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精霊界の崩落は亡国の魔術式を発動する  作者: きりま
一章 旅立ち

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十三話 検証

 朝も早くから、さして広くない組合会議室に、人がひしめき合っていた。

 室内には、軍の定期巡回へ随行する依頼を受けた者達が集まっている。

 てっきり北の確認が終われば、さっさと引き上げるのかと思っていたが、予定通り巡回も行われるらしい。

 今回の、街の側へ野営許可を取った理由のはずなのだから、当然果たさねばならない約束ではあるだろう。緊急要件があるとはいえ、今日明日に危険が迫っているわけではない。


 昨日の引き抜きめいた話の後だ。俺は、この依頼に参加することに妙な気分でいた。元々こちらの随行依頼が本来のものだから渋々と出向いているが、白々しい気分になるのは仕方がないだろう。

 北への同行者の内、昨日天幕に呼ばれなかった九人は、来るなり支部長室に呼ばれていた。今頃、勧誘の振りで、北部方面軍の準備要員としての依頼を強制されているはずだ。

 俺はそ知らぬ顔をして、その場の者達との会話に興じる。

 間もなく、職員から依頼書が配られはじめた。その内容に沿って、点呼を受け、二、三人の組に振り分けられる。領内周辺を巡回する、班を分けた軍に随行するためだ。他の職員が、符や飲食物の物資を提供するのを受け取る。

 準備が整って室内を見ると、困惑気味の九人が戻ってきていた。副支部長は嬉しそうだ。首尾よく誑かせたらしい。皆で、そぞろ歩き街外れへと向かった。


 軍と組合から押し付けられかけた役どころは辞退した。

 とはいえ、あの女騎士からは、まだ接触があるのではと警戒していた。軍の方は指揮官の男が納得したのなら、関わってくるとは思えない。しかし昨晩に天幕を出る際、女騎士が一歩前に出たのを、指揮官が視線で制したようだったことが気になっている。女騎士の口惜し気に頭を振る姿は、閉じられた幕により遮られた。

 そこも、気にかかる。

 あの場に呼ばれていながら、幾人かは発言していない。指揮官の側近と、副支部長。二人は経過を把握するためだけに呼ばれたのだろう。

 だが女騎士は、ふと遮るように場の内容とは無関係な質問を投げかけてきた。支部長でさえ、求めるに答えただけというのにだ。元老院側との会話といい、やけに自由な振る舞いを許されている。

 しかし、垣間見えた指揮官との関係からは、やはり軍の下にあるとは思えるのだ。回廊の危険のために手を組んではいるが、別の目的があるのだろうか。


 様々な懸念に身構えて落ち着かなく辺りを見渡していたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。旗の掲げられ方を見るに指揮官は天幕で待機のようだったし、遠目に見えた白い姿は最も遠出する班にいた。

 そして年一の巡回と異なり、数日滞在することもなく一日で予定を終えた。半年しか経過していないからと理由をつけていたが、やはり建前だったのだろう。

 撤収する軍を見送るなどということもなく、ちょっとした非日常は終わりを告げた。だというのに、安堵は訪れない。

 また明日からは、組合で受付が提示してくれる依頼を受ける日々が始まる。

 そうだ、普通の生活に、戻っても良かった。




 翌朝、どうにも抜けきれない疲労を抱えたまま、日が昇りきる前に目が覚めていた。

 起き上がるでなく、ぼんやり天井の木目を眺める。

 今後どうすべきかと、呆然と思い耽っていた。


 依頼を断った件で、軍や女騎士からの言伝などはなかった。忘れていいのかもしれない。

 しかし、あれだけ強い態度で断ったんだ。その理由については自分なりに結論を出しておかなければまずいだろう。支部長らに体調不良を知られてしまったこともあり、何かしら答えを用意しておく必要はある。


 手立てはあまりないが、多少は気にかかることもなくはない。痛みと身体の変化は関係しているような気がしている。

 ひとまずは、そうした点を思い付く端から検証していくと決めて、ようやく体を起こした。

 しかし精霊力を測るなら符が必要だが、手持ちは少ない。仕入れるなら結局は金も必要だ。


「……出るか」


 収入は減るが、しばらくは時間を作ると決めて短時間で済む仕事を請け負った。

 随行依頼の臨時収入のおかげで余計な出費は賄えるのだが、日常生活に影響しては困る。腰が悪い家具屋からの、配達の仕事を終えると昼だった。

 午後一杯は空けてある。その前に腹ごしらえに向かうことにした。


 大衆食堂からは相変わらず騒がしい客と、それを彩るディナの元気な声が届く。

 わずかばかり張り詰めていた気持ちが解れた。席に着くと、ディナがすぐさま気付いて飛んでくる。


「お帰りイフレニィ! 軍にくっ付いてたって聞いたよ。いっつも何も言わないんだから!」


 頬を膨らませて見せたディナだが、すぐに噴き出す。

 変わらぬ笑顔に安堵する。この街が自分の居場所だと、確認できる場所の一つだと改めて思えた。

 これから行うことに気乗りはしなかったのが、少しでも早く元通りの生活を取り戻そうという意欲が沸いていた。



 飯を済ませると、道具屋へ足を向けた。

 ユテンシル道具店ではない。おっさんの店は、日用雑貨が主だ。

 向かっているのは、宝飾品などやや高級な道具を扱っている店だ。定期的に売れるものとして、魔術式に関する物を扱い始めると、そっちの客が増えてしまったらしい。

 どの道、手頃な店はそこしかない。


 客のいない店内を見渡すも、棚にはガラクタにしか見えない金具の部品やらが並んでいるだけだ。符のような値の張るものは店先に並べられるものではないのだろう。

 何やら作業をしていた店主に挨拶して、符の在庫を確かめると大して数はなかった。まとめて買われるようなものではないが、俺が確かめたいことに足りるのかどうか、逡巡はわずかだった。勘定台に金を置く。


「補助と防御が十ずつか。それ全部。攻撃系は適当に十でいい」


 面倒だから全てを十枚ずつにしたのだが、店主は微かに困った笑みを浮かべた。仕入れは他の街からだ。すぐには補充も出来ないんだろうと思い至るが、店主は何も言わずに、さっとまとめて紙をった紐で縛った。


「今はこれだけだ。この前、組合にごっそり卸したところでね。光の符はなくて残念だったな」


 村での精霊溜りの件が響いているのだろう。そうだろうなと相槌を打ち、符を受け取った。


「こりゃまた大量に仕入れんとな。ありがとよ!」


 店を後にすると、その足で街の外へ向かう。

 軍も帰っていったし、あの辺なら人目もなくていいだろうか。いや、もう少し離れるか。

 そんな予定を立て、出来る限り人の目から遠ざかる。


 まず試したい重要なことは、日が落ちるまで、何ものにも邪魔されずに過ごすことだった。

 日が暮れかける頃から痛みと共に精霊力が妙な流れ方をする。その違いをじっくり把握するためだ。いつものように仕事をしていては、移動中に始まるため、どちらかといえば気にかけないようにするしかなかったからだ。

 北の村からも繋がっているだろう、小川の近くへ着くと足を止めた。夜までは日中の状態での確認をして過ごすつもりだった。


 街から遠のき人家もなく、周りは木々で遮られた清流の前。

 北への路上で、符を使用した際のことを思い出していた。あんな風に思い切り発動してしまえば人目につきすぎる。それだけではなく変に感知されても困る。


 でもな、と今日買った符に目を落とす。

 やはり軍の物よりも顔料は少ない。これで、あのように派手な効果がでるものだろうかといった疑問はある。下手すれば、組合がどこかから仕入れている量産品より酷いと思われる出来だ。


 別のものを買うにしろ他に店はないし、貯蓄を崩してしまったのも痛い。そもそも軍の支給品と比べるのが間違いなのだろう。

 文句を止め、符を手にして前に突き出す。防御符だ。精霊力の流れの感覚を確かめたいだけなのだからなんでもよかったのだが、精霊力感知である光の符が売り切れていたため、周囲に影響しないものとして選んだのだ。

 いつものように展開し、発動させた。

 息をのむ。

 部屋でやらなくて正解だった。

 空中に写し取られた魔術式の効果に、自分でも動揺していた。


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