第92話_夜遊び
「ただいまー」
ルーイとリコットと三人でお出掛けして帰ったら、お留守番のナディアとラターシャは何かを話し込んでいたようで、部屋の端のテーブルに隣り合って座っていた。ナディアはいつも通りの無表情で私を見上げた後、駆け寄ってきたルーイに穏やかな微笑みで「おかりなさい」と言う。え、私には?
「アキラちゃんも、おかえり」
代わりに私へとそう言ってくれるラターシャだったけれど、何だかちょっと変な顔をしているな。おかえりもいつもよりぎこちない気がした。
「どうしたの、ラタ。もしやナディに虐められ――ぐっ」
言葉半ばでラターシャにボディーブローされてしまった。痛いほどじゃなかったけどビックリして声が出た。
「ナディアがそんなことするわけないでしょ、ばか」
「はぁい、でも暴力で訴えられて悲しいなぁ……」
そんな子に育てた覚えは……ちょっとあるけど、悲しい。しかし訴えても誰も構ってくれなかった。まあいいか、多分「日頃の行いが悪い」って言われて「そうですね」ってなって終わるんだから。
「そうだ、ラタ、ナディも。お土産買ってきたよ」
私達の主目的だった装飾品は二人共あまり興味が無いみたいなので、お土産は帰り道で見付けた洋菓子店のケーキだ。甘いものはみんな好きだから、みんなで楽しめて嬉しい。丁度おやつの時間を少し過ぎたくらいだし、コーヒーを淹れてのんびりしましょう。
穏やかにみんなでテーブルを囲んでお茶をし始めたところで、ラターシャのぎこちない様子は消えてしまって、私も気にすることを止めていた。
五人部屋にすることの弊害の一つは、ナディアやリコットに夜の相手をお願いできなくなったことだろうか。この間リコットとはデート帰りに寝たように、昼に誘えば抱けなくはない。でもそれじゃ忙しないし、事後に疲れた彼女らを眠らせてもあげられないしってことで、流石の私も少し気を遣う。
そういうことで、レッドオラムに居る間の相手は、他の女性になってくるわけで。金色をした短めの髪を指先で梳きながら、私の胸に甘えるように寄り添う女性を受け止めた。
「アキラちゃんは旅人なんだよね」
内容は世間話だけど、甘ったるい声。剥き出しの背中はまだ少し熱く、汗ばんでいる。
「そうだよ」
「エーゼンには行った?」
「ううん、いつか行こうとは思ってるけど、まだ」
嘘ではないと思う。砦の一部には行ったが、後は近くの森に行っただけで街には下りていなかったし。
「そっかー、じゃあ少し前にエーゼンに大きな雷が落ちたって話は知らない?」
「えー、初耳。何それ」
間違いなく私の雷魔法じゃないかな、と思って笑ってしまう。
しかし、その頃の私はアンネスの町に滞在していて、噂が各地に広がった頃にはレッドオラムに向かって移動していたことを話せば、噂が私の耳に入らなかったことに納得していた。
「何か被害があったの?」
「ううん、その逆。ちょうどその時、魔物の大群がエーゼンに迫ってて、もう住民たちも避難を始めてたらしいんだけど」
その辺りはベルク達から聞いた通りの内容だな。この世界にはスマートフォンもインターネットも無いけれど、行商や役人、もしくは旅人や冒険者が話題を持ち運んで、思った以上に広がるようだ。ちょっと舐めてたな、この世界。
「突然その雷が平原に落ちて、魔物の方にだけ被害があったから、その隙に戦況を立て直して何とか対応できたんだって」
急に事実と大きく異なる話に帰結した。そういう話にまとめてくれたってことかな。情報統制が行き届いているのかもしれない。または、実際にその目にしても一人の魔術師が引き起こしたこととして信じられなかった人達が、そういう感じに落とし込んで自らを納得させた結果か。
何にせよ噂では、今、エーゼンは日常を取り戻しつつあるらしい。
「っていうか、ネネ、詳しいね」
「ふふ、この間のお客さんが、エーゼンに家族が居るって人だったからさ」
「なるほど、それは信頼できる情報筋だ」
こういうのもピロートークとしてカテゴライズされるのかは分からないが、色んな人を相手にお仕事しているらしい彼女の話は楽しかった。色んな町の、色んな噂を教えてくれる。
「そもそもレッドオラムにも初めて来たんだけど、冒険者ギルドが他の街より活発だって聞いたんだ。そんなに魔物の被害が多いの?」
「ううん、街自体は他よりも安全だと思う。問題は外かなぁ」
「外?」
私が首を傾けると、ネネも真似するみたいに首を傾ける。その仕草が妙に可愛くて首筋を撫でれば、くすぐったかったらしい彼女が笑いながら私の肩に柔らかく噛み付いた。互いにまだほとんど服を身に着けていないせいか、ちょっとしたじゃれ合いがすぐに甘ったるい方に発展する。
でもまあ事後は事後なので、足を絡めながらも、ネネは普通に会話を続けた。
「アキラちゃんはどっち側から来たの? アンネスって言ってたから、東?」
「そうそう」
「じゃあ見てないか、北西側に大きな川と橋があってね、その先に進むと港があるから、貿易の為に結構この街からも人の行き来があるの。ただ、道中の魔物が酷くって」
なるほど。仕事が多いと言っても、街自体の防衛とは限らない。周辺に、魔物の多い地域があるってことね。その『道中』はそれなりに距離もある為、経路全部を結界で覆うことも出来ないようだ。
「私がこの街を出る時も、北西側に進むなら少し考えないといけないねぇ」
「冒険者ギルドに行けば周辺の魔物の状態も教えてくれるから、出る前には行った方が良いよ〜」
「それは有力情報だ。ありがとう、そうするよ」
その結果、ギルド内のホールがあんなに賑わうわけだ。ついでにギルド内の怪しい恋愛事情の噂を教えてもらいながらネネを抱き寄せたら、彼女の背が少し冷えていた。
「ああ、もうそろそろ時間か」
身体を拭いて服を着せてあげようと思ったけど、それより、私がお暇した方が良さそうだ。
「泊って行ってもいいよ?」
「んー、魅力的な誘いだけど、朝帰りにはちょっと厳しいお姫様達が居るからねー」
「あはは、罪な人だね〜」
私の言葉にネネが憤ることは無い。本当に楽しそうに、むしろ揶揄うように笑って私を見つめてくる。お風呂は、帰ってから入ったらいいか。私が服を身に着ける後ろでネネも簡単に服を整えていた。
「また来るよ」
「うん、嬉しい。いつでも来てね」
可愛い『本当』のタグが伸びるのを笑顔で受け止めて、ネネの短い髪を撫でる。そして大銀貨一枚を手渡して、部屋を後にした。
ネネは酒場で引っ掛けた素人ではなく、お酒を飲んでいたら営業してくれた素敵な玄人さん。ネネって名前も偽名だ。だけど私も本名に興味はない。素人を引っ掛けるより楽なのは楽なんだよな。後腐れもないし、抱かれ慣れてるし、可愛くて話が上手いので。今回は特に、為になる情報も色々と得られた。
「ん、そういえば、星の名前は聞きそびれたままだな」
夜空に浮かぶ二つの衛星。月みたいだけど月じゃないもの。夜を迎える度、此処は私の世界ではないと教えてくる。
さておき、そろそろ王城の様子を見に行ってもいいかもしれないな。エーゼンも落ち着いたみたいだし。




