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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
二章 彷徨いの巡礼者

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七十七話 船出

 今日も早朝から仕事だ。

 町の中を、大量に魚を積んだ荷車で運搬しながら、ぶつけないように辺りに目を配る。

 昨日よりは仕事にも慣れ、気持ちに余裕がでてきていた。


 ふと気付けば、街中に黒い制服を散見するようになった。

 ここにも軍か。

 町に着いた時には、あまり見かけなかったと思うが、どうだったろう。

 なんせ初日は、乗船券のことで頭が一杯だったからな。


 今のところ、海向こうに渡る最大の港らしいから、この町にも用があって当たり前とは思うが。

 それにしても、経由地で見かけた雰囲気とはまた違うものを感じていた。




 仕事を終えて宿に戻ると、また伝言があった。


 入り江へ出向くと、変わらず釣りをしている商人の姿がある。


「まさか、一日中ここにいたんじゃないだろうな」


 呆れて商人を見る。


「今日は町を回ってきた。組合も見てきたよ。各町で趣が違って面白いな」


 一応、物売りに出かけてんだな。


「それに警備兵の詰め所にも寄ったんだが、ここにも軍が出てきてるようだ」

「やっぱり、そうか。やたら見かけるとは思っていた」


 商人は、重々しく頷く。


 商売以外で、向こうの国々との取引。

 精霊溜りの活性化について、準備を進めているんだろう。

 転話具で話すだけでは、足りないこともあるだろうし。

 幾ら道具が進歩し、便利になったところで、所詮は人同士だ。


「お陰さまで、作った分の符は全て買ってもらえたよ。もっと、光の符だけ欲しそうにしてたがね」


 嫌な理由ではあるが、地道に商売が上手くいっているようで何よりだ。

 なんとはなしに、辺りを見回す。


「あれ」


 そういや女の姿が見えない。


「そこだ」


 商人は俺の意図を察して、目的の物体を指差した。


 岩場の陰で、外套に丸まって寝ている。

 簀巻きかよ。

 遠目に見たら、商人が証拠隠滅でも企んでいる最中に見えるぞ。



 何はともあれ、火を起こすことにした。

 枝葉の爆ぜる軽快な音を聞きつつ、商人の釣った魚を食えるように準備する。

 煙に芳ばしい匂いが混ざり、漂い始める。


「ううん……さか、な」


 岩陰の簀巻きが蠢いた。


「海の藻屑……」


 やがて伸びをすると、目を擦りながら火の傍へとにじり寄ってくる。

 ちゃんと立って歩けよ。


 目が覚めてきたのか、女は立ち上がると、また岩陰へ戻った。

 一体なんだ。

 どうやら荷物を枕にしていたらしい。

 その袋から、何かを取り出した。


「パン、買ってきた」


 お前な、そいつを枕にしてたのか。


「頭を乗せていたのは水筒だから、潰れてない」


 俺の渋い顔を察したようにそう言って、パンを渡してきた。

 ああそう。一応気を使ってたのか。


 ではなく。

 なんで俺に渡すんだよ。

 俺は調理係じゃないぞ。


 俺は小刀を取り出して海でざっと洗い、四角い固まりを、ものを挟むのに丁度良いように薄く切っていく。


 その間、女は他にも何かを取り出していた。

 野菜も幾つか見える。

 確かに、塩気がある分、野菜も食いたいなと思っていた。


 それから、もう一袋。


「これ、干してたやつ」


 何か作ってみるとか言ってたな。


 女はその魚を棒に刺して炙りだした。

 俺はパンに続いて野菜を適当に切り、焼いていく。

 女は、俺が切ったパンを奪うと、炙った魚を挟んで並べていた。

 焼けた野菜も端から奪われていく。


「準備、出来たよ。早く食べよう」


 まるで獲物を追い詰めたかのように、パンを睨みつけて待っている。

 食われる前にと、商人に声をかけた。


「おい焼けたぞ」


 三人並んで腰を降ろすと、それを合図に食事は始まった。


 パンに噛み付き、味がした瞬間に吐き出すところだった。

 女は両頬を膨らませたが、吐き出すまいと堪えている。

 商人は慌てて水筒を取り出し、水で流し込んだ。

 俺も、どうにか飲み下す。


「なにしたんだよ」

「失敗だったな。塩をまぶしておいたんだ」


 それは分かるが、塩の味しかしなかったぞ。


「どばあっと漬け込んだ方が、いいかと思ったんだけどな」


 やっぱりお前の仕業か。


「止められずに、すまん」


 何故か商人が謝った。


「水に漬けてくる……」


 女が恨めしそうに魚を見下ろしつつ海へ向かった。

 それって余計不味いことにならないか。


 俺は挟んだ切り身を取り出して分割し、他のパンに挟むことにした。

 少量ならそこまででもない。

 その分、野菜を詰めまくった。




 味を調えたパンで、腹を満たした後は、今後の行動予定について話し合った。

 海向こうの国での、行動方針についてだ。


 朝到着の航海予定ではあるが、なにぶん自然の中でのことだ。

 日中につけばいいが、深夜だとどうなるのか。

 船で待機さてもらえるのか、外に野営地なりがあるのか。

 その辺を、商人に確認しておいてもらうよう頼む。


 次に、俺の依頼を終了するまで待ってもらうことになる。

 後片付けなど仕事もあるだろうし、手続きをして出るまでにどれだけ時間がかかるか分からない。

 その間二人には、宿の確保なり、行商なりしていてもらうことにする。

 そんなことを、思い付く範囲で決めていった。


「前もって言っておくが、さすがに向こうの情報はないから、今後は宿については期待しないでくれ」


 随分と今まで、商人に頼りっぱなしだったな。


「組合が町にあるなら、地図を確認させてもらおう。組合もどこまで同じか分からないが、そこは期待するしかないな」


 海を渡れば、皆が冒険者だな。

 半ば皮肉気味にそう思った。

 別に胸が高鳴ったりもしない。

 元々、未知のものへの憧れなんてものはない。

 手探りの不安と、面倒臭いという気持ちだけが心を占めていた。





 とうとう、この日がやってきた。


 毎日忙しく働いていたせいか、あっという間だったな。


 荷物の量に反して、人は少ない。

 閑散とした波止場を眺める。


 記憶の中の回廊周辺を思い出す。

 その場所とはまた違った色の、静かな海だ。


 父が生きていて国へ戻ろうとしたなら、この景色を一緒に見ていただろうか。

 ふと、感傷めいたものが過ぎる。



「おおおうい!」


 突然、野太い声が、俺の感傷を引き裂いた。


 振り向かずとも、声の主には気付いていた。

 魚主人かよ。

 ゆっくりと体を向ける。


「間に合ったな」


 何故か、潮流亭の主人とその他一同が見送りに来ていた。


「職にあぶれたら面倒見てやるぞ」


 俺と商人の顔を交互に見ながら言っている。

 お断りだ。


「こいつを持っていけ」


 数日の作業仲間が、木箱を腕に抱えていた。


「いやあ、重かった。これで解放される」


 有無を言わさず押し付けられた。


「ふんふん……これは、魚!」


 女が獣並みの嗅覚を発揮させていたが、そんなことをしなくとも魚主人が持ってくるものだ。想像はついた。

 干物だろうな。

 保存の利く食い物はありがたいとはいえ、食いきれない程の量がありそうだ。

 しかも船でどうしろと。

 甲板で炙るのはさすがに無理だよな。

 大人しく、厨房に渡すか。


 せっかくの好意だ。ありがたく貰っておく。


「世話になった上に、食い物まで悪いな、ぶはっ!」


 力任せに背を叩かれた。


「また来いやあ!」


 野郎共の声援に見送られながら、船内へ続く階段を登った。

 忙しく、そして気安い町だった。


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