41.キューピッドと爆弾娘
電車内で4人(特に金田と木葉)で、回るアトラクションのルート計画や、たわいもない話しをしているうちに俺達はディスティニーランドの最寄り駅、舞波駅に着いた。
ディスティニーランド。
それは誰もが一歩入ったとたんファンタジーの世界に包まれ、そこに住む可愛いらしいキャラクター、そして身も心も楽しい気分にさせてくれるアトラクション、そして来園者全員を夢や愛や希望で満たしてくれる、まるで夢ような世界。
そしてそんな素敵な経験をし、この楽園を後にする来園者の誰もが、「ディスティニーだったね」「ああ、ディスティニーだったね」と口を揃えて帰っていく、そんな素敵な所なのだ。
「さあ、着いたぜ! おっ? やっぱけっこう並んでんな〜っ。まあ、わかってたけどね。ほら、行こうぜ!」
金田は先陣切って俺たち3人を引率する。
休日のディスティニーはさすがに来園者も多く、どの来園者もそれを見据えてか、まだ開園前だというのに早くもランドの入り口付近から長蛇の列が出来ている。
俺達はその列に吸い込まれるように2人ずつになり並び始めた。
前の美少女2人が何やら話している後ろ姿を見ながら金田が、俺に顔を近づけ話しかけてくる。
「お前、本っ当〜に本っ当〜〜によくやった。うん。ほめてつかわすぞ。そして悟のお兄様に感謝だな。まさか2人ともここまでのレベルの美少女だったとは思わなかったぜ……。お前の言う「無理目」の意味がわかったよ。確かにこれじゃ、逆に男共は声掛けれねえよ。っていうか、俺たちがずっとこの2人といたら、ずっとナンパしてつきまとってるダサ男2人に見えんのかな。」
「まあ、いいんじゃねえか? 俺はともかく、お前はダサ男に見られても仕方ねえ。でも今日は何だかんだ都合付けてくれて助かったぜ。俺じゃこの美少女2人をとてもじゃないけど世話し切れなかったしな。」
「おいおい。随分な言い方だなぁ3枚目。まあ、俺はあれだ、とにかく今日という日を俺の一生分の美少女メモリーに留めておけるよう、しっかりと楽しむつもりだ。何だかんだ、声掛けてくれてこちらこそサンキューだ。立山にも感謝だ」
「そだな。あいつには後で何か土産でも買っていってやろう。」
「ああ〜久しぶりだぜっ! ディスティニー! 俺は今日あわよくば、木葉ちゃんと連絡先を交換して何なら今度は2人でデート出来る位仲良くなってやるぜ。よっしゃ! 後は任せろっ」
いや、お前には何も任せられんし、そもそも一体、何を任せればいいのだ。
「よかったね、夢。今日は一緒に来れて。ずっと一緒に行きたいって話してたもんね! 何なら悟君もいるし? まあ、あの金田君て子は、見た目はともかくムードメーカーでそこそこ気も効くし、今日は何だかんだ私は期待してる、色んな意味で。充分アトラクション回ったら後は任せなさい! 私が金田くんを引っ張ってどっか行ったげるからアンタは悟君とディスティニーしなっ。」
「何でそうなるのよ? 私は今日、みんなとディスティニーを楽しむ為に来たのに、何で悟と2人にならなきゃいけないの? 木葉は色々と気をまわし過ぎなのっ。そんなこと、しなくていいからっ。わかった?」
「う〜ん。困ったちゃんだなこの子は。ここはディスティニーだよ? 運命だよ? 運命を感じるランドだよ? アンタわかってる? ここがどういう所か」
「いや、木葉こそわかってる? もうこの話はなしっ。とにかく私はそんな事より今日は楽しむのっ! いい?」
「わかったわかった! ……そうだね、楽しもうねっ……色々とっ。きひひっ」
前に並んだ木葉が振り返り、
「まずは右回りで行こう! そこで宇宙ウォーズでたっぷりエイリアンやっつけたら、今度は急遽予定に入れたファイティング・ネモで泳いで、その後すぐポップコーン売り場に並ぶ…んだよね?」
「そうだな。その後、他のアトラクションの並び具合を見ながらルート調整すっか」
おいおい…マジかよ。さっき電車で聞くとも聞かずともサラッと流していたが、まさか本当にルートを決めてその通り回るのか? そんな楽しみ方した事ないぞ? 何か焦るな…大丈夫か?
「悟はよく来るの? ディスティニー」
金田と木葉がマップを指差し合いながらキャッキャキャッキャしてるのをよそに、夢が話しかけてくる。
夢とこうしてまた会うのは先日、秋波原の公園で俺がフラれた時以来だ。何か……微妙な距離感を感じないでもないが、事情を知らない木葉と金田がいるせいか、俺も前回の事はあまり意識しないで話せる、そして夢からもそんな雰囲気を感じる。
「ああ…数年に一回かな? まだ3回ぐらいしか来た事がないな」
「そっか。今日は声掛けてくれてありがとね。晶君に感謝だね。今度もし会えたらお礼言わなきゃ」
「まあ、兄貴も忙しいみたいだから、またタイミングが合えばな」
「ところで、お兄ちゃ…兄貴から連絡あった?」
……なっ? いきなりの晃弘トーク……どうする。
「ああ……そういえばあったぞ。…まああれだ、とにかくその話しはまた改めてするよ。今日はあのうるさい2人と一緒に楽しもうぜ」
夢は、俺のセリフから何か思う所があったのか、一瞬、戸惑いの表情を見せたがすぐに、
「うん。そうだね。なんたって今日はあの楽しそうな2人とバカな悟とのディスティニーだもんね。私も今日は目一杯楽しむつもり」
「おいおい。誰がバカだって ー」
「さあ、開いたぜ!」
「よっし! 行こういこう!」
いつの間にか金田と木葉が横並びになり、俺と夢を従えて入園する。
今日は楽しむんだ ー
そうだ。フラれた事や、兄貴達の事は一旦忘れて今を楽しもう。待ってろよ! 俺の乗りたいアトラクション達よ!
「すっごいよね……。持ってるよね。悟君」
「だな…これはさすがに…。ああ。もう持ってるとしか言えねえな」
「まあまあ、今のところたまたまだったかも知れないし、とにかくどんどん回ってみようよ? ね?」
俺達はいくつかの計画されたルートを消化してきたのだが、何故か俺の乗りたいアトラクションに限って「一時運営中止」、「システム調整中」等、明らかに俺への妨害とも思えるイベントが発生して、俺は憤りのない悲しみとやるせなさを感じていた。
途中寄ったホウスのカレー屋でカツカレーを食べながら、俺は不本意にもみんなから憐れみの視線を受けつつ同情され、そして励まされていた。
「あ・ああ…。まあ夢の言うように、たまたまだったのかもな。それにまだ魅惑のゴキゴキルームとジャンゴークルーズには行ってないし。まあ回ってればそのうちイースタンやキタコレとかのアトラクションも再開してるかも知れんしな。」
俺はカレーをかき混ぜながら、自分を励まし、言い聞かせるように呟いた。
明らかに金田が小刻みに震えている。
ああ…。奴は今、明らかに笑いを堪えている。そうかそうか、楽しいのだろう。俺のこの悲惨な、ある意味まぐれとも奇跡ともとれるこの憐れなディスティニーに直面している俺を見て…。そうだ。きっとそうに決まってる。
金田め。お前のアトラクションも運営中止になってしまえ!
「ねえ、金田君と悟君は元々バイト仲間? なんかずいぶん仲がいいけど。」
木葉が3枚目とキューピッドとの馴れ初めを聞いてくる。
まあそうだな、人の悲惨なディスティニーをあざ笑える位には仲が良いかもな。
「ああ。バイトでは金田の方がちょい先輩で、不覚にも色々世話になってる」
「おいおい、その言い方はないだろ? 先輩に対して。まあ、コイツとはバイトで一緒になった時から、同い年のせいかあんま気をつかわないでやれてるんだけど、色々と俺がいないとダメな所もある可愛い奴でな。今日もコイツに頼まれて来たんだけど、まさかこんな2人の可愛い女性に会えるとは思わなかったよ。こんな素敵な出会いに感謝ですわ。ほんと」
「おいおい。確かに誘ったが、別に頼んではいないぞ? なんならお前が無理してシフト変更して来た位じゃないか? 俺は別にあれだぞ? おまえが無理ならそれはそれで他の奴に声掛けたぜ?」
「いやいや、お前の事はよ〜く知ってる。おそらく俺に声を掛けてきた時点でお前にはもう他の奴を誘う選択肢はなかったとみた。なんせお前は俺がいつも何かしらヘマしないかと心配しているからな。そんなお前が俺に声掛けるなんてよっぽどの事だと思ったわけよ。
まあ、とにかくおかげさまで今日はこんな可愛い2人の女性とディスティニーできるなんて、ある意味これこそ俺の今日一番のディスティニーだ!」
どんだけディスティニーディスティニー言ってんだお前は。
「あははっ! 面白い! 悟君とは種類は違えど、なかなかのエンタメ感。ところで金田君は彼女、いるの?」
「木葉っ」
夢がすかさず、いつもの恋愛トークに引きづり込もうとする木葉をお母さんばりに止めようとする。
「いいじゃん、聞くぐらい。ね?」
木葉が何故か俺に目配せをしてくる。
一体何のアピールなんだろうか…。
「あ、いないよ。うん。残念ながら。俺はキューピッド金田って言われてる位、自分の周りばっかりがカップルになって付き合っちゃうんだよ。みんな俺が見えてないかね〜っ。こんなすぐそばに優秀な、伸びしろありありの若き好青年にどうして気付かないのかな。」
「いや、気付いてるからこそ、誰も来ないんだろう」
「おいおい、何だ今の声は? どっから聞こえた? 俺には見えないぞ?」
こらこら。やめろその相変わらずの下手な三文芝居は。
「あのな悟。気付いてくれないって本当に悲しいぞ? こんなにも、俺はここです! ってジャンプして手を挙げてんのによ、何故かいつも女達は俺の横を通り過ぎて、他の男の所に行ってしまう。そうなんだよ、俺はいつだって悲しい、お見送り男なのさ。あ、大丈夫だよ木葉ちゃん。なぐさめはご遠慮させていただいております。もし何なら、なぐさめよりも僕にひと時のデートタイムなんかをご提供いただけるなら、むしろ喜んでお受けしたいと思います」
「ふふっ。考えとく。もし金田君が私のディスティニーである可能性を少しでも感じさせてくれたらね?」
「えっ……マジで? えっ…それって……」
固まる金田をよそに木葉は話を変える。
「さて、次は……スプラッシュボヘミアンとビッサンマウンテンに行こうか! 2つともちょと並ぶかもだけど、今けっこう時間に余裕があるし行けるっしょ!」
まあな。
俺の乗りたかったアトラクションが休んでたからな。
君達、この俺に感謝しなさい。
それとあと…しいて言うなら、やっぱ少しの時間でもいいから夢と2人きりになりたいな。
……なんてそんな事を思っていると、ふと視線を感じて、木葉の方を向く。
まっかせなさいっ! と言わんばかりに何故かこちらに親指を立てウインクをした。
なんか……木葉が仕掛けそうな爆弾や、金田がやらかしそうなヘマがなにより今日一番のアトラクションな気がする……。