第80話_混血
レッドオラムは少し無骨な街だ。そんな風に言うと住民には怒られてしまうかもしれないけれど、ナディア達と出会ったローランベルに比べてしまうとそう見える。まずは、街を囲っている大きな防御壁。それは周囲を覆うだけではなく、街自体をいくつかの区画に分け、それぞれを分断するように街中にも入り込む。住民らを切り離す意図は全く無いようで、街中にある壁には大きな門があって、二十四時間いつでも開かれている。これは万が一でも魔物の軍勢に入り込まれてしまった際、他の区画へ避難する手段が取れるようにしているのだと、ローランベルの酒場で聞いた。
「此処は昔、かなり大きな魔物の被害があったらしくてね。復興する時に今の形になったんだって」
「塔もその頃に建てられたのかな?」
「きっとそうだね」
高い防御壁に見合う高い見張り台を立てようとしたら、安全性を考えると塔の形になるのだろう。復興時に防御壁が当時より更に高く作られたそうなので、塔はその後、または合わせて建てられたと考えるのが自然だ。
「そういえばどうして、西は一般公開されてないのかな」
「あー、西の塔は、貴族街に面しているらしいよ」
「なるほど……」
私が笑いながら言えば、ラターシャも苦笑いで応える。多分、旅行者が家の近所を闊歩することを、貴族らが嫌がったんだろうな。
「エルフに身分制度は無いの?」
消音魔法を発動してから問い掛ける。だけどそんなことを知らないラターシャが驚いて周りを窺ったので、ちゃんと説明した。周りには、この会話は聞こえないよ。ラターシャはホッとした様子で、私の問いに答える。
「里の長や、管理地区の代表者は居るけど、それだけかな。どれも世襲じゃないから、身分とは違う気がする。勿論、純血と混血は明らかな差があるんだけどね」
「あー」
つまり『純血の間には』身分差が無いってことらしい。ラターシャにとっては嫌なことを聞いてしまったかな。軽く頭を撫でると、「大丈夫だよ」とラターシャは可笑しそうに言った。
「そうだ、ラターシャが見付けてきたエルフの本に書いてあったけど、世界にエルフの里が五つあるっていうのは本当?」
「うん、私もそう聞いてる。でも他の里とはほとんど交流が無いから、どうなってるのかは分からないなぁ」
確かに、元々は五つだったけど増えていたり、何かの理由で存続できずに減っていたりするかもしれないよな。ただラターシャの返答に『本当』が出たので、現在も総数が五であることは間違いないようだ。
そしてエルフは血を重んじる上に伝統にもかなり強く固執する性質があるらしく、例え交流が無くとも里と里の間で文化が乖離することは考えにくいとラターシャは言う。ちなみにあの本には、五つの里がそれぞれ独自の考え方と文化を持つ為に分かれてしまったと書かれていた。真っ赤な嘘であるらしい。
真偽のタグは文字でも働くものの、本は正直それが判断しにくい。どの文章のどの部分が嘘で本当なのかが色々織り交ざっているせいだ。『本当』と出てくれても「どれが?」となってしまう。
「実際にはどうして五つに分かれたの?」
「私が聞いた話だと、秘宝を守る為だって言ってたかな」
エルフ族には代々伝わる秘宝が五つあるらしい。それをどの種族からも奪われてしまわないよう、一か所に置くのではなく、それぞれの里で一つずつを守る形にしたとのこと。
「里が分かれる前にね、一度、人族に騙されて全部奪われそうになったんだって。ただの言い伝えだけど」
「うーん、『本当』って出てるなぁ」
「そうなんだ……」
人間ってやつは全く。ラターシャの件を思い出せば正直エルフも禄でもないのだけど、言い伝えの元となった一件に関しては哀れに思う。ラターシャが言うには、他の種族を毛嫌いして突き放し、隠れて住むようになったのはその頃からだそうだ。混血を嫌う文化は元よりあったものの、当時、隣人や友人としての交流は他の種族ともしていたらしい。
「じゃあ、そもそも混血を嫌う理由は何?」
本には、他種族との混血は稀に特殊な力を持つ子が産まれてしまい、一族の脅威になることがあった為だと書かれていた。ラターシャもその件を思い出したようで、眉を下げて笑う。
「あれはね、逆なの」
「逆?」
「あ、待って、アキラちゃん、あれ見ても良い?」
話を途中で止めたラターシャが私を引っ張った先は、アクセサリーの露店だった。飾り物を好む子じゃないのに、珍しいな。エルフの話は嫌だったかな? 勘繰ったものの、ルーイに似合うものを見付けたと言う。自分の誕生日なのにね。ラターシャらしくってちょっと笑ってしまった。
「それ、私が買うよ、今日ラターシャからプレゼントを貰ったら、ルーイがびっくりしちゃうよ?」
「誕生日だって忘れてた……」
「あはは」
それを抜いたらもう今日は何のお出掛けなのよ。ま、ラターシャからのお誘いなら誕生日じゃなくてもいつでもデートするけどね。
ルーイへの手土産を一つ手に入れたところで、露店の人と話す為に解いた消音魔法をラターシャが再び求めた。つまり続きを話してくれるらしい。本当に、話を逸らす意図は無くて、ルーイに髪飾りを買ってあげたかったんだな。何でこんなに可愛いんだ。撫でよう。最近は私に唐突に撫でられることにも慣れたらしく、特に反応が無かった。それはそれで寂しいよ。
「エルフって長命でね、千年以上、生きるの。私のお母さんは病気で死んじゃったからもっと若かったけど、それでも二百歳くらいだったって聞いてる」
長命であることは本でも触れられていたし、元の世界で読んだファンタジーのいずれも、エルフは不死または長命で描かれていたが、千年以上か。それはまた想像も付かない年月だな。『早くに亡くなった』で二百年というのも、人の身では、驚きしかない。
「だけどその恩恵があるのは純血だけで、混血は長く生きられない。エルフはそれを『他種の毒』って呼んで、忌み嫌ってて」
「待って、ラタ」
今ちょっと聞き捨てならない言葉を拾ったぞ。彼女の身体からはずっと『本当』のタグしか伸びてなくて、身体がざわざわと凍えるみたいに冷たくなる。
「……長く生きられない?」
「あ、違うの、誤解しないで。『エルフほどは』長く生きられない、だよ。私は人族と同じ寿命……だと思う、私が人族とのハーフなら」
「びっっっくりした〜〜〜」
「ごめん」
肝が冷えました。私は立ち止まって両手を膝に当てて大いに項垂れる。道行く人が心配そうな顔を向けてくるくらい脱力した。話の流れから言って『エルフほどは』って修飾が付くことは想像できたはずなのに、人間の感覚で『長く生きられない』って言葉だけを過敏に拾ってしまった。私の儚くも短い寿命が縮みました。
つまりハーフエルフは、エルフじゃない方の種族と凡そ同じ寿命となる、ってことか。ラターシャが言った『逆』をようやく理解した。本来エルフが持つ特性を『失う』のが、混血なんだね。




