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黒いヴァンクーアが、漆黒の長剣を縦横無尽に振るっている。それなりの密度で木々が生えている場所なのに、ヴァンクーアはそれを全く無視して長剣を振り回している。
普通の人間であれば、こんな場所でそんな動きをすれば、木に邪魔されるところだ。だがヴァンクーアの剣が触れた木は、どれほど太かろうとも、まるでロウソクか何かのように、簡単に切断されてしまうのである。
まさしく、「あってなきが如し」。アキカズにとっては、鬱蒼と茂る木々が全く盾にならず、ただ自分の動きや視界を邪魔する障害物にしかならない。
「くっ、厄介な!」
「ほらほらどうした! 言っておくがオレは、お前を生け捕りにして情報を聞き出そうなどとは、全く思っていないぞ! だから手加減はせん! お前はここで死ね!」
ヴァンクーアは楽しそうに、殺気を剥き出しにしてアキカズを襲っている。
「お前ら、冒険者や騎士どもと違い、俺のエルフ殺しは義務でも使命でも仕事でもないからな! じっくり楽しみながらやればいいし、どうしてもやらねばならんことでもない! それに、オレが何もせずとも、あいつが勝手にいろいろ調べているだろうしな!」
「例の、黒幕のことだな!」
アキカズは必死にかわしながら、話を聞き出す。
ヴァンクーアは余裕で応じる。
「おう! あいつはなぜか、王家に執着していたな! 捕らえて何かの実験にでも使うのか、それとも生贄か。ま、オレにはどうでもいい! できればオレが殺したいがな!」
「! 許さんっ! お前らの企みは、俺が絶対に阻止する! エルフの王家は、俺が護るっっ!」
棺の中で眠っていたお姫様、そのお姫様を護ろうとしていた忍者、共にエルフの美少女だ、を思い出し、アキカズは怒りを込めて叫んだ。最後辺りはちょっと陶酔も入っていたが。
そんなアキカズの、気迫に満ちた声を聞き、紅潮した顔を見て、ヴァンクーアは笑った。
「はははは! やはりお前は、何か知っているようだな! だが、エルフの王家を護るだと? お前には無理だ! お前はここで死ぬんだからな!」
既にヴァンクーアの一撃で吹っ飛ばされた経験のあるアキカズは、もうヴァンクーアの剣をまともに受け止めはしない。可能な限り回避し、それが不可能な場合は斜めの角度で跳ね上げたり受け流したり、軌道を逸らして何とか対処している。
僅かな救いは、ヴァンクーアの技量の低さだ。ヴァンクーアは筋力こそバケモノだが、剣術のけの字も知らないらしい。その動きは無駄だらけで、先読みもし易い。
だが、だというのにアキカズは苦戦させられているのである。小賢しい技術など、圧倒的な筋力の前には無意味! と吠えているかの如く暴れるヴァンクーアに、なかなか斬り込めずにいる。
とはいえ、ヴァンクーアの強さはそれだけが理由ではないことも、アキカズは察していた。
『あの剣。どうやら魔力を帯びているな』
俗に魔剣と呼ばれる、魔力を帯びた剣。製作者の技量や材料にもよるが、総じてその強度は、普通の剣を遥かに上回る。折れず曲がらず、斬れ味は凄まじく。そして形のないもの、例えば霊体や敵の魔術を斬ることなどもでき、いわば常に魔術師が助力をしているようなものなのだ。
だが、だからといって、決して無敵ではない。魔剣といえど武器は武器、生かすも殺すも使い手次第である。ましてや、こんな力任せに暴れるだけの者など……
「隙ありっ!」
ヴァンクーアの猛攻を読み切り、ヴァンクーアが大きく剣を振り上げたところへ、アキカズは低く構えて踏み込んでいった。ヴァンクーアの胴を水平に両断すべく斬りかかる。
アキカズの動きを見て、ヴァンクーアは剣を上段から振り下ろした。だがそれもアキカズは読んでおり、刀の軌道を変えて上に向けた。上から来るヴァンクーアの剣の側面へ、斜めの角度で斬り上げて、剣そのものを斬るつもりである。
だが、アキカズの読みは外れた。今、アキカズの頭を叩き斬るつもりで振り下ろされているはずのヴァンクーアの剣が、思っていたより速い。これではタイミングがズレる。アキカズの刀とぶつかる前に、ヴァンクーアの剣はもっと下に行ってしまう。
『! こいつ……』
アキカズは悟った。ヴァンクーアの剣の振りが速いのではない。そもそも狙いが違うのだ。ヴァンクーアはアキカズの頭を狙っていない。少し後退しながら狙っているのは、アキカズの頭ではなく、アキカズと自分との間の地面。そこを剣で叩くつもりだ。まるで、大きな槌を使って杭を打つかのように。
そんなことをしても、地面に剣先が埋まるだけである。普通の剣ならば。
だがヴァンクーアの手にある剣は、普通の剣ではない。そこにアキカズが思い至った時には、ヴァンクーアの攻撃は完成していた。
「喰らええぇぇ!」
叩きつけられた魔剣の切っ先が、そこに込められた魔力が、大地の精霊に刺さる。激痛のあまり叫び声を上げて、大地の精霊が暴れる。その叫びは、暴れは、剣から逃げる方向へと吹き上がる、猛烈な土砂となった。
鋭い刃ならば防げる鎧も、水や風など、形のないものの単純な圧力は防ぎようがない。土も然りである。
爆発的に吹き上がる土砂を受け、アキカズはひとたまりもなく吹っ飛ばされた。ヴァンクーアと対面した時、その剣を受けた時と同じように。だが今度は、弧を描いて真っ逆さまに落下している最中のアキカズに、ヴァンクーアが追撃をかけるべく突進して来ている。
アキカズの体勢は崩れきっている、どころか天地が逆転しており、平衡感覚もクソもない。もちろん足を踏ん張ることも、地を蹴って跳び退ることも、何もできない。こんな状態で、あのヴァンクーアの攻撃を受けたら……!
「くっ!」
せめて、とアキカズは刀に気光を集めた。刃に白い光が灯る。これで刀の耐久力も、その斬れ味も、格段に高まる。
だが武器は武器、生かすも殺すも使い手次第である。ましてや、こんな死に体では……と、立場が逆転したことを思い知りながら、それでも最善を尽くそうとアキカズは構えをとった。
その時。落下するアキカズ、そこに向かって行くヴァンクーア、その二人の真横の茂みから、石が飛んだ。それも、ただ誰かが手に持って投げたというものではない。明らかに訓練を積んだ者の、確かな技術を感じさせる正確さと速さで、石はヴァンクーアの目を襲った。
「ぬっ?」
もしもこの時、ヴァンクーアが石に気づかず、何もしなければ。石が命中して眼球を潰されるか、そうでなくてもしばらくは、片目が使い物にならなくなっていただろう。
もしもこの時、アキカズとヴァンクーアの立場が逆であれば。アキカズは身を沈めて石を回避し、それと同時に、動きを止めずに、眼前に落下してきたヴァンクーアを斬れただろう。
だが、ヴァンクーアにあるのは怪力だけで、アキカズほどの技術も判断力も無かった。しかし、ギリギリで反応はできた。反射的に、剣を盾として使い、目を庇った。石は剣に当たって防ぐことができたが、その一瞬で、アキカズは体勢を整えて着地していた。
この時ヴァンクーアは、目を剣で庇っている、いわば剣で己に目隠しをしている。アキカズから見れば、隙だらけである。
「おおおおぉぉっ!」
千載一遇の好機! アキカズは高所から辛うじて着地できたそのままの形、上から強く圧し潰されたような体勢から、ぐんと跳ね上がりざまに刀を振り上げた。
ヴァンクーアの胴が、ざっくりと斬り上げられる。咄嗟に身を引き、致命傷は避けたものの、かなりの深手だ。
「ぐはあっ! こ、この野郎おおおおぉぉっ!」




