103.夢の相談事 2
夢と何気ない会話を続けながらハンバーガーを食べ終えた悟は、自分のポテトに手を付ける。しかし、というかやっぱり夢は未だに自分のポテトに手を付けない。
何でだ?
前回と同じだ。
頼んでおきながら、一向に手を付けないポテトを見つめながら悟は悶々とする。
何か意味あんのか?
他のサラダやナゲットのサイドメニューが嫌いで、実は一番マシなのがポテトで、しかしやはり食べる気がしないのか?
ポテト嫌いな奴がいるのか?
まあ、いるかもしれんがじゃあそもそも何故注文する?
夢もいつの間にかハンバーガーを食べ終えていたが、またシェイクのストローを咥えてデフォルトモードに戻っている。
ー 少し夢の目が泳いで……いる……ような気がした。
俺はすかさず夢に疑問をぶつけようとした所、
「あのさぁ、何でいつもポテ……」
「今日相談したかった事なんだけど」
ほぼ同時に声を出し、しかし夢は最後まで言い切った。俺の声を遮ぎるような強い口調で。
「な、何だ……?」
夢は手持ち無沙汰の為に持っていたようなシェイクを置いて、悟の方を向き直り、意を決した様子で話し出した。
「この前悟に読んでもらった漫画なんだけど、あの後最後まで描いたの。それで……」
「そうなんだ! 完成したんだ! よかったな〜っ! ずっと描き続けてたものが出来上がるって、やっぱ嬉しいよな! いや、俺は描いた事ないけど、でもとにかくよかったじゃん? それで何? あ、今日はそれを読ませてくれるつもりで持ってきてくれたのか? そういう事?」
あまりの矢継ぎ早の質問と、話しを遮り聞く耳を持ってくれない悟に、少しイラッとしながらもしかし、夢はいつものようにツッコミはせずに落ち着いて話を続ける。
「……いや、そうじゃない。今日は持ってきてない……」
「そうなの? そっか〜っ。じゃあまた見せてくれよな。タクヤとノゾミがどうなったのか俺なりに気になってんだ」
「うん……。それで、その出来た漫画を実は……ちょっと……送ってみたの。その……出版社的なところに」
「え!? そうなの?」
「うん……悟にはせっかくだから見てもらいたかったけど、でも最後の最後で、何か……感想を聞くのが怖くなっちゃって……。それならまだ知らない人からの感想のほうが……って、それで思い切ってそういう所に送ってみようかなって……」
「そっか〜。しっかしまあ、すげえな……。逆に勢いがついたってやつか」
「そんなでもないんだけど……でも実際送っちゃって……」
「まあまあ、いいんじゃないか? そういう、何ていうのかな? 自分からどんどんチャンスを掴みに行く姿勢っていうの? 俺は全然アリだと思うし、これからもそうやって送ったり自分の漫画の存在をアピールしていくってのは大事だと思うぜ?」
話を聞いていた夢の表情が一瞬、戸惑っているように見えた。
夢は少しの間、窓の外を見つめていたが伏目がちになり、悟の方を見ずうつむきながら言った。
「それでさ……連絡が来たんだよね。その出版社から……」
「えっ? そうなの? よかったじゃん! 何て感想来たの? やっぱり絵がいいですねってか!? それともストーリーもなかなかよかったからまた次も読みたいって言ってくれたのか?」
相変わらず興奮ぎみに質問をする悟に免疫がついたのか、冷静に一つ一つ言葉を選ぶように夢は悟に打ち明ける。
「あの……漫画のことについて……色々とお話ししたり聞きたい事があるので、よかったら会ってくれませんか? って……」
一瞬、悟は固まる。
「……え? ……えっ!?
そうなのっ!? マジでっ!?」
悟はまるで単調な、しかし実際素直に感嘆の単語を発した。
「うん……あなたの描いた漫画に興味がありますので、よかったら会ってその時に詳しくお話しできませんか? って」
何とも言えない、どこか恥ずかしそうな、そして戸惑いの表情を浮かべながら夢は話していた。
「そ……そう……か」
悟はあまりの夢の漫画の急展開ぶりに驚きを隠せないでいた。
そしてこんな時、悟は夢に何て言えばいいのか戸惑っていた。
(すげえな……いや、確かにすげぇぞ。しかし俺はてっきりその……っていうかそもそも送った結果がどうなるっていうか、想像はしてなかったが、これってつまり、いきなり夢の漫画が評価されて……って……うん? ……って事は……
出版社に漫画送る
↓
会ってみたい(興味ある)と返事
↓
うち(出版社)から漫画出しましょう!
↓
漫画家デビュー!
……って事!?
えっ!? そうなのか!?
って事なのかっ!?)
悟の脳内で明らかに単純な、しかし否定出来ない、起こりうるかも知れない出来事に悟は興奮していた。
夢はシェイクを手に取り、興奮する悟につられそうになりながらも、平静を取り戻そうとしている。
自分事ではあるが、実感のわかなかった出来事が起きた時、頭では理解していたつもりでも他人に話して改めて実感する経験を、夢は噛み締めていた。
「正直、嬉しさよりも驚きのほうが大きくて。
今、悟に話したらまたちょっと思い出しちゃった……」
夢も心なしかどこかそわそわしている。
「それでさ……あの……相談っていうか、ちょっとしたお願いがあるんだけど」
「……うん? お願い? 何だ?
俺でよければ何でも夢の力になるぞ? 言ってみ?」
「あの……ついて……きて……ほしいん……だよね。……出版社に」
「……あん? ……え? 何だって?」
「だからっ……今度出版社に行く時、いっしよに行ってほしいなって……」
「あん!? あんあんあん!? 何だそりゃ?
何でよ?」
「いや、よくわからない所だし、一人で行くのが怖いなって……」
「よくわからないも何も、お前が憧れてた世界じゃないのか? しかも1人で行けないって……お前どんだけお子ちゃまなんだよ!?」
「だから、怖いからって言ってんじゃん!」
ファーストフードの店内に響き渡るかどうかギリギリの音量で2人はある意味声を抑えながら押し問答をしている。
「何が怖いんだ?」
「………。」
夢は半泣きとはいかないまでも、初めは悟の言葉に反抗するように言葉を返していたが、次第にあれよあれよという間に、か弱いうさぎさんのような表情になり、異変を察した悟に夢は一瞬にして大女優のようなオーラで、
「……何でも力になるって言ってくれたじゃん。
……ねぇ。
ダメ?……かな……」
ズッキューン!!
なん〜〜〜〜だこの可愛さは!!!
夢は絶対に男には甘え……いや! 特に俺には絶対にそんな弱みや可愛げな所を見せるやつじゃない……。しかし何故俺にこんな自分を見せる? ……いや、夢は自分でわかってなくて、「そんな」つもりすらないのかも知れない。夢にとってただ本当に困っている状況なだけかも知れない。
下心のない異性への、しかもそれが絶世の美少女からのこんな「助けて」サインを送られては、いくら俺としても断る術はない。しかも……きっとこんな夢を見せてくれるのは俺だけのはずだ……そう、信じたい。
「……った……ったく。……しょうがねえな。
……わかったよ。一緒に行ってやるよ。その代わり俺のバイトの休みの日な? それは大丈夫なのか?」
「ありがとうっ! いくつか大丈夫な日を送る事になってるから、悟の休みに合わせて調整出来ると思うよ!」
(逃げ道なしか……)
「ただ、付いて行ってやると言ったが、そこの出版社? の前までだ。そこから先は1人で行くんだぞ。明らかに招かれざる客が出向いて向こうにいらぬ猜疑心を持たれても仕方ない。夢にとってもそれはあまりいい事じゃないだろうからな」
「……うん。わかった。それで……お願いします」
めずらしく、というか初めて夢は俺にペコリと頭を下げた。
フツーこんな可愛く頭を下げられるか? って位に。
(しかし、これがデートの誘いだったらな……まあ、こんなに頼まれてデートするっていう状況なんてそもそもないか……)
「悟ならきっとそう言ってくれると思った。でも途中でちょっと心配になっちゃった。それに案外、悟ってけっこう優しい所あるのね」
「何を言ってる。俺は元々優しい男だぞ」
「そうだったっけ?」
「どういう意味だよ?」
「何でもないっ。とにかく、ありがとう。ここは私のおごりでいいよ」
「もうお金払ったし」
「じゃあポテト、食べていいよ」
「ご馳走したつもりなのか? ってか何でいつもポテト食べないんだよ」
「悟、好きでしょ? ポテト」
「うん?」
「昔、うちに遊びに来た時、お母さんが作ったポテト、ほぼ1人で全部食べちゃったもんね。おいしいおいしいって」
「そんな1人で食べるなんて失礼な事しないぞ」
「いや、してたから。だからポテトは悟に取っといてあげてるの。でもこの前も今日も一向に食べていい? って聞いてこないから、そういう所はあまりガツガツしてないのね」
「仮に子供の時そうだったとしても今はやらん」
「ふ〜ん。つまんない男」
「なんでだよ。なんでそうなる」
(じゃあ前回の……久しぶりに会った時も、その時の夢は相変わらず俺に怒っていたけど、ちゃっかりポテトは残してくれようとしてたのか。もしそうなら、なんて良い女なんだ……この、幼馴染めっ!)
「……じゃあありがたくいただこうかな」
「心して食べられよ」
「へいへい。あんがとございます」
夢のイタズラな笑顔に、悟はふん、と鼻息を鳴らして照れながらもそれを悟られまいとポテトを数本まとめて口に放り込んだ。




