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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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九十三話 叶わぬ説得

「なおさら、自ら鍛えたそのお力は重要です。私は、国へ帰りたい。どうかお力添えを」


 小僧の次は、女騎士の懇願か。

 うんざりする。


 爺も謝罪の色をつけた、窮状を訴える。


「元老達の傲慢さは私の責任。皆もよく聞くが良い。自らが助かりたい本心を、卑しい言い訳で誤魔化すでない。多くを調べ、計画をし、準備してきた中、貴方はようやく見えた希望なのです」


 今度は、持ち上げてきた。


「押し付けたけりゃそれでもいいが、俺が死んだらどうするんだ。病死、事故死なんでもいい。都合良さそうな人間を言い包めてる暇があったら、別のことに努力しろ」


 俺は、部屋を見渡し扉を確認した。


「お怒りは尤もです。ですが、一つだけ言わせてください」


 険しい顔で立ち上がり、女騎士は俺を真っ直ぐに見つめる。


「あなたにしか出来ないことがある。皆がそれに希望を見出している。人生の一時を、それに費やすことが、そんなにくだらないことでしょうか。それには、あなたが大切にしている人々だって、含まれるはずでしょう」


 責めるようでも、説得しようと媚びる様子もなく。

 溜め込んでいたであろう気持ちをぶちまける。


 いや、順序が出鱈目だろ。

 幾つもの思惑があるようだから、悠長にとはいかなかったのだろうが……それにしてもだ。


「帝国だけでなく、元老院も、他の国々も、世界中が踏ん張ってきた。自分だけの生活を過ごしてきた、あなたのその環境は、誰かが支えてきたものです」


 なんだ、これを聞いて、俺は感動でもしなきゃならんのか。


 ああ、お前らはその為にずっと生きてきたんだろう。

 大事なことだろうさ。

 突如、人生に踏み込まれた人間のことなどお構いなしに、よく恥ずかしげも無く綺麗事を並べられるな。


 こちらになんの得がある。

 物事は等価であるべきで、少なくともそれが俺の信念だ。



 女騎士の言葉は空々しく響いた。

 一方的に押し付けられる想い。


 押し付けられたほうが傷付くのは見ぬふりだ。


「俺から、俺の正義を奪うなら、お前らも相応の代償を払え」


 冷たく見下すと、女騎士は鼻白んだ。


 それでいい。動くなよ。



 さらに部屋を見回し、商人達を探す。取り囲む人垣の裏に、姿が見えた。

 眠そうに、部屋の端に座り込んでいる。

 俺の苦労は、そんなにつまらなかったのかよ。


「おい、帰るぞ」


 何故か嫌そうな顔の、二人を立たせる。



「分かりました。私も旅へ同行します」


 背後からかけられた、女騎士の声。


「なにを、言ってるんだ」


 もう馬鹿にした口調を隠すことはしない。


「ですから、あなたの旅に同行すると言っているのです」


 頭を抱えたくなる。


「なんの為だよ。あんたらのせいで出鱈目だ。もう構うな」


 周囲から、非難の声があがる。


「そ、そうです。ようやくここまで来れたというのに」


 女騎士は、そいつらを睨むと俺に一歩近付く。


「代償を払えとご自分でおっしゃったでしょう。しばらくの間、私も祖国へ費やす時間を、あなたの人生を見るために同行させていただきます」


 今ここが崖なら、後先考えず飛び降りてるかもしれないな。


「あんたは何を払うか選べて、俺は押し付けられる。これがあんたの言う等価だ」


 女騎士はうつむき、唇を噛み締めて言葉を飲み込んでいる。

 立ち上がりはしたが、足取りの重い商人達の背を、出口へと押した。


「あなたの言葉は正しい。ですが、今私に出来るのはこれが精一杯なのです。お許しください」


 いい加減にしろ。

 つい声を荒げる。 


「これだけ生きてるなら、どこかで食うに困ってる奴がいるだろ。そんな奴を探せよ」


 辺りの皆が息を詰め、静まった。


 なんだ。

 幾らでも隠し事が出てきそうだよな。


「回廊の進行が、あまりにも早いのです。不安に、人の心が散り散りになる前に、生き残った民への求心力が欲しいのです。特に主王の威光が。もちろん総力を挙げて探しておりますが、間に合うかどうか。それを心配しておるのです」



 爺代表の側近が、早口で説明した。 


「予備を手元に置いておきたい。そういうことか」


「御意」


 どれだけ、探したのか。

 初めはそれほど気にしてなくて、最近探し始めたとかだろうか。


「だったら、初めからそう交渉すりゃいいだろ……そうだな、臨時契約だ。組合に出しとけ」


 受けないけどな。


 呆然としていた小僧が、息を吹き返し怒りを口にした。


「己の祖国を、そんなものでッ!」


 その言葉を遮る。


「何度言や分かるんだ、コルディリーが俺の故郷だ。お前らは、俺の故郷何ぞより、自分達の祖国が大事だと貶めているんだよ。分からねえか」


 どうにか、扉まで辿りついた。

 見送るように後を付いてきた、爺代表が重い口を開き、軽く言う。


「我々の態度が間違っておりました。皆も、反省し態度を改めるように。急いて無理を押しすぎましたな」


 どうやら、無理に引き止められそうな気配はない。

 もう最後まで聞かず、部屋を出る。




 広間を出ても、まだ諦めきれないのか、ぞろぞろと後を付いてくる。

 結構な見送りだ。

 鬱陶しいが、行く手を阻むようなことはしてこなかった。

 爺代表の決定事項を守ることで、規律を維持しているのだろう。


 出口へ向かって廊下を歩く後から、声がかけられる。

 人攫い男は、納得が行かないようで食い下がった。


「それで、どこへ行くつもりだ。町に用があるのだろう」


 どういうわけか、初めよりも拘っているように見える。 

 顔には焦りの色がある。


「工房を訪ねるだけだ。それも用事があるのは、そっちの商人」


 首だけ巡らせ、横目で見る。

 視界に入った他の者達の向ける視線も、心なしか変わっている気がした。

 俺は存在しないかのように話していた会議中とは、明らかに違う。

 まさか、精霊力のせいか……符を使ったのは、不味かったかな。


「その工房を営んでいる者らも、我らの管理下。ならば、ここへ滞在されるが良かろう」


 しつこいな。

 この誘拐犯、まだ何か企んでいるのか。


「直接、城に招こうというのだ。何の不満がある」

「おい、邪魔したら罰が下るんじゃなかったのか」

「だからこうして、お願いし、説得を試みているのではないか」


 この野郎。


「なんでわざわざ人攫いの真似をした」


 言葉を飾らず問いかけると、周りから疑念の声が上がる。


「どういうことだ」

「攫ってきただと!」


 人攫い男は、詰め寄る周囲に、僅かに怯んだ様子を見せた。


「船上からのマヌアニミテ殿の報告から、説得は成功していないことを聞いていたのだ! 町の窮状は、ここにいる誰もが知っているはずだ。それを、たった一人に任せ、今まで手をこまねいて見ているしかなかった」


 眉間に皺を寄せたまま、開き直って答えた。


「しかしマヌアニミテ殿は、帝国の都合ばかりだ。帝国側に送った我らの使者も、行動を制限され苦労させられてきた。そうだろう!」


 最後の言葉は、髭面に向けられていた。


 なら、一緒に行動していないと思って、仕掛けてきた。

 白黒二人組の同行を、誤算と言ったのは本当だった。


「だから、なんで攫った」

「分からんか。力ずくでも納得してもらうために決まっている」


 平気で禄でもないことを答えている。


「代表の考えか」

「私の提案を汲んでくれていたならば、無理を通すことなど考えるか!」


 庇っているのだろうか。

 本当に、こいつの独断か。


 そこまで切羽詰まるのも、あの全くまとまりのない会議を見ていれば、分からなくもない。

 それにしても、何が、そこまで急き立てるんだ。

 この狭い場所に長いこと身動きできず、危険だと言われ続け、周りが見えなくなってしまったのか。


 迷惑な。


「もういい。分かった。目論見通りにならず残念だったな」


 永遠のように長く思えた暗い廊下から、ようやく抜け出せた。

 外に出ても辺りはとっくに暗いが、ともかく毒気をはらうように空気を吸う。



 人攫いの話に違和感。

 こいつは、元老院側のはずだよな。

 それも、こんなんで結構な偉い地位のようだった。

 主王に拘るのは、民側のはずだろ。


 横目で窺い見ると、無念そうに歯を食いしばっている。

 まだ何か手がないか、考えあぐねている顔だ。

 早く立ち去るのが無難だ。


 荷車は厩に置かれているらしく、そちらへ向かおうとしたとき。


「お願いの仕方が足りないんじゃないかな」


 女が俺の前に出て言った。

 また、余計な口を利くなって。


「我らを脅そうと言うのか」


 それ、お前らが使った手口だよな。


「謝ってもいない。それで頼み事なんておかしいでしょう」

「謝ることなど何もない。ええい、部外者は黙っておれ!」


 女が、声を低めた。


「人攫いって、重罪だと思うけど」

「ぐぬ……気が急くあまりの出迎えを、そのような行動に誤解させたのは残念なことだが。分かった。よかろう……その件については謝ろうではないか」


 おい、付け入る隙を与えるなよ。


「だから、謝罪の言葉なんかいらないって」

「そうだよ! 謝罪と言えば、贈り物」


 違うだろ!


「な、なんと恥知らずな。金銭を要求するなど、下賎な輩よ」

「誰が金な、」

「そんなのいらない」


 なんでお前が交渉してるんだよ。


「なるほど、行商人だったな。最新の魔術式具が欲しいのか」

「えー」


 商人がわずかに反応したが、女はお前には失望したというような声を出した。


「まさか両方か。このっ、強欲共め!」


 心外だ。


「なんなのあなた、さっきから。見当違いなことばかり。ここにはもっと素晴らしいものがあるでしょう」


 ああ……そういう。


「行くぞ」


 商人も女の目論見に気付いたらしい。

 頷きあうと、両脇から女の腕を掴んだ。


「ち、ちょっと待ってよ。これからが、いいところなのに」


 怪訝に見ていた人攫い男が喚く。


「ま、待ち給え。それはなんだ」

「触ったら、規則を破ったと看做すぞ」


 手を伸ばしかけた男に釘を刺す。


「い、芋だよ、甘くて美味しい、お芋だよおおお――」


 慟哭する女を引き摺り、研究院を離れた。


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