第70話_レッドオラム
レッドオラムには予定より少し早く、二日後の午前中に到着した。他の町同様、サラとロゼは町の入り口付近にある厩舎で預かってもらう。寂しがらないように、そして私のことを忘れないように、頻繁に様子は見に行くけどね。ちょっとお高めな預かり場所に任せたので、手厚く世話をしてくれるはず。
「今回の部屋はどうするの?」
「どうしようねー、五人一緒が取れたら一番いいけど、次が四人と一人かな」
三人と二人でも良いんだけど、私が夜遊びしている間は全員一緒に居る方がやっぱり心細くないだろうから。そう告げると「夜遊びは前提なのね」と呆れた顔をするナディアに対し、残り三人が「アキラちゃんだから」と声を揃えたのはどう受け取るべきだろうか。まあいいか!
そうして目的の宿『ケイン』に辿り着く。思っていたより大きい。そして既に隣接の食堂は開いているらしく、美味しそうなご飯の匂いがした。これは期待できますね。
「あら、あなた、アキラさんと言うのね」
「え、うん、そうだよ」
無事に五人部屋を取れたので記帳していると、名前を見た受付の奥様がそう言った。
「お手紙を預かっているの。差出人はガロさんなのだけど、覚えはあるかしら?」
「ある!」
ガロ、本当に身体に見合わずに律儀だな。手紙を送ってくれていたのか。確かにこの宿に泊まることは決めていたし、こういう連絡手段もあるね。アンネスもしくは他の町から伝書の鳥や早馬で届けてくれたんだろう。受付の方に手渡されたそれを胸元に仕舞い込み、宿泊の手続きを済ませた。
「またお手紙?」
「あはは、今度は女の子じゃないよ」
ラターシャが首を傾ける。ナディアはその背後から、ちらりと私を窺っていた。そういえばあの手紙がナディアだったことも、ナディアを買う為にあの屋敷に行ったことも、ラターシャには話してないんだよね。隠すことではないと思うけど、言うことでもないだろう。
「私は手紙を確認してから下りるよ、みんな、先に食堂に行ってて」
部屋に諸々の荷物を出した後、そう告げる。みんなは少し手紙を気にした顔をしたものの、何も追及しないで揃って部屋を出て行った。
彼女らの足音が遠ざかるのを聞きながら、手紙を開封する。几帳面にきっちりと封がしてあるのを手で破る気にならなくて、ペーパーナイフで丁寧に開けた。
『預かったものは、告げてくれた通りの結果となった。心から感謝する。これより我々もレッドオラムに向けて出発する。予定より早く到着できそうだ』
冒頭はそのように書き記されていて、ほっと息を吐く。
あの布製魔法陣が成功したのは私にとってもかなり大きな収穫だ。ガロは更に細かに状況や経過を記してくれていて、最後に、到着予定日が記載されていた。この人、本当に仕事できそう。きっちりしてるよ。こんな人が『無頼漢』の扱いを受けるってのは世知辛いよなぁ。
「早ければ一週間くらいで会えるってことだね」
どうやら、彼らの働きに感謝した村の人達が、馬車で彼らを次の街まで送ってくれることになったようだ。お陰で歩き移動はほとんど無く、町と町を結ぶ馬車の定期便を乗り継いでこのレッドオラムまで来れる見込みであるらしい。
彼と話すまでに私が進めておくべき駒は特に無い。けど、一つだけ出来ることはあるんだよな。
「まずはご飯食べて、それからみんなに話すか」
丁寧に手紙を封筒に戻し、それを収納空間へと放り込む。さて。美味しいと噂の食堂の味、堪能しますかね。そうそうこれも、紹介してくれたガロにきちんと報告しないといけないし。
「あ、ごめん、注文待ってくれてたんだ」
食堂でみんなと合流すると、ナディアから無言でメニュー表を渡された。
先に頼んでくれても良かったのに。というか、今度からはちゃんとそう言おう。開いてすぐに注文を決めて、店員さんを呼ぶ。いっぱい頼んでもそろそろもう誰もびっくりしてくれない。
「アキラちゃん、今夜も出掛けるの?」
「ううん、今夜は居るよ。みんなにちょっと話したいこともあるし――あ、全然、深刻なやつじゃないけどね」
「そう?」
疑いの目がナディアさんから注がれましたが決して嘘ではありません。が、此処で話すのは少し問題があるので止めておきます。話を変えよう。
「ご飯食べたら、少し街を歩こうか。まず見に行くなら、市場辺りが良いかな?」
洋服は本気を出して見に行く必要があるから、今日はやめておこう。半日程度とは言え、今日も少し移動してきたから疲れているだろうからね。それを伝えると「そういう気遣いは出来るのに」ってナディアに言われた。何ですかその何か『足りない人』を見るみたいな目は。足りないどころか色々溢れているでしょうが。愛情とか。
「――で、観光を言い出した本人、さっきから何を見てるのよ」
「え、女の子だけど」
みんなで市場の観光をしていたところ、不意にナディアに肘で突かれる。
この町、女の子があちこちで呼び込みをしている。天国か? 野菜すらも可愛い子が「どうぞ見て行ってねー」とか言いながら売っているものだからついつい振り返っていた。
「アキラちゃんってあれでも私と居る時は控えてくれてたんだね……ナディアのことはナンパしたけど」
「あれは可愛さのあまり脳みそがパンクしただけ」
「じゃあ、今はどういう状態なの」
鋭い指摘に首を傾ける。確かにラターシャと二人の時や、ルーイ含めて三人の時には可愛い女の子に惑わされてきょろきょろする真似はしていなかった。一応、自分が保護者であって、二人を見守りながら行動しなければならないという、はっきりした意識があったのだ。今は、そういうのが全体的に緩んでいた。守護石もあるし、昼間だし、ナディアとリコットも一緒だし、だからつまり。
「私が見てなくてもみんな大丈夫かなって……?」
「大丈夫だから別行動したら?」
「ナディ何でそんな寂しいこと言うの」
それは嫌だよ一緒に居ようよ。そう思いながら見つめたが、すっごい長い溜息を吐かれた。リコットが堪らない様子で笑った後、ナディアの肩を撫で、「まあまあ」と宥める。
「私らがお荷物になってないか心配なんだよ。アキラちゃん、私ら邪魔じゃない?」
「そんなことあるわけない。私が好きで一緒に居るんだよ」
当たり前でしょ。――って、私にとってはそういう気持ちだったが、なるほど、私がみんなを放置して余所見ばっかりしてると、そんな誤解もさせちゃうんだな。それは反省します。
「ごめん、新しいところに来てテンション上がってるだけ。みんなと一緒に散策したいです」
真面目に反省して謝罪をする。リコットは私の言葉ににっこりと笑うと、「よかった」と甘く言った後で、ルーイに「アキラちゃんが逸れないように手を繋いであげて」と命じていた。これはこれでお仕置きだった。でもルーイの手が小さくて可愛いから、まあいっか!




