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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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九十二話 火の符使い

 爺の指示で、広間の魔術式が作動した。

 一際巨大な床の円が光り、そこへ向けて、壁と天井から展開された魔術円が迫り来る。

 四方からの巨大な魔術円が接触すると、金色に輝き固定した。

 箱のように、俺と小僧、二人を取り囲む。


 魔術円の部屋の中に閉じ込められたが、ただの光だ。

 出られないわけではない、と思うのだが、触れる気にはなれなかった。


「おお、説明を失念しておりましたな。それは符の効果が四散しないようにするものです。触れたところで、切り刻まれたりはしないので御安心を」


 それは安心……効果の、四散を防ぐ?


 疑問に眉を顰めた時だった。

 同時に展開された複数の魔術円が、頭上で金色に輝く。

 発動と、戦いの始まりを告げる合図。


 横っ飛びで範囲外へと転がり、避けた。


「ちっ……逃げるな、当たれよ!」


 燃え尽きた符が、火の粉となり散っている。

 が、既に第二段が準備されていた。

 淡く白い光の円が、重なり合うように次々と展開されていく。


 勢いをつけ立ち上がり、頭を庇った際に痛みのあった手の甲を、横目に見る。

 赤い筋が、皮膚を盛り上げていた。

 火傷。


 火の符で、範囲術式だと……阿呆か。

 殺す気かよ!


 後ろに跳び退り、距離を取りつつ爺を睨んだ。


 そういうことか。

 殺してしまえば、結果の如何など、どうでもいいはずだな。



 一度目は、俺の頭上に集中させていたが、次は囲むように半円状に展開された。

 再び発動される僅かな溜めの瞬間に、軌道を読み、走り抜ける。

 炎のつぶてが雨のように降りかかる。

 全てを避けるのは無理だろうが、範囲を広げたために隙間も大きくなっていた。


「どれだけ国へ戻りたいか、民の願いを、フィデルは誠実に話したはずだ」


 懐に手を突っ込み、手の内に小刀を隠し持つ。

 やたら、準備から発動までが早い。

 しかも合間とはいえ、喋りながらでも使いこなせるのか。

 かなり訓練している。


「それを、己の生まれ持った責任や力を意識せず、いい加減に生き、」


 近付くことができれば動きを封じるのは容易たやすそうだが、その弱点も踏まえているようだ。

 発動する時には、もう片方の手に符を取り出し、展開準備している。


「貴様個人の些少な都合で無碍にする、その報いを受けろ!」


 相手は、ガキだと甘く見ていると、死ぬな。

 俺も、使うしかない。


 小刀を持つのとは逆の手で、道具袋に突っ込み符に触れ、一つを選んだ。

 見ずとも、手触りで商人の符は分かる。


 それに気付いたのか、少年の目は鋭さを増した。


「氷属性? そんなもので何ができる」


 まさか、こっちは展開すらしていないのに、種類が読めるのか?


 そこで、符とは別の、精霊力の流れに気付いた。

 小僧は、体に刻まれた印を通して、符を発動させている。そうすることで、精霊力の通りがよくなるように見えた。

 そういや俺は、印と符へは別々に精霊力を送っていた気がする。


 印に気を取られた隙に、また火の雨が襲う。


 今は、目の前の対処だ。

 印持ちの魔術式使いか……厄介だ。


 発動と僅差で、新たに展開される円。

 速度が増している。

 まずいな。


 だが、これならどうだ。

 何を使おうが、読めることなど無意味だろ。


「あのな、力がどうとかの前に、俺は一人の人間なんだよ」


 俺は自分の目を庇い、符を翳して展開のみ、させた。


 庇ってもなお、光は隙間から目蓋を刺す。

 広間全体を白く染めたのだろう。

 周りから叫び声が聞こえた。


 即座に展開を解き、標的の側へ駆ける。

 小僧が発動しかけていた符は、暴発したようだ。

 外へ向け発動されてしまった炎の効果は、壁のような魔術円に、掻き消されていった。


「ぐッ……!」


 背後から、小僧の首を肘の内で締め上げる。

 小刀を持ち直した。


「止めて! 待って、彼を離して!」


 女騎士の叫びに、首筋へ向けた刃先を止める。

 締め上げた腕を、苦しげに藻掻く爪が傷つける。

 体術の訓練は、受けてないのか。


 走り寄ってきた女騎士の目に、悲痛な感情を見た。


「そんなに大切なら、少しは我慢を覚えさせろ」


 小僧の背を突き飛ばし、引渡した。

 女騎士は、大事そうに小僧の背を撫でている。


 集中し速まっていた鼓動を落ち着けるべく、深呼吸し、小刀を仕舞った。




 周りは、視界の戻った奴らが、遠巻きに囲んでいた。


 まさか、死なせかけたからって捕まえる気か。

 攻撃を受けたのは、こっちだぞ。


「ほほう、これは魂消たまげたわい」


 爺が、手を打ちながら笑いだした。


 文字通りに消えてもらっても構わないぞ。

 弟子が死に掛けたのに、その態度か。

 ここは人でなしの集まりかよ。


「こうして今までも、意に沿わない者を消してきたのか」


 それなら、あれだけの民が生き残っていながら、王の血筋が少ないのも頷ける。


 俺の言葉に、心外とばかりに周りがどよめく。

 狼狽、動揺、混乱。

 様々な感情が、顔に表れている。


「なんと無礼な!」


 などとほざいているやつもいる。

 どっちがだよ。


「初めに説明を怠った、私の落ち度。命まで取ることは考えておらなんだ」


 爺は惚けた口調で言った。


「まともに喰らってたら、焼け死んでただろうが!」


 心で叫んだつもりが、思わず声に出ていた。


「我々は、何をおいても主王の血筋の者を望んでいる。命を奪うようなことはない。その誤解だけは、解いてくだされ」


 どの口がそれを言うんだよ。

 まさに今、死に掛けたろうが。


「これはトルコロル内部の事情。副王足る者が、貴方を主王と認めるべく、戦いたいと申し出た。我らがそれに口出しする権利はないのです。もちろん、賛成はできかねたのですが、頼まれると断れんでのう」


 爺から、かわいい弟子への贈り物が死闘か。


「はっきりさせておく。俺は滅びた国とは関係ない。アィビッド帝国で育ったんだ」


 その言葉を、髭面にも向けて言った。

 お前の国の国民が目の前で殺されかけたが傍観していたよな、という皮肉をこめたつもりだ。

 こいつにも任務があるのだろうが、会議でも黙って観察していただけだった。


「アンパルシア、外交を任された家でしたな」


 俺の出自に、反論するかのような爺の言葉。


「確かに、父はトルコロル出身だった。だが俺は、コルディリーで育った帝国の人間だと言っている。例えトルコロルに居たとしても、継承順位で言えば相当低い、いや無いも同然だったはずだろ」


 そうだ、王と近い位置にいた、女騎士や小僧とは違う。


 座り込んでいる二人を見る。

 女騎士に背を支えられながら、小僧は尻餅をついて、へたり込んでいる。

 その足は震えていた。


 屈辱による怒りの為か、殺されかけた恐怖ゆえか。

 それを与えたのが自分だと思うと、正当な反撃とはいえ気分が悪い。

 頼むから、被害者ぶらないでくれよ。


 視線が合う。


「一人の人間だと……あくまでも個人的なことで、否定するつもりか。だ、だったら、与えられた力に頼るな!」


 殊勝にも、そんな状態でもまだ言い返してきた。

 しかし、半ばやけっぱちのようだ。

 瞳に宿っていた強い意思も、今は揺らいで見える。


 小僧の目を見据え、諭すように言った。


「与えられた力ってなんだ。そりゃ正にお前が使っている魔術式に、符だよな? 俺は、生きるために鍛えてきた。ぬくぬくと理論だけ学んできたような奴が、勝てるわけないんだよ」


 小僧は歯を食いしばり、俯いて視線を逸らした。


 少しは懲りてくれるといいが。


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