二人は、魔王復活のために封印のカケラを集めるおつもりです。」
「なんだと!?」
封印のカケラとは、かつて英雄たちが魔王を封印した時に使用した、封印石のカケラの事だ。それらは英雄達によって人知れず何処かに隠されたと言い伝えられている。
「カケラは五英宝具と呼ばれているらしいのですが、そのウチの一つは初代国王であらせられる勇者アステルさまの聖剣と言われております。これは王家によって大切に保管されているため、決して世に出ることはありません。
もう一つは、貴方様が昨夜盗まれたブリアノーレの宝玉。
あの宝玉はかのウィザード、ブリアノーレさまの杖に使用されていた宝玉でございます。」
「あれって、そんな曰く付きの宝石だったのか!?」
王家に狙われる事は覚悟して盗んだわけだが、とんでもない代物だったようだ。
「売りさばいて金にしようと思ってたのに・・・。」
こんなもん売ったらまずいだろ・・・。
そもそも、なぜ国王は魔王復活なんて企んでるんだ?自分の身さえ危険に晒しかねん事だぞ?
一般市民にはわからないお偉いさんの闇があるのか?
「理由はわからないのか?」
「そこまではわかりません。」
はぁ、どうしたもんかねぇ・・・。
のんびりまったり投稿を始めました。
よろしくお願いします。




