第73話_第二回魔法講座(3)
「優秀だねリコ、魔力の練り方が上手いよ。もしかしたら風生成もすぐに出来るんじゃないかな」
「うぅ、私も負けないように頑張らなきゃ……」
傍で見ていたラターシャが急に落ち込んでしまった。同属性はこういう刺激があって楽しそうだな。リコットも不満な顔はいつの間にか消えて、ラターシャを見て可笑しそうに笑っている。
「じゃあ最後はナディだね、お姉ちゃんが有終の美を飾りますよ」
「どうしてそう余計なことを言うのよ」
そりゃあ、何でって、ナディアが面白いくらい緊張しているからですが。いつもの調子で怒ってもらって解きほぐそうという私のお茶目な気遣いだったんだけど、全然だめみたいだね。尻尾がね、くりっと先を丸めて彼女自身の足に巻き付いてる。可愛すぎる。私はまだ部屋の端に立ったままのナディアの前に立ち、両手をそれぞれ握る。ちょっといつもより手も冷たいかな。こんなにあがり症だったとは。私の手の体温を移すようにして、少し指先で擦った。
「ナディ、魔法が使えたら何がしたい?」
「……何よ急に」
「良いから良いから」
私の手の中で弄ばれている自分の手へと視線を落としたナディアが、短い沈黙の後で小さく答える。
「まずは、野営の時の火起こしを代わりたいわ」
俯き加減のナディアは私の目尻が下がったことも何も知らない。彼女はいつも「全部してもらうのは心苦しい」と言う。だから私が普段やっていることの一部が出来るようになりたいと思うのだろう。
「調理時に使っているくらいの火も、使えたら良いわね。水をお湯に変えることも出来るのかしら。……攻撃魔法まで行くと、嫌なことも思い出して正直、怖いのだけど」
組織の男が使ったのも火の魔法だったし、そうでなくとも、焼印をその身に押されたことがある彼女らにとって、火で何かを攻撃することは、恐怖の記憶と直結してしまうのかもしれない。今、ナディアを緊張させている一端も、それなのだろうか。無理をさせたいとは思わない。私は慰めるみたいに、手を握る力を強めた。
「だけど、扱えるようになったら、火属性は一番、攻撃魔法としては強力と言われるものだから。私も、みんなを守れるかもしれない」
柔らかい手はちっとも温まらなくてまだまだ冷たい。怖い気持ちも緊張する気持ちも、きっと彼女の中で大きくてどうしようもないのに。ナディアはそれでもみんなの為に扱えるようになりたくて、怖くても戦えるようになりたいんだな。そんなところが堪らなく愛おしい。私はそのままぐっと身を寄せてナディアの額に口付けた。すると「は」と間抜けな声が彼女から漏れる。
「ナディかわいい〜」
「ちょっ、な、何をし、ちょっと、両手を放しなさいバカ!!」
「あはは」
両手が握られているせいで抵抗が儘ならないナディアが抗議の声を上げる。黙って見守っていた他三名も私の後ろから笑い声を漏らしていた。
「アキラちゃん、あんまりナディ姉を揶揄わないでよ」
「揶揄ってないよ〜かわいいよ〜」
「もう、いい加減にして!」
大人しく手は解放したが、今度は腰を捕まえて抱き寄せる。いつまでもぐりぐりと頬擦りしてキスを落としていたら、ナディアが耳を強く引っ張った。
「あっ、痛い、痛いって、ごめん、もうしない」
両手を上げて降参のポーズを取ったらようやく放してくれた。「ようやく放してくれた」とかナディアの台詞だとは思うけれど。すっかり怒ってしまったナディアの耳はぺったんこだ。可愛い〜。見蕩れてしまって全く反省できませんが、いつまでも遊んでいたら夜が更けてしまう。
「じゃあ、改めてナディの魔力量を測ろう。両手を出して」
「片手じゃダメなの?」
「ふふ。もうさっきみたいなことはしないから。信頼してよ」
「……日頃の行いが悪いのよ」
ぐうの音も出ないが、ナディアはそう言いながらもちゃんと私の両手をそれぞれ握ってくれた。緩く握り返しながら、私は一歩下がる。ナディアは私に引かれる形で、一歩前に出た。
「ナディ、目を閉じて、このまま真っ直ぐ歩くよ」
「はあ?」
「信頼して」
どの口が言うんだか。そんな顔をしても、ナディアは小さな溜息一つで飲み込んで目を閉じてくれる。本当に可愛いな。口元が緩んだことを、見守っているみんなが後からチクらないでくれたら良いんだけど。
「一歩、踏み出す為に力を込めた足が起点。そこから身体を巡って指先まで魔力を流して、私の中に送り込んで」
「ややこしいことを……」
小さく囁かれる文句まで愛らしいなんてずるいね。ナディアは眉間の皺を深めながら、私に言われた通りのことを実践しようとして、ゆっくり、ゆっくりと歩き始める。私は彼女の動きに応じて後退する。五歩か六歩進んだところで、充分な量の魔力が私の手に送られた。
「はい合格。ナディアも進もうね」
「何でナディ姉だけこんな方法なのー?」
みんなは手を繋いで送り込むだけが試験だったのに。そう意味を含めたリコットの指摘に、ナディアも同意した様子でじっと私を見上げている。
「私の体感で、火属性が一番難しいからだね。ほぼ全身を使って魔力を練れないと、多分、生成までは出来ないんだ。むしろ今のが第二段階で、生成が第三段階って感じ」
つまりナディアは今からみんなよりも難しい段階に進むということになる。私の説明をみんな疑わずに納得した顔を見せた。やっぱり四属性の中では火属性が最も強力なものだって理解はあるようだ。
「さっきやったみたいに、足元から、身体を通して、指先に魔力を集中させる。それを無抵抗に放出するんじゃなくて、少し魔力を溜めてから、勢いよくポン! と弾き出すみたいなイメージかな。瞬間、火花がパッと散る」
私が指先にパチ、パチ、と少しゆっくりした速さで火花を出して見せる。それなりに魔力濃度を高めなければ火花にはならない。その濃度を出す為に、全身で練る必要があるのだ。
「変なところに火が飛ばないように、ナディアの手の周りに結界を張ったよ。いつでも試してみて」
安定するまでは私が居る時に結界を張って練習する方が良いだろう。外でやれば周りへの心配は少ないものの、彼女自身に火花が散る可能性もゼロではないので、念の為だ。そこまでの説明を聞き終えてから、ナディアは小さく頷く。やや不安そうな顔はしているけれど、いつの間にか、緊張の表情は無くなっていた。




