九十三話 叶わぬ説得
「なおさら、自ら鍛えたそのお力は重要です。私は、国へ帰りたい。どうかお力添えを」
小僧の次は、女騎士の懇願か。
うんざりする。
爺も謝罪の色をつけた、窮状を訴える。
「元老達の傲慢さは私の責任。皆もよく聞くが良い。自らが助かりたい本心を、卑しい言い訳で誤魔化すでない。多くを調べ、計画をし、準備してきた中、貴方はようやく見えた希望なのです」
今度は、持ち上げてきた。
「押し付けたけりゃそれでもいいが、俺が死んだらどうするんだ。病死、事故死なんでもいい。都合良さそうな人間を言い包めてる暇があったら、別のことに努力しろ」
俺は、部屋を見渡し扉を確認した。
「お怒りは尤もです。ですが、一つだけ言わせてください」
険しい顔で立ち上がり、女騎士は俺を真っ直ぐに見つめる。
「あなたにしか出来ないことがある。皆がそれに希望を見出している。人生の一時を、それに費やすことが、そんなにくだらないことでしょうか。それには、あなたが大切にしている人々だって、含まれるはずでしょう」
責めるようでも、説得しようと媚びる様子もなく。
溜め込んでいたであろう気持ちをぶちまける。
いや、順序が出鱈目だろ。
幾つもの思惑があるようだから、悠長にとはいかなかったのだろうが……それにしてもだ。
「帝国だけでなく、元老院も、他の国々も、世界中が踏ん張ってきた。自分だけの生活を過ごしてきた、あなたのその環境は、誰かが支えてきたものです」
なんだ、これを聞いて、俺は感動でもしなきゃならんのか。
ああ、お前らはその為にずっと生きてきたんだろう。
大事なことだろうさ。
突如、人生に踏み込まれた人間のことなどお構いなしに、よく恥ずかしげも無く綺麗事を並べられるな。
こちらになんの得がある。
物事は等価であるべきで、少なくともそれが俺の信念だ。
女騎士の言葉は空々しく響いた。
一方的に押し付けられる想い。
押し付けられたほうが傷付くのは見ぬふりだ。
「俺から、俺の正義を奪うなら、お前らも相応の代償を払え」
冷たく見下すと、女騎士は鼻白んだ。
それでいい。動くなよ。
さらに部屋を見回し、商人達を探す。取り囲む人垣の裏に、姿が見えた。
眠そうに、部屋の端に座り込んでいる。
俺の苦労は、そんなにつまらなかったのかよ。
「おい、帰るぞ」
何故か嫌そうな顔の、二人を立たせる。
「分かりました。私も旅へ同行します」
背後からかけられた、女騎士の声。
「なにを、言ってるんだ」
もう馬鹿にした口調を隠すことはしない。
「ですから、あなたの旅に同行すると言っているのです」
頭を抱えたくなる。
「なんの為だよ。あんたらのせいで出鱈目だ。もう構うな」
周囲から、非難の声があがる。
「そ、そうです。ようやくここまで来れたというのに」
女騎士は、そいつらを睨むと俺に一歩近付く。
「代償を払えとご自分でおっしゃったでしょう。しばらくの間、私も祖国へ費やす時間を、あなたの人生を見るために同行させていただきます」
今ここが崖なら、後先考えず飛び降りてるかもしれないな。
「あんたは何を払うか選べて、俺は押し付けられる。これがあんたの言う等価だ」
女騎士はうつむき、唇を噛み締めて言葉を飲み込んでいる。
立ち上がりはしたが、足取りの重い商人達の背を、出口へと押した。
「あなたの言葉は正しい。ですが、今私に出来るのはこれが精一杯なのです。お許しください」
いい加減にしろ。
つい声を荒げる。
「これだけ生きてるなら、どこかで食うに困ってる奴がいるだろ。そんな奴を探せよ」
辺りの皆が息を詰め、静まった。
なんだ。
幾らでも隠し事が出てきそうだよな。
「回廊の進行が、あまりにも早いのです。不安に、人の心が散り散りになる前に、生き残った民への求心力が欲しいのです。特に主王の威光が。もちろん総力を挙げて探しておりますが、間に合うかどうか。それを心配しておるのです」
爺代表の側近が、早口で説明した。
「予備を手元に置いておきたい。そういうことか」
「御意」
どれだけ、探したのか。
初めはそれほど気にしてなくて、最近探し始めたとかだろうか。
「だったら、初めからそう交渉すりゃいいだろ……そうだな、臨時契約だ。組合に出しとけ」
受けないけどな。
呆然としていた小僧が、息を吹き返し怒りを口にした。
「己の祖国を、そんなものでッ!」
その言葉を遮る。
「何度言や分かるんだ、コルディリーが俺の故郷だ。お前らは、俺の故郷何ぞより、自分達の祖国が大事だと貶めているんだよ。分からねえか」
どうにか、扉まで辿りついた。
見送るように後を付いてきた、爺代表が重い口を開き、軽く言う。
「我々の態度が間違っておりました。皆も、反省し態度を改めるように。急いて無理を押しすぎましたな」
どうやら、無理に引き止められそうな気配はない。
もう最後まで聞かず、部屋を出る。
広間を出ても、まだ諦めきれないのか、ぞろぞろと後を付いてくる。
結構な見送りだ。
鬱陶しいが、行く手を阻むようなことはしてこなかった。
爺代表の決定事項を守ることで、規律を維持しているのだろう。
出口へ向かって廊下を歩く後から、声がかけられる。
人攫い男は、納得が行かないようで食い下がった。
「それで、どこへ行くつもりだ。町に用があるのだろう」
どういうわけか、初めよりも拘っているように見える。
顔には焦りの色がある。
「工房を訪ねるだけだ。それも用事があるのは、そっちの商人」
首だけ巡らせ、横目で見る。
視界に入った他の者達の向ける視線も、心なしか変わっている気がした。
俺は存在しないかのように話していた会議中とは、明らかに違う。
まさか、精霊力のせいか……符を使ったのは、不味かったかな。
「その工房を営んでいる者らも、我らの管理下。ならば、ここへ滞在されるが良かろう」
しつこいな。
この誘拐犯、まだ何か企んでいるのか。
「直接、城に招こうというのだ。何の不満がある」
「おい、邪魔したら罰が下るんじゃなかったのか」
「だからこうして、お願いし、説得を試みているのではないか」
この野郎。
「なんでわざわざ人攫いの真似をした」
言葉を飾らず問いかけると、周りから疑念の声が上がる。
「どういうことだ」
「攫ってきただと!」
人攫い男は、詰め寄る周囲に、僅かに怯んだ様子を見せた。
「船上からのマヌアニミテ殿の報告から、説得は成功していないことを聞いていたのだ! 町の窮状は、ここにいる誰もが知っているはずだ。それを、たった一人に任せ、今まで手をこまねいて見ているしかなかった」
眉間に皺を寄せたまま、開き直って答えた。
「しかしマヌアニミテ殿は、帝国の都合ばかりだ。帝国側に送った我らの使者も、行動を制限され苦労させられてきた。そうだろう!」
最後の言葉は、髭面に向けられていた。
なら、一緒に行動していないと思って、仕掛けてきた。
白黒二人組の同行を、誤算と言ったのは本当だった。
「だから、なんで攫った」
「分からんか。力ずくでも納得してもらうために決まっている」
平気で禄でもないことを答えている。
「代表の考えか」
「私の提案を汲んでくれていたならば、無理を通すことなど考えるか!」
庇っているのだろうか。
本当に、こいつの独断か。
そこまで切羽詰まるのも、あの全くまとまりのない会議を見ていれば、分からなくもない。
それにしても、何が、そこまで急き立てるんだ。
この狭い場所に長いこと身動きできず、危険だと言われ続け、周りが見えなくなってしまったのか。
迷惑な。
「もういい。分かった。目論見通りにならず残念だったな」
永遠のように長く思えた暗い廊下から、ようやく抜け出せた。
外に出ても辺りはとっくに暗いが、ともかく毒気をはらうように空気を吸う。
人攫いの話に違和感。
こいつは、元老院側のはずだよな。
それも、こんなんで結構な偉い地位のようだった。
主王に拘るのは、民側のはずだろ。
横目で窺い見ると、無念そうに歯を食いしばっている。
まだ何か手がないか、考えあぐねている顔だ。
早く立ち去るのが無難だ。
荷車は厩に置かれているらしく、そちらへ向かおうとしたとき。
「お願いの仕方が足りないんじゃないかな」
女が俺の前に出て言った。
また、余計な口を利くなって。
「我らを脅そうと言うのか」
それ、お前らが使った手口だよな。
「謝ってもいない。それで頼み事なんておかしいでしょう」
「謝ることなど何もない。ええい、部外者は黙っておれ!」
女が、声を低めた。
「人攫いって、重罪だと思うけど」
「ぐぬ……気が急くあまりの出迎えを、そのような行動に誤解させたのは残念なことだが。分かった。よかろう……その件については謝ろうではないか」
おい、付け入る隙を与えるなよ。
「だから、謝罪の言葉なんかいらないって」
「そうだよ! 謝罪と言えば、贈り物」
違うだろ!
「な、なんと恥知らずな。金銭を要求するなど、下賎な輩よ」
「誰が金な、」
「そんなのいらない」
なんでお前が交渉してるんだよ。
「なるほど、行商人だったな。最新の魔術式具が欲しいのか」
「えー」
商人がわずかに反応したが、女はお前には失望したというような声を出した。
「まさか両方か。このっ、強欲共め!」
心外だ。
「なんなのあなた、さっきから。見当違いなことばかり。ここにはもっと素晴らしいものがあるでしょう」
ああ……そういう。
「行くぞ」
商人も女の目論見に気付いたらしい。
頷きあうと、両脇から女の腕を掴んだ。
「ち、ちょっと待ってよ。これからが、いいところなのに」
怪訝に見ていた人攫い男が喚く。
「ま、待ち給え。それはなんだ」
「触ったら、規則を破ったと看做すぞ」
手を伸ばしかけた男に釘を刺す。
「い、芋だよ、甘くて美味しい、お芋だよおおお――」
慟哭する女を引き摺り、研究院を離れた。




