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肌の色に近い、黒い血を噴出させながら、ヴァンクーアはアキカズを、ではなく石が飛んできた方角を憎々し気な目で見た。
その相手を、確認できたのかできなかったのか。だがどうあれ、目の前のアキカズに対処しないことには、第二撃第三撃を受けると思ったのだろう。ヴァンクーアは視線を戻して、アキカズへの反撃に出た。再度、魔剣で地面を叩き、土砂を吹き上げさせる。
が、こんな単純な攻撃を、二度続けて受けるほどアキカズは間抜けではない。今度は素早く後退して、土砂をかわしきった。
だが今度の土砂は、アキカズを狙った攻撃ではなかった。土砂の壁の向こうで、ヴァンクーアの大きな足音が遠ざかっていく。土砂を目くらましに使って、逃げるつもりだったのだ。
「お前の顔、お前の名、忘れんぞアキカズ! 今の仲間もろとも、オレが必ず殺してやる!」
土砂の吹き上がりが終わり、アキカズの視界が戻った時には、ヴァンクーアの背はかなり遠くなっており、木と木との隙間に微かに見える程度だった。
そして、前方から大きな笛の音が聞こえた。音質からして口笛、異常な音量は異常な肺活量によるものだろう、つまり吹いているのはヴァンクーアだ。と思ったら、
「うおっ?!」
キャンプで冒険者たちと戦っていたモンスターの群れが、突然、怒涛のようにアキカズに襲いかかってきた。
と、いうわけではなかった。モンスターたちはアキカズには全く見向きもせず、真っ直ぐにヴァンクーアを追いかけて行く。
おそらく、今の口笛は総員引き上げの合図だったのだろう。深手を負ったヴァンクーアが、自分を守れと指示したのだ。
モンスターたちの中には、鳥モドキも猿モドキもいる。ただでさえそんな顔ぶれで、しかもここは足場の悪い山中だ。アキカズが走って追いつけるものではない。
仕方なく、アキカズは刀を納めた。
「アキカズ! ……無事ね。良かったあ」
アキカズが打ち飛ばされた方向へ、打ち飛ばした巨漢が追撃に走った。山の消火に加え、冒険者たちの援護からも手を離せなかったカナエは、アキカズならきっと大丈夫と思いながらも、気が気でなかったのである。
少し遅れて、モンスターたちまでもがアキカズの方へ殺到した。慌ててそれを追いかけて、今。どうやらモンスターたちは逃げたらしく、アキカズの無事も確認。カナエはようやく一息つけた。
アキカズは片手を上げて迎える。
「そっちも無事で何より。火は消し止められそうか?」
「ええ。ところでさっき、口笛っぽい音が聞こえたけど。もしかして、あのボスっぽい奴をあなたが撃退して、モンスターごと退却させたの?」
「まあ、そうだが。いろいろあったんで、とにかく聞いてくれ」
アキカズはここで起こったこと、そしてヴァンクーアが言っていたことをカナエに説明した。
ブラックエルフのこと、まだ見ぬ黒幕のことなど。
「なるほどね。話が少しずつ見えてきたというか、闇が深くなってきたというか。わたしたちが思ってた以上に、厄介な事件なのかも、これ。で、まだいるの?」
「そのはずだ。……出てきてほしい」
先ほど、石が飛んできた茂みに向かって、アキカズは声をかけた。
アキカズとカナエが見守る中、迷いがあったのか少し間を開けてから、その者は出てきた。
「アキカズと、カナエ、でいいのよね。あの大声、聞こえてたわよ」
十二、三歳ぐらいと見える小さく細い体に、水色のドレスを纏った、高貴な美貌の少女。浮世離れしたその美しさがなかったとしても、長く尖った耳が、アキカズやカナエのような普通の人間ではないことを示している。
あの、コールドス・リイィープで眠っていたお姫様だ。
「あたしの名は、テレイシア。えっと、」
名乗ってから、テレイシアは少し考えるような様子を見せた。
「あたしはエルフの、お姫様なの。さっきの、あの黒いのが言ってた通り。だからその、古代の、エルフ王国の、お姫様」
「……素直ね」
テレイシアが話す様子を見て、カナエは率直に言った。
「どういう意味?」
「信用できるって意味よ。安心したわ」
カナエはにっこりと笑う。対して、アキカズはガチガチに緊張している。
「あ、ああ、その、姫様。さっきは、ご無礼を、」
「ちょっと」
ぐい、とアキカズの腕を引っ張って、テレイシアから距離を取って、カナエは小声で言った。
「過度に下手に出ないで。将来の、交易の交渉をする時に備え、対等の関係を印象付けておかないとダメよ。今が、実質的にファーストコンタクトなんだから」
「こ、交易も何も、お前言ってなかったか? 国家の危機で逃亡してきたのでは、って。昔にそんなことがあって、今はエルフの国なんて聞かない。つまりエルフの国は滅んで……」
「エルフが今、世界に多数残ってるのは事実よ。もしも、この子が古い王家の血筋であることが彼らに認知され、歓迎され、わたしたちがその協力者となれれば、どうなると思う? 今、何のコネもないわたしたちなんかが持てる交渉カードとしては、最高よ」
「……純粋に、助けてあげたいって気はないのか。まだ詳細はわからんが、国を失ったであろうお姫様を、こんな小さな女の子を」
「もちろん、あるわよ。それとこれとで一石二鳥ってこと。どちらも本音だから安心して」
「そんな風に言われて、安心も納得もできんわっっ」
小声で言い合っている二人の背に、テレイシアが声をかけた。
「とりあえず、堅苦しくならなくていいわよ。あなたたちはあたしの臣下ってわけではないんだし。あたしも、もともとそういうのは好きじゃないからね。対等に接してくれていいわ」
「あ、そう? そう言ってくれると嬉しいわ~」
カナエは振り向いて、ニコニコしている。
アキカズとしては、まあ、本人がそう言うのなら、ってところである。
気品がありながら気さくなお姫様というのもいいなぁ、って気持ちもある。
「あたしはここで、あなたたち二人のことをしっかり見たわ。他の人間たちと一緒に、山の火を消そうとしていたこと。あたしを……エルフの王家を護ると言って、戦ってくれたこと」
カナエが、ちらりとアキカズを見て、「うまい! えらい!」と目で褒めている。
アキカズは、カナエを見返して、「別に何も狙ったわけではないっ」と目で反論している。
「多くの人間たちはエルフに好意的だと、メルから聞いてはいたけれど。自分で直接、見聞きして、確信が持てたわ。それで、あなたたちは信用できると思ったの。この山の異変を解決するため、山の精霊たちを正常に戻す為に、力を貸してくれる?」
「もちろん。こちらからお願いしたいくらいよ」
「ぜひ! 喜んで!」
カナエは笑顔で、アキカズは鼻息を荒くして、頷いた。
「ありがとう。となると、あたしたちのことをちゃんと説明しないとね」
テレイシアは、エルフ王家のこと、過去のことを語り始めた。




