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婚約破棄された悪役令嬢、追放前に商会を作ったら王国が依存してきたので精算します  作者: めー
第1章:準備

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第3話 選ぶということ



 奴隷市場に足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。


 王都の中心部とは違い、ここには整えられた秩序がない。代わりにあるのは、むき出しの欲望と、それに応じて値段を付けられた人間たちだった。


 声が飛び交っている。値を吊り上げようとする商人、値切ろうとする買い手、そして沈黙したまま並べられている者たち。そのどれもが、この場所の“当たり前”を形作っている。


 エレノアは、その光景を一瞥しただけで歩みを進めた。


 足を止める理由はない。


 ここに来ると決めた時点で、必要な覚悟はすでに終えている。


「……珍しいな」


 すぐに声がかかった。


 振り向けば、粗野な服装の商人が腕を組んでこちらを見ている。値踏みするような視線だったが、同時に興味も含まれていた。


 この場にふさわしくない客がいる――そういう反応だ。


「何を探してる?」


 問いかけは直接的だった。


 遠回しな言い方はここでは意味を持たないのだろう。


「人材を」


 エレノアは短く答えた。


「条件は?」


「状況を理解できる人間。指示を聞くだけじゃなく、考えられる者」


 その言葉に、商人はわずかに眉を上げた。


「それはまた、高くつくぞ」


「構わないわ」


 即答だった。


 迷いのないその返答に、商人は小さく笑った。


「いいだろう。なら、案内してやる」


 歩き出した背中を追う。


 市場の奥へ進むにつれて、並べられている人間の質が変わっていく。単純な労働力として扱われる者から、明らかに“別の価値”を持つ者へ。


 その中で、エレノアの足が自然と止まった。


 一人の男がいる。


 鎖に繋がれ、膝をついている。だが、その姿には奇妙な違和感があった。


 崩れていない。


 力を失っているはずなのに、姿勢は保たれている。呼吸も乱れていない。周囲の喧騒にも反応していない。


 そして――目。


 伏せられているが、完全に落ちていない。思考が残っている目だった。


「……あいつか」


 商人が口を開く。


「元は貴族だ。潰れた家の出でな。まあ、扱いづらくてなかなか売れねえ」


「扱いづらい?」


「従順じゃないって意味だ」


 それを聞いて、エレノアはわずかに口元を緩めた。


 好都合だ。


 ただ命令を聞くだけの人間は、長くは使えない。状況を理解し、自分で判断できる者の方が価値は高い。


「名前は」


 問いかける。


 男は一拍置いてから顔を上げた。


 視線が交差する。


 その瞬間、確信する。


 ――使える。


「レオン」


 短い返答。


 無駄がない。


「元は?」


「……聞く必要があるか」


 逆に問われる。


 わずかに間を置き、エレノアは頷いた。


「確認よ」


 沈黙。


 やがて、低く答えが返る。


「貴族だ」


 予想通りだった。


 ならば、話は早い。


「いくら」


 価格を聞き、すぐに判断する。


 確かに高い。だが、それだけの価値はある。


 エレノアは迷わず支払いを済ませた。


 鎖が外される音が、乾いた響きを残す。


 それでもレオンはすぐには動かなかった。


 立ち上がることもせず、ただエレノアを見ている。


「……なぜ、私だ」


 当然の問いだった。


 なぜ自分を選んだのか。なぜこの状況で買われたのか。


 エレノアは一歩だけ近づく。


 距離は最小限に。だが視線は逸らさない。


「生きるためよ」


 簡潔に答える。


「私はいずれ、この国を離れる」


 その言葉に、レオンの目がわずかに動いた。


 完全には理解できない。だが、ただの気まぐれではないと感じ取ったのだろう。


「その後も生きるために、お前が必要になる」


 続ける。


「主従ではない。契約よ」


 はっきりと言い切る。


「働いた分だけ対価は払う。結果を出せば、自由も与える」


 沈黙が落ちる。


 短い時間の中で、レオンは考えている。


 条件の妥当性。自分の状況。選択肢の有無。


 そして――未来。


「……いいだろう」


 やがて、低く答えた。


「その条件なら、受ける」


 それで十分だった。


 エレノアは踵を返す。


「行くわよ」


 短く告げる。


 背後で、鎖の名残が小さく鳴る。


 だがその音は、すぐに消えた。


 足音が続く。


 契約は成立した。


 それ以上の確認は必要ない。


 市場の出口へ向かいながら、エレノアは次の手を思考する。


 人材は確保した。


 次は拠点。


 そして、流れを作る。


 すべては、積み上げだ。


 急ぐ必要はない。


 だが、止まる理由もない。


 外へ出た瞬間、空気がわずかに軽くなる。


 だがそれは、ただの錯覚だ。


 本当に軽くなるのは、まだ先の話。


 エレノアは足を止めずに言った。


「まずは、小さく始める」


 背後の気配が静かに応じる。


「だが、確実に積み上げる」


 それが、この計画のすべてだった。


 やがてその積み重ねは、流れとなる。


 流れは、支配へと変わる。


 そしてその時。


 この国はようやく理解する。


 自分たちが、何に依存していたのかを。

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