三十話 擬似解決
商人の、荷車付き徒歩の大雑把な計算では、一日中かかるはずの道。
馬付きの今、朝早く町に着いていた。
不可解な事態。
俺が自分から、自己紹介している。
「イフレニィ・アンパルシア。旅人組合に属している」
そして、二人を睨んだ。次はお前らの番だという意味を込めてだ。
眼前の男よりも、俺が頭半分ほど上背があり、見下ろす形になるのも利用してやる。
溜息をつき、一呼吸置くと、まずは男が名乗った。
「セラ・ユリッツだ。行商している」
男が名乗ったのを見て、忌々しいといった目で俺を睨み上げる女。
「……バルジー・ピログラメッジ。旅人」
商人は渋面、女は嫌そうに、自己紹介し合った。
致し方なく、だ。
詰所から解放された。
男達も、警備兵達が調べたいと言った積荷も引き渡した。
そして、後は好きにしろと、馬車と馬を残された。
それをどうするかの話し合いだ。
俺に押し付けようとしていたこいつらを、治療にも金がいるだろ、金になるぞと半ば無理やり引き止めたのだ。
こいつら本当に行商人なのか、疑わしい。
こうなったのは、警備兵に盗賊を引き渡した時のことだ。
何故か、一人詰所で尋問されている。
疑問に思うほどでもないか。当然といえばそうだ。
襲われてたんで手助けしたけど縁もゆかりもない人達です。
怪しすぎるだろ。
一人旅の人間が、荒野の戦闘に手を出す。とんでもなく怪しい行動だ。
そんな愚かな行動を取る者は、いかれてるか、上手いこと獲物を掠め取ろうと狙う小悪党だ。
おこぼれを狙う小悪党なら、戦闘が収まってから動くだろう。
だが、俺は乱入者だ。
正否はともかく、いかれてるのかと疑われるのは辛いものがある。
警備兵に、思いっきり不審な目を向けられていた。
有体とまではいかないが、他の奴らの証言とも齟齬が無い、それらしい言い訳を口にする。
「護衛の口にでも、ありつけるかと思ってね」
何でもないことだろという風に嘯く。
その言葉に切れたのか、黙って睨んでいた警備兵は突然机に拳を打ち下ろすと、口火を切った。
「これだから若い奴は! 自分の腕を過信するのも大概にしろ、後始末するのはこっちなんだ!」
と、説教だか愚痴だかを怒鳴り始め、一通り聞かされた後に、ようやく解放された。
ごもっともな話だ。
新しい町のようだし、一旗上げようってな輩がよっぽど多かったんだろうな。
幸い、突き出した商人達は、悪行ではそれなりに名を馳せていたらしく、それ以上の追求はなかった。
内心は、現場を押さえてくれて儲けものといった空気が見て取れた。現金なやつらだ。
さらに言いがかりをつけられても、面白くない。
俺は、足早に詰所から出た……その目の前に、押し問答している商人と警備兵がいた。
何やってんだよ。
助け舟を出すか。嫌だなあ。
「よお、説明はできたのか」
案の定、声をかけた途端、警備兵は目敏く矛先を俺に向けた。
詰め寄る兵に、若干引く。
「おい、お前。盗賊の連行ご苦労だった。礼だ、そいつらと一緒に馬車と馬は受け取ってくれ。任せたぞ、な!」
ご苦労と言いながら、お前呼ばわりの警備兵は逃げるように去っていった。
「待てよ」
思わず低い声で、商人を呼び止めた。声をかけられた背が、ぎくりと揺れる。
商人は、女を積んだ荷車を押しながら、場を去ろうとしていた。
「場を移動しようか」
商人の肩を掴むと、馬車の側まで移動を促す。
こうして、歪な自己紹介を始めるに至る。
だが、商人は頑なに馬車も馬も引取りを拒んだ。
普通、商人なら、立派な馬車とか馬とか手に入れたら喜ぶところだぞ。
貧相な荷車での移動者が、何が不満なんだ。
俺の威圧も込めた視線に、いかにも面倒臭そうに商人が口を開く。
「馬なんか連れたら、餌代も手間もかかる」
だからいらん。ばっさり切り捨てられる。
選択権は雇い主の男にある。女は無言だ。
「だから、買い手を探すんだよ」
溜息をつきたいのはこっちだ。
「傷が塞がるまで、しばらくいるだろ。俺は、組合行って買い手を探してもらう」
元より滞在の予定だった商人に、滞在する安宿の場所を詰問する。
逃げたら、行動が怪しいと警備兵に訴えてみようか。
そんな言葉を含ませ、宿に女を休ませたら俺が組合へ行く間、馬車を見てくれるよう頼んだ。
馬車や馬を預けられるほどの金はない。
組合から町外れへの戻りがけに、通りで見かけた店に寄った。
買い足すものが幾つかあったためだ。
「待たせたな」
憮然として、手持ち無沙汰に待っていた商人に声をかけた。
そして、馬車に残っていた元持ち主達の衣類を切り裂く。その端切れを丸めて商人に投げた。
受け取った男は、訳が分からず眉を寄せる。
今しがた手に入れた、石鹸を取り出して見せた。
「掃除しないとまずいだろ」
渋る商人を、近くの川まで案内させた。
「これは俺達がすることなのか」
「あんたは汚ねえ商品を客に売りつけるのか」
ぶつくさ文句を垂れる商人に、水を汲めと促す。
縛って積んだ男達には、水くらいは飲ませたが、縄を解いたり降ろすような真似はしなかった。
荷台に垂れ流しだ。
それを水に溶いた石鹸水で洗い流していく。
煩い商人には、外側を磨くよう指示した。
取り外した幌の丈夫な布も、洗って木にかけて干す。
晴天で、素晴らしい陽射しだ。
出来るだけ早く乾くといいが、もう午後を大幅に回った。今日中は無理だろうな。
馬の背も洗ってやる。
川で水を飲んだり、草を食んだりするのを見て、俺達も休憩することにした。
「食ってくれ」
商人に、買ってきたパンを一袋渡す。女の分も含めてのつもりだ。
「……悪いな」
戸惑いながらも商人は受け取った。
久しぶりに、ひどい空腹を感じた。
商人もそうなんだろう。早速袋から一つ取り出している。
川原に座って、所々焦げ目のついた、黄色く平べったい固まりを手に取る。
買い立てだからか、この町の特徴なのか。
引き千切るのに伸びはするものの、硬くはないし、乾燥もしていない。
外側だけ硬めにして、乾燥を防いでいるのか、中身は白く柔らかだった。
雑穀などの実の固まりは見当たらない。
キメの細かい生地は、水で流し込むと溶けるようだった。
食べ易いが、物足りない気もした。
他の惣菜と合わせるものなのかと、思い至る。
晩用にと多めに買ったつもりだったが、全て平らげてしまった。
「なんで助けた」
ふいに商人に投げかけられた言葉に、水筒から水を飲む手を止める。
こぼれてもないのに、手で口元を拭った。
別に、助けるつもりなどなかった。
ただ、印が鳴り響いて不快だった。
しかも、一々行動を指図されるようで癪に障る。その音を消したかっただけだ。
放っておけば、痛む感覚は消えなかっただろう。
居心地のいい町から、仕事でもないのに不毛な荒野を進んで、渋々ここまでやってきた。
ようやく原因の場所を突き止めたら、助けを乞うても良さそうな情況の相手が、助かる気もない女だった。
手を貸すよう、追い立てられていたのは確かだ。
今さらだが考える。あの女が死んでも、印の信号は消えたんだろうか。
「あんたならどうする。見てしまったら、やり過ごすか」
「やり過ごすな」
商人は即答した。
「俺もだ」
俺の言葉に、商人が眉を顰めたのが視界の端に見える。
「行き掛かり上だ。自分でも驚いてるんだ。こういうこともあるさ」
以外にも、賛同を得たようだった。
「それは分かる」
傾く日を仰ぎ見て、俺は立ち上がった。
「組合には、あんたらの宿に連絡するよう伝えといた」
「え」
なんでそんなことを、という目を向けられる。
くどいようだが、本当に本当に、こいつは商人なのか?
「俺はここで見ておく。それとも代わってくれるのか?」
咎めるように、目を眇める。
「ああ」
なるほどと納得した商人を見送った。
出来る限り、宿代も倹約したかったんで、野宿の丁度良い理由になった。
せめてもと御者台に横になる。地面よりは、平らな分だけましな感触だ。
日が落ち、空から降る金色の飛沫が強まるのを眺める。
風に凪ぐ葉擦れも、虫の音も、馬の息遣いも聞こえている。
それにしても、あまりに静かな夜だった。
頭に浮かぶままに、思考を委ねる。
周りが、自分の思い通りに動くことなんかほぼない。
幾ら前もって考え巡らしたところで、結局は、その時に提示されものを見て判断するしかない。
推測だけで、印の信号を追えば糸口は掴めるはずだと、そう信じて進んできた。
実際、対象への接触で印の痛みは消えた。
あの女が原因なのかは疑問だ。
確かに、かなりの魔術式使いのようだが、何かを企んでいるような気配はない。
それどころか、旅人という以外の接点がない。
外見は、黒い髪と瞳。瞳に、トルコロル特有の青みはなかった。
名もアィビッドのものだ。
精霊力が平均以上というのは分かるが、他には何も特別な風には見えなかった。
では、助けることが目的だったのか。
それなら、長いこと無視してきた期間に死んでるはずだ。
こう動いたことは正しかったのか、どうか。今は分からない。
原因の究明なんか糞喰らえだ。
ともかく、痛みのない夜だ。段々と、現実感が伴ってくる。
数年ぶりに開放されたような清々しい気分に、細かいことはどうでも良くなっていた。
これで町に、コルディリーに帰れる。
その期待だけが膨らんで、全ての憂いも懸念も覆い隠していった。




