22.やっぱり俺の好きな人
待ち合わせ時間ギリギリに到着したのだが、夢はまだ来ていない。
先日の俺をからかい上手の小山内さんよろしく、何とか俺は夢に会う日程をこぎつけ、待ち合わせ場所の秋波原まで来た。
最近まで異常な暖かさだったのに関わらず、今日は急に冷え込んで、本来の秋の肌寒さを感じる。
こうやっていきなり気温が変わると季節の変わり目に突入するんだよな。
「やっぱさみ〜な〜。夢と合流したら、どっかレストランとかゆっくりあったまる所に行こうかな。」
俺はスマホで待ち合わせ時間が3分過ぎている事を確認した。しかしまだ来る気配はない。
「……まあ、女の準備は時間が掛かるって言うし? たとえここが夢の住んでいる最寄駅だとしても、多少のタイムラグは許してやろう。こんな事でいちいち気を揉んでたらあの無理目は一生攻略できない」
そして ー。
ー ただ、時間だけが過ぎてゆく。
こんな言葉、いや、シチュエーションがまさか自分に当てはまる事があるとは思いもしなかった。
「今日は、うん。11時待ち合わせ、だよな?
それでそれで? 今の時間は ー」
スマホに目をやる。
「うん。11時43分」
そうだ ー。シバキに行こう。
京都にいこう、ばりに俺の心は固まった。
どれだけ人をバカにすれば良いのだろうか。遅刻にしろ寝坊にしろ、はたまた日時を間違えたとしても、こんなシチュはそうそうない。そう、待ち合わせに来ないなど美少女ゲームですら、こんな御法度はない。
2次元の美少女に出来て、なぜ奴は出来ない?
遅れるなら遅れるで、連絡が来ないのも腑に落ちない。
しかし、俺ももっと早く自分の感情がこんなになる前に直接電話の一本でもすればよかったんだ。
そこは多少の反省もしつつ、とにかく今はあれだ、夢のとこまで行ってシバいてやろう。
どこに住んでるのかはわからんが、夢に電話するか、もし電話に出なければ、最悪晃弘君に聞けばいい。
ー と、そこでスマホが鳴る。
夢だ。
さあさあ、どう電話に出てやろうか?
俺の数多の美少女ゲーム経験から最適解を導き出す。
①もしもし? 今どこにいるの? (優しく聞く)
②何だよ、遅刻かよ? 勘弁してくれよ (怒る)
③相手の言い訳が終わるまでひたすら無言(真骨頂)
そうだな…心配するのはいいが連絡もない上、これ以上甘やかすのも…そしてあからさまに電話に出た途端、開口一番怒るのはベタだし、あくまで冷静を装いながらもただひたすら無表情で相手の謝罪を受け流し……いやいや、早く出ろ。俺。
「もしもし?」
「あんた今どこにいんのよ!?」
「あ? ずっと夢を待ってんだよ! 待ち合わせ場所で!」
怒る選択肢はなかった……なかったのだが、電話口からの夢の怒りのこもった予想外のセリフに、俺の感情は一気にもっていかれた。
「は? こっちもずっと待ってるんだけど!? 連絡の一つも出来なかったの?」
「何がだよ? 今どこだよ」
「待ち合わせ場所に決まってんでしょ? 悟こそどこなのよ?」
何か、嫌な予感がする。
「秋波原だけど」
「え? 何で?」
「何で? って、待ち合わせ場所だろーが」
「ん? …え? なんで…?」
ピンときた。夢は秋波原にいない。
「夢がこっち、天央寺まで来るって言ってたけど俺としては漫画見せてもらうんだから、やっぱり秋波原まで行くって言ったよな?」
「あ……」
夢は遅れてはいなかった。
待ち合わせに来たと言えば、来た。ある意味それだけなら確かに夢に落ち度はない。
しかし、そもそも待ち合わせる場所自体が間違っていたら、それはもう何の言い訳も出来ない。
「今、駅ビル辺りにいるのか?」
「……うん」
「じゃあ上のドトーアで待っててくれ。すぐ行くから? いいな?」
「わかった……ごめん」
「とにかく寒いから、中で待ってろ」
俺は仕方なく、改札へ戻り天央寺方面行きの電車を待つ事にした。
「まあ、うまく急行に乗れれば30分ちょっとだろう。ちょうど着いたらお昼時だしな。腹減ってたら何か食わせてやろう」
俺は夢への怒りの気持ち、いやそもそも怒っていたのかすらどうでもよくなっていて、待ち合わせ場所を間違えた夢をどうやってからかってやろうかと考えていた。
今はただ ー 早く夢に会いたい。
天央寺に着くなりホームタウンよろしく、足早に改札を出て駅ビル内の階段を駆け登る。
昼間のエレベーターは、ほぼ各階に止まってなかなか動かない。階段から登っていった方が早くドドーアのある4階に着く。
……しかし、何を俺はそんなに急いでんだ? 今生の別れの瞬間でもないだろうに、そんな息せき切らして行くほどのもんじゃねえぞ? それに必死に急いで来ました感を出してたら、夢も気を遣っちまう。
俺は、3階から4階の間の踊り場で足を止め、深呼吸する。
ー 今から会うのは 俺にとって最高の無理目の美少女。 最終選択肢の向こう側にいる、俺を待ってくれている最高の美少女だ。
呼吸を整え、なるべく急いで来た感を悟られないように、俺はドトーアに入り、窓際でスマホをいじる夢に近づく。
「よっ」
らしくない、背中を丸めた姿勢でスマホをいじる両手を止め、3枚目の王子を見上げる。
「待たせたな」
夢は何も言わず、スマホをテーブルに置き、うつむく。
「ちょっとコーヒー頼んで来るから」
俺はなるべく夢の反応を気にしない素振りを見せ、店内入り口の注文カウンターへ向かう。
コーヒーを持って夢の前に座るも、夢はまだうつむいたままだ。
何だ? このしおらし過ぎるゆめの態度は ー?
「……何か、ごめんね。行ったり来たりさせちゃって。
交通費も掛かったし、逆に…待たせてごめん。おまたせ」
「何だよ、それ」
夢の精一杯の気遣いと冗談まじりのトークが妙によそよそしさを感じさせる。
「悟を待ってる間、ずっと思い出してたんだ。昔2人でイスミヤまで行ったの覚えてる?」
「ああ…デパートの。そういえば、そんな事あったな」
「2人だけで初めて電車に乗って、悟が貯まったおこずかいであたしの誕生日のプレゼントを買ってあげるって……」
あの事か ー。
「いや、あれはそもそも俺が無理矢理夢を連れて行ったようなもんで ー」
夢は俺の言い訳めいた慰めをさえぎるように話を続ける。
「あの時、はぐれないようにってずっと手を繋いでくれててさ。お兄ちゃんほどじゃなかったけど、何かその時の悟、すごく頼もしく思えて全然怖いと思わなかった。それよりも2人で遠い所に来れたのが何か嬉しくって、悟に何回もやめろって怒られながらも、私スキップしててさ。何も怖いものがなかったなって」
テーブルに視線を落としながらも、いつの間にか夢の顔がほころんでいる。
「2人でおもちゃ屋さんに入った途端、一緒に興奮しちゃって、色んなおもちゃに触れては買ってもいないのに遊び出して。そのうちとっくに手も離して店の中で追いかけっこやかくれんぼまでしちゃって。で、私がトイレに行きたくなって悟に付いてきて欲しくて探したんだけど、探しても探しても悟、いなくてさ。実はあの時悟もトイレ行ってたんだよね。で、私訳がわからなくなって本気で追いかけっこやめたくなって大きな声で悟の名前何度も読んだのに、悟は私の前に来てくれなくて。
さっきまであんなに楽しかったのに、もうその時はまわりのおもちゃも見えない、ただ悟に見つけて欲しくて怖くて怖くて、そして耐えられずに私駆け出して、おもちゃ屋を出て悟を探しに行ったんだよね。
どこに行っても悟はいなくて、トイレに行く事も忘れちゃって私、このままどうなるのかな、一人になっちゃうのかな、もうお父さんお母さんにも会えないのかなって泣いてたら、店員さんが声掛けてくれて。でも親と来た訳じゃないし、家の連絡先もわからなかったから店員さんが途方にくれて、警察の人を呼ぼうかって言ってくれた時に、悟が他の店員さんに連れられて保護室に入ってきた時は、本当に嬉しくて悟に泣きついちゃったよね。悟、私を探しに来てくれたんだ、会いに来てくれたんだって。でも、あの時悟も泣きながら店員さんに連れてこられたんだよね。泣きながら店員さんを捕まえて、私はどこにいるのかって」
その後、俺は夢を連れて帰ろうとしたものの、やはりこんな子供が2人だけでデパートに来てこのまま帰して、またはぐれられでもしたらお店にとっても困ると判断したのか、俺から家の連絡先を聞きだし、それぞれの親が迎えにきた。
まあ、夢は悪くなく、夢の両親も言いたい事はあっただろうがまあまあ、子供のやった事で、しかも無事に帰ってこれたんだから、次またこういう事が起こらないように、お互い気をつけましょうとうちの親をやんわりなだめてくれたのだか、当然俺の親の怒りは収まることなく、俺はあんなに怒られた事は後にも先にもないという位こっぴどく怒られ、俺はただ泣く事しか出来なかった。しかもプレゼントは買えずじまい。
今思えば何とまあ、可愛らしい話しであろうか。
しかし当時小学2年生だった2人にとっては生死を分ける程の一大事であった事は想像にかたくない。
夢の話につられ、俺もその当時の出来事を遠い眼差しで思い返していた。
夢はいつの間にか俺に視線を向けていた。
「今日の事、元は私のうっかり、勘違いでこうなっちゃったんだけど、ここで悟を待ってる間、何故かその事を思い出して悲しくなっちゃって」
「おいおい、最終的にはハッピーエンドだったんだから、チャンチャン、はい良かったねって可愛らしい子供時代のひと時の思い出に出来んのか? 何で悲しくなる?」
「いや、そうなんだけど、ハッピーエンドなんだけど。あの時の悲しくて寂しかった気持ち自体はあのまんまで、消えてはいないんだよ」
まあ、ああいった経験、大袈裟にいうとトラウマ的な経験は結果そのものより、その過程で生じた感情の方が残るっていうしな。
「だから今日、悟との待ち合わせですれ違った時、私少しパニックみたいになって、しばらく動けなかった。」
「そうなのか? じゃあずっとドドーアで待ってた訳じゃないのか?」
確かに、夢のホットココアは全然減っていない。
ほんの2.3口だけ、口を付けただけのような減り加減だ。
「うん。それでさっきお店に入って悟にドトーアに入ったから大丈夫だよってLaneをしようとずっとスマホを持ってたんだけど、でもなかなか送れなくて。大丈夫だからって送りたかったのに、送れなくて」
「何で? どうしてだ? とりあえず送ってくれれば俺も改めて安心出来たのに」
「バカ……」
ー ん? 何だって? ー
「私が………よりも…」
夢はうつむいたまま、小声で何か囁いた。
「え? 何?」
「バカ……。私が送るよりも、このまま、悟に見つけて欲しかったの!!」
………!!?
可愛いかよーー!! チクショーーーっ!!!




